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無口無表情な婚約者の心の声は大変愉快でした

息抜きに書いた十割趣味小説なので万人受けしないうっすい内容です。

 光が当たれば銀糸の様に輝く灰色の髪、知的さを感じさせる翠玉のごとき澄んだ瞳、美しい彫像の様に整った(かんばせ)。国一番の美男子とも謳われる目の前の人物は私の婚約者。初対面ではあまりにも眩しすぎて直視できませんでした。


 現在、私に聴こえている「声」がある。


『ヘイヘイヘーイ♪ ヘイヘーイ♪』


 劇でも演奏会でも耳にしたことの無い、気の抜けるような奇妙な曲。


 幻聴だと思いたい、けれど、この「心の声」は彼から発せられていて。





 私の名前はリルルシカ。セービン伯爵家の長女です。以前は第一王子の婚約者候補でしたが、外された後に侯爵家嫡男のヴェシオン・ファディムート様の婚約者となりました。


 彼は幼い頃から神童と評され、通常十五歳で卒業する王立貴族学院を僅か十歳で主席卒業しました。卒業後しばらく国の研究機関に所属していましたが、次期宰相に指名され、現在は宰相補佐として休日以外毎日登城しており多忙の身です。


 眉目秀麗、聡明叡智。誰もが彼を完璧な人物だと言います。私自身もそんな彼が婚約者で素直に嬉しいです。


 でも……彼が私をどう思っているか全くわからないのです。何故なら、まさに彫像のように一切彼の表情は変わらないから……。


 手紙をいただいても大抵一、二行だけのそっけないものですし、誕生日の贈り物にはカードも添えられていません。パーティでエスコートしてくださる際にお会いしても挨拶のみで会話はありません。彼は無表情な上に私の前では大変無口なのです。


 しかし、忙しいにもかかわらず手紙を出せば短いながらも必ず返事を頂けるのも、私の誕生日に贈り物は毎年欠かさないのも、パーティはお仕事を休んだり早退してまでエスコートをしてくださっているのも事実。嫌われてはいないと思います。思いたいです……。


 だから、良くないことだけど、貴方の心を覗かせてもらう事にしました。


 この世には天恵(ギフト)という特殊能力が存在します。これは神から一部の血筋の者に授けられるとされており、天恵を授けられる家系は必ず国に申告しなければなりません。無申告は重大な犯罪です。下手をすれば死罪もあり得ます。

 セービン家直系の女性には代々「心眼」が授けられます。これは対象の心を読み取る能力。具体的な感じ方は人により変わりますが、大抵、色として見えたり、音として聞こえたりします。直接心の声が聴こえるのは稀です。


 授けられた天恵の詳細はその人物が十五歳になれば鑑定で判定できるようになります。

 私の場合、心は音で感じる、使用上限は三人でした。率直に言って大変しょぼい結果です。

 父親もガッカリしていました。義母は呆れ、異母妹は笑っていました。

 第一王子の婚約者候補だったのも王妃として人を判断できるように、より良い「心眼の」性能を期待してのものだった為、当然外されました。それまで表面上は優しく接してくれた第一王子が冷たい目で私を見ていたのはわかっていても傷つきましたが、これでもう「未来の王妃になるかもしれないのだから」と厳しい躾──叱られたり、叩かれたり、食事を抜かれたりせずに済むので心底ホッとしたものです。

 しかし、実際は義母の私に対する態度は変わらず、それどころかヴェシオン様の婚約者となってからは異母妹が「お姉さまに苛められたと」虚言を吐くせいで、以前よりも敵視されています。そのせいで屋敷では安全な自室に籠りきり生活です。たまには気分転換に庭園でお花を眺めたりしたいけど、義母と異母妹に遭遇したくないので我慢です……。


 少し思考が脱線しました。ともかく、私が心を覗ける人間は三名だけ、いざという時の為に取って置かなければいけません。安易に使うべきではないと分かっています。


 セービン伯爵家と縁のある家が開催する舞踏会が終わった帰りの馬車の中。私とヴェシオン様の二人きり。彼は行きの馬車でも挨拶のみで無言、舞踏会でも最初に私と踊ると一人で挨拶周りに行ってしまいましたので、碌に会話をしていません。

 今、彼は車窓から外を見ていて、こちらに視線を向けることは無く。その端正な横顔からは何も読み取れない。……毎回、沈黙が重くなってきていると感じるのは私だけでしょうか。もう限界です、耐えられません。


 ヴェシオン様が私をどう思っているのかだけでも、知りたい。もし嫌われているのなら……それを理由に婚約解消は無理だから、もう手紙を送るのもパーティのエスコートをお願いするのも控えよう。お飾り婚約者に徹します。


 彼に意識を向け「心眼」を発動すれば、ザザッという、雑音が最初に聴こえて──



『……オッヒョ! 今歩いてたおにゃご、キャッワイィーッ!!!! 艶のある黒髪たまらんワー!』



「!?」


 げ……幻聴…………? お、おっひょ?? でも、聞こえた音……というか声は、いつもと全然違う口調だけど、ヴェシオン様のものに似ていて。


『でも、やっぱルシカちゃんのが百倍カワヨーッやな!』


「!!??」


 ルシカ……もしかして、私の事でしょうか。確かに私の愛称です。彼に呼ばれたことはありませんが。もしかして、本当にこれがヴェシオン様の心の声? 彼は、誰からも尊敬される……聡明な人物のはずで……こんな事を考えるはずは……。


