8 神魔
遅くなって申し訳ございません。今日中にもう一本投稿します。
「それじゃ、行ってくる」
「ん……どうか気をつけて」
ウンディーネとネプチューンたちに見送られ、オレ達を乗せた船が宿近くの水路を出航する。
船は街中を抜け、町の中央の湖を経由して木々に囲まれた川へと入る。
目指すは、アトランティジア東端にあるリヴァイア湖。
読んで字のごとく、リヴァイアサンが生息する場所だ。
リヴァイア湖は神聖な場所の為、禁足地とされ、普段は水門で閉ざされている。
貸して貰った鍵で水路を開き、その先へ。
「霧が……」
奥に進むにつれ、川に白い霧が立ち込めはじめる。
霧に混じる濃密な魔力により、またしても【感知】が麻痺してきた。
「段々空気が重くなってきたな」
バレルがタバコを吸いつつ、真剣な表情で呟く。
「ええ……ここからでもリヴァイアサンの魔力を感じるわ」
「さすがは神魔、半端じゃない魔力だぜ。こりゃあ、腹を括る必要があるな」
タバコの火を消し、バレルがこちらを見た。
「ゼクス、腕はどうだ」
オレは包帯の巻かれた左腕をさすりつつ、正直に答える。
「ツォーネのお陰で傷自体は塞がったが……激しく動かすのは厳しいだろうな」
「そうか……。なら、リヴァイアサンと直接やり合うのは俺とアイルにしよう。お前さんは後方から援護射撃を頼む。無理はするなよ」
「了解だ」
そうして時間が過ぎ……、オレ達はいよいよ島の東端にあるリヴァイア湖へと流れ着いた。
「ここがリヴァイア湖……静かな場所ね」
霧が立ち込める湖は、ツォーネの言う通り、不気味なほど静かだ。
「ツォーネ、頼む」
バレルの指示で、ツォーネが竜巻を引き起こす。
すると霧が晴れ、リヴァイア湖の全貌が明らかになった。
「これは……」
「へぇ、こんな風になってたのか」
目の前に広がる美しい湖。
その先には、抜けるような青色の空と飲まれそうな青色の海が、水平線の彼方まで広がっていた。
そう、このリヴァイア湖は、文字通り島の端、崖の際にある湖だったのだ。
おそらく、アトランティジアを持ち上げている海水は、島を貫通し、街を抜け、川を流れ、島の端で湖として溜まり、そして海に流れ落ちているのだろう。
リヴァイア湖もまた、そのサイクルの過程でできた湖の一つなのだ。
「っ……」
ふと目を向ければ、アイルが湖の果てを見て顔を青ざめていた。
マズいな。
アイルは過去のトラウマから極度の高所恐怖症を患っている。
この景色を見るだけで体が恐怖で震えてしまうのだ。
「アイル、大丈夫か」
声をかけると、アイルはこくりと頷いた。
「大丈夫、です。問題ありません……から」
そう言って目を閉じるアイル。
深呼吸し、メンタルを整えている。
これなら大丈夫……だろうか。
「みんな……いくわよ」
ツォーネが風を起こし、船は湖を進む。
船が湖の中央付近まで進んだところで、突如、静寂を破るような音が聞こえてきた。
――ボアアァァァァァオォォォォ……。
深く、低く、エコーのように湖に響き渡る、まるで歌のようなそれは、湖の底から聞こえてくる。
その音は次第に大きくなり、それに伴い、全身に鉛のような重圧がのしかかってくる。
この音は、まさか――
「バレル、船を右に回せッ!」
「! おう!」
バレルがすぐさま舵を切り、船が右に流れていく。
直後だった。
先ほどまでオレ達の船がいた場所の水面が膨れ上がり、爆発した。
そして――激しい水飛沫とともに、そいつは姿を現した。
『ボアアァァァァァオォォォォォォォォ……!!』
水の膜をまといながら飛び出てきた生物。
そいつを一言で表すなら――白鯨。
純白の皮膚。発達した翼のような胸ビレと、三日月状の尾ヒレ。
そしてなにより、この船を優に超える巨躯。
(あいつが……)
