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お金を払うから誰か俺に助けられてほしい、と言った話

作者: 神木くんの左目


 多分きっかけはすごく単純な話だったと思う。



「お金を払うから誰か俺に助けられてほしい」



 といつの間にか黒板の前に俺は何とはなしに立っていたのだ。

 なんかつまらないな、とか。

 なんか気持ち悪いな、低気圧かな、とか考えてた。


 それでぼーっとしてたら

 あぁ、今俺何してるんだっけって頬杖付きながら思って。


 それでその時浮かんだのがヒーローの姿だった。


 俺もヒーローになれたらなんか変われるのかなって思っちゃったんだと思う。

 だってそんなこと考えなけりゃこんなこと言うはずもないし。



 でも休み時間のちょっとした時間だったからクラスにいたいろんな人に茶化されて終わってしまった。


「最近お金に困ってるんだ!」と言ってきたクラスのムードメーカーにはその瞬間にデコピンでもくらわせたっけ。


 どうも俺はクラスになじめないと思ってたんだけど、後から聞いた話じゃ、クールだけどひょうきんなやつって思われてたらしい。

 まぁ、よく思い立ったが吉日とでも言わんばかりにいろんなことをしてたし、それが親しみやすさにつながっていたならそうなのだと思う。


 俺はそんなこと毛ほども思ってはいなかったんだがな。

 何分俺の感性は少しひん曲がってるとも言われたし、そういうことなんだろう。


 ほかにも「最近好きな人ができたんだけど、その人がお金を払うから……とか言うの、もしかして私のこと……」と言ってきたクラスのマスコット的な存在たる女の子には、その身長差を生かして頭蓋に軽くチョップをくらわせたような気がする。

 よくこんな茶番をするものだから、互いに定番化されたものになってた。


 そういう時は「ごめん」と言って去るのが常套文句にもなってたものだから、クラスでもいつもの風景って笑われたりもした。



 そしてその日は結局俺に助けられてほしい人なんか出てこなかった。

 まぁこの現代社会でそうそう助けてくれって求める人間が少なくなってるし、その日の俺も「そんなもんか」で済ませてた。


 でも後日俺が登校してきたときかな?

 俺がそれに気づいたのは。


 このスマホが普及しきった現代高校生で衰退しきった文化かと思われた、手紙が下駄箱の中に入っていたのだ。

 

 気になる中身についてだが、これもまた古典的。

 放課後に校舎裏に来てほしい、という旨が書かれているだけ。

 組も名前も何も書かれていないものだから誰からの物かもわからなかった。


「あれ?その手紙どうしたの?」と聞かれた時には、簡潔に「文通」と答えたりもした。


「今どき文通……!?」と驚かれたからそこら辺の感性はどうやらそうおかしくはないらしかった。


 それに俺は去り際に「嘘だけど」と言って去ったため、その子はなんとも複雑な顔をしていたものだ。

 「えぇ……」と聞こえたのは、なかったことにしてた。




 そして俺がその手紙に書かれたように放課後、校舎裏に来ていた時には俺はすっかり先日のことなんて忘れてて、今日も何もなかったな…と呆然に考えてたな。

 これまでもいろんな思いつきでこういうことをやってきたけど、みんな茶化すばかりで本気でこういうことに絡んでくる人はめったにいなかったから。

 というか、いなかったから。


 だからまさか、本当に俺の呼びかけで助けてほしい人が出てくるとは、日が改まった今現れるとは思ってもいなかった。

 昨日の時点では本気で現れてほしいっていう願望があったから、ちょっとは期待してたし。


「おねがい、たすけて」


 でも改めて、そう聞いたときにようやく何かが起こりそうっていう予感がしたんだ。

 

 だから俺はその内容を何も聞かないでも「いいよ」と口走っていた。

 俺はそういう行き当たりばったりな行動も案外嫌いなわけじゃなかったしね。

 

「あ、ありがとう」


 そんな内容も聞かずに俺は了承してしまったものだから、相手の女の子も少しあっけなく感じていたんだと思う。

 そのお礼もどこか困惑の色が見えてたから。



 そして俺が何を助けてほしいのかを尋ねようとしたころ、目の前に立つボブカットの女の子は「とりあえず来てください」というものだから俺はそれに従った。

 普段話すことのない女子っていうこともあったから、多分壮大な問題に違いないって期待を寄せてもいたから従順に従ったような気もする。

 

