7 デスマッチ
昨日一瞬だけど日間に載ることができました……!
皆様のおかげです、ありがとうございます!
オレが騎士団に入ってから二週間が経った。
「ふわぁ……あ、ゼクス。おはよ」
「おはよう。マルス」
朝。
部屋から廊下に出ると、眠たげな顔のマルスと遭遇した。
マルスはオレと同い年の団員で、気さくで正義感の強い男だ。
オレとは入団してすぐに打ち解け、毎朝共に朝食を食う仲となっている。
童顔で身長も低めだが、そこはご愛嬌だろう。
「今日のメニューは何だろう。アイランドシープのシチューかな?」
「シチューは一昨日出たから無いだろ。まぁポプラさんが作る物なら何でも美味いはずさ」
「それもそうだね」
雑談をしながら食堂に向かっていると、不意に背後からドン、と肩をぶつけられた。
「どけよ」
長い腕で押しのけられる形でオレは横にずれる。
オレとマルスの間を通り抜けていったのは、見上げるほどの巨体の持ち主。
「悪いな」
オレに非は無いはずだがひとまずその大きな背中に謝っておくと、大男は僅かに振り返り、
「チッ」
と舌打ちして去っていった。
「あいつは確か……」
オレが記憶を巡らせていると、マルスが答えてくれた。
「ジェフ・バートル。元・剣闘士で、粗暴な人狼族。身内には割と優しいヤツだけど……どうもゼクスの事が気に入らないみたいだね」
「オレがか? 心当たりはないが……」
「あぁいや、ゼクスは何も悪くないよ。ジェフの想い人であるレベッカがゼクスを気にかけてるから嫉妬してるだけさ」
「レベッカ? 彼女とはただの友人だ。それにレベッカも、単に新加入のオレに気を遣っているだけだろ」
「さぁどうだろうね。ま、キミがそう思っていても、周りはそうは思ってないってことだよ」
なるほど。
オレはできれば同僚とは仲良くしていきたいと思っているが……
騎士団の連中は一筋縄ではいかないヤツばかりだな、どうも。
食堂に着くと、既に多くの騎士団員が朝食を摂っていた。
オレとマルスは食事を受け取る為、トレイを手に列に並ぶ。
「おはようございます、ポプラさん!」
マルスが厨房でおたまをかき混ぜている恰幅のいい女性に挨拶すると、彼女はよく通る声で返してきた。
「おはよう、マルス! 今日はちょっと眠そうだね。夜はちゃんと寝るんだよ!」
それからポプラさんはオレに気づき、
「ゼクスじゃないか。相変わらず良い男だね! おはよう!」
「おはよう、ポプラさん。ポプラさんこそ相変わらず良い女だ」
「ははっ、言うねぇ! レベッカ、ちょっときな!」
「はぁーい!」
料理長であるポプラさんに呼ばれ、朝は配膳の手伝いをしているレベッカがたたっ、と駆け足でやってきた。
そしてオレを見るなり、ぱぁっと花のような笑みを咲かせる。
「ゼクスさんっ! おはようございます!」
「おはよう、レベッカ。朝からご苦労さん」
「なぁ聞いておくれよ、ゼクス。この娘ったら、暇があるといっつもあんたの話ばかりしていて少し困ってるんだ」
「ポ、ポプラさん!? 変な事言わないでくださいっ!」
瞬く間に顔を赤くしたレベッカはあわあわと口を動かし、ポプラさんがあははと笑う。
「ゼクスさんっ……! その、えっと……ゼクスさんってどんな仕事もそつなくこなしてて凄いなって話をしてるんですよ、はい!」
「オレが? そんな話をしてくれてるのか。ありがとな」
とはいえ、オレなんてそんな大した者じゃない。
騎士団に入って日が浅いが、ここにはオレよりも凄いヤツがたくさんいる事をよく知ってる。
毎日オレ達の為に美味い飯を作ってくれるポプラさんもそうだし、レベッカだってそうだ。
レベッカはその場にいるだけで雰囲気を明るくする。そんな力はオレにはない。
師匠が言っていた。ただ強いだけのヤツなんかよりも、そういう“人に力を与えられる力”を持っている人の方が何倍も凄いって。オレもそう思う。
