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第五列 ――最強スパイと没落騎士令嬢の共同戦線――  作者: 平下駄
第1章 デュエット
1/73

はじまりはピンチから

2023/10/14 新連載開始しました!


初日なので、今日中に合計5話アップ予定です(1/5)

 物語のはじまりとは、劇的でなければならない。それは人生も同じである。変化は一度に大きく起こすもの。新たな門出を迎えた際は皆が心に思うことである。


 さて、ここにもそんな男が一人。一週間前にとある任務を受け、初めての土地に足を踏み入れたばかり。そして、男は窮地に立たされていた。今から素性も分からない馬の骨の、長い長い独白が始まっても仕方ないので、簡潔に状況を。


 男は今、最近までバチバチに戦争をやり合っていた国へ、スパイとして潜入していますが、潜入初日で正体がバレてしまいました。どうしてこんなことになったのか、少し時計を巻き戻してみよう。


   ~~~~


 一週間前。故郷のリトガルト王国で、青髪の男は呼び出しを受け、直属の上官の元へ向かう。場所はカバネ駐屯地の司令室。廊下をまっすぐ歩いて一番奥の部屋。ここが目的地である。男はスラリと伸びた足を使って、いつもと同じ歩幅と調子でやって来た。


「失礼します、司令」

 男は挨拶をして、司令室の扉を開く。もちろん中にいるのは駐屯地司令 エイザン・ボンビジナ少将。立派な顎ひげをたくわえる中年の男性であるが、その眼光は一切衰えていない。男もまた、動揺や緊張などを感じさせない真っ直ぐな目で司令を見つめ返す。二人にとって、これが当たり前のコミュニケーションであり挨拶であった。


「よく来た、キロトリデ特務曹長。……ゼン、今いくつになった?」

 司令が自分の名前を下で呼ぶとき、そしてさして興味もない年齢を尋ねるとき。大抵ろくでもないことが起こる前触れであるのをゼンは知っている。しかし、今回はそれが二つ同時に発生した。万が一で、マイナスとマイナスの掛け算でプラスに転じる可能性に賭けよう。


「十五歳です。来月には十六になりますが」

「そうか。背はどうなんだ?」

「二メートルくらいかと。近頃測ってないので正確な値は分かりません」

「そうか、このまま伸び続けたら話す度に首が痛くなってしまうな」

 司令の軽口に、ゼンは一切付き合わない。そんなことのために自分が呼び出されていないのを痛いほど理解しているからだ。 


「……お前は優秀な男だ、その歳で特務曹長にまで登り詰めているんだ。幼い頃から修羅場を乗り越え、幾度と戦場を乗り越えてきた」

「司令、思い出話なら他所でやって下さい」

 ゼンは痺れを切らし、早く本題に入るように促す。


「思い出話、というほど昔の話はしてないさ。何せ、ほんの一年前までお隣さんのサンセベリアと最前線でドンパチやり合ってだろう?」

「それが命令でしたから」

 ゼンは取り付く島もない回答を返す。


「お前は、いやお前たちの一族は実に勤勉だ。キロトリデ家、青の一族は古来より王に仕えその高潔な精神と肉体を捧げてきた。私などが言わずとも、それはお前たち自身が重々承知しているだろうがな」


 司令の言葉にゼンは瞬き一つしない。それが肯定も否定も必要のない事実だからである。彼は己の血に誇りを持っている。今までもこれからも、一族から脈々と受け継いできた青い髪と碧い瞳に誓っていえる。ゼンはさらに話を進める。


「王命が出たのですか?」

「その通りだ。例の件、隣国のサンセベリア帝国へスパイとして潜入してもらいたい」

 以前から話だけは伝えられていたが、ゼンは一つ息を呑む。


「私たちが住むこの大陸は、現在二つの国が二分している状況だ。西側に位置し、大陸の七割を国土とするサンセベリア帝国。東側に位置し、残りを領土とする私たちリトガルト王国。この二つを険しい山々が分断している」


「西側のサンセベリアは、長年侵略戦争に勝ち続け今や並ぶ国が存在しないほどの大国に成った」

 まさに常勝無敗の最強帝国である。


「そして、今までは山を隔てていたため一切の交流がなかったリトガルトに、戦争を仕掛けてきたのがこの間の大陸平定戦争だ。我々は国土防衛を第一目標に掲げ、死力を尽くして戦った」


 最前線で戦っていたゼンにとっても、まだ昨日のような感覚である。目を閉じれば戦場の汗と鉄の混じった匂い、悲鳴や怒号にも聞こえる叫び声。目の前に広がる山のような死体と、己の体を滴り落ちる生温い血の感触。どれをとっても忘れられない新鮮さを保ってありありと思い出せる。


