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4 英雄

 雲ひとつない快晴の空に、祭の始まりを告げる花火が次々と打ち上げられる。

 この一週間、何事もなく日々は過ぎ……とうとう今日、三日間に渡るアヴァロニア建国祭が催され、全国から大勢の観光客がラストンベリーに押し寄せる。


(このまま建国祭が終わるまで、何事もなければいいが……そうはいかないだろうな)


 気になるのは、先日、シャノンが口にした言葉。


『王女様を狙っている黒幕は、王女様の実の兄、エリオット第一王子だ』


 エリオット王子とは、現国王の長男にして、次期国王の最有力候補。

 この一週間で調査したところ、エリオット王子は、城内の派閥では守旧派に属しているようで、改革派のソフィア王女と敵対する理由は十分にある。


(だが……それは真実なのか?)


 実の妹の命を狙うなど、到底信じられない事だ。

 しかし、彼らは王族。

 オレのような一般市民とは異なる価値観の中で生きているのかもしれない。

 まぁいい。

 相手が誰であれ、オレはただ騎士団としてソフィア王女の護衛を全うするだけだ。


「――いよいよ、建国祭ですわね」


 城の三階、白色の豪奢なテラス。

 昼前の涼やかな風が吹くこの場所で、ソフィア王女がティーカップを片手に、街の風景を眺めながら微笑む。


「今年も、無事に建国祭が終わりますように……」


 しばしの間、祈りを捧げた王女は、ふと斜め後ろにいるオレを見て、


「ゼクス様は三ヶ月前にこの国に来たのですわよね? 当然、建国祭は初めてでしょう?」


 と問うてきたので、オレは「そうですね」と頷く。


(祭り、か)


 子供の時はよく行ったものだが、大人になってからはあまり馴染みのない行事だな。

 ギルド職員の頃は、祭りの日も変わらずに仕事だったし。


「とっても楽しいので、ぜひこの後楽しんできてくださいな」


 そう言って、王女が微笑む。

 今は午前十一時ごろ。

 今日のオレの護衛は早朝から正午までなので、あと少しで本日の勤務は終了する。

 せっかくの機会だ、この後行ってみるか。


「では、行ってみようと思います」


 オレがそう答えると、隣に立つ近衛兵、シャノンに睨まれた。


「祭りとは呑気なものだな、ならず者」


 すると、王女がシャノンを嗜める。


「シャノン。そんな事を言ってはいけませんよ」

「ですが、今は王女様の身に危機が迫っているのです。それだというのに、祭りなどと……これだからならず者の騎士団は……」

「ゼクス様に建国祭を勧めたのはわたくしよ。もしやシャノン、わたくしの提案にケチをつけるつもりかしら?」

「いえ、そういうわけでは……」


 王女にジト目を向けられると、やはり王女には逆らえないらしく、シャノンは渋々といった様子で口を閉じた。その際、オレをキッ、と睨むのを忘れずに。


 この一週間で分かった事だが……どうもシャノンは“ならず者”を嫌悪している節がある。

 オレへの当たりが強いのも、国での地位が低いアヴァロニア騎士団を軽蔑しているからという訳ではなく、オレが“ならず者”の集団である騎士団の一員であるからのように思える。

 過去に何があったかは分からないが……少なくともこの男は、理由なく他者を見下したりはしないという事は、まだ一週間の付き合いだが、理解できる。


 シャノンのふてくされたような態度にソフィア王女は苦笑を浮かべ、オレを見た。


「ごめんなさい。シャノンも昔からこうではなかったんですのよ? 昔なんか、建国祭の日に、いつも部屋に引きこもりがちなわたくしをシャノンが街に連れて行ってくれたこともあるんですよ。その後見つかって、二人でみっちり怒られましたが」

「お、王女様、あ、あれはですね……! まだ常識をよく知らなかったと言いますか……その……あの時は申し訳ございませんでした」


 くすくすと笑うソフィア王女と、恥ずかしそうに顔を赤らめるシャノン。


「別に謝らなくともいいのよ。今となっては、あの日々はわたくしにとって大切な思い出ですもの」

「二人は昔からのお付き合いなんですね?」


 オレの問いに、ソフィア王女は頷いた。


「ええ。あれはちょうど十年前……わたくしが八歳、シャノンが九歳の時だったわね。……あの日から十年、わたくしとシャノンは多くの時間を共に過ごしています。いわば親友ですわね」


 十年の付き合いってことか。

 道理で、王女と近衛兵の関係にしては仲が良いと思っていたが……それなら納得だ。


「……王女様。お言葉ですが、今の僕は貴女の近衛兵です。僕と貴女は、もうかつてのような関係ではありません」

「おい、シャノン……」


 シャノンの冷たい言い方に思わず口を出すと、ソフィア王女が「いいのです」と寂しげに微笑んだ。


「シャノンの言う通りです。わたくしもシャノンも、あの頃とは全てが変わってしまった。何者にも縛られなかった子供時代は、とうの昔に終わったのですわ」


 そう呟くソフィア王女の瞳は、郷愁の影を写しつつ、しかし未来への確かな意思に満ちていた。


(この子は本気で、自分の理想の為に戦おうとしているんだな)