だからオレなんてまだまだだ。
だが礼儀として、称賛は素直に受け取っておこう。
「はいどうぞ。お二人とも、今日も頑張ってください!」
レベッカがよそってくれたカレーを受け取る。
彼女の笑顔を見ると元気がでるな。もっと話していたいくらいだ。
しかしそれは他の男達も同様なのか、厳しい視線が突き刺さる。
ので、二人で礼を言い、大人しく空いている席に向かう。
「ここでいいか」
空いていた席に座り、マルスと談笑しつつカレーを食う。
少しして、オレ達の下に四人の男がやってきた。
その先頭にいるのは先程廊下でオレにぶつかってきた大男、ジェフだった。
「よォ、新人。そこは俺達の席だぜ」
剃り込みの入った頭に血管を浮き立たせて見下ろしてくるジェフの口元には笑みが滲んでいるが、目は笑っていない。
オレはカレーを口に運びながら問うた。
「先にこの席を取ってたのか? だったら悪い、すぐにどく」
「いんや、ちげぇぜ。そこは俺達がいつも使ってる席だ。だからどけって言ってるんだよ」
あぁそういうことか。
だったら、どく必要はないな。
「あっちが空いてる。どうしてもここを使いたいなら、オレ達が去ってからにしてくれ」
スプーンで空いてる席を指す。
するとマルスも同調してきて、
「ゼクスの言う通りだよ。これは提案なんだけど、床なんてどうだい? キミのデカい図体には普通の席じゃ小さすぎるからね」
「……言うじゃねぇか、マルス」
ジェフが手に持っていたトレイをガシャン、と投げ捨てた。
その音で周囲の注目が集まるが、ジェフは構わずマルスの胸ぐらを掴んだ。
「その辺にしとけよ、ジェフ」
オレがやや声を低くして言うと、ジェフは鋭い眼光で睨んできて、
「黙れよ新人。いいか、俺はまだお前を認めちゃいねぇ。ドラゴンくれぇ闘技場で散々殺した。あんな蜥蜴一体倒したくらいで、調子に乗んなよ」
一触即発の空気が流れる。
それをやんわりと破ったのは、マルスの一言。
「ジェフ、手を離した方がいいんじゃないか? レベッカちゃんが見てる」
マルスの言う通り、厨房の方からレベッカが心配そうにこちらの様子を伺っていた。
「……チッ」
舌打ちし、立ち去ろうとするジェフ。
「待てよ。デカいの」
オレは立ち上がり、ジェフの前に立った。
マルスが驚いたようにオレを見ている。
「なんだクソ野郎。この俺に文句でもあんのか?」
釣り上がった眦でオレを見下ろすジェフは、やはりデカい。二メートルは優にある。
「ああ。食べ物を粗末にするなって母親に習わなかったか? そこのカレーはお前が片付けるんだ」
オレは床に散らばったカレーを指差す。
するとややあって、ジェフを含む四人が馬鹿にしたような笑い声をあげた。
それからジェフが笑みを潜め、ドスの効いた声で言う。
「いいか新人、俺には母親なんていねぇよ。俺を産んだ女は赤ん坊の俺をゴミ箱に捨てた。食べ物を粗末にするな? そんなクソみてぇな戯言は誰からも教えられてねぇよ」
「そうか、だったら今学んだな。いいから片付けろ」
「はっ。誰がやるかよ。喧嘩を売るつもりならもっとハッキリ言えよ、チビ」
「……料理を作ってくれたポプラさんやレベッカ達に礼儀を尽くせって言ってるのが分からないのか? 木偶の坊」
ジェフのこめかみがピク、と動いた。
「……いい度胸だ。この後ツラ貸せ」
そう言い残し、ジェフはカレーを踏みつけながら去っていった。
ジェフが去ったことで再び騒々しさを取り戻す食堂。
マルスが呆れたような顔をする。
「あーあ。ゼクス、やっちゃったね。言っとくけど、ジェフは強いよ?」
「あいつが強かろうが弱かろうが関係ない。誰かが間違った行いをしたら正してやるのが仲間ってもんだ。そうだろう?」
