「食わず嫌い姫と砂糖中毒の騎士」
デビュー作として、タイトルだけを提案して貰い、そこから想像を膨らまして書き上げました。設定が多く、分かりにくい部分もあるので、後書きで少し補足できたらと思います。
人類が星空に進出して600年ほど経過した時代。
広大な宇宙でも、新たな生命体、文明との出会いを経ても人類は自らのエゴを推し通し、それは時に戦乱の種となることもあった。
惑星ベータ6号Zの絶対防衛線外淵。人類が今もっとも苦戦している重要戦域で、ここは惑星文明間戦争の最前線。
▼ 条約規定の最終攻略作戦まであと1時間……
「姫様……カロリーブロックBも食べてください! 戦闘時の反射速度が20%落ちてしまいます」
「うるさいわね。私はAしか食べないの。こんな栄養をとるだけの行為……私は食事と認めないわ!」
「なんたる贅沢な発言! 姫様付きの騎士として食わず嫌いは止めていただきたく存じます」
「ご自慢の美しい金髪も痛みますし、紫色の瞳をもつ高貴な眼が13%充血しております。それに」
「はいはいはい、もうお小言は止めてよね! ヨハン、嫌いなものは嫌いなのよ。砂を食んだほうがマシなくらい!!」
「姫様は少し痩せすぎでございます。あと塩気を控えられたほうがよろしいかと。味の濃いものばかりお好みで」
まるで中世のお城で繰り広げられているようなやり取りだが、ここは地球より遠く離れた宇宙空間。しかし姫と騎士は守り守られる存在。それは変わらない。
【姫】とは人類の決戦兵器【ATLUS】パイロットの通称である。アトラスは神経接続する操作系の影響でXXジェンダーしか操ることが出来ない特殊な兵器。
【騎士】とは【ATLUS】の制御電脳であり、パイロットたる女性兵士「姫」を助ける存在として男性型人格に設定されている。
そしてこの【ATLUS】type6A11のパイロットがトップエースたる最強の「ヒルダ姫」クリエイションにより強化された肉体は強靭かつ柔軟。金髪紫眼でスタイルバツグンな戦場の女神であった。その美貌からデートの誘いも多いらしいが、例え上官の美男子からディナーに誘われても……
「ありがとうございます。でも私、その料理食べられないんで」
……と、食わず嫌いの偏食を理由に断るという奔放さもまた魅力となっていた。
相棒たる制御電脳は最古参の騎士と呼ばれる「騎士ヨハン」かなり長期間使用された電脳で最新型と比べ処理速度は劣るものの、コミュニケーション能力に優れ、そのサポートの力で旧式のtype6を駆るヒルダがトップエースに上り詰めるまでになった。
戦闘待機中の糧食タイム、食わず嫌いのヒルダ姫に騎士ヨハンが苦言を吐くことは最早恒例であり、一種のレクリエーション、緊張緩和の一端を担っている。
「姫様、今回ばかりは私の言う事を聞いて戦闘糧食を全部食べてください。本当に神経系の反応速度も上がります、それに……」
「私と姫様二人で一緒の戦闘出撃はこれで最後ではないですか」
最強のヒルダ姫も兵役30年を迎え、晴れて満期除隊を迎えようとしている。科学、医学の発達で人間が150年は健康に生きられる時代とはいえ、遠星域の過酷な任務もこなしているヒルダの登録年齢はなんと173歳…実年齢は47歳とはいえウラシマ効果や冷凍睡眠により肉体や精神年齢との差は開き続け、除隊は遅すぎるほどだった。
「最後だからっていつもと違うことなんてしたくないのよ! そんな事言うんだったら……」
「あんたもコレ、いらないでしょ? 最後だからいつもと違うことしよっと!」
「やめてください!! それだけは! 戦闘中に私の電脳が停止まってしまってもいいのですか?」
「そのシュガーブロックは私を私で有らしめる為に必要不可欠なものですゆえ!」
「もう! あんたほんと砂糖中毒ね。高いのよ~ほら、1ブロックでいいわね? ふふふ……」
古い電脳は有機栄養物が必要で騎士ヨハンは砂糖を好んで摂取していた。それこそ砂糖を摂取しなければ狂いだすほどの砂糖中毒。ちなみに砂糖は大変な貴重品となっていてコストパフォーマンスは非常に悪かった事もあり、なかなか搭乗者が決まらなかったところで、それを面白がったヒルダが姫となって今に至る。戦場では10年共に歩んできた戦友同士だ。
▼ 条約規定の最終攻略作戦まであと10分……
「ねぇ、ヨハン……今回で最後だからさ。この任務が終わったら私、言いたい事があるの」
