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かがみ

作者: どぼん

処女作です。良ければ読んで下さい。

ぼんやりしていた。感じる事が出来る音や景色等が混ざりあっていた。その中で焦点を合わすように段々とくっきりして来た。膨大な時間をかけ、初めてしっかりと聞き取れた。

「この鏡も古くなって来たわね。」

 私はかがみと言われている。今日まで百二十八回言われた。ぼんやりとしていた時も含めているから少し自信はないが、とにかくいっぱい言われてきた。だから私はきっとかがみなのだ。そして私はどうやら人の往来がある所にいるらしい。行き来する人は大きかったり小さかったりする。その大きい方がせんせいと呼ばれているからきっとそういう名前なのだろう。そのせんせいがしゃべった。「こら。学校の廊下は走らないでって言ってるでしょ。」すると小さい方が急に遅くなった。しかし、せんせいがどっかに行ってしまうと小さい方は「ここは階段の踊り場だし別にいいっしょ。」と小声で言いながら、大きく派手な鞄をしょい、また走り始めた。今日初めてここが「おどりば」であることを知った。

 基本的にずっと静かだ。だから今日のように外が騒がしいのは暇でなくていい。断続的にだが不規則で音が跳ねる。小さい人は「今日はあめで気分乗らねぇ。」と言っていた。あの時も今日のようなあめだった。私の前をいつものように小さい人が複数で通り過ぎた。お昼頃は特に多い。一番最後に通り過ぎた一人はボールを持ち意気揚々としていた。しかし、しばらくしてあの跳ねるような音がした。そしたら、そそくさと通り過ぎた彼らが帰ってきた。また一番最後にボールを持ち少し濡れた彼が来た。そして私を見て小声で言った。「あれ。俺ってこんな感じだったっけ。なんかダサいな。もっとイケメンだと思ってた。」その表情は先の様子からは考えられない程失望したものだった。なぜか私を見て彼は自分に対して罵倒したのだ。私はその時急に不愉快になった。そしてその感覚は断続的にだが不規則で思い出し、それが晴れる事はなかった。

 『お前がいたからあの彼を失望させた』『傷つけたお前はなぜ、なんのために存在している』と自問しなかった日はない。そしてそれに対抗できる答えに辿り着けない日々を送った。そんなある日、私はある重大な発見をした。私は、私を見ている人の姿を、見ている人にそのまま返す事が出来るらしい。つまり私を覗き込むと覗き込んだ本人自身が見えるらしいのだ。成程。それならばあの日彼が罵倒した事への納得がいく。しばらくは合点がいった満足感に気持ちが支配されていたが、これは辿り着けない答えの大きな足掛かりであると考えた。自分の役割、存在する理由はきっとこれなのだ、そう確信し安堵した。ようやく解放されると。しかし一抹の不安が一向に消えない。なぜならその確信は自分で考察したものに過ぎないからだ。私を素通りする人も多くいる。本当に私の役目はそうなのか、私には判断しかねる。『君の役割は此れである』と言ってもらえでもしないと根本的な解決にはいたらなかった。コミニケーションのとれない私にとっては絶望的な計画であった。そこでもう一つのアプローチを捻り出した。私自身を見る事だ。自身の姿を見ればどのような機能に向いているか分かる。例えばあの派手な鞄はいっぱいものが入るように作られている。だから奴はものをいっぱい入れるのが役目なのだろう。この様にそのものの姿を見る事が出来れば、その役割を想像できる。確かにこの方法では先の考察の範疇から出ないという問題点に引っ掛かる。しかし、私の機能について判明して尚且つそれに適した形ならば確定しても良いのではないかと考えた。例えば見やすいように曲線がないような形など。

 「ねぇ知ってる?この学校の七不思議。その三。昇降口の近く、一階から二階への階段の踊り場にあるこの鏡。そこで午後六時四十八分ちょうどに『私と変わって』と言うと鏡の世界の自分が出てきて入れ替わっちゃうんだって。」「何それ。本当なの?時間中途半端すぎじゃない?」「ちょっと怖いじゃん。」「別にお、俺は全然怖くねーし。」…そんな事があってたまるか。そう話を聞きながら思った。ある特定の時間で某かの儀式を行ったら、私の中から人が出てくる。私はそんな便利な鞄などではない。一体誰がそんな噓をついたのだろう。今まで一度としてそんな事を試された事はないので噓だと言い切れる。冷静に考えて欲しい。もしあなたがかがみだったら、知らない人が目の前に立ち自分の中からそいつが出てくる。言いようのない気持ち悪さが溢れてきはしないのだろうか?「………」

