授業を受けて
こうしてウツロの学校生活は幕を開けた。始業前にセシリアたちと汗を流し、その後は学校で授業を受ける。騎士学校では、授業がそれぞれ必修科目と選択科目に分けられており、後者に関しては自分の好きな教科を選択して受けることが可能である。必修では、主に実戦に近い授業が多く、パートナーと一緒に取ることが義務付けられている。
その一方で、選択は主に座学が中心であり、自分の興味関心の高い分野を受けることが出来た。一応パートナーと一緒にという決まりはないが、多くの学生はそうしていた。パートナーと共にする時間が長ければ長いほど、互いに力が発揮できると考えられているからである。ウツロとしては、あまり受けたい科目のようなものはなかったため、セシリアと一緒に組むことで選択する手間が省けたのは大変ありがたかった。ひょっとすると、学校に入ってはじめて肯定した慣習かもしれない。
『他国のカリキュラムなんて、真面目に受ける方が馬鹿らしい』
そのくらいやる気のない男であったが、意外にも一週間ほど経つと変化が訪れる。単純に授業を面白いと感じていたのだ。元々知らないものであっても、一度自分の興味が向くと、とことん調べる性分であったため可能性としてはあり得た。
しかし、任務だからという点以外まともに授業に参加する理由を持たなかったため、とてもじゃないが身に入る余地はない。それを変えてくれたのは、隣にセシリアがいたことが大いに関係していた。彼女が真剣に授業に取り組んでいる姿を見ると、ウツロも少しは机に向かおうという気持ちになり、耳を傾ける。そうしてはじめに受けた授業は歴史。
当然であるが、今までウツロはサンセベリアについて、他国の人間としての視点しか持ち合わせていなかった。それどころか、近年では敵国になったお隣さん。その歴史なんてものは知ろうとも思わなかったし、そもそもリトガルトでは手に入らない情報である。
つまり、知識のスポンジが如く新鮮で新しい話ばかりが脳に運ばれてくることになる。これで好奇心が刺激されないほど、彼の心は枯れてはいない。ウツロは特に気に入っていたのは、この国の建国にまつわる神話であった。
「この国で祀られている、最高神は二柱。男神のカカリトスと女神のアシュトル。二人は時に友として、時に敵として、そして時にパートナーとしてこの国を創造していきます。ダリアの誓いなどで登場する二柱ですね」
教師の口から語られた神話は、ウツロが幼い頃聞いたリトガルトの物と同じような部分もあれば全く違う部分もある。国が違えば文化が違う、当たり前のことだが、その点も彼の好奇心を掻き立てた。
次に彼が心惹かれたのは文学である。思えば、サンセベリアとリトガルトは、険しいミスリデプス山脈によって二分されており、交流など一切ない地域だ。しかし、なぜか二つの国は扱う言語が同じである。神話によると、山脈からそれぞれ文字を司る神とも仙人ともいえる存在が、両国に同じものを運んで来たとされているが、真偽は不明だ。
だが、その経緯はともかく、ウツロはそのことにこれほど感謝することになるとは思わなかった。彼はリトガルトで読書をする習慣が、きちんとあったわけではない。しかし、それでもこのサンセベリアの地で、未知の名著に多く触れられることは非常に興奮した。自分が知らない面白いものが、突然目の前に山のように現れたことは、喜ばしい以外の感情を持ち合わせることはない。ウツロは、己の新たな知識領域の開花に大変満足していた。
一方で、退屈な授業も残念ながら存在していた。それは魔力や魔法などの戦闘に関する授業たちである。いくら教師が座学で丁寧に説明したところで、実際に自分自身で体験しなければ全く意味がない。そうでなければ身につくものも身につかない。ウツロはどうして体を動かしながらのレクチャーをしないのか。そして、魔力や魔法は人によってかなり様変わりするものであり、きちんと生徒毎に指導すべきものなのでは、という疑問が沸々と湧き上がっていた。
それに加えてウツロの認識からして、正しくないと言わざるを得ない話もいくつか出てきていた。それこそ、この前セシリアとガッツに伝えた"魔力操作と魔法の違い" はおそらく教師すらもきちんと明瞭に分けていないような説明だった。
他にも聖剣について。これもまた聖剣毎、使用者毎でずいぶん個人差がある話なのに、まるで唯一絶対解があるような指導である。これでは生徒の戦術に幅がなくなってしまう。