『……ヘイヘヘイヘイヘーイ、ヘイヘーイ♪』

「へ、へい??」


 突然変な歌が流れてきたので口に出してしまいました。咄嗟に片手で口を押えますが、もう遅い。外を見ていたヴェシオン様が、こちらに顔を向けます。


「……」


 何も言われません。ただじっと感情の浮かばない瞳が私を射抜きます。変な汗が噴き出してきました。とりあえず口から手を離し、何も無かったフリをします。


『……もしかして、ルシカちゃーん、「心眼」使ったんかー?』


 やはり、先ほどの声はヴェシオン様のものなの? え、確定? さっきのが、本当に? ……かなりの動揺ですが、とりあえず、ここで返事をしなければ良いのです。「心眼」使用はバレない筈。「心眼」の効果は短くて数分、長くて数日なのですから。心の声など聞こえなかったのです。ヴェシオン様は「ヘイヘーイ」など歌わないのです。ずっと変な心の声と同時に雑音のようなものも聞こえていますし、幻聴なのです。


『あ、ルシカちゃーん、鼻毛付いとるーっ!』

「えっ」


 思わず鼻を両手で覆ってしまい……ああ、やってしまいました……。


『ウッソー! だから安心してええんやで。そっかあ、「心眼」使っちゃったか!』

「す、すみません……!」

『いや、怒っては無いよ。ただなー、うーん。俺の外見と正反対の中身でドン引きかなーって』

「え、……いえ、……ただ驚いただけで……」

『マジ? やったね、ドン引かれてないヒャッホッホー! なんかごめんねー! こんなんでー!』

「あの、本当に、ヴェシオン様の心の声なのですか?」


 私を見つめ続けている彼の表情は一切変わらない。もしかして、これは幻聴で、目の前の彼は突然一人でしゃべり始めた私に引いているのではないかと不安になる。手に嫌な汗を感じながら、彼の目を見つめ返すと、


「ヘイヘーイ」

「!?」


 今、間違いなくヴェシオン様が口を動かして実際に声を出した……! という事は彼の頭の中が、何というか……軽……じゃなくて、妙に明るいのは事実……。


『これで信じた? マジごめんねーっ!』

「いえ、こちらこそ、ごめんなさい……! 誰でも知られたくない事がありますよね。それなのに私、軽率に天恵なんか使って……」

『んー、知られたくは無かった気もするけど、まあしゃあないやろ。気にせんでー』


 それから、再び彼は車窓へ視線を向けます。何やら雑音は続いていますが、彼の心の声は聞こえず、沈黙が降ります。静かになると先ほどの会話が気のせいだったきがします。そう思いたいです。


『オッヒョ! また黒髪美女きたぞい、しゅき!!!!』


 気のせいではありませんでした。


 先ほども黒髪の女性に反応していたので、黒髪がお好きなのでしょうか。私の髪は白金色。彼の好みでは無いのですね。……あれ、そういえば私の方が可愛いと言う声も聴こえていました。と、言う事は嫌われていない?


 知りたかった情報は得られたわけですが、疑問が湧いてきます。


 本来の彼が軽……ではなく明るい性格なのなら、何故無口無表情なのか。

 私の事を嫌っていないのなら、何故会話は必要最低限なのか。手紙が一、二行なのもどうして。

 心では愛称呼びしてくれているのなら、何故普段からもそうしてくれないのか。

 あと、何故若干心の声が辺境訛なのか。

 ……疑いたくないけれど、経歴などは本当のものなのか。


 あれこれ考えていると、こちらに再び視線を向ける彼に気付きました。


『こんなアホっぽい中身の奴が次期宰相とかマジかよ! 天才とか嘘やろ! もしくは影武者か! って思ったっしょ』

「もしかしてヴェシオン様も心が……!?」

『いんや、顔に書いてあるで』

「えっ」


 貴族令嬢として、そのままの感情を表に出さないようにしていますが、ヴェシオン様の心の声が予想外の為、動転してしまって上手く表情筋がコントロールできていないのかもしれません。


「す、すみません……」

『普段見られん表情見られて、こっちはラッキーじゃ。ルシカちゃんどんな顔もかーわーいーいー』

「!」


 容姿を褒められるの事は結構あります。私の母はデビュタント当時社交界を騒がせたほどの美貌ですから、娘の私にも少しは受け継がれているのです。でも、貴族令嬢らしくない表情を褒められたのは初めてです……。私がふと感情のままに表情を作ると義母は「根がぼけっとしているのが露呈したみっともない顔」と言って叱るのです。異母妹も「貴族令嬢なのに芋臭い」と言って笑います。


『あ、そうそう、一応ちゃんと仕事してるかは証明しておくわなー!』

「?」


 すると、とてつもない速度で膨大な音が流れていきます。早すぎて上手く聴き取れません。収穫量、農閑期などの言葉が何とか拾えたので、宰相補佐としての仕事のうち農耕に関する情報だと言うのが理解できた頃には、もう次の情報に切り替わり、税金に関する言葉が流れてゆきます。脳が疲れてきたのか、言葉が拾えなくなり、ずっと聞こえている雑音と近い音になってきました。


