エピローグ
「それじゃ、街に戻りましょうか」
リヴァイア湖に吹く潮風を感じながら、オレ達はボロボロになった船に乗り込まんとする。
その時、不意に、湖の水がふわふわと浮かび上がり、一箇所に集まっていった。
やがてそれは人の形を成し、水面にふわりと降り立つ。
「お前は……」
現れたのは、青髪の少女。
水を司る大精霊、ウンディーネだ。
「わざわざきてくれたのか」
すると、ウンディーネはオレに向かって優しく微笑み、それからバレル達を見渡しながら胸に手を当てた。アヴァロニア式の敬礼……オレ達への敬意か。
「ありがとう、ゼクス。そして、勇敢なる騎士たち。あなたたちのお陰で、この島は墜落の危機を免れ、海の異常も収まった。もしあなたたちがいなければ、海は混沌に飲まれてしまう可能性があった。四人の活躍は未来永劫、この島で語り継がれていくでしょう。ほんとうに、ありがとう」
「アヴァロニア騎士団は、助けを求める民の味方だぜ。だから当然の事をしたまでだ。なぁ、お前達?」
バレルの言葉に、オレ達はそれぞれ頷く。
ウンディーネが片手をくいと動かした。
「あなたたちに頼んで良かった。これはお礼」
すると、湖の水が空に浮き上がり、オレ達の船に雨を降らせた。
途端、船の傷がたちまち消えていく。
「船が直っていくわ……!」
水は本来、万物を癒す力を持っていると言うが……これが大精霊の力か。
船を修復した後、ウンディーネはオレに向かって微笑んだ。
「困ったら、いつでも呼んで。水がある場所なら、どこへでも駆けつけるから」
オレは頷く。
「ありがとう。ウンディーネ」
「こちらこそ。それじゃ、さようなら」
水の渦に包まれ、湖の中に消えていくウンディーネ。
(船も直って、これで安心して帰れるな)
と、ウンディーネを全員で見送っていた――その時だった。
突如、全身をぞっとするほどの悪寒が襲う。
(なんだ、この感覚は。リヴァイアサンと同等……いやそれ以上に――)
やばい。
「ッッッ!?」
反射的に顔を跳ね上げた。
刹那、空が白く光り、直後。
空から飛来した光の槍が、ウンディーネの身体を貫いていた。
「な――」
何が、起きた。
いやそれより、あの魔法は――
「――ウンディーネッッッ!」
湖に倒れたウンディーネの元に駆け寄り、助け起す。
「おい、大丈夫か!?」
「う……」
良かった。
意識はないが、死んではいないようだ。
だが、腹部が貫かれている。
――精霊とは。
生物とは根本的に異なる、より魔力に近い、魂のような存在だ。
ゆえに、精霊の姿は変芸自在。
人間にも、モンスターの姿にもなれる。
そんな霊的な存在である精霊に、通常の攻撃は効かない。
物理も、魔法も、精霊の魂を傷つけるには至らないからだ。
だが、例外はある。
そしてその例外を、オレは知っている。
天界魔法。
他の魔法の干渉を受けない、唯一の魔法――
「ッ……」
空。
太陽に遮られるようにして、誰かがいる。
手で庇を作り、その者の姿を視認する。
それは、天使だった。
一人の天使が、オレ達を冷たい目で見下ろしている。
あれは、天使族。
だが、アイルとは決定的に違う部分が一つあった。
(黒い、翼……)
なんだ。
一体何者だ、あいつは――
「あ、あぁ……」
後ろでアイルが驚愕の表情を浮かべ、わなわなと唇を震わせている。
その様子は、明らかに尋常じゃない。
「アイル――」
「うあああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
突然、アイルが豹変し、全身から膨大な魔力を迸らせた。
翼を生やし、地面を蹴る。
手に光の槍を顕現させ、飛翔。
黒の天使へと飛びかかり――吹き飛ばされた。
「アイルッッ!」
「まずいっ、ツォーネ!」
「風よ!」
砂浜に落下してくるアイルを、ツォーネが風の力でキャッチする。
「アイルちゃん!」
「アイル、怪我はないかッ」
ツォーネとバレルがアイルに駆け寄る。
幸い、大きな怪我はないようだ。
だが、アイルは呆然自失とした様子で空を見ていた。
「アイル、どうしたんだッ」
ウンディーネを抱えながらアイルの元へ。
オレの声が届いているのかいないのか、アイルはただ黒の天使を眺めている。
そして、小さな声で言った。
「兄、さん……」
なに……兄、だと?