「貴方に唯一伝えていなかったことなんだけど。この戦いが終わったら言うわ」
「姫様、それはフラグというものですよ。あまり良いことではありません」
「ですが、私からもこの戦いが終わったら姫様に伝えたい事がありました」
「ふふふ、なにそれ? 貴方も何かあるの? 電脳騎士の秘密? 気になるじゃない?」
「でしょう? この戦い、無事に終わらせて必ず……二人で言い合いっこですよ」
…とその刹那、惑星外周の軌道要塞より放たれたステルス弾が突然、後方の戦艦や支援艦を轟沈させていく。戦時条約により開戦時間は決められていたはず。これは明らかな条約違反の先制攻撃。
戦闘待機していた【ATLUS】数十機が一斉に散開する。通常、条約で定められた制限戦争下では艦隊砲戦を経て、決戦兵器による直接戦闘。いわゆる決闘が繰り広げられ、殲滅によって勝負を決する。それが人類勢力がやってきた互いに必要以上の損耗を生まない制限戦争である。
この戦争のやり方も人類のエゴであった。それを敵は明確に否定して攻撃してきた。条約に乗ったフリをして、好機を狙っていた。何機ものアトラスと戦艦が爆発する。
この制限された戦争以前、普通の戦争を経験した古兵は実際ヒルダとヨハンのコンビだけだ。他の者は条約下の決闘式戦闘しか経験がないはず。艦隊や要塞砲の射程内でそれらを避けながら戦うことはとても難しく経験のない兵士と電脳には上手くこなす事は出来ないだろう。
「こんなマトモな戦争、セクター88の戦い以来じゃない? 私達がやるしかなさそうね!」
「最後の最後でこんなことになるなんて。姫様、騎士の誉れでございますよ!」
ヒルダの駆るアトラスが急加速し、軌道要塞に向けて突撃する。光が過ぎ去り、その糸引く残光と共に敵の戦闘機や艦船が爆発していく。
「相手がそのつもりなら……こっちも大人しく条約に従う義理はないわ! ヨハン!!!」
「システムオールグリーン…… ///バイパスできました。イベントホライゾン安定。BH機関リミッター解除よし……条約規制兵器…… ///バイパスできました。///使えます。姫様、アレを!」
「久しぶりにアレ、かますわよ!! 戦略兵器ブラックホールイレイザー開放!!!」
瞬間、時間が止まったような静寂と共に敵側艦隊の半数が重力の作り出した黒い渦の中に消えた。条約で禁止された重力兵器。それは条約以前に作られた古い【ATLUS】であるtype6までにしか搭載されていない。一瞬にして戦況は逆転したはずだ。
『ピシュン!!』
兵器開放の反動で動きを止めた一瞬だった。そのスキを兵器から逃れた敵の突撃戦艦に衝かれ、艦砲ビームが迫る。ヒルダはかろうじて反応し身を翻したが半身に当たり、その衝撃で機体は破損しコントロールを失い、二人のアトラスは戦域の彼方へと飛ばされていった。
「反応できなかった……食わず嫌いなんかせずカロリーブロックBも食べとくんだったわ」
そう言ってヒルダは気を失った。騎士ヨハンは何も言わない。。。。
▼ 漂流開始から22時間経過……
「///restart:: 電脳再起動完了」
「姫様! 姫様!! 起きてください。ご飯の時間です!! 早く起きて!!」
「………ごは、ん? くっ!?」
「おはようございます姫様。相変わらず食わず嫌いなのに食いしん坊ですね」
「やっと起きてくれましたか。医療用細機が効いたみたいで」
ヒルダ姫と騎士ヨハン、そして半壊したアトラス…ここはさっきまでいた陣営艦隊の中ではない。
「受けた攻撃の影響で私達は惑星ベータ6号Zの軌道周辺から、かなり遠くに飛ばされたようです」
「あの後から姫様が目覚めるまで実は22時間経過しています。思ったより重症でしたね」
「アトラスも同じで、私もシステムに潜って修復を試みましたが、姿勢制御と生命維持が精一杯でした」
「……」
「姫様……最後の最後にこんな事になって、私は姫をお守りする騎士として不甲斐ないかぎりです」
「ふふっ、相変わらずね。ヨハン、助けは……救助は来るのかしら?」
「再起動後すぐに救難信号は発信しました。ただ私も最初のシステム再起動まで9時間ほど眠っていたようで、、、、」
「何しろ久しぶりのフルパワー開放でしたから。ガタがきていたんですよ、こいつにも」
「……信号をそれだけ経って発信したってことは、戦闘が終わっても救助は望み薄ってとこね?」
「姫様、私達が生き延びる確率、知りたいですか? 計算済みですが」
