5 役割
翌朝。
オレは団長室に呼ばれていた。
「おはようゼクス。今日からよろしく頼む。早速だが、これを支給する」
オリヴィアの指示で、部屋にいた一人の男が服を渡してきた。
「どうぞ、ゼクスさん」
「どうも」
受け取ったそれは、騎士団の制服だった。
「部屋を出て右手に更衣室がある。まずはそれに着替えてくれ」
言われた通り、更衣室で着替えを済ませ、団長室に戻る。
「ほう」
オリヴィアがオレを見て目を細めた。
「思った通りだ。よく似合っているぞ」
「ありがとう」
改めて自分の姿を見下ろす。
臙脂色を基調にした制服は防刃素材でできている。
胸にはアヴァロニア王家の獅子の紋章が、肩にはアヴァロニア騎士団を象徴する不死鳥の紀章が縫い付けられていた。
この制服は戦闘にも対応しているようで、伸縮性があって動きやすい。
かなり機能性に富んだデザインだ。気に入った。
「ところで、オリヴィアのネックレスもよく似合ってるな。贈り物か?」
という返答は予想外だったか、オリヴィアは目をぱちくりと瞬かせた。
「あ、ああ。これは兄からプレゼントされた物だ。たまにしかつけないのだが……よく気がついたな。あぁいや、その話はいいんだ」
やや顔を赤らめたオリヴィアはこほんと咳払いをし、
「次は副団長の紹介をしよう。そこにいるのが、アヴァロニア騎士団の副団長兼参謀、アインハードだ」
オレに制服を渡した人物、紫色の髪を後ろで結んでいる色男が胸に手を当てた。
「アインハード・グロスクロイツと申します。以後お見知り置きを」
「ゼクス・レドナットです。よろしくお願いします」
なんとなく上司感があるので、ギルド職員時代の癖で自然と敬語が出た。
するとすぐにオリヴィアにツッコまれる。
「おい。どうして団長の私にはタメ口で、アインハードには敬語なんだ」
「オリヴィアが綺麗すぎるのがいけない。魅力的な女性に親しく接するのはいけないことか?」
「きれっ……!」
オレが半分本気でそう言うと、オリヴィアは顔を赤くした。
「……やはり罪な男だ、お前は」
頰を膨らませてそっぽを向く、意外にも子供っぽい仕草をしたオリヴィアを見てアインハードがくすくすと笑う。
「アインハード。お前まで私を馬鹿にするのか」
「いえいえ、そんなことは」
オリヴィアの追求を軽くいなしたアインハードは、微笑みを絶やさぬままオレの方を見た。
「ゼクスさん、話しやすい口調で構いませんよ。言葉遣いでとやかく言うような人は、騎士団にはほとんどいませんから」
少しはいるのか。まあ、ガウェインとかはうるさそうだな。
「分かった。前の職場は必要以上に礼儀に厳しくて息苦しくてな。ここでは気楽にいかせてもらうことにするよ」
軽い雑談が終わり、いよいよ仕事の話に。
「ゼクス。お前には特定の部隊に所属せず、様々な不測の事態に応じて臨機応変に戦う役目を担って欲しいと思っている」
「ふむ……」
特定の部隊への配属はなし。
臨機応変に参戦、か。
それはつまり、
「遊撃兵か」
「その通り。私の見込みでは、ゼクスにはそれが最も適任だ」
なるほど。
遊撃兵、ね。
ギルドでもそれに近い仕事をしていたし、問題はないだろう。
「オーケイ、引き受けよう」
「決まりだな。何か質問はあるか?」
質問……そうだ。
「昨日レベッカが言いかけていたことなんだが、騎士団以外の二勢力ってのはなんなんだ?」
「あぁそのことか。アヴァロニアには昔から、国を仕切る三つの勢力があるんだ。軍、魔法省、そして騎士団。この三つ巴がバランスを取りつつ国を守ってきたんだが、ここ十年は情勢が変わってしまっていてな。他の二勢力……特に軍が力を強めた影響で、国内での騎士団の肩身は狭くなっているのが現状だ。この古びた本部を見てもらえば分かると思うが」
なるほど……。
かつては栄光に輝いていたアヴァロニア騎士団も、今は日陰者ってわけか。
「今は私やアインハードを筆頭に、どうにか騎士団の立場を引き上げようと尽力している最中だ。他に質問はあるか?」
「そうだな……騎士団員は本部にいるので全部か?」
「いいや」
オリヴィアは頭を振った。
「ラストンベリーには50名ほどしかいない。残りの150名以上は各地に出向いている。彼らとはいずれ会う機会もあるだろうから、その時になったらまた紹介しよう」
「了解。質問は以上だ」
と、その時だった。
扉がバァン! と勢いよく開き、一人の少女が転がり込んできた。
「緊急事態ニャ!」
ニャ?