 だって普段絡みのない人がわざわざ呼び出して意味ありげに「たすけて」というんだから。

 誰もがこれは壮大な背景があるに違いないって思うじゃないか。


 しかし、そう言って連れてこられたのは学校から少し歩いたところにある神社だった。


 その様相に俺は「神隠しか……?」と神妙に問い詰めてもみたのだが、「い、いいえ」と返されてしまってはどうも格好がつかなかった。

 どうもそういった類ではないらしい。


 そしてその要件について聞いてみると「この神社にいた猫がいなくなってしまった」ということで、その捜索を助けてほしいということだった。


 …………ということだった。



「ちょ、ちょっと待ってくださ、い」


 ボブの女の子はそう俺を引き留めていた。

 俺もそれなりに期待を寄せてしまったのも申し訳ないとは思うが、猫の捜索だ?

 さすがにそれはないだろう。

 どこぞの売れない探偵か?俺は。


「多分そこの木の裏にいますよ」と俺は肩越しに言った。

 それにボブの女の子は「そんなわけないですよね」となんとも冷静に返すものだった。


 そして付け加えるようにして言う。


「この猫は私と私の友達で面倒見てたんです。もちろんお金なんていりませんから」

 と。

 まるで譲歩してお金なしにしてやったと言っているように聞こえたのも、単にこの勝手にもてあそばれたという思考がそう判断したに違いなかった。

 

「そのお友達と探すといいでしょう」


 しかしその言葉に彼女は「すでにしてます」という。

 俺がほかの人とともに探せばいい、という言葉を遠回りに進めれば、「それでも見つからないからどうしても神木くんに頼むきっかけがほしかったんです」とも言った。


 どうやら俺はどこかしらでそうまで頼られるような人間様になっていたらしい。

 それに事態を聞いてみれば、これもまた一種の失踪ともいえるのかもしれないと錯覚しだした。

 俺自身錯覚だと認識しているが、この錯覚に溺れていないとやってられないとも思ったため仕方もあるまい。


 そして俺は少しの間と、大げさに見せたため息をした後、「わかりました」と簡潔に答えた。


 

 どうやら彼女の世話していた猫が唐突に姿を消したのは、前日この神社でお世話をした後だったという。

 通りでここで話をしたがっていたわけだ。

 

 その時の様子を聞いた限りでは、いつものように餌をやってから去って特別何かしたということもなく、本当に唐突にいなくなったということのようだ。

 もしかしたら本当になにか事件性があるのか?とも思っていたかった。


 猫の習性なんて知らないが、餌をやって面倒を見ていたといったところで所詮は野良。

 唐突にいなくなることだって珍しいことじゃないだろう。


 でもこういう時はもっと論理的に考えて結論を示したほうが、俺には気持ちのいい結末にもなりえるため、「それはいつの話ですか?」と尋問する刑事さながらの心持ちで言った。


「多分一週間か、そこらだと思います。それからずっと」


「なるほど」


 俺はそれに意味ありげに答えていた。

 そしてまた意味ありげな表情のまま、神社の鳥居をぐるぐると回る。

 その様子に彼女も喉をごくりとならせているような気もした。


「猫はいつもこの付近で?」と俺は足を動かしながら問うが、彼女は「あ、いえ。いつもはこの境内の裏手側にいるんです」と答えた。


 しかし、彼女は「今は神主さんが裏手側で掃除をしている時間なんです」といってもう少し経ってから行くように促される。

 とはいってもこの神社、敷地もそこまで広くなくお清めをする手水舎もなければ社務所もない。

 神主が掃除をしている時間を把握しているほど通い詰めているということでもあるのだろうか。

 掃除するならこの参道からやるべきだとは思うがな。

 なぜ裏手側から掃除をするのやら。


 ただ、そのせいで参道の一部に傷ができているあたり、管理状態がお世辞にもいいとは言えないだろう。



 そうしてまま時間が経ち、裏手側にちょうど回ろうとした時だった。

 社の角に行きついたときにどこかヒステリックな様子を感じさせる言葉の節々を聞き取ったのだ。


 それにボブの女の子は何かを察したように手を口の前で形作る。

 静かにしていろ、とのことらしい。


 やがてそれが言葉となって俺の耳にも届く。


「なんでこんなことができるの!?もうやめてよ!」


 聞き覚えのある甲高い女の子の声だ。


「なんでそんなことを今になって!」


「だからやめてって!!」


 続いてその子の声だけが聞こえる。片方の声は小さくて聞こえなかったから。

 どうやら女の子が二人、裏手で言い合いをしているようだった。

 そのうちの一人は俺もよく知っていると言ってもいい、クラスのマスコット的な女の子の後ろ姿だった。

 よくその子は騒ぐ気質だし、俺はその姿にまたかぁ、なんて呑気になっていたりした。


 しかしどうやらそんなことではおさまらない事態だったらしい。


 

