1 三すくみ
新キャラが一気に数人出てきます。
この章で掘り下げていくので、無理に覚えなくても大丈夫かと思います。
※11/6追記
登場キャラの容姿を変更致しました。
オレが騎士団に入って、早三ヶ月――。
よく晴れた午前九時ごろ。
徐々に迫ってきた初夏の暑さから逃げるようにして、オレは騎士団本部2Fにある図書室に足を運んだ。
フロアの半分ほどを占める広い図書室には、人気はほとんどない。
まぁ、みんな勤務中だしな。
遊撃兵のオレは、指令がない時は割りかし暇な時間が多い。
その分、舞い込んでくる仕事は、大変なものが多いが。
「あ……ゼクスさん。図書室にくるのは、珍しいですね」
貸出カウンターの奥で本を読んでいた黒髪の女性が、図書室に現れたオレを見てやや驚いた顔をする。
メガネが似合うこの女性の名は、クレア。
元々はパンゲア王国にあるギルド『白亜の太陽』でギルマスの秘書として働いていた人物で、つまりはオレの元同僚。難関大学を卒業している非常に優秀な人物で、ギルドではずいぶんと世話になった。
その恩もあり、オレとアリスが抜けて以降、業績が悪化の一途をたどっていると噂の『白亜の太陽』を辞めたクレアを、オレが手紙で騎士団に勧誘したのだ。
騎士団の待遇を知った彼女は即座にアヴァロニアへと飛んできて、つい先日、司書として雇われることになった。
雇われた後になって聞いたが、クレアは元々、大の本好きらしい。
やはりオリヴィアは人を見る目があるな。
司書として働いている彼女は、ギルドにいた時よりも生き生きしているように見える。
「ようクレア。涼みがてら、調べ物でもしようと思ってな」
「あぁ、最近は暑いですものね。それで、調べ物って、何についてでしょう?」
問われ、オレはやや考えてから、
「古代について記された書物があれば、見せて欲しい」
「古代、ですか。分かりました。ですが、貴重な物ばかりですので、貸し出しはできないかもしれません」
「あぁ、構わない」
クレアの案内で、いくつかめぼしい書物を手に取ったオレは、読書スペースで一人、黙々と本を読み進める。
一時間後――、オレはとある古びた伝記に記された一文に目を留めた。
『三千年前、世界を支配していた古代文明は、一匹のモンスターの復活とともに終焉を迎えた。――其の名は、ウロボロス』
(見つけたぞ)
その瞬間、脳裏に蘇るのは、アトランティジアで出会った黒の天使が去り際に残した言葉。
『――ウロボロス復活の時は、近い』
あれ以降、ずっと気がかりだった。
ウロボロスとは、一体何なのか。
そして、黒の天使の目的は何なのか。
更に読み進めると、ウロボロスについての詳細な記述を見つけた。
『ウロボロス。又の名を、終焉の魔物。円環、死と再生の象徴とされ、ウロボロスが復活した時、世界の終焉を迎える』
終焉の魔物、か。
なるほど……古代文明はウロボロスによって滅ぼされたのか。
もしこの伝記に記された内容が事実なら。
そして、黒の天使の目的がウロボロスの復活なら。
こいつは、オレの想像を遥かに超える非常事態……なのかもしれない。
「――やぁ、こんなところにいたんだね」
「!」
顔を上げると、横にアインハードが立っていた。
紫色の長髪を結っている色男で、団長オリヴィアの尻拭い役……もとい、補佐を務める副団長だ。
しかし、驚いたな。
いくら読書に集中していたとはいえ、オレに気づかれずここまで接近してくるとは。
さすがは副団長、といったところか。
「あぁ、少し調べ物をな」
「調べ物? というと……例の件かい?」
僅かに目を細めたアインハードに、オレは『感知』で周囲に誰もいない事を確認し、ああ、と頷いた。
実は、アトランティジアで起きた事は一部の人にしか話していない。
オリヴィアやバレルらと相談し、事件の報告書には、“変動”の原因がクラーケンだった、とまとめたのだ。
理由は二つ。
一つは、アトランティジアの存在は世間的には秘密であるから。オレらとしても、ウンディーネや魚人族の楽園を守りたいと思っている。