「も、もう良いです。宰相補佐が事実だというのは情報量でわかりました……」

『なら良か! ルシカちゃんに経歴詐称野郎とは思われたくねーんでな! ヤッタネ!』


 そこで、馬車が停車しました。私の屋敷に到着したのです。ヴェシオン様が優雅な動作で流れるように先に降り、私に手を差し出します。


『降りる時気ぃつけーやー』


 ここで別れてしまえば、もう心の声は聴こえなくなるでしょう。心眼は一名に一度きりしか使えない。心は結構おしゃべりだと『心眼』使用でバレたのに、彼は相変わらず無口無表情です。何か事情があるのでしょうか。今後も普通にお話をして下さらないのでは……。


 心の声が聴こえた事により生じた疑問は経歴についてしか解消してない。それに、せっかく嫌われていないと知れたのだから、もっと彼の事を知りたい。


 軽……ではなく、とっても明るい性格だと分かって驚きはしたけれど、不思議と嫌では無いのです。むしろ完璧すぎて近寄り難かった、まるで天に住まう神の眷属かという印象が覆され、同じ地上に住まう普通の人なのだと思えます。


「……あの、私、もっと貴方の事が知りたいです……」


 思ったままの事を呟いてしまいました。今、私はどんな表情をしているのでしょう。俯いた顔を上げれば、ヴェシオン様の眉が僅かに動いた気がしました。


『え? てっきり、ここは普通婚約解消してくれ言うところかと思たが』

「ど、どうしてそうなるのですか……」

『こんなふざけた奴、嫌やろ』

「嫌では無いです」

『正気?』

「は、はい」

『うっそやろ、おい』


 彼は無表情ながらも、軽く腕を組み悩む様な仕草を取ります。


『まあ、例えルシカちゃんに婚約解消言われても、今は応じられんしのう。でも俺の事知りたい、か……』


 彼は私の事が嫌いでは無いのに、今でないなら婚約解消に応じられると。この婚約はヴェシオン様側から打診してこられて成立したもの。何か利があっての事のはずですが……。考えても良くわかりません。とりあえず、はっきりしているのは嫌われていないのなら彼と結婚したいという事です。仲良くできたらいいなと思います。


「……駄目でしょうか」

『うーん、ま、ええか! ルシカちゃんも色々聞きたいだろうし、ほな、積極的に文通でもしよかい。文才ないけど勘弁してえな』

「はい、是非」

『そのかわり俺の手紙は読んだら焼却してくりゃれ』

「え」


 将来夫となる人との最初の歩み寄りの思い出としてとって置きたかったのですが、彼としては本当の性格を隠しているので都合が悪いのかもしれません。諦めます。


「わかりました、その代わりに一、二行の淡泊な手紙は止めて下さると嬉しいです」


 私が長い手紙を送って、頂いた返事が短いと、少し自分が馬鹿みたいに思えて空しいのです。彼は心の声では無く直接「ああ、わかった。なるべく長い文になるよう心掛ける」と声に出しました。


 ああ、やっぱり、本当に、改めて心の声はヴェシオン様のものなのだとわかりました。


 無口無表情な彼は、心の中で「ヘイヘーイ」と歌うような……愉快な人だったのです。





 そして、ヴェシオン様と文通が始まりました。


 まず、彼の表情が変わらないのは呪いだそうです。

 昔、先祖にかけられた「表情が変わらない呪い」は定期的にファディムート侯爵家の跡継ぎに発現するのだそう。公にされていない情報を私に教えてくれた事に驚きました。「ルシカちゃんはこういうのバラさないだろうから」という言葉が添えられていて、人柄は信用されているのだと嬉しくなります。

 両親は当初解呪しようとしていたそうですが、彼は先祖が呪われた経緯を知って「先祖がクソ野郎で呪われるのも仕方ない事をしたのだし、死ぬような呪いでは無いのだから、呪いは甘んじて受け入れてあげるべきじゃん?」と考えているのだとか。子孫である彼には関係の無い事で被害者なのに、そう考えられるだなんて、不思議な方だと思います。


 彼が無口なのは、私の前で緊張しているからだそうです。私を一目見た時から可愛いと思った彼は、私に嫌われたくないあまり極度にガチガチになってしまうと。私の容姿は気に入ってくれているようで何よりです。

 その割には黒髪の女性に反応していましたね、とも思いますが、これはまだ聞けていません。私も将来夫となる人に嫌われたくないので。


 周囲に愉快な性格を隠しているのは、普通に貴族らしくないから隠せと言われたそうです。でしょうね。


 手紙は本性がバレるのを気にして添削を重ねた結果、短いものになっていたのだそうです。今の手紙も他の方の手紙と比べると短いかもしれませんが、私の疑問には答えてくださり、近況などにも反応してくださいます。