 俺のよく知る女の子ではない方の、社側に立っていた女の子が勢いよく後ろに倒れ込んだのだ。

 それに俺は息を呑む。

 ここから見た限り、倒れこんだ女の子が頭を打ったように見えるほどだったから。

 というよりそうとしか見えなかった。


 それを覗いてしまった形になった俺とボブの女の子だが、彼女は目を丸くしていたのを覚えている。

 そういえば倒れこんだ女の子はこの子の友達だったか。

 少ない記憶をたどれば確かにああいった顔だった気がする。


 そしてついに倒れたほうの子が動いたと思ったら、そこにいる二人はさらに話したあと何事もなかったようにこの場から離れていった。

 正確に言うなら俺たちのいるほうではない角から正面に戻っていったといってよかった。


 それに俺は「なんでこんなところにいたんだろうな」と一人ごちる。

 特に返答も求めたものでもなかったんだが、少し間を置いた後ボブの女の子が「あの子にも協力してもらっていたんですが」と続けていたため、そういうことなのだそうな。


 

 といったことがありながらも少しだけここでの様子を確認すると、ボブの女の子はそそくさとかえっていってしまった。

 後は頼んだ、ということらしい。


 それに俺はため息ととめどない鬱憤を「まったく」という一言をこぼすだけで収めてしまったのだから感謝してほしいものだ。


 そうして自己完結したところであらかたここら辺は見ることができた。

 幸い大きいとは言えない敷地で特に問題もあるようには見えなかったが、まぁなかなかに面白味のかけらもないものだ。

 やっぱりこういうことはやらないに限るかもしれん。


 そして俺は子猫を抱え、帰路に走る。




「大丈夫?明美?」


「本当に星野さんに……?」


「う、うん。二人でいたところを突き飛ばされて……。多分、わ、私も悪かったんだと思うし……」


「何言ってるの!?頭に包帯するほどの怪我までしたって言うのに」


 朝の時間だった。

 そんな声がクラス中に広がっていったのは。


 初めはボブの女の子、倒れていた女の子含む三人組が声を上げていたんだったか。

 俺はそれを眠気眼で見ていた。


 でも次第に話が大きくなって、いつの間にか怪我の加害者について浮き彫りになっていったのだという。

 そして「星野さんに押し飛ばされた」という発言が出てくるのにもそう時間がかからなかったのだ。


「ほ、本当にこれは星野……がやったのか…?」とクラスのムードメーカーたる男子がそう声をかけた時からだ。

 この教室がシーン、とクラスのマスコット的女の子、星野の発言を待っていた。


「そうね。確かに突き飛ばしたわ」と星野。


 それにまだ納得のいってない様子をしているのは、彼女をよく知っている人たちのいるグループだった。

 なにせ、普段の彼女を見ているからこそ、そんな説明じゃ足りないと思っているらしい。

 時に俺もそれの一部に加えられていたのが心外ではあったが。


「それで……?」


 星野はそう続けたのだ。

 それをよく思わない人がいるのも当然で、俺と一緒にその現場を見ていたボブの女の子が立ち上がる。


「謝ろうよ!星野のせいで怪我までしてるんだよ!?」


 そうすごい剣幕でまくしたてる。


「必要ないもの。だって別に怪我したわけじゃないんだし」とどこか的外れに聞こえる発言を小声でした後、彼女は「もういいでしょ」といってどこかに行ってしまった。


 その様子にボブの子が憤るが、それに「私は大丈夫だから」という明美と呼ばれていた倒れた女の子がそう言うことで抑えていた。


 そうした教室にはもちろん不信感が残るわけで、まことに厄介ながら件の話についてどんどん膨らんでいく。

 あることないこと。


 ただそこでいつの間にか机に突っ伏していた俺に視線が集まっていることに気づく。

 まだ授業始まってないだろ?