「……やめとくわ。それよりお腹すいたわね。戦闘待機中だったから戦闘糧食も殆ど残ってない」
「このままじゃ餓死まっしぐら。しかし皮肉なものね……この戦争の原因も”食べ物”なのに」
人類のもっとも大きなエゴ、それが”食”であった。人類ほど食を楽しみ、追及する文明は他になかった。宇宙進出後、コンタクトした他文明の殆どが食事を楽しむことをしていなかった。効率的に栄養補給すればよいというのが高度文明の行き着く先だったのかもしれない。だが人類はそれを拒否し続けて、飽食の文明を広げていった。
その行き着く先が食糧不足、食材探求であり、今や人類は多方面へと新たな食物を求めて戦争をして回る銀河系の厄介者と化してしまったのだ。
「知ってる?今、世の中に食わず嫌いの子が増えてきてるって。これも一種の進化なのかもね」
「そのうち異星人みたいに食べ物に固執せず戦争なんかしなくてよくなるんじゃない?」
「姫様、私は砂糖がなくては生きていけません。それは困りますね」
「そうね、あなた砂糖中毒だもの。今や本当に貴重になってるっていうのに」
「わかってます。砂糖は非常に高価な物質だ。私の燃費は悪いですよね」
「でも……その理由、姫様にも聞いてほしいのです。もう私達の最終任務は終わりましたから」
勝敗はわからないが戦闘は人類の勝利で終結していることだろう。制限戦争の後詰めで合流する艦隊は歴戦の古強者が揃う第一艦隊だったはず。当然普通の戦闘にも対処したことだろう。元々戦力では圧倒していたのだから、奇襲さえ乗り切ってしまえば良かった。敵艦隊の半分を消滅させたのだ。そういう意味ではヒルダ達の最終任務は終わっていた。
「そっか、じゃあ言ってたとおり聞かせてよ、電脳騎士ヨハンの秘密」
……と、ディスプレイに優しそうな男性の顔が表示される。見た事の無い顔だった。
「ヒルダ、私は……元々人間だったのですよ。アナタと同じね」
画面の中の男はヨハンの声で喋りだした。
「えっ? それはどういうこと……この顔は……」
「私は元々アトラスが開発される前に主流だった機動兵器のパイロットだったんです」
「アトラスのように神経接続もできない代物で初期の戦闘補助AIの手助けで何とか動くような…… 」
「そんな300年前の戦争で死んでしまった過去の人間なのです」
「ヨハン、人間だったのね……エミュレートした人格じゃなくって本当の……人間だったんだ」
「今の電脳とは違って、300年前は戦死した兵士の脳を電脳の有機部品として使っていたのです」
「だから時に私のような生前の自我を取り戻す電脳もあったんですよ。もう殆ど居ないでしょうが」
「私達、自我のある電脳は特別扱いされ、この300年間様々なものに接続されてきました」
「!? ヨハンが砂糖中毒なのも…それが原因なの?」
「そうですね……私の人間の部分を維持するためには栄養素として糖分が一番効率的でしたが……」
「あまりに長い年月摂取し続けて他のもので代用が効かなくなってしまいました」
「我らの母星テラには砂糖がいっぱいあるそうですよ。美味しいものもたくさん…遥か彼方ですが」
人類が誇る食文化の中心がテラ……もはや遥か彼方の星で忘れ去られた伝説の母星とも言われている。
「私の夢はいつか……いつか戦務から解放されてテラで甘いものをいっぱい食べる事だったんです」
「もうかなわぬ夢ですが……最後にあなたに伝える事ができて本当に、、、、」
「一緒だよ!!! ……それ私の夢と一緒なんだ!!!」
ヒルダは半分泣きながらでも微笑を浮かべた顔でそう叫んだ。
「私ね、、、、 味覚の中で甘みを感じる事ができないんだ」
「味覚の制限は刑罰なんだよ。兵役についたのも犯罪歴抹消の為だったんだ」
「植民星で貧しかった私は弟の為に150年前にケーキっていう菓子を盗んだんだ」
「弟に甘いもの、食べさせたくてね。それで捕まって……数年前に老衰で死んだ弟は最後まで私に感謝してた」
当時から甘味物は貴重なもので窃盗は重罪とされていた。現在より更に食料問題で逼迫している時期でもあったからだ。幼かったヒルダは味覚の一部没収と30年の兵役を条件に懲役を免れていた。
「じゃあ、、、、あなたは食わず嫌いじゃなくて……」
「そう、食べたって美味しくなかったんだ。味覚ってバランスが崩れると全部おかしく感じるの」
「特にカロリーブロックBなんて口に入れたら吐き出すくらいの味だったから……」