 誕生日の贈り物にカードが無いのは「こいつ、誕生日に贈り物とかいっちょ前に婚約者気取りかよ、キッショ!」と思われたくなくて「誕生日の贈り物じゃないです。よくある普通のちょっとした贈り物です」と偽装する為にカード無しだったそうです。いえ、婚約者気取りもなにも、婚約者なのですが……。そういえば贈り物の内容もインクや日記帳など消耗品で、婚約者に贈るものでは無いですね。どれも高価な品でしたが、婚約者に贈るのは自分の瞳と同じ色の宝飾品などです。贈り物の内容まで婚約者気取りにならないよう気にしていたのですか。もう一度言いますが正式な婚約者です……。


 愛称呼びもしたかったけれど「慣れ慣れしっウザッ」と思われるのを恐れて出来なかったそうです。今度お会いした時はルシカとお呼び下さいと頼みました、それから私もシオン様とお呼びしてもよろしいかと伺うと「一文字しか違わないからヴェシオン呼びで良くない?」と。どうしても愛称で呼びたいとお願いすると「呼ばれるたびに一時停止するかもしれないけど、それでいいなら」と許可を頂きました。何故一時停止するのでしょう……?


 心の声が辺境訛なのは、ファディムート侯爵家が取引している辺境出身商人の影響だそうです。幼い頃、商人の言葉を聞いている内に「俺の魂を表現する言葉だ!」と感じて思考が辺境訛になったらしいです。小さいシオン様が心を表現するのにぴったりな言葉に出会えて無表情で「ヤッタネー」と喜ぶ様が浮かびました。可愛い。


 お互いの好きな物の話題も沢山交わしました。最初は「好キナ物ナイヨー、ホントダヨー」とはぐらかしていたシオン様ですが、私の好きな物をお教えしてシオン様もお好きですか? それとも、こういった物が好みですか? などと何度も質問すれば少しづつ教えて下さりました。


 食べ物は本当に好き嫌いが無くて食べられればそれでいいそうです。しかし、紅茶はあまりお好きでないことと、特に好きでは無いけどよく珈琲を飲まれるの事も知りました。

 猫舌なのでぬるめの珈琲を淹れるよう従者に言ってあるけれど、たまに嫌がらせで熱々のものを出されるらしく「いつかクビにしたる!」と書いてありました。でも、彼の従者が解雇されたという話は聞かないので、単なるシオン様と従者の方の仲良しエピソードでした。ほっこりです。


 動物は大体お好きだそうです。今は犬と猫と小鳥と鼠を飼っているけれど、忙しくて使用人に世話を任せていたら飼い主だという事を忘れられたのだとか。切ないです。


 本は旅行記や外国の風俗史関連などがお好きだそうです。直接書かれてはいませんが、侯爵家の跡取りという身で無ければ自由に旅をしたいのではないでしょうか。新婚旅行はこの国とは何もかも違う遠い異国の地を提案してみようと思います。


 あの舞踏会の夜以降、お会いしていませんけれど、今ではシオン様がとても身近な存在に感じられます。


「会いたいな……」


 思わず口を突いて出た言葉を聞いていた侍女が生暖かい瞳で私を見ています。彼女は、確かシオン様との婚約後あたりでしょうか? その頃に採用された私専属侍女で、元騎士です。彼女が来てからは他の使用人も私に優しくなった気がします。きっと元騎士の迫力です。


「お嬢様、城へヴェシオン様に会いに行かれては?」

「そんなの、無理……」

「城で働く役人や騎士の婚約者が訪れるのはよくあることです」

「そ、そうなの?」


 身分がはっきりわかる場合であれば、と侍女が付け足します。そっか、城と言っても役人が働くのは王族が住まう棟とは別でしょうし、貴族ならば問題ないのかもしれません。


 急にソワソワしてしまいます。


「どうしましょう、明日とか大丈夫でしょうか、先にお知らせしなければ……あ、あと、いつ頃のお時間がいいかお伺いしないと……」

「丁度もうすぐ昼休憩の時間ですね。急に訪れて驚かせるのもアリですよ、善は急げです。今から行きましょう」

「いまから!?」


 侍女が悪戯っぽく笑いました。


「な、何か差し入れとかあった方がいいでしょうし……」

「最近、厨房の者が珈琲ビスケットなるものを考案したようですよ」


 珈琲ビスケット……! 特にお好きでないと言ってもよく珈琲をお飲みになるなら、召し上がっていただけるかも。


「ふ、服……お化粧の準備……」

「そんな、いつもパーティなどで見せる如何にも着飾った姿より、普段のお嬢様のお姿をお見せしては? 今日もお嬢様はお綺麗ですよ」


 確かにお化粧気合バッチリで城に行くのも恥ずかしいかもしれません……。何だか準備されてるような言いくるめられているような気がしますが、シオン様にお会いしたい気持ちが強いのも事実です。


 そうして、何故か毎朝焼いているという珈琲ビスケットを持って城へ向かう事にしたのです。





 身分を証明できる物をみせるまでも無く、セービン伯爵家の紋の馬車で訪れればすんなりと入城許可されました。現在は宰相が使用する棟へ案内されています。


 その時遠くから、雑音と共に奇妙な声が、間違うはずがありません、これはシオン様の……、


『ウッヒョーイヒョヒョーイ♪ ヒョイヒョイヒョー♪』


 ヘイヘーイ以外にも曲があったようです。


 というか、あれから一か月ほど経過しているのに「心眼」が効果持続している……? 通常はここまで長くありませんが、奇妙な事もあるものですね。


 案内の方に断ってから、声の聞こえる方へ足を運ぶと、何人かと話しながら歩いているシオン様を発見しました。何やら資料片手に難しい会話をしています。ヒョイヒョイという音楽はまだ聴こえています。会話しながらも心ではヒョイヒョイ歌っているの、器用すぎませんか。聞こえてくる政治の内容と心の声が乖離し過ぎていて可笑しいです。笑ってしまいそう。