 いいじゃん、少し寝ようとするくらい。


 しかしどうやらそういうことでもないらしい。


「神木も見てたんだって?……本当か?」と聞かれてしまえばそれはもう一つしかあるまい。

 確かに事実だ。


「あぁそうだな。確かに星野はそこの女子を突き飛ばしていたな」


 そう呟けばざわつきだすクラス。

 半ば半信半疑といった空気が、一言で事実だったのかと驚きの空気へと変わっていた。


 それだけ第三者の証言は信憑性があるとしらしめるものでもあっただろう。

 俺の発言なんかをこんなに信用されるのもお門違いなんだろうけどな。

 

 そんな空気の中、俺は教室を出た。

 足取りもまだおぼつかないのだが、まぁよしとしておこう。




「はぁ~、どうしよ」


「笑えば?」


「っ!?」と心底驚いた様子を見せた星野。


「なんで……」とも返されれば、俺は「ここは丸見えだからな」と答える。

 俺の指さした方向には、普段使われていない空き教室があって、そこの窓からだとこの校舎裏がよく覗けるわけだ。

 よくお世話になることがあるからな。

 ここに時々やってきては悲壮感を漂わせる星野の姿を遠目で見ていた、とは口が裂けても言えないだろう。


「はぁ、どうしてよりにもよって神木なのかな……」


 そして「カッコ悪いじゃん」と自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

 そのやけに綺麗な前髪で顔を隠して。


「ちょっと失礼」と俺は星野の隣に座る。


 それに星野は反応しないままだ。


「なぁ星野。一つお願いがあるんだが」


「何?」と簡潔に星野はいう。


「ちょっとこっち向いてくれないか?」


「いや、ほんとに何よ?」としぶしぶ地を見つめていたその顔を持ち上げた。


 多分星野が俺を目で認識するより早い段階で俺は星野に手を伸ばしていた。

 それはもう速かったね。

 手慣れたもんだから。


「っ!?」


 本日二度目の驚きをあらわにした星野。

 それはくしくも一度目とはその表情をうまく作り出せていなかった。

 俺の手によって。


「にゃ、にゃんでほっぺ」


「柔らかいな」と俺は星野の頬をつまんでは伸ばしていた。

 随分と俺も慣れてしまったものだ。

 散々やってきた甲斐もあるというものだ。


「ちょ、ひゃなひて!」


 俺につままれながら口を動かす星野は実にハムスターのような愛らしさを感じさせる。


「まるでハムスターみたいだな」と俺はその顔で笑ってみせると、星野は瞳をうるつかせて「ひゃなせ~~」と言って手を回していた。


 そうしてなくなく手を離すと、星野の頬を痛がる様子が余計におかしく思えて笑いがこみあげてくる。


「なんで笑うのさ……。いたかったんだからね!」という彼女に「すまんすまん」とツボを抑えて言う。


 よく「お前のツボはわからん」といわれる身からすれば、そういったことにも手慣れたもんだ。

 ひとしきり笑うと星野もどこかなぜ、といった様子を表に出していた。



 俺はその様子にもういいだろう、と内心言葉にした後、いくつか星野に話をした。

 やれ好きなものだ。

 やれネコ派かイヌ派か。

 しまいにはご飯は何だったかとか。


 そんなことを聞いては話してを繰り返していると、一時間目のチャイムなどとうに過ぎてしまっていた。

 それに星野は苦い顔をしたようだったが、ちょっとはいいじゃないか。

 こういう日があっても面白いぞ、と補足しておいた。


 そして俺は最後に「今日放課後、ここに来てくれないか」と星野に言う。

 補足するように「なるべく早く」とも。


 それに星野は疑問を浮かべていたものの、了承をもらったからあとはもう簡単だ。


 去り際に俺は星野にあるものを握らせる。


「なんでお金……?」


「条件だからな」


 そういって俺らはめでたく一時間目を欠課として扱われ、教室へと戻った。

 

 ただ、その時の星野を見るみんなの目はどこか影が落ちていた。


 しかしもう材料は揃っている。





 一日ぶりの神社はやっぱり何も変わってなくて、小汚い感じもまた趣を感じさせた。

 鳥居から参道を通ってすぐに社となる小さな敷地ではあるが、そんなところにそぐわない現代人がわんさかと集まっている。

 実に六人。


「話したいことって何ですか……?」と頭に怪我を負ったという張本人、明美が声を上げる。


 集まったのはボブの女の子の友達だというよく一緒に見かける三人と、俺と星野、あと何となくではあるがクラスのムードメーカー君もいた。


 なんでこいつがきているかは知らんが、まぁ人が多くて困ることもあるまい。


「いや、そう大したことじゃないんだけどね。ちょうどこの男を除けば昨日のメンバーは揃っているわけだ」とあたかもこれから真犯人を指さす探偵になった気分でいう。


 小さな集団でこう注目されるというのは、きっとそういうところにつながっているのだろう。


「この子は違いますけどね」


 そうボブの子が言うのは、当事者でも目撃者でもなかった彼女らの友達の子。

 言われてみれば確かに当該者としては名は上げられないか。


「まぁ、どうせでだしいいだろう。大差ない」


「はぁ……」


 どこか三人の顔色に不安の色が浮かぶ。

 それを見計らって俺は言った。


「ねぇ、それ、ほんとに怪我?」と。


 明美と呼ばれた女の子はその言葉に気圧され、少し後退して手で後頭部を隠すように触っていた。

 まるで何かを見透かされたような感じ、と言ったところかな?


