友人、踊り
「ここに居たんだ、探したよー」
バルコニーにやってきたのは、一組の男女。華々しいドレスに身を包む赤髪の女性と、タキシードを着こなす緑髪の男性。赤髪の女性が勢いよくセシリアに抱きつく。
「クリス、いきなり飛びつかないでくださいよ」
「やっと見つけた。セシリアは意外と抜けてるところあるから心配してたの」
ウツロは全く心当たりのない人物であるが、セシリアとは旧知の間柄のようだ。
「で、そちらの方はどなた?」
ウツロは鋭い視線に晒される。
「紹介するね。こちらは私のパートナーのウツロ・ダコバトト。昨日話した、ヌベンセで見かけた人だよ」
「へえ、あなたがウワサのダコバトトさんね。失礼、自己紹介が遅れたわ。私はクリスティーナ・ローゼンハイド。公爵の爵位を与えられているわ」
またも公爵家、セシリアの知り合いなら当然ではあるか。
「丁寧にどうも。クリスティーナは、セシリアと付き合い長いのかい?」
「クリスでいいわ。家が仲が良いのもあって、ずっと小さい頃から一緒よ」
「はじめて会ったのは、二歳くらいのときですかね」
そんな頃の記憶などまだ曖昧だろうに。
「なるほどね、通りでお似合いなわけだ」
「言われなくても当然ね。私たちは親友だもの」
クリスは実に堂々とした物言いである。
「ところで、クリスの後ろにいるのはパートナーの?」
「はい、ヴォルケンシー・ホービットです。初めまして」
ウツロは差し出された手を握り返す。
「二人は小さい頃から将来を約束した許婚なんですよ」
そんな制度がまだ生きているとは。ウツロは驚きの表情を隠せない。
「そう言われるとちょっと気恥ずかしいけどね」
「ヴォルク、何言ってるの! 今日からは私のパートナーでもあるんだからもっと堂々としなさいよ」
クリスに肘で小突かれながら、ヴォルクは頭を掻く。
三人とも面識があり、しかも関係は良好。これまでの会話と空気感からウツロはそう整理する。
「そういえば、ルクセンナさんとさっき会ったんだけど、セシリアにも会いたいって言ってたよ」
「本当? 確かに最近顔を見せられてないから行かないとね」
ヴォルクとセシリアの二人で話が止まる気配がない。ウツロはすっかり空になったグラスの最後の一滴を飲み干すパフォーマンスをして、バルコニーから一時退席する。
自分の知らない人間の話を聞かされたところで何も面白くはない。それならば、食事をしていた方が幾分も益になる。パーティー会場に入ったところで、クリスがウツロの手を握って静止する。
「ウツロ、あなた今のアルフグレットと組むということの意味をきちんと理解している?」
ウツロはゆっくりとクリスの方へ体を向ける。
「さっきセシリアから聞いた。父親の汚名をそそぐために今はとにかく武功がいるんだろ?」
「実は私、あなたが戦っているのを直接この目で見たわけじゃないの。ただセシリアや周りの人から聞いただけ。……あなた本当に強いの? あの子の役に立てるくらいちゃんと強いの?」
ウツロは歴戦の猛者である。一目見れば相手の力量がどの程度なのかはおおよそ判断できる。
「そんなに心配なら、一戦やるかい? 俺は今からでも構わんよ」
その上で、この発言である。クリスはウツロの瞳をじっと見つめる。その間、ウツロは微動だにしない。
「なるほど、ただの冗談ではなさそうね。いいわ、とりあえず今は信用する」
「その剣の刀身が見られると思ったのに残念だな」
「焦らなくても大丈夫よ。これから長い付き合いになるんだもの」
クリスは軽やかに会場を進んでいく。今度はウツロはその後に続く形となる。すると空いたグラスに、クリスが直接シャンパンを注ぐ。
「乾杯しましょ、あの子の今後を祝して」
「ずいぶんと気が早いことで」
ウツロとクリスはグラスを鳴らす。
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「二人とも遅いと思ったら、ここに居たんですね」