「騎士として、相手の全力を全て受け止め、その上で自分の持ち味を遺憾なく発揮して勝つ。この鷹揚としたスタイルこそ、騎士の誉高き姿であり理想像です!」
力を込めて力説されたところで、ウツロの心には全く響かない。やはり、とてもじゃないがサンセベリアの実戦教育は進んでいるとは言い難い。それもこれも無意味な貴族の慣習を慮っているからだろう。
だが、ウツロがこれらの授業から何一つ学ぶところがなかったかというとそうでもない。なんと、一つだけ存在していた。それは"属性魔法と固有魔法の違い" である。属性魔法が生まれ持った先天的な資質に影響を受けるものである一方で、固有魔法は己が想いや感情などの後天的な要素に大きく左右される。そのため、リトガルトでは「体で動かすのが属性魔法、心で動かすのが固有魔法」と言われてきた。しかし、サンセベリアでは全く違う説明がなされていた。
「このように、属性魔法は先天性があり、固有魔法は後天性があります。したがって、我が国では今世に依るものが属性魔法、前世から来るものが固有魔法と考えられています」
今世と前世、宗教や文化の違いからかもしれないが、自分には全く存在していなかったこの解釈にウツロはなぜか心惹かれた。それは自身が生まれた一族に誇りを持っているからなのかもしれない。
「ウツロ、なんだか楽しそうですね」
文学の時間が終わった直後、セシリアはこちらを見て微笑んでいる。
「面白い話だと思ってな。『セバゼイル』、公爵が毒杯を注いで親友から奪った女性を妻にするも、自責の念からか体調もどんどん悪化し、美しい顔が見る影もなくなってしまう。まだ途中までしか聞いてないから、これからどういう展開になってくのか楽しみだ」
セシリアの表情がさらに柔らかくなる。
「良かったです。ウツロは取りたい授業がないと言って、私に全て合わせてくれたでしょ? それなのに、退屈な時間を過ごしているのだとしたら申し訳ないと思って」
「いやいや、セシリアのチョイスは当たりが多くて助かっているよ」
「ありがとうございます。ウツロには毎朝お世話になっていますから、こういうところでお役に立てて嬉しいです」
セシリアは鼻唄でも歌ってしまいそうなくらいご機嫌である。その様子はウツロにとっても決して気分は悪くなかった。
「次は必修の“剣術" ですか。ウツロに教えてもらっているので、強くはなっているはずなんですけどね」
それでも何かまだ物足りないというところか。
「こればっかりは焦ったところでどうしようもないからな」
セシリアの実力は確かに向上していた。しかし、まだまだ発展途上であるのも事実。ウツロとしては悪くない成長速度だと捉えていたのだが、本人は満足していない様子。
「せめて"デュエット" までに形にはしておきたいですけど」
デュエットとは、この学校における模擬戦の方式の一つである。二つのパートナーが前衛と後衛に分かれ、勝敗を競う。前衛は特に縛りなく戦えるのだが、後衛はあくまで支援のみ。直接相手に攻撃を与えることは禁止されており、基本は自分の前衛にバフや回復を施す役割を担うことになる。
二人一組ならではのルールではあるが、ウツロとしては疑問が残る。まずは、前衛が後衛には手出しできないという点。どうして回復役を叩くことが許されていないのか、前衛を倒したところで復活してくるのが明らかなのならば、それこそ徒労である。
次に、後衛も前衛に直接攻撃が禁止されている点。この攻撃という定義が曖昧なところも気にはなるが、敵と目が合ったのに指を咥えて見ているなどという状況が、果たして現実にあっていいものだろうか。
共通して言えることは、あまりにも実戦と乖離していることだ。戦場では前衛も後衛も言ってられない。戦術や戦略として存在するとしても、少なくとも今回のデュエットのような形はあり得ない。後衛が絶対に攻撃されない、そんなおとぎ話があるのならウツロは是非体験したいと思っていた。
このルールを聞き、今考えたことをガッツにぶつけてみたが、彼は険しい顔をして"そういうものだからな" とだけ答える。ウツロは戦いにおいて常に正論を口にする。だからといって、それがいつも正しいとは限らない。それは本人も分かっているので、セシリア相手にはそんな質問はしない。彼も節度や空気を読むことはあるのだ。
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