そしてもう一つの理由は、黒幕の存在だ。
“変動”の原因……それは、リヴァイアサンの暴走によるもの。
だが、その陰には、リヴァイアサンに杭を刺した人物がいる。
そいつはおそらく黒の天使の仲間であり、奴らがいる組織こそが、“変動”の黒幕。
黒幕の正体が一切掴めていない現状では、下手にその存在を知らしめるのは、敵の隙をなくしてしまうとオレたちは判断したのだ。
だから、“ウロボロス”という言葉も、騎士団ではごく一部の者しか知らない。
故に、副団長であるアインハードは、当然知っているというわけだ。
「ウロボロス……終焉の魔物、ですか」
「知っていたのか?」
オレが問うと、アインハードは「君たちに話を聞いた後、少し調べたんです」と答えた。
忙しいはずなのに既にウロボロスについて調べていたとは、流石だな。
「ところで、オレを探していたようだが、何か用か?」
「あぁ、そうでした。団長からゼクスくんに指令です」
これを、とアインハードから渡された封書を開くと、そこには。
『指令書
アヴァロニア騎士団 遊撃兵 ゼクス・レドナット
貴殿を王女護衛任務の選抜者に任命する』
その内容を読み、オレは目を見張った。
次いで、アインハードを見やる。
「オレでいいのか?」
王女の護衛、というのも気になったが、一番驚いたのは、オレがこの重大な任務の選抜者に任命されたということ。
オレは騎士団に入って三ヶ月の、まだ新米だ。
正直、他に適任者がいるだろう、というのが思うところだ。
「むしろ、君以外に適任者はいませんよ」
そう言ってアインハードは微笑む。
「君の実力は疑う由もないですし、仕事もよくこなす。確かにまだ入団して三ヶ月と日は浅いですが、既に二つの大事件の解決に貢献しています。団員たちは皆、君の事を信頼しています」
信頼、か。
改めて言われると、嬉しいやら、気恥ずかしいやら。
「それに、ウチの最大戦力である一番隊は、つい先日、新たな任務に出かけたばかりですからね。団長や私が出るわけにもいきませんし。また、本部に残っているメンバーにも優秀な人材はいますが……少しばかり性格に難がある人が多いですからね」
そう言って、アインハードが苦笑する。
まぁ……それには同意せざるを得ないな。
この前もジェフがガウェインに喧嘩をふっかけて暴れてたし。マルス辺りは基本的にやる気ないし。
「というわけで、ゼクスくんに白羽の矢が立ったわけです」
なるほど……。
まさか、こんな大仕事を任されるとはな。
だが、信じてくれているのなら、応えない訳にはいかないか。
「分かった。引き受けよう」
オレの答えを聞いたアインハードが笑みを深める。
「ありがとうございます。では、これからする話は極秘でお願いします」
そう言ってアインハードが任務の概要を話してくれる。
――任務の目的は、アヴァロニア第一王女、ソフィア・アヴァロニアの護衛。
現在、王女は何者かに狙われているらしく、その刺客から王女を守るのが使命だ。
期間は、一週間後の建国祭が終わるまで。
建国祭というのは、アヴァロニア王国の建国記念日から三日間に渡って催されるお祭りの事で、建国祭の間、ラストンベリーは各地から集まった膨大な観光客で溢れる。
暗殺者にとって絶好の機会である建国祭が終わるまでの間、王女を守って欲しいと国王直々に命令されたとのことだ。
「国王の命令となると……責任重大だな」
「その通りです。『騎士団の命運はお前にかかっている。任せたぞ』と団長からの伝言です」
オリヴィアめ……信頼されているんだろうが、簡単に言ってくれるぜ。
「ったく……まぁいい。で、他のメンバーは?」
「いません」
「え?」
オレが素っ頓狂な調子で返すと、アインハードはニコリと微笑み、
「いません。今回の任務は、ゼクスくん一人でお願いします」
と言ったのだった。
正午。
オレは一人、城の前に立っていた。
「…………まんまと騙されたぜ」
いや、実際は騙されたわけではないのだが。
よく話を聞かなかったオレが悪い。それは認めよう。
だが……一人だぞ?