オレが再び席につきながら言うと、マルスは「間違いないね」と肩を竦め、
「キミってクールなヤツだと思いきや、案外熱い男だったんだね。結構見直したよ」
ぱく、とカレーを食った。
朝食後、オレはジェフの取り巻きに寮の裏手にある雑木林に連れて行かれた。
そこにはジェフだけでなく、大勢の騎士団員がいた。よく見るとマルスもいる。
あいつ……楽しんでやがるな。
ギャラリーのほとんどは男で、おそらくオレとジェフのやりとりを聞きつけて野次馬精神で足を運んだのだろう。
「よォクソ野郎。よく逃げださなかったな」
「お前こそ。きちんと用は足してきたか?」
オレの答えにギャラリーが沸く。指笛を吹いているヤツもいる。
団長や副団長がいないと随分ガラが悪いな。
これがアヴァロニア騎士団の本性か。
いや……というか、単に揉め事が大好きなだけだろう。
この街は比較的平和だから、退屈な毎日に飽き飽きしているのだ。
その証拠にこいつら、目がいつもよりキラキラしてやがる。
「仕事もある。さっさと済ませよう」
オレが拳を構えると、ギャラリーが更に沸く。
ジェフはイラついた様子で舌打ちした。
「デスマッチだ、分かるか」
デスマッチか。また野蛮な真似を。
決闘形式の一つで、人のリングの中で二人のどちらか一方が倒れるまで殴り合う。
冒険者でもしている連中はざらにいたから、デスマッチの事は知っている。
だからその危険性も、よく知っている。
デスマッチはどちらか一方が倒れるまで続くため、大抵の場合は命に関わる、まさに死の決闘。
本来であれば、引き受けるべきではないだろう。
だがここでジェフを打ち倒さなければ、こいつらは一生オレを騎士団の一員と認めてはくれないだろう。
多少野蛮だが、受けて立つか。
「いいぜ、望むところだ。かかってこい」
ギャラリーが大いに盛り上がり、オレとジェフを囲うように人の輪を作った。
幾重ものニヤついた笑みがオレ達二人を包み込む。
これこそがデスマッチ。
逃げ道のない、死の決闘。
ジェフの全身に荒々しい魔力が渦巻く。
オレも静かに魔力を纏った。
これは【装甲】と呼ばれる、魔力による防御技術で、外部からのダメージを軽減する技だ。【強化】に近い。
「殺してやる」
ジェフの一言がゴングだった。
「うらァッ!」
ジェフの重い右ストレートが顔面に打ち下ろされる。
オレは上体を横にずらすことで難なくかわし、同時にクロスカウンター気味に右のボディブローをジェフの腹に叩き込んだ。
ズン、と鈍い感触が拳に伝わる。
「ぐぅっ……! この野郎ッ!」
ぶん! と振るわれた右フックを屈んで避け、ジャブ、ストレート。
素早いコンビネーションを鼻面に叩き込むが、ジェフは構わず接近してきて強烈な右ストレートを振るってくる。腕のリーチ的にスウェーでも避けきれない。
咄嗟に両腕を前に掲げて受けると、みしみしと衝撃が走った。
重い。まるでドラゴンの一撃だ。
「くッ!」
ステップで距離を取る。
腕に魔力を集中させていなかったら骨が折れていたな。
さて。
オレとジェフとの体格差は明確。
パワーは圧倒的に相手が上。
スピードはオレが上だ。
だったら冷静に、冷酷に、それを活かすのみ。
とはいえ、下がりすぎるとリングに蹴り飛ばされる。
そこは気をつけないと。
「シァッ!」
ジェフがラッシュを仕掛けてくる。
オレはフットワークを生かして全て紙一重でかわしつつ、隙を見て確実に拳を打ち込んでいく。
「しっ! ふっ!」
狙いは正中線。人体の急所だ。
「ぐっ、クソがッ!」
顎にヒットした瞬間、ジェフの身体が僅かにぐらつく。が、倒れはしない。
なんてタフな野郎だ。
既に三十発以上は打ち込んでるというのに。
「死ねやオラァッ!」
ジェフが踏み込み、ボディめがけてアッパーを放ってくる。
喰らえばひとたまりもないだろう。