「ど、どう言う意味ですか?」


「そのまんま。その包帯の下、って本当に怪我があるのかってことだよ」


「ちょ、いきなりなに言いだすんですか、神木くん……。神木くんも見たでしょう?明美が押し倒されて」


「頭をぶつけたところを、か?」


 俺は食い気味にそう発言する。

 確かに俺は押し倒されたのは見た。

 しかし、明美と言った女の子が頭をぶつけたことなど、あの角度では確認できなかった。

 どちらかと言うと、星野の背中側がこちらを見ている率の方が高かったくらいだ。

 事実として、俺は後ろに倒れこんだ様子しか見えていない。


「でも実際こうして包帯もしてるんですよ?なんで直接見ていたはずの神木くんが、突き飛ばした本人である星野さんを庇うんですか……?」


 それに俺は「それなら」と言って話題を少し移そう。


「最近、パーカーは君たちの間で流行ってるのかな?もう夏だけど」


 それに彼女らはすっと顔を背けた。

 と言ってもそのうちの一人、明美のみしか着ていないんだがな。

 

 ただし、それになにも答えない彼女たち。

 俺の後ろでどこか達観した様子で眺めていた星野もなにも言ってこない。


「時に」とさらに俺は言葉にする。


「猫は見つかった?」


「い、いえ……」 


「さっきからなんなんですか!?昨日の話をするんじゃないんですか!?」


 痺れを切らしたように声を上げたのは当事者としてではなく、二人の友達としてついてきた女子だ。

 名前は知らない。


「そのためだよ」と俺は言う。


「どう考えても関係なかったでしょう。神木くんも突き飛ばされるのは見ていたんでしょう?それが全てじゃないですか」

 

「……じゃあ教えてやろうか?君たちがどれだけお粗末なことをしていたか」


 そう俺が言った時には、何故か星野までもがぶるっと震えていた。

 

「………ぁ」と出そうとする言葉を彼女らは節々に飲み込んでいる。

 そのせいでこの場には緊張感が出てきてしまっていた。


「なぜ君らがこんなことをしているかはわからないが、さすがに事実でもないことの証人にされてもらっちゃ困るってことさ」

 

 それに黙って聞いていたムードメーカーな男児が「どういうことだ?」と間髪入れずに聞いてきていた。

 こういうときにすぐこういうことを言ってくれる人がいるのは結構助かったりする。

 なにせ彼女らはまるでいけないことをしてしまったのがばれてしまったような顔をしているんだから。

 口を開こうともしないしな。


「簡単に言えば、レッテルをはったんだよ星野にな」


 クラスの人気者だった星野が実は人を傷つけても謝ることもしない人間だと。

 人情にかける人物だと思わせるための。


 ただムードメーカーくん、いやこのあんぽんたんはその言葉に疑問を浮かべたような顔をする。

 そういえば、こいつは元来”察する”という言葉の意味を知らないのだった。

 間接的な表現じゃこいつには効かないのだ。

 厄介極まりない。


「いいか?さっきまでのように、星野がこいつを突き飛ばして怪我させたとしよう。それを星野は謝りもしない。お前はどう思った?」


「そんなことするはずない」


 間髪入れずそう言い切るものだからどうもにっちもさっちもいかないが「ほかの人はそうは思わないんだよ」と俺はいう。


「ほかの人は普段クラスで粋がっている小娘が実はそんな奴だって知ると存外軽視するようになるもんなんだよ。そんなやつだったのかってな」


「こ、小娘……!?」と横から聞こえてきたが「比喩だ」とも言っておく。


「それが事実ならまぁ然るべきことなんだろうけどな。そこに誰かの思惑が介入でもしてればそりゃ立派なレッテルだろ」


「じゃ、じゃあ本当はやってないって……」


「それは違う。星野自身も突き飛ばしたとは言ってただろう」


 その言葉でムードくんは「じゃあなんだっていうんだ」とどこか節々に怒気をはらませていってきた。

 言葉を遮るくらいいいいだろう?

