気まずい再会、因縁の対決
「ツミキ、大丈夫ですか?」
ウツロが振り返ると、そこには赤色のウェアを身に纏った少女が一人。座り込んだツミキのそばに駆け寄る。
『白じゃなく、赤は後方支援だったか』
自分たちと違う服装の少女の役割を、ウツロは思い出す。彼女のように赤の服装の生徒は"赤の学徒" と呼ばれており、魔法が攻撃向きではないため、基本的には剣術の授業などは参加しない。その代わりに、回復などの後方支援を学ぶ。その一環で、授業内で倒れたり怪我をしたりした生徒を実際に治療することで、その経験を積んでいるのだ。ゆくゆくは回復士などの職に就くのだと、ウツロはセシリアから聞かされた。
治癒魔法は汎用魔法であるため、ウツロのような前線に出る生徒たちも当たり前に使用することはできる。しかし、それはあくまで汎用レベル。回復士の卵である赤の学徒と比べたら、質も量もイマイチなのだ。餅は餅屋、それぞれに得意な部分が存在する。ちなみにウツロのような騎士を目指す生徒たちは"白の学徒" と呼ばれる。
ウツロは迅速かつ丁寧に施される治療を見て感心していた。
「ありがとう、サーシャ」
息を整えて立ち上がったツミキ。そして今度は名前を呼ばれた生徒に、ウツロは意識が向く。どこかで会ったような、名前を聞いたような。
「良かったです。ウツロさんはお強いですからね」
ここで、ウツロは彼女とどこで会ったかを思い出す。決して上等とは言えない初対面を、脳は記憶から抹消したかったのだろう。
「そいつはどうも。久しぶり、って言うのが正しいのかな?」
彼女は、サーシャは舞踏会の際にギルバートが紹介してきたネソユヒト家の令嬢である。
流石のウツロもこの予期せぬ対面に、少しバツの悪さを感じていた。まさかこんな縁があるとは、世間とは広いようで狭いもの。
「お久しぶりです。この間のことは気にしないでください。すでにお相手が決まっていると知らず、お声がけしてしまって申し訳ありませんでした」
まさか、向こうから頭を下げてきた。
「いやいや、そんなに謝らなくても。誰が悪いわけでもないですから」
そう言った瞬間に、ギルバートの顔が脳裏にチラつく。唯一の例外の存在を忘れていた。
「ギルのことも、含めてですから。彼、男兄弟だけの家庭で生まれたから、私のことを本当の妹みたいに可愛がってくれていて。だからあの日もムキになって、あんな態度を取ってしまったんです」
ギルバートのことはさておき、目の前の少女の人間性にウツロは心底感心した。彼女とは今後も仲良くしておいて損はないだろう。すぐにそれを確信できるほどの人格者であった。
「なるほどね。なら、サーシャの言う通りこれからはお互い同級生として仲良くやっていこう」
ウツロは右手を差し出して握手を求める。
「はい、よろしくお願いしますね!」
快諾した彼女の表情には、一点の曇りもなかった。
「しかし、赤の学徒と知り合えたのはうれしいな。これから怪我しても困ることはなさそうだ」
「ウツロさんくらいの人なら、滅多なことで傷を受けることはないでしょうに」
サーシャの発言を聞き、ツミキが首を傾げる。
「あなた、ウツロと仲良かったの?」
「どうでしょうね。でも、私はウツロさんの入学試験を見ていましたから。あれほど自然な魔力操作と、それを十全に発揮する体術を持った人が弱いわけありません」
なるほど、スカウト理由としては十分納得できる。ウツロはあの舞踏会の一幕がどうして発生したのかをここで知る。
「あなたがそこまで言うの、珍しいわね。私も見とけば良かったな」
ツミキはどこか残念そうに呟く。
「あんたとなら、いずれぶつかるときが来るさ。こんなお遊びじゃないところで」
「あら、素敵なお誘いね。楽しみにしてるわ」
二人の強者は互いに笑いながら再戦を願った。
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「そういや、今日だよなデュエットの組み合わせ発表」
早朝のトレーニングでの休憩中。ガッツがふと思い出したかのように上を見る。
「デュエットって今週末のアレだろ?」
「そう。俺たち一年生パートナーの初陣だ。一戦ランダムに相手が組まれてそこで競う。その抽選が今日ある」
ウツロがどうせ覚えていないだろうと思ったため、ガッツはもう一度丁寧に説明をする。
「楽しみだね、どんな人と当たるんだろう」
お気楽な様子なフミを見て、ガッツが笑う。
「お前たちは、結局どっちが前衛をやるんだ?」
ウツロの目からすると、前衛にはガッツの方が向いていた。元々そういう近接戦を得意としているし、フミもどちらかといえば魔法の方が得意なタイプ。
「もちろん、俺が前でフミが後ろだな」
「うん。二人で話し合ったけどそれが一番後悔なさそうかなって」