だが、魔力操作がまだまだ甘い。
もっと魔力を流動的に動かさなければ、爆発的なスピードは生まれない。
「ふっ!」
手でジェフの拳を脇にいなし、カウンターのアッパーカット。
顎骨の硬い感触が拳に響き、ジェフは大きくよろめいた。
リングの連中から歓声が上がる。
「う、がぁ……っ!」
が、倒れない。
元・剣闘士は伊達じゃないな。
その勝利への執念には敬意を払うべきだろう。
だが、
「今回はオレの勝ちだ」
一瞬、魔力を爆発的に増加させ、がら空きの胴体へ渾身の右ストレート。
ドォン! と砲撃に似た音が鳴り響く。
「か……は……っ!」
とうとうジェフが崩れ落ちる。
オレが打ち込んだのは、鳩尾。
しばらくは立つことすらままならないだろう。
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
リングの男達から野太い歓声が上がり、オレは四方八方から揉みくちゃにされた。
「マジかよこいつ! あのジェフに勝ちやがった!」
「ドラゴンを倒したのも伊達じゃないな!」
「すげえ男だ!」
「とんでもないのが入ってきたな!」
ばしばし叩かれて痛いし、なにより男臭い。
だが……
どうやら、認めてくれたらしい。
オレが騎士団の一員であることを。
「うぐ……」
うめき声に目を向ければ、なんとジェフが立ち上がるところだった。
呆れる程のタフさだ。
スッ……。
ジェフが拳を伸ばしてきたので思わず身構えるが、違った。
「負けたぜ。騎士団にようこそ、くそったれの新人」
なんだ。割と素直に負けを認めるんだな。
まぁ、根はそこまで悪いヤツじゃないのかもな。
「刺激的な歓迎会をどうも。くそったれの先輩」
ごつん。拳をぶつけ合う。
これにて一件落着か。
「ちょっとどいてください! どいてってば!」
男達の群れをかき分けて現れたレベッカは、ボロボロのジェフを見るなり怒りの形相を浮かべた。
「ジェフさん、喧嘩はやめてっていつも言ってるでしょ!」
「お、おう。すまん」
想い人には弱いらしく、ジェフが頰をかきながら謝る。
「まったくもう、こんなになって……第一階梯魔法【ヒール】」
レベッカは回復魔法の心得があるようで、ジェフの傷を癒す。
そして、
「ゼクスさんも!」
オレもか。
怪我という怪我はしてないが。
腕の打撲くらいか。
「……これでよし。ゼクスさん、いくらあたし達の為って言っても決闘はやりすぎです! その、お気持ちはさいこーに嬉しいんですけど……」
顔を赤らめたレベッカを周りがヒューヒューと茶化し、ジェフがキレる。
まったく騒がしい連中だ。
まぁだが……悪くはないな。
少なくとも、上司には逆らえず、個人というものを抑えつけるような職場よりも遥かに良い。
「ゼクス、仕事が終わったら飲みに行こうぜ」
肩を組んでそう誘ってくるジェフに、オレは「おう」と答えた。
夕方。
酒場でジェフ含め騎士団の連中と食って飲んでのどんちゃん騒ぎをしていると、不意に入口の方でどよめきが起こった。
なんだろう、と入口を見やると、誰かが酒場に入ってきたようだ。
カツカツカツカツ。
入ってきた人物はまっすぐにエールを呷るオレの元に近づいてきて、
「こんなところにいたのね」
腰に手を当ててオレを見下ろすのは、金髪金眼の美女。
「ようやく見つけたわよ、ゼクス。まさかアヴァロニアにいるなんてね」
「お、お前は……」
オレはあんぐりと口を開けた。
この圧倒的な美貌、見間違えるはずもない。
だが、なぜこいつがここに。
「アリス……!」
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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