 そうカッカすんな。


「星野は怪我させたことは否定してただろ」


「いや、事実包帯してるじゃないか!」


「ほら、それだ」というとより彼は鬱憤をためているようだった。

 それに「だからなんだ!」と答えてくる。

 

「一般的には包帯なんてイコール怪我に結びつけやすい温床の一つだろ。誰もがそれを見れば”あぁこの人は怪我をしてるんだな”っていう先入観を持つもんだ」


 それに三人が体を震わせていたのをどこかで感じ取る。

 見てもいないのに感じ取るあたり、俺も感覚が鋭い時期らしい。


「じ、じゃあほんとは怪我なんかしてないってことか……?」


「まぁ九割方そうだろうな」と俺が言った頃には、彼はあの三人組のほうへ視線を移していた。

 まるで「本当か?」と目で訴えているかのようだ。

 いや、口に出しても言っていた。


 それに否定するかのように何か言いだそうとしたボブの女の子を怪我をしている子がその手を握って止めに入る。

 

「ね、ねぇもういいでしょ。や、やめようよこんなこと」


 それに「明美!?」と驚く様子を見せるボブの子。


「私だって、こんなことしたくないよ……」とどこか遠くを見ているような表情をしてその手を包帯へと伸ばす。

 そして容易にその包帯を取り外して、どうにもなっていないことが確認できる状態になった。

 確かにそこにはなんの痕跡も見つからず、本当にただ髪の上から包帯を巻いただけだったようだ。


 しかしそれに驚くようにして見せたのは三人組の残り二人だ。


「本当にごめんなさい……。星野さんってかわいいから、どうしてもうらやましくて……。出来心だったんです」と詭弁に語る。

 まるで自分は残り二人に無理矢理に付き合わされていたのだと言わんばかりに。


 少し言い合いになってしまって、多分癇に障るようなことを言ってしまって。

 それで押し倒されちゃったから、それを活用して貶めてやろうとして。

 それに付き合わされたんです、と。

 

 大方そんなことをつぶやいていた。


「じゃあ、俺が見ていたのは偶然と?」


「は、はい!」と明美と呼ばれた女の子は言うが、その言葉で嫌悪の顔を浮かばせたのは決して星野だけではなかった。

 むしろ、星野よりほかの二人のほうが蔑視するような目だ。

 獰猛な野獣を感じさせる。


「な、に言ってんの……?明美」


「何って何よ」


「なんであんただけ被害者面してんの!?ってこと!」


 ボブの子はその髪を散らして言う。


「全部あんたが言ったことじゃん!私もちょっとは思ってたけど、星野が許せないって言ってたのはあんたでしょ!?猫のことだって!」


「い、いや……」


「いつもそう!なんでそんな自分だけ責任から逃れようとするのよ!!」


「ち、ちがっ」と明美と呼ばれた子が言うのを皮切りに、二人の間で押し問答が起こる。

 やれ「いつもあんたはそうだ!」とか。

 やれ「猫をいじめてたのだってあんたでしょ!」とか。


 そんな様子をどこか冷めた目で俺らは見やる。

 

「なんでこいつら喧嘩してるんだ?」とムードくんも隣で口にしている。


「大方、全部仕組んでいたのは怪我を演出していた、明美と呼ばれた子なんだろうな」


「仕組む……?」と、その言葉に反応する。

 確かに俺以外にとってみればそう見れないのも仕方ないか。

 俺は結構がっかりしたことなんだけどな。


「一昨日俺が言ったことを覚えてるか?」


 それに首をかしげていたから俺は付け加えて「教室の前で言ったことな」というと、二人とも思い出したように頷く。


「それがどうしたの?」


「あれで反応してくれてたのがあのボブの子だったんだよ。それで頼まれたのが猫の捜索。この神社でいなくなった猫を探してほしいって昨日ね」


 それに頭を悩ませているように見せたのは星野だ。

 この神社の猫といえばそれはもう間違いなく、星野の中ではつながっているのだろう。


「それってどんな猫?」と星野は聞いてきていたから、その特徴を細かに説明すると次第に合点がいったようにつぶやく。


「なんで……」


「そういや星野も最近野良猫にえさやってるって言ってたよな?」


「うん。それもここにいる子……」


 そして「それに」とも付け加えて星野は言った。


「あの子たちはその猫をどらかというといじめてたの。それを偶然見た私がその子をかばったのが多分今彼女たちが言ってる話なんだと思う……」


 より鮮明に聞いてみれば、もともと猫に虐待らしきことを働いていた三人組にそれを非難したことから始まったらしい。

 そこに星野が割込んだはいいが、それから保護しようともその猫が毎度のようにこの神社に戻っていったらしく、その理由まではわからなかったそうな。

 そしてつい先日のこと。

 そのうちの一人、明美に呼び出され、神社に行ったところでこういわれたらしい。


「その猫、私が預かってる子なんです」と。

「その子は少し凶暴で、ああでもしないといけないんですよ」と。


 しまいにはその猫には子供がいるとも言っていたのだ。

 それを聞いた手前、星野は明美に強く出ることはできなかった。

 その子猫がどうなるか分かったものじゃないから。

 

