2 不死鳥の騎士団
アヴァロニア騎士団。
最強と名高い、世界屈指の組織だ。
二百名程度の少数精鋭ながら、数々の栄光を打ち立ててきた伝説の騎士団。
又の名を、不死鳥の騎士団。
そこに……こんな華奢な子が?
「まぁ冗談はさておき。ほんとうはどこで働いてるんだ? 花屋か?」
「さておかないでください! あたし、ほんとに騎士団の一員なんですから! ほら!」
レベッカが見せてきたのは、彼女の身分証。
レベッカ・コリックと書かれており、住所なんかが記載されている。
その端に不死鳥が描かれた判子が押されていた。
「制服を見せれば一発だと思うんですが、今は薬草採りに来ていたので着ていなくて……」
ですが、とレベッカは胸に右手を当てる。これはアヴァロニア式の敬礼だ。
「あたしはれっきとした騎士団員です。仕事はおもに雑務を担当しています。ギルドでいうところの受付嬢みたいなものです。役割はやや違いますが……」
なるほど……雑務担当ならあり得るか。
「で、どうです? 入りませんか?」
「入りませんか、って……。第一、部外者が入れるものなのか? オレはこの国の出身ですらないんだぞ?」
「それについては問題ありません。ウチは実力さえあれば出自は関係なく入れますから」
「出自が関係ない? 例えば盗賊とか、罪を犯していてる人でも平気ってことか?」
「はい、平気です」
おいおい……大丈夫かそれ。
というオレの疑念を晴らすように、レベッカが誇らしげに言った。
「ウチには団長がいますから。変な真似をする人は一人もいません」
その口ぶりによると、団長は相当な実力者のようだな。
それもそうか。
あのアヴァロニア騎士団の団長だもんな。
「あとは団長が認めるかどうかですが……ゼクスさんなら大丈夫だと思います」
「どうしてそう言い切れる?」
「んー……えっと、勘です!」
勘かよ。もしオレが犯罪者とかだったらどうするつもりなんだろう。
「まぁそれはいいじゃないですか! で、どうします?」
「そうだな……」
なんだか突然の話でいまいち付いていけないが、冷静に考えるとこれはかなりラッキーな展開なのではないだろうか。
世界一の騎士団に入る機会なんてまずないし、元よりラストンベリーには仕事を探しにきたわけだしな。
だが、かといってすんなりと入るわけにもいかない。
その前に聞くべきことがいくつかある。
「……休みはあるか」
「え?」
「休日はあるか? 頼む、これはオレにとって重要なことなんだ。ギルドでは休みなんてほぼなかったから」
「あ、あぁそういうことですか。もちろんありますよ、完全週休二日制です」
「しゅっ……」
し、週休二日!?
週休二日って、週に二度休みがあるってことだよな?
ギルド職員の時は月に一度あるかないかだったんだが……。
「じ、じゃあ福利厚生なんかは……」
「それも当然完備しています。寮もあります。家賃は発生しますが、宿に泊まるのに比べたら半額にも満たないですよ」
「嘘だろ……」
ギルドでは保険なんて無いに等しかったし、住宅手当も家賃補助もなかった。
それに比べて騎士団はどうだ。こんな高待遇があっていいのか。あまりに魅力的すぎる。
……いや待て。まだ一つ聞くべきことがあるだろう。しかもこれが最も重要だ。
「ち、賃金はいくらだ?」
「役職によって変わりますが、平均すると月に百二十金貨くらいですね。貢献度合によっては特別賞与もあります」
「ひゃっ……」
百二十金貨、だと……!?