 オレよりも年下だが、尊敬の念が自然と湧いてくる。

 きっと……彼女は光だ。

 この国を、世界を、未来を優しく照らす、希望の光。

 今は小さな光だが、いずれ彼女の言葉が世界中の人々の心を揺り動かし、巨大な光へと化していく。

 そんな展望にも似た確信を、彼女のまっすぐな瞳は抱かせてくれる。


(この少女を、死なせてはならない)


 会って一週間ばかりの人物だが、そう強く思う。


「あ、そうですわ!」


 と、不意に王女が手を叩いた。

 その顔には「良い事思いついちゃった」とばかりの笑みが浮かんでいた。

 王女はその笑みのままシャノンの方を向くと、こう言った。


「シャノン。あなた、午後はゼクス様とお祭りに行ってらっしゃい」

「なっ……」


 王女の言葉を聞いたシャノンは、一瞬固まった後、なぜかぎゅぎゅいーん! と顔を真っ赤にし、それから大声で喚き始めた。


「な、なんでわたっ、ぼ、僕が、こ、このならず者とままま祭りにいいいいい行かないといけないのでしゅか!」


 バグりすぎだろ。

 いやまぁ、オレもビックリしているが。

 王女は一体どういうつもりだ?


「実はですね、」


 とソフィア王女が嬉しそうに人指し指を立てた。


「先ほど決まったのですが、実は、午後に急遽オーベック様がわたくしを護衛してくださる事になったの。だから、シャノンは安心して、たまには外で羽を伸ばしてきてちょうだい」

「な、オーベック殿が……!? それは誠ですかっ!?」


 シャノンが驚くのも無理はない。

 この国でオーベックといえば、一人しかいない。

 アヴァロニア国軍総帥、『闘神』オーベック・ビッグ。

 オレがパンゲア王国にいた頃でさえ知っていた、全世界でも指折りの怪物だ。

 そんな人物が護衛するとなれば、確かに他の人間は不要だろう。


「で、ですが、それなら僕はどうすれば……」

「ですから、ゼクス様とお祭りに行ってらっしゃいな。あなた、男性の方とお祭りに行った事はないのでしょう?」

「っ、あ、あるわけないでしょう!」


 男と祭りに行った事がない?

 シャノンのヤツ……見た目によらず、結構女遊びをするタイプなのだろうか。

 まぁとはいえ、オレとしては特に断る理由もない。

 共に護衛をする身として、友好を深めるのは良いことだしな。


「なら、二人で行くか」


 オレがごく淡白な調子で言うと、シャノンは「はぁ!?」みたいな顔をして、


「き、貴様っ、ほほ本気でいっているのか!? ふ、二人でなんて、デ、デ、デ、デートみたいじゃないかっ!」


 何を言っているんだこいつは。

 男同士で祭りに行く事のどこがデートになる?

 王女に目を向けると、くすくすと笑っていた。訳がわからん。


「お前の言っている事はよく分からないが、オレは建国祭が初めてなんだ。よければ、案内してくれると助かる」


 オレがそう言うと、シャノンは若干落ち着きを取り戻したようで、


「あ、案内か……それなら……いやしかし……」


 とぶつぶつと言い出したので、王女が、


「シャノン、これは命令ですわ。今日の仕事は午前中で終了、午後はゼクス様と一緒に建国祭を楽しんできなさい」


 と言ったので、最終的にシャノンは俯いたまま頷いた。首まで真っ赤だ。


「わ……分かりました。王女様のご命令とあらば……このならず者と建国祭に行って参ります」

「お前……顔真っ赤だぞ? 熱でもあるんじゃないのか?」


 白い肌がしもやけってくらい赤くなっているので、心配になってシャノンの額に手を伸ばす。

 男にしては長めのアイスブルーの前髪の下に手を滑りこませ、体温を測る。


「まあ!」


 とソフィア王女が驚いたような、嬉しそうな顔で見ている。


「え……あ……っ!」


 硬直するシャノン。


「熱は……特にないな」


 なら安心だ、と手を離すと、シャノンがプルプルと震えていた。


「こ、この……」

「シャノン?」


 さっきから変なヤツだな、と思っていたのも束の間だった。

 ジャキンッ!

 突然、シャノンが両手に“魔銃”を抜き、オレに向けてきた。


「このならず者ッ!」


 ――ズガガンッ!!