天使族はアイル以外、滅んでしまったはず。
一体、どういうことなんだ。
「――貴様らは、何者だ?」
黒の天使が、オレ達の前に舞い降りる。
銀色の髪……アイルと同じだ。
「……俺たちはアヴァロニア騎士団だ。お前さんこそ、何者だ?」
バレルが言うと、黒の天使は「ふむ」と頷いた。
「かの不死鳥の騎士団か。落ちぶれたと聞いていたが……噂とは当てにならんものだな」
黒の天使がバレルとオレを交互に見る。
「なかなかどうして、粒ぞろいだ。怪物級が二人もいるではないか。これならば、リヴァイアサンの呪いを解いたのも納得できる」
「!」
こいつ、リヴァイアサンの事を。
「……リヴァイアサンに杭を打ったのは、お前か?」
問うと、黒の天使はフッと笑んだ。
「それは私ではない。だが、我々の仕業ではある、と言っておこう」
我々……ということは、こいつの他に仲間がいるのか?
しかしそれを尋ねる前に、アイルが飛び出そうとしたので、オレとバレルで抑える。
「待つんだアイルッ、一人で突っ込むな!」
「離してくださいっ!」
「ダメだッ! お前さんじゃあいつには勝てない! やめろ!」
「嫌ですッ! あの男は、あの男だけは――ッ!」
なんだ、この取り乱しようは。
アイルとあいつの間に、一体何が――
「あの男が――兄さんが、私の家族を殺したんですッッ!!」
「な……」
なんだと……!?
「あの男が、私の大切な人達を殺し、『天空』を落とした張本人なんですッ! だからッ、あの男だけは、絶対に許せないッッ!」
「「アイルッ!」」
オレとバレルを振りほどき、突貫するアイル。
その様子を黒の天使は冷徹な眼差しで見つめ、
「愚かな」
バキィッ!!
翼で弾かれ、アイルは転がった。
足元で転がるアイルを、黒の天使は静かに見下ろした。
その目は、まるでゴミを見るかのようで、明らかに家族に向けられるようなものではなかった。
「愚かな妹よ。貴様は一生、私に勝つ事はできん。一人でこの世界を生き抜き、少しは成長したと思ったが……その事がまだ理解できていないようだな」
「う……兄、さん……」
「あの時は気まぐれで生かしてやったが……お前のような出来損ない、その価値もなかったな。――死ね」
黒の天使の手に光が収束していく。
それが放たれる、寸前。
「おい」
オレは言った。
「アイルから離れろ。さもないと、」
蓋を外し、魔力を解放。
どす黒いオーラが肉体を渦巻く。
「さもないと、どうするつもりだ?」
黒の天使が笑い、オレは答えた。
「お前を殺す」
オレの横で、バレルが剣を抜いた。
その身体にも魔力、いや、闘気とも呼ぶべき赤いオーラが迸っている。
バレルも本気だ。
「ほう……なら、やってみるか?」
途端、黒の天使の周囲に白いオーラが漂い始めた。
三つの強大なオーラがぶつかり合い、世界が激しく揺れる。
「……フッ」
ふと、黒の天使の威圧が消えた。
「今はやめておこう。二対一は流石に分が悪いので、な」
そう言って黒の天使は不敵な笑みを浮かべ、オーラを納めた。
「貴様らとはまたあいまみえる事になるだろう。やり合うのは、その時にしよう」
「お前は……何者なんだ?」
問うと、
「私は、終焉を求める者だ」
そう答え、黒の天使は上空へと羽ばたいた。
「さらばだ、不死鳥の騎士団。――ウロボロス復活の時は、近い」
黒の天使が去っていくのを、オレ達は見送ることしかできない。
あいつは強い。圧倒的なまでに。
もしここで戦えば、島に被害が出るだろう。
さらにオレは今、両腕を怪我をしている。
これらの状況を考えれば、ここで戦うのは得策ではない。
だから、今は見逃すしかない。
「……兄、さん……」
がく、とアイルが気絶する。
「アイルちゃん!」
「ツォーネ、ゼクス! アイルとウンディーネを街まで運ぶぞ!」
この後――街で治療を受けたアイルとウンディーネは、程なくして目覚めた。
後遺症もなく、命に別状はないらしい。
それ自体は喜ぶべき事だ。
だが……先刻の出来事が、オレ達の旅路の最後に暗いピリオドを落とした事は、間違い無いだろう。
アイルの仇、黒の天使。
リヴァイアサンに呪いをかけた犯人。
そして――ウロボロスという謎の言葉。
オレの知らない場所で、得体の知れない何かが動き出している。
何かとてつもなく大きな事が、世界で起きようとしている。
そんな言いようのない不安、直感にも似た確信を、オレは抱いていた。
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これにて二章終幕となります。
二章では新キャラも登場し、冒険が多くなった分、個人的には反省点もあった章だったので、次章ではそれらを改善し、さらに面白い物語を書いていければと思います。
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例によって三章開幕までしばし時間が空きますが、ご了承ください。
その間、二章の登場人物紹介や、活動報告に三章のあらすじを投稿したいと思いますので、興味のある方はぜひ見てみてください。




