ぶつかる強者
二人は制服から着替えて、訓練場に移動する。すでに多くの生徒が集まっており、もうすぐ授業が始まろうとしていた。
「よう、二人とも」
手を挙げて近づいてきたのは、ガッツとそのパートナーであるフミリス・パリダ。家は子爵らしいが、互いにそういうのはあまり気にしてないらしい。ウツロの第一印象は静かで、周りがよく見えるタイプ。ガッツのお相手にしては少し静かな相手だと感じたが、ガッツ曰く"パートナーで一番重要なのは相性" ということで、二人はウマが合うらしい。
そして、あの次の日から、実はこの四人で毎朝トレーニングに励んでいる。主にウツロが教師として体術に関するレクチャーを行い、今や日々切磋琢磨している仲間である。
「フミたちはさっきまで何の授業受けてました?」
「私たちは現代芸術を。今日は初めて油絵を描いてみたんだけど、それが想像以上に楽しくて。私、そういう研究会に入ってみようかな!」
「俺は全くダメダメだった」
「ガッツの無骨な指じゃ、繊細なタッチは一生かかっても無理さ」
四人が談笑していると、訓練場に教官が入ってくる。周りの空気も静かになり、生徒全員が緩やかな緊張を感じていた。
「では、これより授業を始める。本日は組手を行なってもらう。パートナー以外の人間と指定時間内に何本取った取られたを勝負して、その結果を授業の最後に報告してもらう。出来る限り素性を知らない相手と組むことを心がけるように。では、早速一回目の相手と組んでくれ」
教官の話が終わると、生徒たちの活気が再び戻る。
「この授業は、ばらけた方が良さそうだな」
「そうですね。ではまた後で」
こうして別れた後、ウツロは組手の相手を探す。
『出来るだけ強いやつと組みたいんだけどな』
自分が相手を選べる立場なのかはさておき、ウツロはゆっくりと訓練場を回る。しかし、半周ほど経ってもお眼鏡にかなう相手は見つからない。最低でもガッツと同じくらいの実力を、と考えていたがその条件のマッチングが成立する気配はない。
『仕方ない、適当な相手に声をかけるか』
ウツロが諦めて一番近くにいた生徒に話しかけようとした時、背後から気配を感じる。
「あなたが、ダコバトト君?」
まだ聞き慣れない自分の名前。ウツロは呼ばれた相手の方を見る。
そこに立っていたのは、オリーブベージュの長い髪に鷲鼻が特徴的な美しい女性。スラリと長く伸びた足に、整ったプロポーション。普通の人間ならば思わず振り返って、顔を見つめつしまいそうなほどである。
しかし、ウツロが注目したのはその容姿でなく、彼女の放つ雰囲気。自分にも他人にも厳しく、冷酷なまでに理性的。責任感やリーダーシップの塊であるが、同時に大きな野望も掲げる。瞳の強さは、そのまま彼女の存在をこの場に深く刻んでいた。
『気の強そうな女。物に例えるなら氷か』
ウツロは自分の感想を短くまとめる。そんな視線の鋭い人物に声を掛けられたとなると、人は肩に力が入ったり足が震えてしまいそうになる。しかし、ウツロはいつもと変わらない調子で地に足をつけていた。何なら、どこかで見たような気がするくらいである。
「ええ、いかにも。失礼ですが、そちらは?」
「私は、ツミキ・スペチアーレ。ツミキと呼んで」
その名前を聞き、ウツロはようやく思い出す。彼女は入学式で生徒代表のスピーチをしていた人物である。
「了解、ツミキ。こちらもウツロで頼む。家名は縁起が悪いからあんまり人に呼ばれたくなくてね」
ふーん、と興味なさげな返答である。どうやら彼女はこうしておしゃべりがしたいから呼び止めた訳ではないらしい。
そして、それはウツロも一致していた。先程物色していた中では見つけられなかった、お眼鏡にかなう相手。二人は手短に組手の約束を取り付けると、教官からの開始の合図を待つ。
「では。一本目、開始!」
頃合いを見て、教官の怒号にも似た叫びがこだまする。それほど声を張り上げなければ全員に届かないほど、訓練場は広かった。
『さて、どうするかな』
ウツロは目の前の相手を観察する。構えを見た限り、特筆する点はない。いや、弱点にも隙にも繋がりそうな要素はない、と言った方が正確か。剣の腕前だけなら、ガッツ以上。ウツロは注文通りのお相手に胸を弾ませる。その勢いのまま、ウツロはツミキに接近。二人は激しくぶつかり、剣を幾度か交える。
パワーも腕も申し分なし。きちんと魔力操作も使えている。この学校に来てからようやくまともな敵に当たったと、ウツロは少しずつギアを上げていく。
ガッツを倒したときのように、構えを崩す方法は逆効果と判断。むしろこのまま正面から挑んだ方が明らかに楽しめる。ウツロの心臓がいつもよりもほんの少しだけ多く動き出す。
『まずいわ、これ』
聖剣を持った少女は、目の前の敵の太刀を受けながら考える。相手が徐々にスピードと手数を上げているのに、一撃の重みは何も変わらない。それどころか、勢いは増しているのではないか。腕の痺れからそんな感覚さえも抱く。