 しかしそれでも直情的な星野はその手に抱える猫を強引に引き取ろうとする明美を突き飛ばすしかできなかったのだそうな。

 それをちょうど目撃したのが俺というわけだ。


 とんだ偶然もあるもんだ。

 と言いたいところだが、そんなことはない。

 だって俺がここに来たのも明美の友達を名乗るボブの子の誘い合ってだ。

 そしてようやく事実がつながる。


「じゃ、じゃあ神木がさっき言ってたレッテルって」


「私が突き飛ばすことをわかってて、それを神木くんに見せるため最初っから仕組んでたってこと!?猫のことも」


「あぁ。とんだマッチポンプだな。自分で怪我を演出して、自分でその目撃者を都合のいいように配置して、自分の都合のいいように事実を曲解させる。明らかに明確な敵意を星野に持ってないとできないようなもんだ」


 思えば初めからおかしいところは十二分にあった。

 説明もしないで急いで神社にやってきたと思えば裏手側には神主がいるから待ってくれと言われる始末。

 そしてその神主がさっきまでいたという裏手側に、なぜか俺らが神社で待っている間に人っ子一人見なかったっていうのに二人もいたのだから。

 そこで起こった事実に目が行きがちだがそこに人がいる時点でおかしいことだ。


 だってボブの子が言っていたことが本当なら、二人の女子が言い合っている手前で神主が掃除していたことになるだろう?


 その事実に気づけば何の面白みもないことだと思っても仕方ないじゃないか。

 

 しまいには社の下の猫ほどの大きさしかない隙間には、今にでも衰弱死しそうな子猫が横たわっているときた。

 ある程度の事情を察するのに必要な素材が目いっぱいに残されて入ればつまらないと思わずにもいられん。

 

 ただ、なぜ俺をこんなところに連れてきたか疑問に残ったものだが、単純に星野に対する嫉妬というなら合点がいく。 

 それにしては手口が陰湿ではあるが。


「なによ!別に私だってやりたくてやったわけじゃないっての!!仕方ないでしょ!?」


 当の本人らはこう喧嘩している始末だ。

 

