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プロローグ

お待たせいたしました。

またお付き合いいただければと思います。

 ――ラストンベリー城、特別会議室。

 大きな円卓を囲むようにして座る、三人の傑物。傍らに立つ、国内きっての猛者たち。


 三色会議。

 アヴァロニア王国の三大組織の長とその副官が一堂に会する場は、普段よりも一段と空気が張り詰めていた。


「宰相どの直々の招集、か。ワシら三人を呼びつけるとは、一体何の要件だぁ? ニコラス、お前さんはどう思う」


 オールバックにした白髪に、額のサングラス。

 アヴァロニア王国軍総帥であり、王国最強の男、オーベック・ビッグが顎髭を撫でながら問うた。


 話を振られた、ブロンドヘアをきっちりと七三分けにした壮年、アヴァロニア王国魔法省大臣、『流星』ニコラス・グラゴリエは、手袋をした両手を顔の前で組むと、静かに答えた。


「北地の紛争、パンゲアとの貿易摩擦、食料問題……いくつか話の予想はつくが、どれも可能性は低いだろう。なにせ、一週間後にはあれ(・・)が控えているのだからな」

建国祭・・・、か。確かにお前さんの言う通り、今はそっちが最優先事項だ」

「――つまり、此度の招集は建国祭がらみである、ということですね?」


 黙って話を聞いていた三人目の傑物、アヴァロニア騎士団団長にして『炎女帝』の異名を持つ赤髪の美女、オリヴィア・フレイムハートはそう口を開いた。


 ニコラスはオリヴィアをちらと見やり、「恐らくな」と呟いた。


「建国祭……ついこないだやったばかりだと思っていたんだがなぁ。まったく、歳を取るのは怖いもんだ。ワシもそろそろ引退を考えなきゃならん時期かのぅ」


 オーベックがやれやれと頭を振り、オリヴィアは「ご冗談を」と微笑んだ。


「おじ様を超える英傑はこの国におりません。国の為にも、おじ様にはまだまだ現役でいてもらわないと」

「かっかっ! 嬢ちゃんにそう言われるとは嬉しいぜ。しかし、ワシを超える英傑、か……」


 物思いに耽る素振りをしたオーベックは、ふと何かを思い出したようにオリヴィアを見やる。


「そういや、嬢ちゃんのところの新人。たしか……ゼクスと言ったか。スタンピードに引き続き、先月はエンド海で起きた“変動”を収めるのにも一役買ったらしいのぅ?」


 すると、オリヴィアは笑みを浮かべて頷いた。


「ええ。彼はいずれ、この国を背負う男になるでしょう。それこそ、おじ様に匹敵するくらいの英傑に」


 それを聞き、オーベックは「ほう」と意外そうな表情を浮かべる。


「嬢ちゃんがそこまで言うとはな。スタンピードを解決したのもまぐれじゃねえってことか。ゼクス……一度会ってみたいものだ」

「ふ。近いうちに会えますよ」


 意味深に微笑むオリヴィア。

 ニコラスが冷たい瞳を向けてきた。


「ふん……貴様らのようなならず者が国を背負うことになれば、この国は終わりだろうな」

「……ニコラスどの。同胞へのそれ以上の侮辱は、刃を抜く理由になりえますが」


 オリヴィアが腰の剣に手をかけ、一瞬、会議室に緊張が走る。

 だが、副官のアインハードに窘められたことで、オリヴィアは小さく舌打ちするにとどめた。

 ニコラスもふんと鼻を鳴らすが、それ以上は何も言ってこない。

 そんな二人のやり取りに苦笑した様子のオーベックが、ふとオリヴィアに尋ねる。


「嬢ちゃん。先月、エンド海で起きた“変動”の原因……報告書にはクラーケンの仕業だと記されていたな」

「はい」

「――本当・・はなんだったんだ?」


 僅かな沈黙。

 オリヴィアは答えた。


「……本当も何も、クラーケンの仕業です。少なくとも、私はそう報告を受けております」


 瞬間、オリヴィアとオーベックの鋭い視線が交差する。

 ややあって、オーベックは「そうか」と真顔で頷いた。


 その時だった。

 会議室の扉が開き、丸メガネをかけた黒服の男が現れた。


 バッ!!