『おん!? ルシカちゃんやんけ!!!! えっ何で!?』


 シオン様が私に気付きました、お連れの部下らしき方々をその場に留めてこちらに来てくださいます。


『何故に城に!?』

「すみません、どうしてもお会いしたくなって」

『会いたい!?』

「はい、ご迷惑でしたか……?」

『いや迷惑では無いけども! というか、心の声まだ聴こえとるやんけ! 何で!? まあ、それは置いといてルシカちゃんの顔見れて心が潤いますありがとう!』

「シオン様……」


 お名前を呼ぶと一瞬、本当に手紙に書かれていた通りシオン様が硬直しました。


 私は一度首を傾げてから、持っていた籠を差し出します。


「この時間帯はお昼休憩だと伺って……よろしければ食後にどうぞ」

『えっ差し入れ? アリガトー! キャーウレシー! キャッキャッ』


 目の前のシオン様の表情は変わりませんが、聴こえてくる心の声が弾んでいるように感じます。


「あの、シオン様の昼食が終わるのを待っていますので、少しでもお話できますか?」


 また一瞬硬直しました。何故かとお聞きすると『可愛い生き物の口から自分の愛称が飛び出してくる状況に脳が停止する』との返答が返ってきました。照れます。


『……うん、話すくらいはいいか。ルシカちゃんお昼まだ? どうせなら一緒にお昼食べる? 勤め人用の食堂でよければやけども』

「はい!」

『なら、待たせてる奴らに昼休憩するって言ってくるわい』


 シオン様がお連れの人の所に向かうと、


「あの、無視は如何なものかと……」

「そちらのご令嬢、婚約者様では」


 などと言われていて…。

 あっ、今、私、一人で反応の無いシオン様に一方的に話しかけてた変な人に見えていた? 恥ずかしい……、少し顔が熱くなってきました。


「彼女は今「心眼」で俺の心を読んでいるから問題ない」


 いえ、私は問題あります。周囲の目が気になるので普通にお話したいです……。しかし『ルシカちゃんの前だとまだ緊張して上手く喋れんワー』との事で、「心眼」効果が続く間は、はたから見ると私がシオン様に一方的に話しかけている状態のままなのでした……。





 あれから、私は何度も城へ足を運びました。珈琲ガレットや珈琲フィナンシェ、珈琲マカロンなどを携えて。シオン様が珈琲をよく飲まれるのは誰にも教えていないのですが……、我が家の厨房では何故か珈琲を用いたお菓子を考案するのが流行なんでしょうね。


 不思議なのはずっと「心眼」効果が持続している事。シオン様が調べたところによると、国内では報告されていないけれど、国外で「心眼」似た天恵が一生続く例があるそうです。ということは、私は一生シオン様の心の声が聴こえるのでしょうか。困るような、困らないような。


 シオン様との仲はとても良好です。お手紙のやり取りも楽しかったですが、直接お会いして言葉を交わすのはもっと楽しいです。といっても、直接口からお声を聞くのは稀ですが……。でも、明るい彼の心の声を聴いているとこちらまで明るい気分になります。ヘイヘイ、ヒョイヒョイといった奇妙な歌は、聞こえてくればシオン様が近くにいると分かって嬉しくなりますし、慣れれば何だか良い曲に思えます。


 彼のお仕事の大変さを知りたくてお話を聞きたいとお願いすると、伝えられる範囲で私もわかるように簡単に話してくださります。

 しかし、このところの城下町の治安についての話題から、いつのまにか治安局と騎士団の仲が悪くて嫌がらせ合戦している話になったりします。騎士団長(レタス好き)が治安局食堂のキャベツを定期的に全部レタスに入れ替えるよう指示しているのも面白いですが、治安局長(レタス嫌い)が毎週明け、騎士団長の執務机に卑猥な形をしたマンドラゴラを飾り付けるのも可笑しいです。どんな嫌がらせですか。

 シオン様は『ルシカちゃん、やっぱどんな顔も可愛いけど笑った顔が一番じゃわ』と仰って、いつも私を笑わせようとしてくるのです。


 そうして一緒に過ごしている内、心の声が聴こえるおかげでもあるのかもしれませんが、表情が無いながらもわずかな仕草が彼の無意識の心を表していると気が付きました。笑わせようと嘘をつく時は本当にほんの僅かに口角が上がる、誤魔化す時は右手の人差し指を僅かにトンとさせる、少し感情を落ち着けたいときは足を組み直すなど。まだ私が発見できていないだけでもっと多くの心を表す仕草があるのでしょう。これから、沢山知っていきたいです。


