3 入団試験
オリヴィアに連れられ、本部の裏口を出てすぐの訓練場にやってきた。
そこでは数十人ほどの騎士団員たちが激しい訓練を行なっていたが、オリヴィアを見るなり全員が整列、敬礼した。
思ったよりも練度はよさげだ。オリヴィアの威光か。
「場所を空けてくれ。突然だが、これより彼の入団試験を行う」
団員たちは素直に従って訓練場の端に寄るが、様々な奇異の目線をオレに向けていた。
……どうも歓迎ムードってわけじゃなさそうだ。
「ガウェイン、前に出ろ」
「はい」
オリヴィアに呼ばれて出てきたのは、神経質そうな金髪碧眼の男。
どこか人を見下すような目でオレを見ている。
「ガウェイン、お前がゼクスと戦え」
「分かりました」
明瞭な声で返事をしたガウェインは、オレに木剣を投げてよこした。
「これを使え」
なるほど、試験ってのは立合いか。
「彼に勝てばいいのか?」
問うと、オリヴィアは笑みを浮かべながら頷いた。
「言っておくが、ガウェインは強いぞ。ウチの二番隊隊長を勤めているほどだからな。そういえば、ゼクスは魔法使いだったな。剣は使えるか?」
「問題ない。武器は一通り扱える」
ガウェインと対峙する。
なるほど。確かに隙のない構えだ。
「……何か気に食わないことでもあるのか?」
厳しい目つきでこちらを見ているガウェインに尋ねる。
「気に食わないことならある。貴様の存在だ」
なんだ、初対面で随分な言い草だな。
「オレが何かしたか?」
「平民が誉れ高き騎士団に入ろうとするなど言語道断。敗北後、即刻立ち去れ。決して騎士団を名乗ることは許さん」
オレが負けるのは決定事項みたいな言い方だな。
まあなんだっていい。
勝てばいいだけだ。
「勝負形式は?」
「一対一の模擬戦だ。ただし魔法の使用は禁止とする」
「了解だ。これに勝てば入団を認めてくれるんだよな?」
そう言うと、ガウェインのこめかみがピクと動いた。
「……貴様、俺に勝つ気でいるのか?」
「勝負事で勝つ気がないヤツなんていないさ」
「ちっ。平民ごときが偉そうな口を利くな」
まぁ煽りはこのくらいでいいか。
ちらりとオリヴィアを見ると、彼女は小さく頷いた。
その脇ではレベッカが心配そうな顔でこちらを見ている。
ここで負けてレベッカに恥をかかせるわけにはいかないな。
「アヴァロニア騎士団二番隊隊長、ガウェイン・スカイ・ウォードだ」
「ゼクス・レドナット。肩書きはない」
彼我の距離は三メートル。互いに一息で詰められる間合い。
静まる訓練場。風が草木を揺らした。
「――はじめっ!」
オリヴィアの合図でオレとガウェインは剣を握る手に力を込める。
が、互いに容易に飛び込んだりはしない。
魔力を練りながら、円を描くような足運びでじりじりと間合いを図る。
ややあって、先に動いたのは、ガウェイン。
「しっ!」
細かい動作でいくつものフェイントを織り交ぜてからの、喉元を目掛けた鋭い突き。
突きというのは剣の攻撃のなかでも最も避けづらい技だ。
剣先しか見えず、距離感が掴みにくいからだ。
ガキンッ。
オレは相手の木刀の腹にそっと木刀を当てることで突きの軌道をずらす。
そのままカウンター。ガウェインの腹部に木刀を振るう。
「くっ!」
ガウェインはギリギリで反応して剣で防いだあと、袈裟斬りを放ってくる。
それを紙一重でかわし、続けざまに飛んでくる数度の攻撃をすべて避けた後、息を切らしはじめたガウェインに対し、オレは言う。
「なかなかの使い手だ」
「はぁはぁ……なぜ当たらない……!」
「だが、『なかなか』止まりだ。二流の剣はオレには届かない」
二流、という言葉を聞いた瞬間、ガウェインの目つきが変わる。
「二流……この俺が二流だとッ!?」
「そうだ。その証拠に、お前の剣はもう見切った」
「貴様ァ!」
ガウェインが放つ、渾身の上段斬り。
それをオレは魔力で強化した左手の人差し指と中指でピタ、と受け止めた。
「な……ッ!?」
驚愕に見開かれるガウェインの瞳。
オレは足元の砂を蹴り上げた。
ガウェインが思わず目を瞑る。
その一瞬の隙を突き、オレはガウェインの木刀を吹き飛ばした。
カラン、と転がる木刀。
オレは木刀をガウェインの喉元に突きつけた。
「――勝負ありっ! 勝者、ゼクス!」
オリヴィアが宣言する。
途端、周囲がざわついた。
「嘘だろ? ガウェイン隊長が負けたぞ」
「剣の腕なら国内でもトップクラスなのに……」
「指で白刃どりしてたわよ」
「何者だ、あいつ?」
ガウェインが顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
「き、貴様っ! 卑怯だぞ!」
オレは淡々と告げた。
「目潰しが禁止というルールはなかったろう。戦場では使えるもの全てを利用するのが常識だ」
「貴様……それでも男かっ! 正々堂々と戦え!」
「そこまでにしろガウェイン。ゼクスの言い分が正しい。まさかお前は戦場でも同じような言い訳が通じるとでも思ってるのか?」
「くっ……」
オリヴィアの言葉にガウェインは唇を噛む。
オリヴィアは厳しい表情で続けた。
「それに正々堂々だと? 笑わせるな。ゼクスが魔法使いと知るなり魔法を禁止にし、自分が有利になるようなルールを定めた卑怯者は一体どっちだ? 水でも浴びて、少し頭を冷やしてこい」
「…………はい」
拳を強く握りしめ、ガウェインは俯いたまま訓練場を後にした。
「すまないゼクス。ガウェインは剣の腕は確かなんだが、メンタルに多少問題があってな」
「構わない。不必要に煽ったオレにも非があるしな」
それにしても、驚いた。
ガウェインのヤツ、オレに白刃どりを出させるとは。全部避ける気でいたんだが。
さっきは勝負を有利に運ぶ為に二流と煽ったが……あれは正真正銘、一流の剣だ。
おそらく今の立合い、外野の連中からは速すぎてほとんど見えなかったことだろう。
「ゼクスさん、さいっこーでした! 魔法だけじゃなく剣も一流なんですね!」
レベッカが駆け寄ってきて、タオルを渡して労ってくれた。
「ありがとう。レベッカに恥をかかせることにならなくてよかった」
「ゼクスさん、あたしの為に……?」
「ああ。レベッカのお陰だ」
なんとなしに頭を撫でると、レベッカは驚いた顔になり、ややあって、ぼん! と顔を真っ赤にした。
「レベッカ?」
「…………ます」
ます?
「入団おめでとうございますっ!!」
突然大声で叫んだレベッカは、ダッシュでどこかに去ってしまった。
どうしたんだ急に……。
「ゼクス、どうやらお前にはたらしの才能があるようだな」
オリヴィアが複雑そうな表情で見てくる。
「そんなこと……前の職場ではさっぱりだったぜ?」
「さて、どうだろうな。罪な男だ。……ともかく、試験は合格だ」
オリヴィアは周囲に向かって声を張り上げた。
「総員、整列!」
あっという間に訓練場に整列する騎士団員たち。
その先頭でオリヴィアが胸に手を当て、敬礼。
バッ! と団員が揃って敬礼した。
オリヴィアが不敵に笑う。
「――ようこそ、アヴァロニア騎士団へ」
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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