こんな大仕事を一人に任せるって、どういう了見だ。
とアインハードに言ったら、騎士団からの選抜者が一人なのは、上の意向だとか。
どうやら、この国での騎士団の地位はまだまだ低いらしい。
「そこの騎士団員、城に何か用か」
門前でため息を吐くオレに、門番の一人が槍を構えながら話しかけてくる。
「ああ。依頼で来た」
オレがオリヴィアの封書を見せると、オレに話しかけてきた門番は頷き、
「よし。通れ」
と槍を収めてくれた。
「ありがとう」
オレはそう言って門を抜けようとする。
とその時、黙ってオレを見ていたもう一人の門番が足をかけてきた。
ので、オレはひらりとかわし、逆に足払いで門番を転ばせた。
「痛っ!」
尻餅をついた門番をオレは見下ろし、
「足元には気をつけるんだな」
と言って門を抜ける。
少しして、後ろから声が聞こえてきた。
「騎士団ごときが、調子に乗るなよ! お前らは軍と魔法省に任せて、無能な団員同士、傷を舐め合っていればいいんだよ!」
騎士団ごとき、か。
ずいぶんと舐められたものだ。
(少し……やる気が出てきたな)
オレは背後から飛んでくる罵声を無視し、確かな足取りで城へと赴いた。
豪奢な城の中に入ると、使用人らしき女性に奥へと案内された。
城内を東回りに進み、連れて行かれた先は、タイルが整然と敷き詰められた中庭だった。
そこには既に二十人ほどがおり、紺色の制服を着た集団と苔色のローブを着た集団が待機していた。
彼らは中庭に現れたオレを見るや否や、嘲るように笑いはじめた。
「アヴァロニア騎士団のゼクス・レドナットだ。よろしく頼む」
オレが礼儀として敬礼するも、誰も返してこない。
ただ見下すような目でこちらを見つめてくるだけ。
すると、紺色の制服――アヴァロニア軍の集団から、一人の男がこちらに向かって歩み寄ってきた。
軍帽を被った釣り目の男は、オレの目の前にやってくると、ニヤついた笑みを貼りつけながら話しかけてきた。
「やあやあ、騎士団。こんなところで何をしているんだ?」
「任務だ。あんたらも同じだろう」
オレがそう言うと、男は大仰に考える素振りを見せ、
「我々と同じ? ふぅむ……悪いが、思い当たる節がないな。騎士団は今回の任務に不参加のはずじゃなかったのか?」
「何? ……騎士団も参加することになっているが」
「の割には、お仲間の姿が見えないが……一体どこにいるんだい?」
男が言い、背後の軍人たちが笑い声を上げる。
(? ……そういうことか)
騎士団は募集が一人だけだから、それをからかわれているのか。
ここで言い返すのは簡単だが……まぁ、わざわざ挑発に乗ってやる必要もない。
「騎士団はオレ一人だけだ。建国祭が終わるまでの間、よろしく頼む」
オレが手を差し出すと、男の眉がピク、と動いた。
そして、男はオレの手を握り返そうとして――ガシッ!
胸ぐらを掴んできた。
「おい……没落騎士団の分際で、調子に乗るなよ? お前は何もせず、ただ俺達アヴァロニア軍が活躍するところを、指を咥えて眺めていればいいんだ。分かったか? ならず者」
「……」
オレが何も言わず見下ろしていると、男は「へっ」と笑いながら手を離し、ぺっ、とオレの足元に唾を吐いてきた。
それに合わせて軍の連中が笑う。
が……その中には、どこかオレに対して申し訳なさそうにしている者も僅かにいた。
(それでも誰も止めないということは……この男、見た目は若いが、それなりの地位の人物ということか)
と、不意に、それまで黙っていた苔色のローブ――魔法省の集団から、小柄な少女が一人、前に出てきた。
「今のは聞き捨てならないわね。活躍するのは軍じゃなく、アタシたち魔法省よ」
つばの広いとんがり帽子と赤毛のロングヘアが特徴的なその少女は、腕を組み、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「軍も騎士団も、さっさとお家に帰りなさい? 王女様の護衛は、超天才魔法使いたるこのアタシ、イザベラ・スペイツが率いる魔法省に任せなさいっ」
という少女の言葉に反応したのは、オレに絡んできた軍人の男。
「はっ……子供がこの場所に何の用だ? お前こそ、家に帰ってママの乳でも吸っていればいいんじゃないか?」
「だ、誰が子供よっ! アタシはこう見えても二十歳だっ!」
子供呼ばわりされるのがよっぽど許せないのか、顔を真っ赤にして怒鳴る少女。
二十歳って……オレの一個下?
全くそうは見えないんだが……。
十三歳くらいだと思ったぜ。
と思ったのは軍人の男も同じらしく、
「お前が二十歳? 冗談はよせよ。ここは子供の来る場所じゃない」
「な、な、な、なんですってぇ〜〜〜〜っ!?」
ブチ切れた少女の体から、大量の魔力が迸る。
(お、こいつは中々――)
強いな。
魔法省から選抜された人物なだけはある。
中庭の空気が一気に張り詰めていく。
一触即発の状況。
それを破ったのは、鋭い声だった。
「――そこまでだっ!」
「「「!」」」
中庭の入り口に顔を向ける。
そこにいたのは、青髪の男と、メガネの色白男。
青髪の方は知らないが、男は知っている。
クロード・ヴィンセント・クロムウェル。
この国の宰相――つまり、国王の次に権力を持っている男だ。
そして、やや遅れて彼らの背後から現れた人物に、オレを含む三すくみの面々は一斉に敬礼した。
息をのむほどの美貌に、煌めくプラチナブロンドの髪。
(彼女が……)
ソフィア・アヴァロニア。
アヴァロニア王国の第一王女であり、今回の護衛対象――。
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