始まり1
もしあなたが一つだけ願いを叶えられるとすれば、なんと願うだろうか。人によって答えは違うし、それをいつ考えるかによっても変わってくるだろう。少なくとも、今の私は自信を持ってこう答える。「星を集め続けられますように」と。
──ああ今「こいつは何を言ってるんだ」と思ったかもしれない。しかし実際そうなのだ。私は今星を集めている。私の生まれ育った国『石の国』にある、『星屑の丘』に落ちる『星』を集めている。
『星』というのはそのままの意味で、空に輝く無数の星達が世界で唯一ここに落ちてくる。大きさは小石程度のものから岩のようなものまで様々。
丘の上から見下ろせる町や家々は「星の光」で優しく照らされていた。つまり、もう空は暗くなり始めている。紫紺の大きなカーテンが、沈んでいくオレンジの太陽を覆い隠そうとしているようだった。
──私達は明かりとして電気を使うことはない。星屑の丘に落ちた『星』はモノによるが常に自ら発光している。宇宙での輝きがそのままで。石の国の人々はみんな、星屑の丘に毎日落ちる沢山の星たちの中から使えそうなものを選んで、明かりや装飾品に加工して使ってきた。
私は夜に丘へ行くと星たちがキラキラと輝いて幻想的な風景になるのを知っていた。本当は「丘から落ちて怪我をするから」と、その丘自体子供は入らないように言われているのだけど、私はなんだかんだこうやって毎日忍び込んでは気に入った星を持ち帰っていた。
同じ趣味の仲間はいない。大人たちが持ち帰った星のうち綺麗なものをよく売ったり譲ったりしているのを見るし、別段珍しいものでもないからだ。私がこうやってわざわざ大人たちのいいつけを破って夕方から夜にかけて丘で星を拾うのは、一種の職人気質というか、プライドのようなものだった。自分で選んで集めた星たちはどれも宝石のように感じた。実際別の国に輸出されて高値で取引されているみたいだが。
「あ!ノア!やっと見つけた!」
「…リュカ?」
ぶんぶんと大きく手を振りながら私に呼びかける。
その声はずっと聞いていたくなるような少年らしい爽やかさを孕んだ、柔らかくどこか女性的な声だった。
両のこめかみから生えた羊のようにくるんとした大きな角と、ふわふわしたくせっ毛の腰まで伸びた白い髪が特徴的な男の子は、私の目の前まで辿り着くとゼェゼェ息を切らしながら話し始めた。
リュカは私が幼い頃から一緒に育った親友であり兄妹。彼は元々16年前に終結した『異形の者』との大戦争に巻き込まれた孤児として、母が引き取り私の義理の兄妹になった。義理の兄妹と言っても、私が産まれた時から一緒にいるので本当のきょうだいのような……いや、きっとそれ以上の絆を感じている。
母は私が12の頃、4年前に病気で死んで、それからは近所の人達から色々と援助を受けながら生活してきた。家は元々私たちのものだったし、生活費も国が最低限負担してくれていた。
私は自分のコレクションとは別に、こっそり星を集めては極小数のコレクターに売って小遣い稼ぎをすることもたまにあった。リュカは私が苦手な家事を担当してくれていて、私たちの生活はそれで充分満ち足りた。かつての母のように小言を言われることはあるけれど、私のことを誰よりも分かってくれていた。
母は優しい人だった。母が生きていたら、なんて思っても、死んだ人は生き返らない。リュカが居てくれたから、私は母が死んだ時も泣かなかった。彼まで居なくなったら今度こそ泣いてしまうかもしれない。
私とは似ても似つかない優しい性格で、誰にも嫌な思いをさせない柔らかい話し方で、頭も良くて、見た目だって平凡な私よりずっと整っていると思う。自慢の兄で、弟で、親友だ。
「もう……!探したんだよ!?ここだとはっ、思ったけど!」
「……あれ?なんでここに?」
「もぉ〜、やっぱり!早く!帰るよ!」
そう言って私の手首を引っ掴んで、ゆっくり考える暇も与えずに走り出した。その表情は真剣そのものだが、私は何故今急いでいるのかこれっぽっちも思い当たらず困惑していた。
「え!?なに!?」
「儀式!今日だよ!」
「うわ〜〜!!そうだった!」
思い出した。今日は儀式の日だ。
儀式というのは、私達石の国恒例の行事である。十六歳の7月7日に子供達は大人が用意した星の中から自分が一番惹かれるものを選んで、その星と一生を共にする。正確には、惹かれるというより、星が持ち主を選ぶのだ。星が自分と波長の合う持ち主を選び、持ち主もまたその星に心惹かれ、思わず星を手に取った時、一際美しく輝くという。