セシリアとヴォルクも会場の中に引っ込んでくる。
「小腹も空いていたんでな」
ウツロはテーブルの軽食を摘んでいた。
「そういえば、舞踏会なのに誰も踊っていないな」
「メインはパートナーとの交流だからね。でも、最後に踊るらしいよ」
言われてみれば、端に置かれたピアノの用意をしている人物が数名。
「ウツロ、踊りは出来ますか?」
「いいや、全然。お手本一回見れば大丈夫だろうけど」
「本当ですか? 僕ダンスはあんまり得意じゃなくて、ステップ覚えるだけでも二日はかかりますよ」
「器用なものね。セシリア、ちゃんと手綱は握ってあげなさいよ」
「ウツロは大きいから、ちゃんと踊れるか不安ですね」
あんまり信用ないんだな、俺。三者三様の反応をウツロはしっかりと受け止める。そして、予想通りピアノの静かな演奏が始まる。
「おっと、時間だね。じゃあ、二人ともまたね」
クリスとヴォルクは館の中央に移動し、踊りを始める。他の生徒たちもそれに倣うかのように男女で手と手を取り合う。
「これがパーティーの締めってわけか。優雅なもんだ」
「踊りは、貴族みんなが好きですから。舞踏会でなくても、曲が流れると大抵一人は踊り出すんです。それにつられて他の人も踊り出して。気付けば皆が踊っていたなんて話もよくありますから」
それはそれで怖い気もするが、ウツロは口にしない。ただ今は踊っている男性の一挙手一投足に注目する。
「待たせたな、セシリア」
ウツロから右腕を差し出されると、セシリアは返事を一つ返してそれに応じる。スパイは踊る、そして夜は更ける。
ピアノが止まると、皆も踊りをやめる。これで今日は終了ということだ。少しずつ人波が減っていく。後はそれぞれパートナー同士の時間ということか。
「ウツロ、はじめてなのに上手ですね」
「セシリアがしっかりリードしてくれたからな。俺はそれに任せてただけさ」
二人は少し人の通りが収まるまで、会場に残る。
「今日はこれで終わりなのが残念ですね」
セシリアは少し俯く。
「明日もあるんだから、いいんじゃないのか? これからずっとパートナーなんだし」
「そうでした、ウツロの言う通りですね!」
セシリアは明るい声で微笑み返す。
「ウツロは普段何かトレーニングとかしていますか? もしよければ一緒にどうです?」
「いいねえ。今朝軽く素振りはしたけど、どうせなら人とやる方がいい」
「決まりですね。じゃあ明日の朝、寮の玄関で待ってます」
ウツロとしても、手っ取り早く剣の勘を取り戻すためには他人と手合わせするのが一番だと考えていた。そんな今後の話をしていると、人波もすっかり落ち着いている。
「行こうか、送るよ」
「じゃあお言葉に甘えます」
二人も館を離れる。外に出ると華やかな香りから一転、地続きの日常に戻って来たのを感じる。
「私、強くなりたいんです」
セシリアの突拍子もない発言。ウツロはしっかりと咀嚼する。
「これから大変になるな」
ウツロの目から見て、セシリアは決して強い部類ではない。名家の血と、腰の聖剣があるため伸び代はあるが、現状肉体も魔力も特筆するものは感じない。彼女の求める武功を得るためには、それ相応の時間と努力が必要だろう。
「分かってます。でも、やらなければいけません」
隣の少女は、これから自分の歩む道がどれほど険しいのか。そのことについてどこまで理解しているのだろう。ウツロはふと疑問に思う。
「ウツロ、あなたには色々迷惑をかけてしまうかもしれません。それでも、これからよろしくお願いします」
セシリアは改めて頭を下げる。この重みをウツロもきちんと受け止めなければ。
「お互い様だろ、パートナーなんだから」
笑って返す男は何を考えるのか。それは本人にしか分からない。
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