 今も私は城に訪れています。道中、馬車が渋滞していて遅くなってしまいました。もう昼休憩も終わりの時間です。今日は差し入れをお渡して、すぐに帰ろうと思います。見慣れた棟に近づくと、雑音が聞こえてきました。シオン様が近い証拠です。音の方角へ歩を進めると、彼の心の声も次第にはっきりと聴こえてきます。話しかけようとすると、遠くから時刻を知らせる鐘の音が響きました。


『……イヘーイ♪ お、休憩終わりか、今日はルシカちゃん来なかったなー。それにしても困ったなあ、ついつい邪険にできなくて仲良くしちゃってるけど、まさか本気で俺と普通に結婚するつもりなのかな。真面目な話も出来ないふざけた奴アピールしてるんだけどナー。中々婚約解消って言って来ないナー。今は応じられん言ったからかな。やっぱ最初からルシカちゃんにだけは「結婚はしてもらうけど白い結婚で後に円満離婚な」って言っとくべきだったかナー、うーん、いやでも……』


 頭が真っ白になって、持っていた籠を落としてしまいました。音に気が付いてシオン様がこちらに振り向きます。


『ギャッヒ! 聴いてた、今の!?』

「……」


 答えようと思ったけど、答えられませんでした。口を開けても声が出ず、手が震え、視界がぼやけ……。


『えっ泣っ!? な、泣かんでーーーー!』


 シオン様が駆け寄って来て私の肩に触れようとしますが、手を下ろしました。そういえば、パーティのエスコート以外で触れられたことが無いと気が付きました。どうして……。


「私の事嫌いなんですか……」

『いやいや、嫌いちゃうちゃう、むしろしゅっきやぞ!!!!』

「だって……白い結婚……離婚……っ」


 セービン家に生まれたせいで第一王子の婚約者候補にされ。

 異母妹は自由に過ごしているのに私は未来の王妃に相応しくと義母に厳しく教育されて。

 父に辛いと言ってもお前に課された義務だと冷たくあしらわれて。

 ずっと耐えて生きてきて……。

 十五で判明した天恵の詳細が期待されたもので無くて落胆され。

 私の存在は宙に浮き居場所はどこにもなくなり、修道院で一生を過ごすことが決定され。


 今迄の努力と我慢って何だったのだろうと空しくなって……。

 そんな時に突然シオン様から婚約の打診、歴史あるファディムート侯爵家ならば天恵の血筋も悪用されないと父は断りませんでした。


 救われた、と感じました。次期宰相の妻となるならば今迄の努力も無駄では無かったと……。


 でも、それは違ったようです。


「っ……」


 涙が溢れて嗚咽を漏らす事しかできません。これ以上みっともない姿を晒してはいけないと思い、去ろうとしたらシオン様が私の手首を掴みました。


『ちょ待って、待って! これには訳があるんて! 全部話すから、仕事終わったらルシカちゃん家行くから!』


 そうです、彼は仕事があるのです。私なんかが泣いても無意味なのです。彼が仕事を優先させるのは当たり前。だけど、それすらも嫌われているせいな気がして。


「うっ……あああ……」


 我慢できずに両手で顔を覆って、その場に座り込んでしまいました。体が言う事をききません。


『アワワワ何でー! 何でもっと泣くー!?』


 複数人の気配がして、その場がざわざわとし始め……。


「……何故自分の婚約者を泣かせて慰めずに横突っ立ているのですか」

「いや、これには訳が」

「空いている応接間にでもお連れして落ち着かせてあげなさい」

「仕事が」

「これだけ泣いている婚約者を放って置いて仕事をする奴がどこにいますか! いいから、早くしなさい」


 以前、お連れしていた部下の方らしき声に急かされて、シオン様がそっと私の背に手を当てて、


「立てるか」

『ってウワー! あやつ、抱き上げて運んでやれよって鬼の形相しとるー! コワッ!』


 実際の声と心の声が同時に聞こえ(聴こえ)、ふわりと体が浮遊感に包まれます。


『オワーッ! ルシカちゃん予想以上に軽っ! 飯ちゃんと食っとんか? ん、待って待って、良い香りする……アカンアカン、今ルシカちゃん泣いとる。あ、あ、でも、良い香りする……』


 そんな心の声を発しながらも、素早くどこかの部屋に入ったシオン様が優しく私をソファに座らせてくださいます。彼も隣に腰を下ろしました。


『よし、じゃあ、簡潔に説明するわな! ルシカちゃんの父ちゃん爵位剥奪、セービン家は取り潰しになるから、ルシカちゃんに婚約申し込みました!』

「!?」


 突飛すぎて話が飲み込めません。


『ほら、貴族ってどこも裏で色々やってるっしょ? セービン家のそれとうちの宗主国の政策方針転換とが何かこう具合が……都合が悪いから、じゃあもう丸ごと無くしちゃお! ってなった訳よ』


 そんな、お父様が裏で何か良く無い事を……? でも、どこも裏で色々あるって……。


「……それで……どうして私に婚約を?」

『前からカワイーッって思ってたのと……あのー……上から目線で申し訳ナスだけど……ルシカちゃんがあんまりにも哀れだから……』

「それは修道院行きが決まったからですか?」


 私が行く事を決定されていたのは修道院と言う名の実質牢獄です。何か問題のあった貴族令嬢などを閉じ込めておく為の場所で、一度入れば二度と出られないと噂されています。


『いんや、前から義母に教育と言う名の虐待受けて異母妹からは馬鹿にされて父親は無関心で家庭環境エグッからの、修道院行きと偽って変態ジジィの元に売られそうになったのがちょっと可哀想になったからかな』