「大国である帝国に、私たちが勝てた要因はたった一つ。兵の質で優っていたからだ。心技体の三拍子揃った、一騎当千の戦士たちが我々には大勢いた」


 ゼンの体には、最近つけられた大きな傷が見られない。もっとも過酷でもっとも敵を屠った男が、ロクに負傷せず戦い続けているのが何よりの証拠だろう。文字通り、綺麗で整った美男子の顔は未だに健在である。


「大国の戦い方は、経済と軍事の波状攻撃が基本。しかし、山を隔てているため国交どころか商業的・文化的交流すらもないウチでは、それが通用しなかったのも関係してそうですけどね」

 様々な要因が絡み合い、手にした奇跡のような勝利といえるだろう。


「もう一度戦ったとして勝てるかどうか。上層部はその一点に不安を感じている。というのも、先の敗北を受け、帝国が軍事力へ力を入れ始めているという情報を掴んだからだ。具体的には、騎士学校の定員の増加と予算の増額。実際に帝国騎士団に所属する騎士による実践形式の訓練の拡充など、人材育成に力を入れていくようだ」


「ウチが唯一優っている人材の質が、いつか追い抜かれるかもしれませんね」

「いつか、などという絵空事ではない。十年後二十年後、その転換は確実にやってくる。奴らには国の規模や財力という圧倒的なアドバンテージがあるのだから」


 司令の剣幕がだんだん激しくなる。事はそれほど重大な話である。


「そんな帝国に対して、ウチはどんな対策を立てるのですか?」

「まずは国力を上げる。帝国に負けないくらいの経済力を確保するのだ。そのために、大陸外の国々との貿易をより加速化させていく」


 リトガルト王国が世界的に見て経済の要所となれば、「大きすぎて潰せない」状況となり帝国も簡単に手が出せない。貿易相手国からの支援が後ろ盾になるからだ。


「なるほど、ではこれからは私たち軍人ではなく商人が活躍していく時代ですか」

 ゼンはどこか遠くを眺めるように見える。


「軍人がいなくなるわけではない。商人は戦えないのだ。適材適所、出来ることをそれぞれが担っていかなければならない。我々戦士の力が不要になる世界は、まだ遠い先の未来だ。だが、時代に合わせて変化しなければならない部分もある。白兵戦において無類の強さを誇る我々だが、それ以外の力も身につけなければいけないときが来たのだ」


 ようやく本題か、とゼンは背筋を伸ばす。

「改めて、ゼン・キロトリデ特務曹長。貴殿には、サンセベリア帝国への密偵の王命が出された。二の矢としてこれからは情報力、諜報力で戦っていく時代に突入した。我が国最初のスパイとして、誇りを持って任務にあたってくれ。貴殿には拒否権はないが、この場でのみ質問権は与えられている。何かあるか?」


 司令は口を閉ざす。自分から説明すべきことは全て伝えたという意思表示だろう。


「では、いくつか。私がスパイに選任された理由は? 以前の話では何人か候補者がいたはずです」

「厳正な審査の結果、貴殿がもっとも適任と判断されたからだ」

「その基準は? 客観的に見て私という人間は潜入向きではありません」


 この話をしたところで、王命が覆るわけではない。それはゼンも司令も重々承知している。この作業は、互いの信頼・納得を確固たるものにするために行われている。


「国で初のスパイということもあり、上層部も非常に慎重になっている。今回最も重要視された点は、たとえスパイという素性が明らかになったとしても、無事に生還できること。それに関して貴殿の力は疑うまでもない」

 ゼンは微動だにしない。ただ、再び口を開く。


「今回の任務、開始はいつですか?」

「明日の早朝、貴殿の家にガイドを送る。その者と一緒に国境を越えてくれ。そして、その後騎士学校の入学試験に間に合うように帝都へ向かうように。任務期間はひとまず三年だ。無事卒業したのを確認してから、次の方針は伝える。連絡手段などの細かいことは、ガイドに資料を渡してあるからそれに目を通してくれ。私からは以上だ」


 ゼンは右手を挙げ、敬礼をする。司令は一瞬体全体に力を入れる。


「ありがとうございます。では、失礼します」

 ゼンが踵を返そうとした瞬間、司令が声を出す。

「ゼン、気張れよ」

 黙って頷くと、彼は足早に司令室を立ち去った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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