「というか、神木くん見てたんだ……。全然気づかなかったよ」


「後ろ姿だったからな。星野が見えなくても仕方ない」


「え、そうだったの!?じゃあなんで怪我してないって……わかったの?私も最初は本当に、怪我させちゃったかもって思ったのに……」


「でも怪我させてないって気づくようなことがあったわけだろ?」


「う、うん。帰り際に気づいたんだけど、あの子のフードにクッションみたいのが入ってて。あぁこの子何か仕組んでたのかなって」


 それに首を傾げたようにして見せたムードくんは「じゃあなんでそれをいわなかったんだよ」と直球に言う。


「だって、子猫がいるって聞かされたうえで何か変なことでも言ったらその子がどうなるかわかったもんじゃない」とそこまで言うと、切羽詰まったように息を止める。


「そ、そうだよ、子猫がまだ…!」



「そ、そうだ!!まだ子猫がここにはいるんだぞ!」


 そして唐突に会話へと返り咲いてきたのはさっきまでとは打って変わって怒気をはらんだ明美だった。

 そこにはどこか迫真な様子も見て取れる。

 なんでそんなに必死になっているのか。


 その様子に星野も顔を青くする。

 ただその子猫はもうここにはいないけどな。


「子猫ってのはこいつだろ?」


 俺は動物病院に運び込んだ子猫の画像を映し出す。

 それに「なぜ……!」と声を荒げて昨日まで子猫のいた場所を覗く。


 その必死さが余計にその様子に箔をつけた。


 そしてようやく観念したかのようにその膝を折ったが最後、星野は三人組のほうへ足を運んだ。


 供養でもしてやるのかと俺もどこか楽観的になっていたが、明美はそんな星野にいつの間にかとびかかっていた。


「お前さえいなければ!!」


 そう呟いたころにはその間に俺とムードくんが入り込む。

 所詮は女子の力、特にけがもなく抑えたものの、その豹変ぶりには傍観していた明美の友達であった二人も驚愕していた。

 どうにも不可解な豹変ぶりだったのだろう。

 俺もここまで必死になるとは思わなかった。


「あ、ありがとう、神木くん」


 その言葉にムードくんは「あ、あれ俺は?」と言っていたがそれは星野には届いていない様子。

 すっかり視野に入っていないといった感じだ。


「明美?だったか。もう気は済んだか?」


 それに短く「あぁ」とつぶやくと力なく倒れこむ。




「っていうかまだお前はクラスメイトの名前も覚えてないのか?」


「そんなことはない」


「じゃあ俺は?」と言ってくるムードくんに「ムードくん」と端的に答えるものの、少し貯めたようにしながら俺の額に頭突きをかまして言う。


「武藤だよ!!いつになったら覚える!?」


「いつもムードメーカーから連想するから仕方ない」と前回もそんなことを言ったな、と思いながら俺も言った。

 それにため息をこぼしながら、「武藤だからな?次は間違えんなよ?」とムードくんは言うものだから適当に相槌をして返す。


「こいつ解ってねえな」と聞こえたりもした。



 後から聞いた話によれば、この三人はもともとは星野へのささやかな嫉妬が少なからずあって、そこからストレスを感じていたそうな。

 そんなところに明美が星野を陥れる提案を持ちかけたことで、この一連の星野のレッテル張りは行われたらしい。

 

 それに拍車をかけたのが、クラス内でも圧倒的信頼を置いている神木、俺を目撃者として証人にすることでいっそう信ぴょう性を持たせる魂胆だとかなんとか。

 そんな信頼を置かれるようなことはした覚えなどないのだが。


 そして俺の「助けられてほしい」をなんとか極大解釈させていつの間にか、俺に猫の捜索(猫はいなくなっていない)をさせ、あたかもその最中に目撃してしまったという構図を作り上げたのだ。


 その猫もあの時星野が背面になっていたから気づかなかったが、星野自身が抱えていたとかなんとか。


 そうなると、なぜそこまで陥れようとしたのか明美の構想が疑問に残る。

 三人の身内での会話でも、そこまで大々的に陥れようとはしておらず、陰ながら嫉妬していたくらいだったのに。

 なぜそこまで思考が飛躍したのかだ。


 しかしそんなことを言ってもどうにもなるまい。

 なぜならすでに教室では星野の信頼も戻り、いつものようにその顔に華を咲かせているのだから。

 まぁ、誤解を解くのにも俺の言葉とムードくんの言葉一つで「なんだぁ」と言われてしまったのがどこか腑に落ちなかったわけだが。


 まったく、あんなこと言うんじゃなかったな。



「ねぇ、神木くん。やっとこれの意味が分かったよ」


 そんな思考で机に俺が伏せていた時だった。

 そんな声が聞こえてきたのは。

 その手に持っているものはいつか星野に手渡したものだった。


「素直に助けてやるって言ってくれればいいのに」


 ただの五円玉。

 それを手に握らせて星野は言った。


「ありがとね、いろいろと」


「俺がああいった手前、目の前の星野をどうもできなかったんじゃ寝覚めが悪いからな」


「そっか」と星野はクスクスと笑って言った。

 それに加えて「これもらっていい?」とただの五円玉を手にして言うものだから、「あぁ」と返す。

 本当にただの五円玉なんだがな。

 これを持てば御縁があるという迷信を信じているのかもしれん。

 


 そして星野はその表情のまま、どこか冗談めかして言う。


「やっぱり神木くん。私のこと……」


 いつものようなやり取りにごめん、と出す口が今日はなぜかどこかに行ってしまっていたりもした。

 きっと魔がさしたのだろう。


「どうだろな」


 そういうと星野は「えっ!?」と声を上げる。

 俺が最初にど、と発音するころにはそんな反応をしていたくらいには速いレスポンスだった。

 その続きはどんなに問い詰められようとも言わんがな。


「ほらかえったかえった。俺は今からやることがあるんだ」


「え、ちょ!?まってよ!どういうことー!?」


 そんな声を背景にいつかのように俺は席を立った。


 今日もどこか退屈な日々だった。

 別に俺自身スリルを求める気質ではないんだが、俺のモットーは思い立ったが吉日。

 

 どうやらこんな結末じゃ満足しない人がいるようだから。

 だから俺は黒板の前に立ち、さながら迫真の演技をする熱血教師さながらのたたずまいで言葉にする。



「誰か俺に時間を売ってくれ」


 

 どうもこれが始まりのようだった。 


よろしく

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