最強ではなく、後悔がないから。ウツロはこのパートナーの独特な価値観を、まだ完全には理解しきれていない。
「そっちはどうなんだ? 流石にウツロが前やらなきゃもったいないだろ?」
ガッツの発言は、当然の反応である。だが、二人は迷っていた。それはセシリアの目的、武功を挙げる・力を示すに絡んだ話。目的だけ見れば、セシリアは前衛の方が向いている。後衛では中々自身の力や功績をアピールしづらい。
だが、実力的にみればウツロが前衛の方が圧倒的に勝る。セシリアが魔法が得意というのもさらに追い風となる。一応話し合いの末、大事な初戦を黒星で飾るわけにもいかないため、ウツロが前に行く方針となった。
しかし、相手次第ではセシリアを前に出しても良いかもしれないと、ウツロは密かに考えていた。それは少し前のセシリアとは違い、剣の腕も魔法の技術も向上しているのに加え、もう一つ理由がある。それは、聖剣の権能を戦略に組み込めるようになったこと。
これほどのアドバンテージがあるなら、それこそ平民同士のパートナーはセシリアでも問題ない。上のステージに登っていくためには、勝ち癖をつけておくのも大事である。
「まあ、そうなるだろうな」
しかし、ウツロはそれを決して他人には言わない。セシリアの実力を値踏みするだけではなく、相手を舐めていると見られかねないこの考えは、ウツロとしても口にするのは憚られるからだ。
「前衛と後衛のオーダーは、今日中に提出だからな。忘れるなよ」
ガッツの言葉に黙って頷く。
『出来れば上手いこと相手が決まってくれればいいんだけどな』
ウツロ淡い期待は、果たして成就するのか。その結果はその日の午後に明らかになる。
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校舎の正面玄関前。一番生徒の人通りが多い掲示板に、一年生のお披露目、もとい初のデュエット戦の組み合わせが発表された。一年生はもちろん、上級生も集まっているため、人の波でごった返しており、確認するだけでも一苦労である。
ウツロとセシリアも何とか群衆をかき分けて対戦相手を確認する。周りよりも頭一つ大きいウツロは、しっかりとその名前を確認する。
「ギルバート・クルセーダとフーケリー・ウラカン」
嫌な名前が目に映り、ウツロはもう一度確かめる。それでもやっぱり対戦相手の名前は変わらなかった。
『よりにもよって、という相手だな』
ウツロはこめかみに手を当てる。そしてしばらくその場に立ち止まった。
「ウツロ、私たちの相手は確認できましたか?」
下の方で必死に声を上げている。もみくちゃにされているセシリアを救出すると、二人は人がいないところで一息つく。
「どうでした?」
セシリアの言葉には緊張が込められていた。
「ギルバート・クルセーダにフーケリー・ウラカンの二人だ」
ウツロの言葉を聞いて、セシリアは固唾を呑む。舞踏会でギルバートと向き合った時と同じような反応。ウツロは静かに、そして優しく告げる。
「前衛は俺がいこう」
ウツロの顔を見て、セシリアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……ウツロ、無茶を承知で一つお願いがあります。私を、前衛にしてくれませんか?」
「理由は?」
「以前話していなかったことが一つだけ。実は私の父が聖剣を見ようと赴いたのが、クルセーダ家なんです」
単なるクルセーダの一方的な因縁ではない。そこには確かな事情が存在していた。それを聞けば、舞踏会でのギルバートの不遜な態度にも説明がつく。ウツロの中で色々つながる。そして、目の前の少女が、震えながらも真剣にこちらを見ている心情も、いくらか理解できた。
「はっきり言っておくが、今のままじゃ勝てないぞ」
ウツロはどんな状況であれ、一目見れば相手のおおよその実力が分かる。そして、偶然にもギルバートととは一度顔を合わせている。そのことが、彼の主張をより確かなものにしていた。
「分かっています、でも、私は立ち向かわなければならないんです!」
セシリアは力強く拳を握りしめている。珍しく力の入ったパートナーを見て、ウツロは一つ息をつく。
「なら、覚悟を決めろ。本番まであと五日。死んでもやり抜く気概があるのなら、俺が本気で稽古をつけてやろう」
毎朝やっているものだけでも、セシリアにとっては十分過酷である。それを分かった上で、ウツロは敢えて"本気" と口にした。少女の目には滾るような熱が込められていた。
「お願いします!」
当然の返答に、ウツロは白い歯をみせる。二人は足早に玄関前を離れた。
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