火花散らす
審判が右手を高く挙げると、一堂が静まり返る。
「はじめ!」
観客たちは奇声とも怒号ともとれる音を喉から発した。そんなこととは無縁かのように、セシリアは目の前のギルバートから大きく距離を取った。
「悪くないんじゃない? ギルバートに近接を仕掛けるのは分が悪いでしょうし」
客席のツミキは、自分がシミュレートした、頭の中の戦略をなぞる少女を眺める。
ギルバートは舞台の中心から動かない。まずは様子見といったところか。
『ここまでは、予定通り』
セシリアは、ウツロの立てた作戦を思い出す。
「まず伝えておきたいのが"強者は戦い方を選べる" ということだ。相手が自分よりも明確に格下と分かっているのなら、強者はまず先手を取らない。ギルバートもそうするだろう」
「それは、どうしてですか?」
「強者は勝ち方も選べるからだ。今回であれば、家の代理戦争という明確なテーマが立脚されている。家の格付けを確固たるものにする、そういう勝ち方をしなければ意味がない。要は、セシリアの悉くを打ち払い、その上で完膚なきまでに勝つ。そういった縛りを持ってやつは動いてくるはずだ」
『つまり、最初に取る動きはどんなものであっても必ず安全。ここで私にしかない優位を確保する!』
ウツロに言われたことをこの日まで何度反芻したことか。
セシリアは澱みなく、魔法を展開する。使用したのは、以前ウツロと戦ったときと同じ炎の陣を展開するもの。もっとも、あのときはただの人感センサーくらいのものだったが、現在はそんなものの比ではない。
「何あの豪炎! セシリアってあそこまでの炎は……」
知己であるはずのクリスが言葉を失う。いや、よく知っているからこそか。それほどセシリアの成長には目覚ましいものがあった。
当然これで終わる訳もなく、セシリアは次々と火球を打ち出す。以前は同時に二、三発程度だった炎たちは、今や山のようにギルバートを襲う。
ギルバートは面食らったような顔で、炎を纏った剣を振る。想定以上の数に防御が間に合わない。ギルバートは体に数発の攻撃を受けて、後ろに数歩退いた。
「直撃! これは、ひょっとしていけるのでは?」
フミリスは立ち上がり、手に汗握っていた。
「いいえ、まだね」
ツミキの言葉は、にわかな妄想を現実に引き戻す。舞台の上のギルバートは、少しよろめいていたが、特段大きなダメージは見当たらない。
「どうして、あんなに元気なの?」
「火球がヒットする直前に、後衛が防御魔法をかけていました。あれなら無傷とほぼ変わりません」
サーシャは一瞬の動きを見逃さなかった。
『それに』
彼女はさらに言葉を続けようとしたが、すんでのところで黙り込む。家の秘奥は部外者が口に出すべきではない。
「さすがはあのクルセーダのパートナー。"赤の学徒" なら朝飯前か」
ガッツのこぼした言葉に、クリスに不安がよぎる。
「そういえば、ウツロって後衛の腕前ってどうなの? 今のところ普通に汎用魔法でバフかけてるだけにしか見えないけど」
見えるどころかその通りだった。
ウツロは完全な前衛向きのタイプである。後衛の役割である補助やサポートは、受けることはあっても他人にかけたことなど実戦では数える程度しかない。
「私にも、特別なことはしてないように見えます」
赤の学徒であるサーシャも同意する。
「あの戦闘スタイルで、どっちも得意なんてことはなさそうですよね」
ヴォルクはのんきそうに話すが、現実とは悪い予想ほど的中するものである。客席の数少ないセシリア応援団たちは、心配のターゲット変更を余儀なくされた。
そんな中でも、戦いは続いている。構図としては、セシリアが一方的に火球をぶつけて、それをギルバートが何とか捌く展開である。大方の予想では瞬殺と目されていた試合だったが、大穴の予想外の奮闘に、観客たちも賭けを忘れて熱中していた。
『観客を味方につけた、これは悪くないかも』
このクリスの考えは、実は的外れである。当事者たちはそんなことに一切気を払っていない。それは舞台上の二人も、外の二人も同じ。特に神経を張り巡らせていたのは、ウツロだった。
『一秒も気を抜くな! 呼吸なんて誰かに任せておけ』
慣れない作業に、戦士は一人感覚を研ぎ澄ませていた。視線は舞台上と外を行き来しており、その眼力は木の葉の落ちる枚数すらも数えられそうなほどである。
「ウツロ、良い感じそうね」
「ちゃんとフーケリーにも意識が向いていますし、当座は大丈夫そうです」
ツミキとサーシャは、姿勢を背もたれの方に戻す。
「どうして、相手の後衛も警戒しなきゃいけないんだ? 闘技場だけ見てれば、何の魔法かけたかなんて分かるのに」
前衛タイプのガッツが疑問を口にする。
「それでは対処が間に合わないからですね。相手がかけた魔法が上位のものであれば、こちらもまた上位のもので打ち消す。準備のことを考えると、それを舞台の様子一瞬から判断するのは不可能。そのため、注目すべきは相手の予備動作です。それから逆算して、こちらも相殺する魔法を展開するんです」
サーシャの質問に、ガッツはなるほどと頷く。後衛は単に魔法をかけていればいい、というだけの簡単な役割ではないのだ。
「でも意外だね。赤の学徒と補助魔法の勝負をして、ウツロが互角なんて」
「補助魔法の勝負は、チェスみたいなものですから。より上位の魔法をぶつけるよりも、相手の仕掛けた魔法に適した魔法で打ち消す。それが一番効果的なんです」