 「とうとうこの鏡も寿命ね。全然曇りがとれないわ。来週中には他のと交換してもらいましょう。」そう唐突に言われた。交換という意味はわかっていた。私はもう長くはない。自分が何のために存在するのか、どんな姿なのかを知る事もなく別のどこかに飛ばされる。深く、動きようのない事実がそこに横たわっていた。その日が来てほしくない、始めはそう考えていた。しかし気付いたのだ「新品のかがみ」が自分の目の前で取替えられる事に。人々はかがみを使って自身を見る。そうして自分を噛みしめる。ではかがみの私は?私はどうやって自身を確認するのだろうか。その答えは一つ。私だって「かがみ」を見れば良い。他の「かがみ」で自分自身を見れば良いのだ。そうすればきっと私にだって自分の意味を見出せる。きっとそうに違いないと確信した。それは一瞬かもしれない。だがその一瞬には私の全てをかけられる。その価値がある。私の中のあめが晴れる、その一瞬を待ち望むようになった。

 「はい。ええ。そうです。特に留め具の劣化が酷く。…はい。明日の日中には業者が…。分かりました。それでは。」せんせいではない大きいひとが私を横切りながら言う。どうやら私の望んだ時が目と鼻の先らしい。遂にこの時が来たと私は舞い上がっていた。浮かれながらいつもと同じ景色を謳歌していた。いつも通りの暗く、蒼白い眺めはやけに明るかった。しかし、一人突如として私の前に現れた。派手な鞄はもういないはずの時間帯というのに、それをしょって立ち尽くしている。「…321。私と変わって。」…いつも通りの沈黙が悠々と泳いでいた。「………」「………はぁ。やっぱり噓っぱちだった。あの七不思議。」久しぶりに失望された。懐かしく、今でもこびりついてる。「でもそーだよね。もし私がかがみだったらこんな事されたら気持ち悪いよね。」どことなく落ち着く一言だった。

 「私は杏。まあ知ってるけど。」私にもたれかかりながら話し始めた。「家はつまらない。お父さんとお母さんは話さない。猫のフキも死んじゃった。」「勉強もつまらない。もう飽きちゃった。ほぼ満点。」「最近、寝れないのが本当に辛い。」「こんな事しても私は一人。心を許せる友達もいない。だから鏡から出てきた私と少しお話しようと思ったもの。」「………虚しいね。」…いつもの静けさは変わらなかった。だがしかし、その時今まで感じた事のない感覚を浴びていた。悲しく、辛くそしてそれが熱い。私の何かを突き動かすような言い表しきれない高揚感が芽生えた。「鏡の私と変わって欲しいよ。」ポツリと言い、何かすするような音が断続的に鳴っていた。しばらくすると杏はうずくまったまま、喋らなくなった。目を閉じて、ウトウトしている。人がこんなにも動かないのは初めてだった。私の景色がうっすらと霞んで来た。