ウツロは自分の支給されたナマクラ剣で、一級品である聖剣とどう戦っていくのかについて、一つ答えを出していた。それは"敵の手を緩めさせればいい" というもの。いくら相手の剣が頑丈であっても、それを握っている人間の体はそうではない。直接的な破壊まで狙わずとも、刀身がぶつかり合う際に、強烈な振動を与える。そのような攻撃を繰り返していれば、相手はいつか剣を落とすことになる。もっとも、これは単純な剣術や魔力操作の勝負だけでの話。魔法などが絡んだ実際の戦闘では全くの別物だろう。
そもそも、通常の戦闘なら相手が受けられるようになどと意識せず、単に相手の体に斬りかかればいいだけ。授業内では極力、治癒魔法の使用を控えるような暗黙のルールがあるらしいため、ウツロは仕方なくこれ見よがしに相手に鍔迫り合いを仕掛けていた。
『こういう実戦とはかけ離れた訓練で、緊張感なんて生まれないよな』
またも授業方針に文句を言いたくなるウツロだったが、下手なことをして停学やら退学になったらまずいのでここは素直に従う。
ウツロが久方ぶりの戦闘に物足りなさを感じている間に、ツミキの旗色がどんどん悪くなる。腕が軋み、指先にどんどん力が入らなくなる。それでも目の前の男の攻撃は、留まるところを知らない。勢いは全く衰えておらず、先刻から防戦一方の彼女の体は悲鳴をあげていた。
『剣で太刀を受けてはいけない。本来なら流したいところだけどそれをさせてくれるほど、彼は甘い打ち手ではない。ならば回避しか選択肢はない。けど、消耗した今は足が上手く動かせない』
ないない尽くしの絶体絶命の状況。教官からストップの合図が入ると、ウツロはようやく攻撃の手を止めた。それと同時に、ツミキは地面に倒れ込む。
「やるな、ツミキ。今のをきっちり耐え切るとは」
自分よりも一回りも大きい背丈の男は、歯を見せて笑っている。汗一つかいていないその顔を見て、ツミキは大きくため息をつく。
「人を見る目があるってのも、考えものよね。自分よりも強い相手と手合わせしたいという願いは簡単に叶えられるけど、終わったらこんなにしんどいんだもの」
すでに今日の力を全て使い切ったと言わんばかりのツミキは、唯一変わらない睨みつけるような鋭い目線を向けてくる。
「今は剣術の授業で、魔法も権能も封印された状態だからな。俺のような体格で優位を持っているやつが強いのは当たり前だ。何も制限がなくなれば、ツミキも相当いける口だろ?」
ウツロは情報が揃っていない段階で、決して相手のことを過小評価しない。むしろ自分よりも強いものとして見積もりも立てる。
「どうだか。私が魔法を使えるってことは、ウツロも使ってくる訳だし。条件同じの今と大して変わらないんじゃないの? さすがはセシリア嬢のパートナー。"百人斬り" を達成しているだけあるわ」
"百人斬り" とは、平民であるウツロがセシリアとパートナーになっていることに抗議するために、わざわざ決闘を持ちかけてきた男どもを、ぶった斬っていく間につけられたあだ名である。ウツロとしてはただ単に迷惑ではあったが、実戦経験を稼ぐ中で完全に剣への適応が終わった点だけはプラスだった。
「あんなのして、何が楽しいんだかね。そんなに俺は大したことない人間に見えたのか」
一応試験官をぶっ倒した話だとかはあるはずなのに。
「そんな実力差よりも、セシリア嬢とのパートナーってのが気に入らなかったんじゃないの。まあ、挑んできた奴らの中で、価値ある勇気は一人目の愛すべきバカと、二人目のそのバカに追従できるバカだけ。あとそれ以下は祭りの熱気に当てられただけのバカみたいなものだろうけどね」
結局バカしかしないというのが、ツミキの見解である。そりゃ、自分がセシリアをパートナーにしたいのなら、そちらと交渉するのが正しいやり方だからだ。それに気づかない時点でという話。
「言い得て妙だな。後半はもう参加賞目的みたいなやつらばっかりだった。あれで一年だけじゃなくて、上級生も挑んできていたら、もう少しは楽しめただろうに」
ウツロは残念そうに愚痴をこぼす。
「上級生が出てきたらそれこそ、場をわきまえるべきでしょ。どうせ学年が違えばパートナーは組めないんだし。ウツロを責める前に、まずは自分たちが一年若返らないと」
「へえ、パートナーには色々ルールがあるんだな。ありがとう、勉強になった」
ウツロは同学年同士でというのは初耳だった。
「感謝されても何も出ないわよ。お金どころか愛想もね」
やはり怖い女だな。ウツロは正確に目の前の人物の本質を理解した。合理的なところは自分と通ずるところではあるか。
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