 どうして私の家庭環境に詳しいのでしょう、それにサラッと受け入れがたい事実が混ぜられました。


『ほんと、単なる哀れみでごめんネー。偽善で、別に前からルシカちゃんにガチ恋とかでないんや……』


 私の事が好きで助けた訳では無いと知り、少し胸がずきりと痛みます。単なる哀れみ、しかし、私はそれで助けられました。


『そんな軽い理由で、ルシカちゃんを一旦うちの侯爵家の人間にしてあげて、数年後に円満離婚でお金渡して自由にしてあげよって思ったわけよ』

「……離婚は私が黒髪で無いからですか……?」

『えっ黒髪!? ああ、あの心眼使った初日の! 黒髪って言うか黒色好きなだけだから!』

「……でも黒髪の女性に可愛いとか好きとか仰っていました」


 つい唇を噛みしめてしまいます。また涙が滲んできました。


『また泣っ、あばば、ほら、ルシカちゃんもイケメンみたら、うおイケメンて思うっしょ? それと同じよ』


 つまり、言外に私の事は可愛いと思っていても異性としては見れないと。


『ギエー! よけいに泣かんでー!』


 シオン様が無表情のまま分かりやすくオロオロ狼狽しています。私は自分の髪を一束つまんで、


「黒髪に染めれば本当の妻にしてくださいますか?」

『いや、ルシカちゃんの髪そのままで綺麗じゃて』

「なら、どうして妻にしてくれないのですか!」


 語気を強めてしまって自分でも驚きます。感情的になってしまうのは、もしかして……気付かない内に、シオン様の事を好きになってしまっているからでしょうか。


『イヤー、ソレハソノー……ああー泣かんデーーッ!』

「だって……私には理由も教えて頂けないなんてっ……」

『わかった、わかった! 理由言う! 単に俺が嫌われるのが怖かっただけじゃて……』


 嫌われるも何も、自由な心の声を聴いてむしろ親しみを覚えましたが……。そう言うと、シオン様は少し迷うように視線を左右に動かしてから、


『ルシカちゃん、俺、君が思ってるほど愉快な奴ちゃうんて。人間を平気で切り捨てられる奴なんじゃあ……』

「それは仕方の無い事です。時には小を切り捨てる決断も必要でしょう。そんな事で嫌いになりません」

『ホントに?』

「はい」

『ううん、絶対嫌いになるよ。セービン家取り潰しまではしなくて良かったけど、ルシカちゃんへの仕打ちに「可愛い生き物苛めるな~」ってちょっとムカついたとかフワっとした理由で取り潰しの方向にもってったの俺じゃし』

「え」

『第一王子が手のひら返してルシカちゃんを虫けら見る目でみたから、さっきと同じフワっとした理由で廃嫡の方向にもってってるのも俺じゃし』

「え」


 ただの宰相補佐がそこまでできるものなのでしょうか。そのまま疑問が顔に出てしまったようで彼は答えてくれます。


『実は言ってないだけで宰相補佐以外の身分もあるんよ………平然とその時の気分次第で人間消せるし消してきたんよ……』

「それは……聞いてもいいものなのでしょうか」

『良くないから黙っててね、ホントは守秘義務あるんじゃわ。誰かに言ったら俺でも庇えんよ。俺、正真正銘この国の人間だけど、立場でいったらどちらかというと宗主国側なんよ……』


 つまり、スパイだとか、それに近い存在なのかもしれません。


『そんなだから、嫌いになったでしょ? ネ? ネ?』


 驚きはあります。でも、心の声が最初に聴こえた時ほどのものではなくて。


「嫌いになりません」

『うっそだろ、おい。嫌いにならないと駄目じゃて』


 はっきり言わないと伝わらないかもしれないので、恥ずかしいですが想いを告げます。


「シオン様のことが……す、好きです。お慕いしています。お願いです、本当の妻にしてください……!」


 シオン様がソファから慌てるように立ち上がります。


『というか! そもそも心でヘイヘーイ歌うような奴慕ったらアカンて!』

「私、シオン様のお歌好きです!」

『趣味がおかしい! 目ぇ覚まして!』

「おかしくありません! 明るくて楽しいです!」

『……やめてくれ……俺みたいな奴が女性を幸せにできるはずがないんだ……!』


 その声は、言葉は、一切訛っていませんでした。これがシオン様の本音なのかもしれません。


「幸せにしてもらわなくても私が勝手に幸せなので良いのです!」

『んなっ……!』

「シオン様の気持ち、わかります。私も自分が幸せになる自信はあっても、貴方を幸せにする自信はありません……」


 私もソファから立ち上がり、そっとシオン様の手に触れると、彼の手は異常に冷えていました。体温を分けてあげられるように、私は両手で彼の手を包み、


「私たち同じです。だから、一緒にお互いを幸せにする努力をしてみませんか?」


 彼の表情の無い顔を見上げます。令嬢らしい取り繕った表情なんて捨て去り、私の気持ちが彼に伝わるように想いを込めて瞳を覗き込むと、いつもより掠れた小さな声が聴こえてきました。