「兵役の終わりと共に特赦で味覚を正常に戻してくれる事になっていたんだけどね」
「ヒルダ、そうだったんですか……そうと知っていればあんな事言わなかったのに」
「へへっ、ヨハンのいう事は正しかったじゃない! 多分、カロリーブロックBを食べてたらあんなビーム避けられたよ」
狭いコクピットを暖かい笑いが包む。10年来の戦友が秘密を打ち明けあった。
【食わず嫌い姫と砂糖中毒の騎士】
そう互いに思っていた。だけど二人は同じ夢を抱く、甘いもの好きな男と女だったのだ。
「もし助かったらテラに一緒に行こう! ヨハンには機械の身体に入ってもらってさ!」
「技術的には可能ですが、とりあえず生き延びてからにしましょう!」
「そうだね! そうだ、味覚が戻ったらきっと……きっと叶う、叶えてみせるよ!」
▼ そして漂流開始から74時間経過……
「約1%……」
「……え? なにそれ??」
「私達の生存確率です。前に聞きたくないって言ってた」
「あ~それ、ここで言っちゃう?、、もう食料も無いし、はは、小数点いってないだけマシかも。。。。」
「正確には0.96%なんですけどね、それを1.87%に上げる事ができます」
「……どうやるの? それ……??」
「私用のシュガーキューブがあと1つありますよね? それを食べてください。それだけでいいです。」
「そんなことしたら、、、、ヨハンが狂って停止っちゃうじゃない。。。。」
「アナタの命には変えれません、姫様。味はしないでしょうが、石を舐めると思って……」
「嫌よっ! いまさら姫様だなんて……せっかく名前で呼んでくれるようになったのに……」
「半分こ……はんぶんこしよ、、、、ね、ヨハンそれならどうかな?」
「そんなこと考えもしませんでしたが、、、、///確率は2.02%……はは、上がりました、が……」
「ほら、そうでしょ? ほら、いま割って……ヨハン? ヨハン!!」
『キューン』
静寂の宇宙空間から音がする。モニターは切っている。外の様子はわからない。
すると軽い衝撃と共に慣性を感じる。その後、確かに感じる重力。
……ハッチが空いた。
「お帰りなさいませ、お姫様……今晩のディナーの相手はお決まりですかい?」
二人のアトラスは救助回収された。救難信号は届いていたが位置の特定が出来なかった。しかし戦略重力兵器を使うためにフルドライブで使用した動力機関が放った重力子の残滓を辿って追跡してくれていたようだ。まさに不幸中の幸いであった。
この後「ヒルデ・ガルド上級曹長」は規定どおり兵役を終え、特赦を受け、奪われた味覚を取り戻した。
【ATLUS】type6A11は老朽化ゆえ修復されず退役となった。内部に搭載された補助電脳「騎士ヨハン」は任務中に再戦死したとされ、こちらも長い長い兵役を終えた。
▼2年後、地球圏テラ領域へ向かうシャトルの中……
「ついにきたわ、テラへ。ここら辺は戦争や食糧危機とは無縁。自給自足できてるんですってね」
「まさか遠く離れた人類の母星で原子組み換えによる完璧なリサイクルが確立していようとは、、、、 」
「これが宇宙に広まれば本当に凄いことになりますな、姫様!」
「こら! ヨハンったら、たまにまだ姫様って呼ぶの止めてよ! もう機械の義体にも慣れたでしょ?」
「いやはや、すみませんでした。ついつい……そうですね、元々人間ですからすぐに馴れましたよ」
「それより見てくださいこれ? カステーラですか? 砂糖たっぷりで、コレ美味しそうです! 食べてみたい!!」
「私はね、ショートケーキ? 上に載ってる赤いのがイチゴっていうやつなんだって!!」
「美味しそうですね!」「あ、コレも美味しそう!!」「これも、、、、」
「食わず嫌いの姫」はドレスを脱いで、甘味好きの普通の女性となりました。
「砂糖中毒の騎士」は機械の甲冑を纏い、再び騎士として姫を守るつもりみたいです。
『ピンポーン』
まもなくこのシャトルは地球の大気圏に突入いたします…お客様は安全の為…………
「食わず嫌い姫と砂糖中毒の騎士」 Fin
初投稿作品となりました。作品は短いですがよろしかったら感想や評価お願いいたします!
※補足
主人公のヒルダは47歳ですが、人類自体が長寿命になっており、遺伝子操作を受けている影響や冷凍睡眠で眠っている時期もあって、現代の感性でいくと20代中盤くらいの感覚で生きています。