「うおっ!?」


 足元に発砲され、オレはその場でたたらを踏む。

 近くに王女がいるからか、炎や水は生じない普通の弾だったが、あれだけのスピードだ。

 直撃すればタダじゃ済まないぞ。


「お、おい、危ないだろっ」

「うるさいっ! 貴様が変なことをするからだろう!」

「ただ熱を測っただけだ!」

「だ、黙れっ! やはり貴様はならず者だっ!!」

「ちょっとシャノン、これ以上はおやめなさい!」


 明らかに我を失っているシャノンには王女の声も届かず、更に魔銃を撃ってこようとする。


(よし、逃げよう)


 身の危険を感じたオレがテラスからの飛び降りを敢行しようとしていた、その時だった。


「――んん? なんだ、敵じゃねえのか」


 テラスの入口から響く、野太い声。


「ッッッ!?」


 瞬間、オレは自らの本能が最大級の警鐘を鳴らすのを感じた。

 全身の身の毛がよだつ感覚。

 この感覚は、かつて何度か経験した事がある。

 師匠やバレルと初めて会った時にも感じた――いやそれ以上の――、むせ返るような圧迫感。


「――ッ」


 オレは反射的に、普段のオレ(・・・・・)が持つ最大魔力を練り上げながら、バッ! と振り向いた。

 テラスの出入口に立っていたのは、筋骨隆々の男。

 オールバックにした白髪に、額に乗せたサングラスという派手な出で立ち。

 軍人を意味する紺色の制服と、その胸に縫い付けられた彼の栄光を表す数々の徽章。


(名乗らなくても分かる。この男が……)


 オーベック・ビッグ。

 アヴァロニア国軍総帥にして、この国最強の男。


(なんて……オーラだ)


 そこにいるだけでひしひしと感じる。

 圧倒的な力、存在感、覇気。


 ――“英雄”とは、こういうヤツを指すのだろう。


 そのことを、嫌でも理解させられる。


(……マズいな)


 もしこいつと戦ったとして、勝てるビジョンがほとんど見えない。

 仮にオレが全力・・を出したとしても、勝負は五分五分だろう。

 こいつ……本当に人間か?


「オ、オーベック殿……!」

「シャロン。城内での発砲は禁止されているはずだ。急に銃声がしたもんだから、敵襲かと思って急いで来たんだぜ?」


 そう言って、オーベックが肩を竦める。

 だから急に現れたのか。

 気配を消す術も一流ってわけか。


「は、はっ! 大変申し訳ございません!」


 シャロンが即座に魔銃をしまい、深々と頭を下げる。

 普段はクールなシャロンがこうも慌てるとは、さすがは国の英雄だ。


「ま、何もないなら良いってことよ! がっはっは!」


 と豪快に笑ったオーベックは、続いてソフィア王女の方を向き、丁寧に敬礼した。


「ご無沙汰しております、王女様。ご壮健で何よりです」

「オーベック様こそ、まだまだ元気そうですわね。聞きましてよ、この前の戦でも大層活躍したとか……」


 ソフィア王女が微笑む。


「いえいえ、肉体は確実に老いていますよ。老体に鞭を打ってどうにかやっているにすぎません。と……見ない顔がいますな」


 オーベックがオレを見る。

 その時、オレとヤツの視線が交錯し、オーベックは「ほう」と目を細めた。


「オーベック様。彼はわたくしの護衛をしてくださっている、騎士団のゼクス・レドナット様ですわ」

「ゼクス? ……なるほど。嬢ちゃんが言っていたのはこういうことか」


 オーベックは何か腑に落ちたように呟くと、改めてオレを見た。


「ワシはアヴァロニア国軍総帥、オーベック・ビッグ。騎士団長のオリヴィア嬢ちゃんには昔剣を教えた事もあってな。ワシは騎士団とも仲良くやっていきたいと思っておる。ま……よろしく頼むぜ」

「……アヴァロニア騎士団所属、ゼクス・レドナットだ」


 という簡単な挨拶を交わした後、オーベックが来たこともあり、オレとシャロンは定時よりも若干早めの上がりとなった。


「それではオーベック殿、王女様をよろしくお願いいたします」

「おう、任せとけ」

「ありがとうございます。王女様、お先に失礼します」


 一礼したシャロンに対し、ソフィア王女が、


「ええ。後でデートの感想を聞かせてちょうだいね」


 と言い、シャロンは再びバグっていた。

 だからデートじゃないけどな。


「ゼクス」


 最後、オーベックがオレに目を向け、


「お前さんの活躍、期待しているぜ」


 と意味深な笑みを浮かべたのだった。


(オーベック・ビッグ……か)


 師匠以来かもな。

 こいつだけは死んでも敵に回したくないって思ったのは。

 常々思うが……世界は広いぜ、まったく。

「面白かった」

「これから面白くなりそう」


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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよ盛り上がってきましたね。舞台がお祭りというのも派手でいいですね。そして銃使い!楽しみです。
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