 「マジでウゼェ。」「あの先生宿題出し過ぎ。」「塾抜け出して正解だわ。誰も追って来ないし。」「『トイレ行って来ます』で何とかなるんだな。今度からちょくちょく使うか。」「今頃青ざめてるのかな。ウケる。」「つーか何で学校?」「お母さんいるから家に帰る訳にはいかねーし、行く所がここしかねーから。」「ちょうどいいな。七不思議試そうぜ。」「バカか。時間が違うじゃねーかよ。今七時二十九分だろ。」気分が台無しである。泳いでいた沈黙を食い荒らす、メガホンの様な三人組がやってきた。杏はまだウトウトしている。「あれ、誰かいない?」「え、怖。マジで。」杏が体を起こした。状況が上手く飲み込めないようだったが杏はとっさにこの場から逃げようとした。しかし、メガホンの一人に腕をつかまれてしまった。「やっぱり杏じゃん。」嫌な予感がした。「え、何でいるの?つーか何で寝てたの?」「あ…違っ…」「なんか目赤くね?キモ。」受け答えが出来ていない。明らかに動揺している。「ユートーセーの杏がこんな変な事してたんか。やっぱりヤバい奴なんだな。ぼっちのお前が夜中の学校の鏡の前で寝てたなんて。いいネタになったわ。」か弱い声で杏が答える。「み…みんなには言わないで。お願い。」「今さらだろ。もうおそいって。」「マジでそれな。」涙目の杏とケタケタ笑う人達。その場にはそんな光景が流れていた。…ただただ感情が私の中で暴発していた。許せない。許せるはずがない。私は私と杏はどこか似ていると気付いたからである。杏が傷ついていると私にも傷がつくように感じる。杏は私なのだ。杏に会った時に感じた高揚感はもう一人の自分に会えた気がしたからなのだろう。私は私が傷つくのを見ていられなかった。杏を守りたい、そう思った瞬間何かが外れる音がした。途端景色が上がっていく。下に吸い込まれている。私を支えていた何かが壊れたのだろうか。そう感じたのも束の間、硬い衝撃が私を襲う。がっしゃんと音をたて私の体中に熱さが流れ込む。私の体の一部がはじけ飛ぶ。そのままうつ伏せになるように倒れた。再び空気を割くような軽い音がして私の熱さは加速した。何も見えない。ただただ熱いという感覚が理性を潰してゆく。「うわあああ。痛ってええ。鏡の破片が。痛えええ。」霞んでゆく音を拾い上げ聞えた。あのメガホンどもはさらに喧騒に鳴っていた。しかし奴らは杏に危害を加えたりしていないので一安心した。自身の事で手一杯らしい。感覚がだいぶ鈍くなってきた。焦点も合わなくなってきている。最後に杏は大丈夫だろうかと心配した。同時に図々しいと自分でも思うが感謝してほしかった。杏を守れたつもりに一瞬でもなっており、そのことを感謝して欲しいと思った。しかし、期待通りの回答は得られなかった。ただ怖がらせて泣かせてしまっていたのだ。ただ泣き叫んでいた。…ああ何もできなかった。自分がどんな姿なのかも知らず、自身が生きていた意味もわからない。挙句守りたいと思った人を怖がらせ泣かせた。私はこのままあめが晴れずにいなくなってしまうのだろうか。そう思うと心残りしかなかった。

段々とぼんやりしてきた。感じる事が出来る音や景色等が混ざりあっていった。

あの時は子供だった。小学五年生の私は今までの人生の中で一番暗かったと思う。それにつけこんでいじめられてた。しかしそんな時不思議な事がおこった。ふと鏡の中の自分と入れ代る七不思議を試し、やっぱりほら話とわかった。その後なんとなく寂しそうな鏡を見て、どことなく落ち着いてた。私と似ていたと思ったからかもしれない。ぼんやりしていたらいつの間にか寝てしまっていて、いじめてた奴らに出くわした。人生最悪の瞬間だ。しかし途端にその鏡は倒れた。当時はびっくりして泣いていたが、鏡の破片は何故か一番近かった私には一欠片も刺さらなかった。その騒ぎがきっかけで先生達がどん底の私を見つけてくれた。ゆっくりといじわるは減ってというか興味をもたれなくなっていじめはおこらなくなっていった。私に見えないようにやっていただけかもしれないけど。「杏先生何してるの?」「ちょっと考え事してただけ。直ぐに行くわ。」「はーい。」どちらかと言うと学校には辛い記憶のほうが多い。だけども私は今教師になって子供たちに勉強を教えている。理由は二つ。一つ目は私がされた嫌な事を教師の立場で少しでも減らすため。完全にいじめを無くす事はできないけれど、私のような傷を放って置けないから。二つ目はあの鏡にもう一度会いたいから。会ってありがとうと伝えたいから。…ちょっと馬鹿らしい。そろそろ次の時間の準備をしないと。そんな風に思って見上げた空は曇一つない快晴でした。


 「鏡」…一 滑らかな平面における光の反射を利用して容姿や物の像などをうつし見る道具。中国から渡来。古くは金属、特に銅合金を磨いたり錫を塗ったり、または錫めっきを施したりした。円形・方形・花形・稜形などに作り、室町時代から柄をつけるようになった。今日では、硝酸銀水溶液をガラス面に注ぎ、苛性ソーダなどによってコロイド状の銀をガラス面に沈着させ、その上に樹脂などの保護膜を塗る。鏡は古来、呪術的なものとして重視され、祭器や権威の象徴・財宝とされた。

    二 (鑑とも書く)手本。規範。

    三以降省略。


参考文献…広辞苑第七版三千二百四十五、六頁。


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