 男の登場と同時、オリヴィアを含む三人は勢いよく立ち上がり、洗練された動作で胸に手を当て、敬礼。

 対する男も、静かな動作で敬礼した。


「遅くなってすまないね。早速だが、話を始めよう」


 男は穏やかな、しかし冷徹さをはらんだ声音でそう言うと、円卓の空いている席に腰掛けた。

 続いて、オリヴィアたち三つ巴の長たちも再度席に着く。


 オリヴィアは姿勢を正すと、たった今やってきたメガネの男を見やった。

 禿げ上がった頭とこけた頬、生気のない目に青白い肌。

 まるで幽霊だな、とオリヴィアは内心でごちる。


 クロード・ヴィンセント・クロムウェル。


 身にまとう黒と金を基調にした制服は、役人の証。

 力ない風貌とは裏腹に、宰相として国王の補佐を行うこの男は、かつて前王とともに富国強兵・対外強硬策を実施、長く続いていた戦争の終結に大きく貢献した人物である。

 そして、彼の多少の犠牲を厭わない政策は、国民から畏敬の念を込めてこう呼ばれている。

 『鉄血』のクロムウェル、と。


「さて……今からする話だが、最上級機密事項となる」


 クロムウェルがメガネをくいと持ち上げながらそう言うと、オーベックが背後の副官に「下がれ」と命じ、ニコラスもスッと片手を上げて副官を下がらせた。

 オリヴィアも傍に立つアインハードに目配せし、退室させる。

 部屋に残ったのは、オリヴィア、オーベック、ニコラス、クロムウェルの四人のみ。

 この会議室には常時防音魔法の結界が張られている為、これ以降の会話が外部に漏れる事はない。


「単刀直入に言おう」


 クロムウェルはふと真剣な眼差しを浮かべると、三人の顔を見渡し、それから口を開いた。


「――現在、我らが王のご息女、ソフィア・アヴァロニア王女に暗殺の危機が迫っている」

「「「!」」」


 オリヴィアは目を見張った。


 ソフィア・アヴァロニア。


 アヴァロニアを統べる王が溺愛する一人娘であり、その温和な性格により民から絶大な人気を集めている人物。

 将来の国王候補の一角である彼女が暗殺者に狙われている……


 ――これは、確かに最上級機密事項だな。


 オリヴィアはクロムウェルの話に耳を傾ける。


「これを知った国王様は、ソフィア様の身を大層案じておられる。そして、我々にこう命じたのだ。『“三すくみ”に王女の護衛をさせよ』と」


 クロムウェルは続ける。


「国王様とて、城の近衛兵の力を信用していない訳ではないだろう。だが、敵はどこに潜んでいるか分からない上、一週間後には――貴殿らも知っての通り――、年に一度の建国祭が催される。王都であるラストンベリーは多くの人で溢れ、暗殺者にとっては絶好の機会と化す。念には念を入れて、私からも君たちに護衛を頼みたい。期間は、建国祭が終わるまで。どうだろう……引き受けてくれるかね?」


 クロムウェルが穏やかな笑みのまま問うてくる。

 オリヴィアは二つ返事で了承した。


「もちろんです。王女様はこの国の光ですから」


 続いて、オーベックとニコラスも首肯する。


「ソフィア様のことは赤ん坊の時から知ってる。協力しない道理がねぇってもんさ」

「魔法省も、協力は惜しまない」


 これで、アヴァロニアを代表する三組織が参加を表明した。


 ――面白くなってきたな。


 まさか常に対立してきた軍と魔法省と仕事をする事になるとは。


 ――もし彼らよりも活躍すれば、騎士団の地位は大きく向上する。これは気を引き締めなければ。


「君たちの協力に感謝する。では各自、組織の中で最も信頼できる者たちを送ってくれたまえ。もちろん、君たち三人が来てくれるのが一番安心だが……トップが易々と動く訳にもいかないだろう」


 話を聞き、ニコラスが問うた。


「して、詳細な人数は?」

「そうだね……軍からは十名。魔法省も同数でいいだろう。騎士団は……」


 クロムウェルがオリヴィアを見、


「一人」

「なっ……」


 ガタッ、とオリヴィアは勢いよく立ち上がった。


「どういうことです!? なぜ騎士団だけが一人なのですかっ? それは余りに不当な仕打ちではありませんか!」


 騎士団に対する明らかな冷遇に、オリヴィアは怒りを抑えきれず怒鳴る。

 いつもならば副団長のアインハードが止めに入る場面だが、今ここに彼はいない。

 と、魔法省のニコラスが馬鹿にするように笑った。


「分からないのか? 貴様らが信用できないからに決まっているだろう」

「何をっ……!」


 言い返そうとするオリヴィア。

 クロムウェルが頷いた。


「その通り。二年前、先代の騎士団長が辞め、キミが団長になってからというものの、一部の団員たちの素行の悪さが目立つ。キミはまだ、騎士団を完全にはまとめきれていないのではないかね?」

「っ……!」


 クロムウェルの言葉は図星だった。


 オリヴィアは国内屈指の実力者だが、まだ若く、団長になって日が浅い。

 団員の中には――特に先代の時からいる古参の団員には、オリヴィアを認めていない者がいるのも事実なのだ。


「悪いが嬢ちゃん、ワシも同意見だ。今回のは王女様を守る重大任務。嬢ちゃんにはまだ荷が重いだろう」


 比較的オリヴィアに懇意にしてくれるオーベックにもそう言われ、だが何も言い返せなかった。握る拳が震える。


「明日の正午、各自選抜者を城に送るように。くれぐれも外部に漏れることのないようにしたまえ」

「待ってください、話はまだ――」


 食い下がろうとするオリヴィアを冷たい眼光で一瞥し、クロムウェルは言い放った。


「話は以上だ」

「面白かった」

「これから面白くなりそう」


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