普段自分では使用しない人間だからこそ、魔法の奥深さを感じていた。
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試合は膠着状態に突入した。セシリアも必死に火球を当てているが、ギルバートが膝をつくことはない。一方、ギルバートもセシリアに近づけないままである。
二人はもはや家のことなど横に置いていた。元々セシリアはそのくらいの意気込みでなければ勝てない相手と分かっていたが、ギルバートにとっては予想外の事態である。なぜなら、セシリアとのこの勝負は一瞬でカタが付くはずだったから。これは自惚などではなく、二人の間にはそれほどまでに実力の開きがあったのだった。
それがこうも拮抗した勝負になるとは。相手があの不倶戴天のアルフグレットであることも忘れ、ギルバートはこの均衡を破る手立てを必死に模索していた。
そして、場外の二人はそれとは別に、緻密な駆け引きを繰り広げていた。フーケリーの表情に大きな変化は見られない。しかし、ウツロの方は額から汗を滲ませている。ここまで自分は後衛が不向きなのかと、目を伏せたくなるくらいの情けなさを感じていた。
『性格はひん曲がっているのに、太刀は真っ直ぐ。育ちが良いのか悪いのか分からんな』
それが、剣を構えるギルバートへの率直な感想だった。彼も名を馳せた貴族の生まれである。当たり前だが、楽に勝てる相手ではないのだ。
『そろそろ、潮時か』
不慣れな役割に、ウツロはとうとう根を上げる。それと同時にセシリアに指示を出す。
『セシリア、仕掛けるぞ』
『はい!』
念波魔法でのコミュニケーションは、刹那に終了する。セシリアは今まで際限なく打ち込んでいた火球を突然ストップし、己が握る聖剣に意識を集中させ始めた。
「導はここに。我が躯体、汝の名を指し示す」
いきなりの切り替えに、対面するギルバートすらも面食らってしまう。しかし迷ったのはほんの数秒、今度はこちらの番と攻勢に出る。その動きはまさに一陣の風であった。
セシリアが始めた詠唱を完成する前に叩く。心の中にあったのはその思いだけ。おそらく今まであれほど見事な遠距離攻撃を展開していたのだ。必然、この詠唱はその先にあるもの。つまり、今までの火球とは比べものにならない一撃が見舞われるのだろう。
ギルバートは、一年生の中でも指折りの実力者である。その動きは滑らかだった。しかし、その思考に後衛のフーケリーはついていけなかった。これまであくまでずっと後方支援に努め、実戦経験が乏しかったために出来た大きな隙。
ウツロはそれを見逃さない。彼は今日初めて、セシリアではなくギルバートに対して魔法を行使した。それは「鈍化魔法」。相手の動きを鈍くするというだけの何の変哲もない汎用魔法。こんなもの、ほんの数秒の時間稼ぎにしかならない。だが、その数秒が欲しかった。はじめからこの瞬間を得るために、セシリアとウツロは立ち回ってきたのだ。
「最初は、距離を取ってとにかく火球を撃ちまくる。別にダメージを与える必要はない。あくまでやつを近づけさせないためのものだからな。しばらくそれを続けたら、やつらはこの戦いのルールを"セシリアに近づけば勝ち" という風に誤認するだろう。徹頭徹尾、距離を取る戦法を取っているのだからそれも当然だ。そこを利用する」
ウツロの口から語られたシナリオの最後は、セシリアにとっても意外なものだった。安全圏から一方的に相手を倒すのではなく、それは。
「目覚めよ、聖剣イフリート!」
詠唱を済ませ、セシリアはギルバートを待ち受ける。
ギルバートはウツロの魔法に抗いながら、必死に剣を振りかぶる。陣の炎に触れた瞬間、セシリアは一歩前に踏み出す。そのまま構えていた剣を、ギルバートの喉元めがけて飛び込む。
最後の一手、それは接近戦であった。セシリアが不得手な手札を、あえて勝負の切り札とする。予想だにしなかった敵の動きに、ギルバートは対応できない。防御も回避も取れぬまま、ただ攻撃を実行するのみ。突きと上段の一撃、どちらが先に刃が届くのかは明らかである。
『あとは、堅固な防御を貫けるかどうか』
ツミキは最後の関門をいとも容易く看破していた。ギルバートの聖剣の権能は“鎧袖"。使用者に対して自動的に防御壁を張るものだった。この力があるため、ギルバートは防御に意識を割く必要がなく、大胆な攻めが持ち味である。サーシャが押し黙った、クルセーダの秘奥だ。
「私の聖剣の権能は"安母"。自分の魔力を事前に溜めたり、戦っている相手の魔力を吸収したりするものです」
この発言を聞いたとき、ウツロは最後のピースが揃ったと確信した。セシリアの常人の何倍もある魔力を使って、聖剣を前日にマックスチャージ。後はそれを魔力操作を使って一点に放つ。それならばどんなに堅固な防御でも貫通できる。その考えが、目の前で実行されていた。
『積める策は全部使った。あとは』
ウツロは大きな煙が舞う舞台を睨む。確実に、二人の炎がぶつかった結果だけが分かる。やがて、煙が薄くなる。その中で、人影がたった一つ映る。ここで立ち上がっている者こそ、この勝負の勝者である。
観客全員がそう考え、固唾を呑んだ。
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