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あすのイヴ  作者: Day1
1/1

12月6日の寒空

少し暗めの作品になっています月に2、3回程度の更新です。

10話前後で完結する予定です。

雪が降っていた。

足元は水浸しになっていて、雪片が沈んではまた消えていった。

空を見上げれば色は黒、手をかざして雪を捕まえてみる。

真っ白な雪が真っ赤になった手のひらに透けて溶けた。

雪の白より、僕の吐息のほうが寒々しく、白々しかった。

既に水浸しの足元は、ズキズキと痛い。

僕が歩き始めて1時間が過ぎただろうか。

海沿いにコの字に位置するこの街は静かで、

街灯が疎らなこの街はやはり人通りがなかった。

駅から住宅街は歩いて十数分でたどり着いたが、祖父の家はそこから随分歩くようだ。

家と家の感覚が次第に広くなり、目の悪い僕では視界の隅に収める程度だ。

普段はメガネを掛けているのだが、マフラーを外さなければあっという間に曇ってしまうのだ。

僕の背後に光が当たった。振り返ると、1台のタクシーが近くまで来ていた。

道の端まで体を寄せると、タクシーのドアガラスを開けて軽く身を出して話しかけてきた。

「見ない制服だけど、どこの子?」

快活そうな女性だ、年は40歳ぐらいだろうか。

「東京から来ました。」

「へー、珍しいこんな田舎に何か用かい?良ければ乗っけてくけど。」

彼女は自分の後ろを親指で指し示した。

「すみません。持ち合わせがなくて。」

そういうと彼女はタクシーのドア開けると

「しょうがないね、乗りな。私も今日は帰るところだから。」

と言った。僕は頭を軽く下げて載せてもらった。

「どこに行くの?」

「あの…この場所までお願いします。」

僕はかばんの中に仕舞っていたメモを運転手に渡す。

彼女は少し考える素振りを見せて、タクシーを走らせた。

「あんた、先生の孫かなんか?」

僕は疑問に思い、少し小首を傾げる。

「知らないの?小倉先生。」

コクラ…こくら…小倉?

小倉は確か母の旧姓だったろうか。それはそうだ、祖父の元へ尋ねるのだから。

そこで僕は父方か母方、どちらの祖父の家に行こうとしているのすら知らなかった、

母に聞かされてないのだと気がついた。

「すみません。祖父の元でお世話になるように。としか。」

彼女は考え込む。今回は深刻そうに眉間にシワを作りながら、そして最後に浅いため息をついて。

「小倉先生、先週倒れられたんだ、今は入院中、聞いて…なさそうだね」

そういうと彼女はまた少しため息を付いた。

10分も立たないうちに、

「着いたよ」

と知らせてくれた。

目的地であろうその家は広く大きかった。

月明かりや、車のライトしか光が無いため、外からでは詳細な作りがわからなかったけど、

少なくとも柵扉でできた簡易的な門は立派ではあったし、

石畳が引かれていて十数歩ぐらいの距離に続いている。

そこから玄関に続いているだろう扉は装飾が派手過ぎず、上品に施してあるのが微かに見える。

「助かりました。ありがとうございます」と運転手に礼を言うと

「別にいいけどさ、あんた鍵とかはもらってるの?良かったらウチで面倒見てあげてもいいけど」

と彼女は心配そうな顔でこちらを見ていた。

「大丈夫です、鍵はあずかっていますし、祖父には明日の朝にでもご挨拶に伺おうと思います。」

彼女を心配させないように、とは方便だろう。だが嘘ではない

少し大げさに笑い心配は無いと、伝えた。


車が去ると、もう外には月の光と遠くに見える豆粒のような家々の光しか無い。

これも夜景のだと思えば、風情かもしれないと一人ごちる。

本当は鍵なんて預かっていなかったのだ。

昔から、人の好意や善意を素直に受け取れないのは僕の悪い癖なのだろうと思う。

僕は開くはずもない扉に手を掛け、軽く引いてみた。ガタ、と音がするだけだったが、少し違和感を感じたので、予期にスライドさせてみた、するとドアが空いた。引き戸だったようだ。

ハハと乾いた笑いが漏れた。中は暗く、誰もいないだろうことは想像できたが

「お邪魔します」と誰に向かって言っているのかわからない挨拶をした。

昔から托卵癖のある親鳥に育てられた雛こと僕は、知らない家に入るのは慣れたが、

本来の住居であった2LDKのマンション以外、誰もいない家に入るのは初めての体験だった。

上がり框になっていた玄関に腰をかける。靴も靴下も、その上の制服のズボンまでが濡れていた。

靴を脱いだところで、体を横に倒す。

何をしようか、何をしなければならないのだろうか。そんなことを考えなければならないのが少し、

怠いと感じた。

今日はきっと疲れたのだ。だから、少しぐらい寝てしまっても構わないだろう。

そうしてまぶたを閉じて腕を頭の上においた。外はまだ雪が降っているだろうに、

体は少し、暖かい感じがした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

また、誤字脱字、ご感想等お待ちしております。

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