前は月に二十金貨だったんだぞ。
それだけあったら好きな時に好きなだけ美味いものが食えるじゃないか。
「入団しよう」
「ほんとうですか!?」
「ああ。むしろこっちから頼みたいくらいだ」
「ゼクスさんなら大歓迎です! ふふ、これからよろしくお願いしますね」
握手を交わす。
こうして、オレの新たな職場は世界最強の騎士団に決まったのだった。
「これが王都ラストンベリー……!」
想像を超える賑やかな街並みに、オレは圧倒されていた。
どこを見ても人、人、人。
通りを馬車が駆け抜け、道の脇に立ち並ぶ露店に集う人だかり。巨大な商会の建物には大勢の人が出入りしていた。
道を行き交う人々の表情はどれも活力に満ち、この街の潤いを強く示している。
「ふふ、驚きました? 初めて来る人はみんなゼクスさんと同じ反応をするんです。アヴァロニアは再開発が進んでいるので、観光地としても優れた機能を果たしているんです」
言われてみれば、綺麗な街だ。
きちんと町中が区画整理されていて、石畳も剥がれている箇所はほとんどない。
広場に建てられた騎士王の銅像もよく磨き上げられている。
平和の国アヴァロニア、か。
「さ、馬車乗り場に行きましょう。騎士団本部までは徒歩だとやや遠いので」
レベッカとともに馬車に乗り、揺られること三十分。
閑静な住宅街を抜け、大小の建物が立ち並ぶオフィス街の一角で馬車は止まった。
馬車が去り、オレは目の前のひどく古びた木製の建物を見上げる。
「……」
隣を見る。
レベッカがニコッ、と笑った。
オレは離れたところにある綺麗な白磁の建物に目を向ける。
「……なるほど、あれが本部か。馬車の御者が止まる場所を間違えたらしいな」
「どこに行くんですか?」
歩きだそうとしたオレの腕をレベッカが掴んだ。
「あれは魔法省の本部です。騎士団本部はこっちです」
「……冗談だろ?」
「違います。……まぁその、ゼクスさんの言わんとしていることは分かります」
レベッカが申し訳なさそうな顔をする。
「かつての栄光の騎士団も、今や国での肩身が狭くなってしまっていて。おもに他の二勢力の拡大に伴って……」
「なるほどな。他の二勢力って?」
「それについてはおいおい話があると思います。まずは団長に挨拶にいきましょう」
レベッカに連れられ、軋むドアを抜けて建物に入る。
それから古びた階段を上がり、四階へ。
廊下の突き当たりにある『団長室』と書かれた部屋の前でレベッカは止まった。
「団長、レベッカです。入団希望者を連れてきました」
ノックから程なく、「入れ」と声がする。
それが女のものだったことに驚きつつ、オレはレベッカの後を追って団長室に入った。
最低限の物だけ取り揃えられた部屋の奥、デスクチェアに腰掛けた人物を見て息を飲む。
燃えるような赤い髪に、宝石のような鳶色の瞳。
けぶるように長いまつげと、鼻梁の通った高い鼻、情熱的な厚めの唇。
古びたこの場所にありながら、一切色褪せない美貌。
百人いれば百人振り返る絶世の美女が、そこにはいた。
「レベッカ・コリック。ただいま戻りました」
胸に手を当て、敬礼をするレベッカ。
女はオレをちらりと見、言った。
「よく戻ったレベッカ。何事もなかったか?」
よく通る凛とした声。
彼女の問いにレベッカが頰をかく。
「実は……」
レベッカが山でコカトリスに襲われたこと、危機をオレに救われたことを話した。
「なるほど……やはり最近はモンスターの動きが怪しいな。とにかく、レベッカが無事でよかった。キミが助けてくれたのだな?」
改めて女がオレを見る。
「たまたま通りがかっただけだ」
「なに、謙遜する必要はない。団長として礼を言わせて欲しい。レベッカを助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「それで、入団希望者というのもキミかな?」
「あ、それにかんしてはあたしの推薦なんです」
レベッカがオレの代わりに答える。
「ほんとに凄かったんですから。あのクラスの魔法を使える人は魔法省にもそうそういないと思います。きっと騎士団にも貢献してくれるはずです」
「ふむ……レベッカが言うのならそうなのだろう」
女はおもむろに椅子から立ち上がった。
臙脂色の制服……あれが騎士団の制服か。
「アヴァロニア騎士団団長、オリヴィア・フレイムハートだ。貴殿の名を伺おう」
「ゼクス。ゼクス・レドナット」
しばしの間、オレはオリヴィアと視線を交わす。
……強い。
オーラが常人とは段違いだ。
さすがはアヴァロニアの騎士団の団長を務めるだけのことはある。
オリヴィアはまっすぐにオレを見つめていたが、やがてふっと笑みを浮かべる。
「なるほど、できるな。ちなみに聞くが、前歴は?」
「パンゲアにある町で冒険者ギルドの職員をしていた」
「……は?」
オリヴィアが間の抜けた声をあげた。
「い、今なんて言った?」
「ギルド職員だ。クビになったからアヴァロニアに仕事を探しにきた」
「……くくっ、あははははっ!」
突然、オリヴィアが腹を抱えて笑いだした。
「ウチには反逆の英雄も元盗賊団の頭も大量殺人鬼も詐欺師もいるが、ギルド職員は初めてだ! くははっ、面白い男だ。いいだろう、入団を許す」
オレは隣に目を向ける。
大丈夫なのか、という意味を込めて。
するとレベッカは目を逸らした。
ほんとうに大丈夫かここ。
「だが、」
とオリヴィアが真面目な顔になって続ける。
「形式上、入団希望者には試験を受けてもらわねばならん。本部の裏手にある訓練場に行くぞ」
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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