『…………そんな顔で、そんなん言われたらもう「ちょっとだけ頑張ってみます」て言うしかないじゃん……可愛い生き物ずりぃ……』


 表情の変わらないシオン様が空いている方の手で口元を隠すのは、照れているのでしょうか。


「あ、でも、シオン様のその……もう一つのお顔的に、私の天恵は良く無いのでしょうか」


 もし一生シオン様の心の声が聴こえるのなら、宗主国側の立場である彼の事、私が知るべきではない情報を知ってしまうかもしれないということ。私が捕まって情報を吐き出してしまえば、彼が危うくなります。


『聞いたら後戻りできないけどいーい?』

「はい」


 次期宰相でありながら、宗主国側の人物の妻になるにはそれなりに危険が伴うのでしょう。今この時その覚悟があるかと問われれば、答えられません。他に居場所が無いから、という浅ましい理由も含まれていると思いますが、でも彼の傍に居たいと感じるのです。

 何故かふと、最初に天恵を使った、私の貴族らしくない表情を可愛いと言って下さった夜を思い出しました。あの時、私は貴方に恋をしたのかもしれません。覚悟は後からしてゆけばいい。


『……俺、独占欲強いけどいい?』

「はい」

『嫉妬もすごいけどいい?』

「はい」

『ホントはルシカちゃん滅茶苦茶好きで、自由にしてあげるとかいいつつ、離婚後に男がルシカちゃんに言い寄ったらそいつ消すつもりだったけどいい?』

「え……は、はい」


 あ、あれ? 異性としては見られていなかったのでは……。疑問は彼の次の言葉で解けました。


『俺相当な嘘つきだよ』


 何が嘘で何が本当なのか、わからないけれど。

 私が「心眼」を使う前から、彼が対策していたという線は薄いはず。私が使うかもわからない時を想定して、心でふざけた性格を演じる必要性が感じられません。

 だから、彼の心が大変愉快なのは、常日頃から片方の思考では「ヘイヘーイ」な感じだったのは、確かだと思います。それが彼の心のほんの一部だとしても、それでもきっと本物の彼の心には違いないのです。

 私は貴族らしくないシオン様の明るい心に惹かれたのでしょう。貴族らしくない私の笑顔を可愛いと褒めてくれた貴方みたいに。こんな所も私たち同じですね。


「……はい、構いません」

『それじゃあ教えるけど、その心配無いんじゃわ。俺実は「高速並列思考」って天恵もどき持っててん。これかなりの機密だから気を付けてー。「心眼」系やそれに類似する天恵は「高速並列思考」と相性悪くて思考読み取れないわけよ。俺、ヘイヘイ歌ってるのと同時に片方の思考で真面目な事考えたりしてんの。信じられないって? ソダヨネー! わかる! 俺も逆だったらソウ思う!』

「も、もしかして、心の声と同時に雑音が聴こえているのはそのせいでしょうか?」

『ダネー。高速だから、普通の脳では処理できないんだろネ。あ、これすっげぇ嫌味ったらしい言い方? 気ぃ悪くしたらマジごめんねー! エヘエヘ!』

「い、いえ、だいじょうぶです……」


 シオン様が天恵を持っているなんて……。無申告は重罪……。それに一体どうやって今迄「鑑定眼」保持者の前で隠し通せたのでしょう。天恵では無く「もどき」と仰った事が関係している? ……深くは追及すべきでないのかもしれません。


 文通をしたり、城に訪れてお会いしたり、それでシオン様の事を知った気になっていたけれど、以前人柄は信用されていると嬉しくなったことがあったけれど、それらは大きな思い上がりだったのでしょう。これからも私には教えていただけない事は、沢山、沢山あり、嘘も吐かれるのでしょう。


 それでもいい。誰からも完璧だと評されているけれど、本当は「自分には女性を幸せにできない」という自信の無い所がある、私と同じ普通の人間な彼を、できるならば支えて差し上げたい。これは彼の心の声が聴こえる私にしかできないと思うから。


「シオン様、私、貴方を幸せにできるよう、頑張ります」


「ああ、俺も善処する」

『……あーあ、いつか手放すからって触れるのも我慢してたのに、ルシカちゃんを色んな事に巻き込みたくなかったのに…………あーでも何だかんだ言ってもウレシ!! ルシカちゃんがいずれ俺のほんとの奥さんに……! ヤッタネ! ッシャアァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』


 シオン様の実際の声と心の声の差が可笑しくて笑ってしまった時、気のせいかもしれないけれど、彼の変わらない表情が少し柔らかくなった気がしました。

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[良い点] とても面白かったです。心の声と普段が激しい婚約者ですがきっと愛されてると自覚する主人公が好きです
[良い点] これはとてもいいウェーイ系…! 傍から見ればひとりごとだけど…! [気になる点] 続きは…続きの執筆のご予定はありますか…!!! [一言] 超高速思考+通常思考(ウェーイ系)+リアル会話め…
[一言] 楽しく読ませていただきました。 お気に入り登録させて頂きたいです!
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