星を選んだあとは、星の塊そのままではなくピアスや指輪、首飾りなどに加工して身につける。生涯のパートナーは自らが選んだ星が導いてくれる。その時期は人によって様々だが、星の選択が狂うことは無い。確実に良い人と結ばれる。これで大人の仲間入りというわけで、つまりとても大事な儀式。なのだが。
「忘れてた!」
「はぁ……いっつも僕が大変なんだよなぁ!」
丘を駆け下り住宅街を抜けて、儀式を行うため中央広場にある小さな神殿へと向かった。
「よし、儀式を始めるよ。」
進行役は近所に住んでいて顔馴染みのある六つ上のお兄さんだった。
石の国にはあまり宗教のようなものは浸透していないので、神聖な職業の人が進行役を務めるなんてことはほとんどない。私の趣味はお兄さんにとっくに知られているから、予定を遅れてしまったことにはそこまで怒っていないようだ。
階段を上って既にテーブルの上に並べられた多くの星達の前へと促される。
長い時を経て儀式は簡略化し、本来はあった儀式の前の台詞も今では覚えるのを面倒がって言わない人も多い。そんなので儀式が成立するんだろうか。
「我ら星の民、星の導きに従い生命は繰り返される。星よ、大いなる運命のもとに自らの持ち主を選べ。意思を表せ。我らを導き給え。」
「……わっ」
お兄さんがそう唱えると並べられた星々が一斉に発光し、数秒するとそれは治まった。今まで何度か見たことはあるものの、実際に目の前で見ると、あまりにも眩しく、雷が落ちたようだ。
「さあ、選んで。」
お兄さんが微笑む。私は隣のリュカと目を合わせて、並べられた星たちを見つめた。
「……あれ?」
どの星を見ても、惹かれない。
「ノアも?」
そう言ったリュカも不安そうな顔をしている。透き通るような青い瞳が暗くなって見えた。
「おかしいな、一度全部手に取ってみたらどうかな」
言われるがまま、一つずつ確認するように星を手に取っては置いていく。やはりどれも自分にはぱっとしない。
知っている限り儀式で星が光らなかったのは初めてだが、実は内心こうなるんじゃないかと思っていた。
私は毎日星の丘に忍び込んで、自分で選んだお気に入りの星を山ほど持っている。こんな私じゃあ星にとっては浮気しているようなものだと薄々感じていた。星に見限られても仕方がない。
ただ、その浮気がどうとかいう考えが星にまで通じるかは疑問だけど。
「あのさ……私の持ってる星の中で、私を選んでくれる子がいるかもしれない。だからさ……」
「……わかった」
儀式は明日に持ち越されることになった。
──稀にいるのだ。私のような物好きが手当たり次第に星を触るものだから、自分の星が分からなくなることが。自分の周りにはいなかったし見たことも無いけれど。
そう言えば、自分の星が見つからなかったどこかの誰かはどうなってしまったんだろう。ふとそんなことを考えたが、それは波間に漂う泡のようにいつの間にか消えていた。
「あーあ、無さそうだな〜、私の星」
「そんなことないよ!僕だって……無かったし」
帰り道。ガラスの中に星を閉じ込めた街灯が夜道をぼんやりと照らしている。外は既に真っ暗闇だが、空には満天の星々が輝いている。
その後の気まずい沈黙が私を支配しているようで、私はなかなかこの暗い雰囲気を明るくするような話を切り出せずにいた。
昼間とは打って変わって静まり返った夜の街は、コツコツと私達2人の靴音だけが無機質に響いている。
「あの……さ、ノア。」
リュカは突然立ち止まると、どこか緊張したような声色で私に話しかける。
「うん?」
遅れて私も立ち止まると、ゆっくりと振り返った。彼は私の瞳を見て、赤茶色のレンガで敷き詰められた、今さっきまで私たちの歩いていた道に目線を落として、ひとつ大きな深呼吸をして。拳を強く握ると、決意したようにまた私の瞳を見て、カチリと視線が交わるとこう言った。
「僕……ちゃんと成人したら、ノアに伝えたいことがあるんだ」
聞いてくれる?彼は今までで1度も見たことのない真剣な表情をして、そう言った。
「えーっと……うん!わかった」
私はなんのことだかさっぱり見当がつかなかったが、大好きな親友からこんなに真剣に頼み事をされるなんてなかったから、きっと彼にとって重要なことなんだろうと思って快諾した。
「……ありがとう」
「帰ろ!」
「うん」
彼は心底ほっとした様子で、春の暖かな陽気のように柔らかな笑みを浮かべた。よく見ればほんのりと顔が上気して耳も赤らんで……ああそうだ、内容はきっと、好きな人が出来たから協力して欲しいとかそういう内容なんだ。そういうことなら私もできる限り手伝ってあげよう。結婚したら誰よりも盛大に祝福してあげるのだ。