「西の渓谷にドラゴンが現れたニャ! 騎士団に出動要請が出てるニャ! ……ん? お前誰ニャ? あ、もしかして、ウワサの新入りニャ!?」
若草色のショートヘアにツンと立った猫耳を持つ、露出度の高い身軽な格好をした少女が興味深そうに見上げてくる。
その琥珀色の猫目からも分かるように、この子は猫人族だろう。
アヴァロニアは彼女のような亜人も受け入れる懐の深さがあるらしく、オレも一ヶ月の旅で多くの亜人と出会った。
世界には亜人差別が残る国もあるが、アヴァロニアにはほとんどないと言っていいだろう。
ちなみに、オレも亜人に対する偏見は持ち合わせていない。
冒険者の中には亜人も多くいて、彼らと人族との違いなんてごく僅かであることを知ってるからだ。
「団長」
アインハードに目を向けられたオリヴィアが小さく頷き、オレを見た。
「ゼクス、旅の疲れは取れたか?」
オレは肩をすくめてみせる。
「あんな良いベッドで寝たのは初めてだ。肩の凝りまですっかり取れたよ」
「それは何より。ならお手並み拝見といこう。ゼクス、西の渓谷に行き、ドラゴンを撃破、周囲の安全を確保せよ」
初任務がドラゴン退治か。
まあ高い給料を貰うんだ、それくらいやってやるか。
「え、こいつで大丈夫かニャ!? しかも一人って、もし失敗したらどうするつもりニャ?」
「だったらピーア、お前も付いていけ。ゼクスの仕事っぷりを報告書にまとめて提出せよ」
「げっ! よ、余計なこと言うんじゃなかったニャ〜〜〜!」
頭を抱える少女。元気なヤツだ。
「ピーア、だったな? オレはゼクス、よろしく頼む。……よし、そうと決まればさっさと行くか」
「えー……面倒臭いニャ。まぁでも、仕方ないニャ。馬車が本部前で待機してるニャ」
「馬車? 緊急事態にそんな時間かけてられないな」
「ニャ? じゃあどうやって行くつもりニャ?」
オレは上を指差した。
「飛ぶぞ」
本部前。
馬車の御者に事情を話して帰ってもらい、オレは道路の安全を確保してから体内の魔力を練り上げた。
「ニャニャ!?」
「ほう……かなりの魔力量だ」
「これはなかなか……」
ピーアと、見送りの(恐らくただの興味本位の)オリヴィアとアインハードが感嘆の声を漏らす。
これでもMAXの一割くらいしか出してないんだが……まあいい。
力は必要以上に見せびらかすな、って師匠にも言われたしな。
カリ、と左手の親指を噛み、滴った血を右手に垂らす。
右手の掌に刻まれた紋章に血が触れた瞬間、紋章が白く光りだす。
オレは右手を正面にかざした。
「【召喚】」
瞬間、右手から稲妻が迸り、まばゆい閃光が辺りを包む。
光が晴れた時、そこには神々しさを放つ雷鳥が羽休めしていた。
立ち上がった雷鳥は周囲を見渡した後、きろ、とオレを見下ろした。
『……ご無沙汰しています、ゼクス。半年ぶりでしょうか』
「まぁそんなところだ。急に呼び出してすまないな、ガルダ」
『構いません。わたくしは貴方と契約を交わした身。呼び出しがあればいつでも応じましょう』
そんなやりとりを見ていた後ろの三人は呆気に取られていたが、辛うじてオリヴィアが口を開いた。
「ゼ、ゼクス……お前、幻獣と契約しているのか……!?」
幻獣とは世界のどこかに潜む特殊なモンスターだ。
幻獣の特徴として、知能がある、大昔から存在する、個体数が極めて少ない、膨大な魔力を持っているなどが挙げられる。
オレが契約しているのは雷鳥ガルダ。
とある樹海の奥地に住む、雷を司る伝説の鳥だ。
本来、膨大な魔力を持つ幻獣と契約するのは並大抵のことではないのだが、オレはとある事情によって契約することができたのだ。
「こいつとは縁があってな。ほとんど召喚することはないんだが、緊急時にはこうして足代わりに乗せて貰ってるんだ」
「げ、幻獣を足代わり……い、一体何者ニャ……!?」
まぁさすがに驚くか。
でもオレがガルダと契約できたのは運が良かったからだ。
あの当時の実力じゃ到底無理だった。
「さあ、行くぞ」
ガルダに跨り、ピーアに手を伸ばす。
「あ、あたしも行くニャ!? 幻獣がいればあたしなんて要らないニャあ!」
「ガルダは戦わない、それはオレの役目だ。頼むピーア、付いてきてくれ。オレはこの辺りの土地勘がない。ピーアの力を借りたいんだ」
そう訴えかけると、ピーアは「し、仕方ないニャあ……あたしが力を貸してやるニャ!」と満更でもない様子でオレの手を掴み、オレの後ろに乗った。
「じゃあ行ってくる」
呆然とした様子のオリヴィアとアインハードに挨拶して間も無く、飛び立ったガルダはあっという間に上空に到達した。
「ニャニャニャッ!? ほんとに飛んでるニャあ!」
「王都が小さく見えるな。さて、しっかり掴まってろよ」
「ニャっ!? ち、ちょっと待つニャー!」
ピーアの悲鳴がラストンベリーの上空にこだました。
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