リヴァイアサン。
神魔の一角。
海の王。
(……なんて魔力量だ……)
基本的に、モンスターの強さは体内の魔力量に比例する。
それを瞬時に感じ取る事で、オレは相対するモンスターのおおよその強さを把握している。
だから、もし。
もしオレが全人類を代表して、リヴァイアサンの危険レベルを認定するとするならば。
その数値は――90を超すだろう。
危険レベル90。
それは、ひとたびそのモンスターを敵に回せば、一日と経たず国が消滅し、世界が重大な危機に陥るほどの脅威度を誇る事を意味する。
今目の前でブリーチングをしている巨大な白鯨には、それほどの力が秘められているということだ。
「あいつ、空を飛んでるぞッ!」
見れば、リヴァイアサンは水面から飛び出た後、着水せず、宙に浮いたままだ。
まるで空を泳ぐかのように湖の上を飛び回っている。
「……!」
その時、オレはリヴァイアサンの背中に伸びる物に気づいた。
「皆、リヴァイアサンの背中を見ろ」
オレが言うと、それに気づいたように皆が反応した。
「なんだありゃあ……杭、か?」
「見たところ、あの杭には異様な魔力が籠もっています」
「っ! ほんとね。だとすると、まさかあれが――」
オレは頷く。
「ああ。あれがおそらく、リヴァイアサンが暴れている原因だろう」
背中に刺さる謎の杭。
不気味な魔力を放つあれが、リヴァイアサンを狂わせているに違いない。
「だが、あれは一体なんだ……?」
バレルは怪訝な様子で眉をひそめる。
アイルが言った。
「あんな禍々しい魔力を持つ物は自然界にはありません。あの杭は、人為的に刺された物に違いありません」
――人為的に刺された。
その言葉に、オレ達の間に緊張が走る。
それはつまり、誰かが意図的にリヴァイアサンを暴走させたということだ。
誰が?
一体何の為に?
しかしそれを考える前に、今は為すべきことがある。
「リヴァイアサンが……泣いています」
「きっと苦しんでいるのね……」
「だったら、救ってやらねえとな」
バレルが言いつつ、背中の大剣を抜く。
「アヴァロニア騎士団は、困っている民の味方だ。それはモンスターだって例外じゃねえ」
それからバレルは、オレ達を見た。
「ツォーネ、船の操舵は全て任せた。アイルは俺とともに杭を狙え。ゼクス、お前さんは後方から援護してくれ。――いくぞ、お前たち!」
「ああ」「ええ!」「……はい」
オレ達が頷いたのとほぼ同時、リヴァイアサンが吠えた。
それは苦しみに耐え、助けを求める者の声だった。
きっと、ウンディーネが言っていたように、リヴァイアサンは本来、優しい性格の持ち主なのだろう。
それが、悪い人間の手によって理性を奪われている。
人間の尻拭いは、オレ達の役目だ。
リヴァイアサンの為に。
アトランティジアの民の為に。
相手が伝説の神魔だろうと、オレ達は負けられない。
「いくぞっ!」
バレルが魔力をまとい、船から跳躍。
一気にリヴァイアサンに肉薄すると、身の丈ほどもある大剣を振るった。
「【斬波】ッ!」
ごうっ!! と激しい音とともに斬撃が放たれる。
かつて雲を割いた凄まじい威力の斬撃が、寸分違わず杭へと迫る。
だが――
「ッ、弾かれただと!?」
直撃の寸前、斬撃は見えない壁に阻まれたように弾かれ、霧散した。
その様子を【凝眼】で見ていたオレは、すぐさま分析した事を宙にいるバレルに伝達する。
「リヴァイアサンの表皮には強力な魔力の結界が張られている! まずは杭より先に、結界をどうにかするんだ!」
「分かったッ! ――【滅尽斬り】!」
バレルの大剣に赤いオーラが集約、振るわれた刃がリヴァイアサンに襲いかかる。
おそらく、普通のモンスターであればあの剣に触れた瞬間に塵と化すような、最恐の一撃。
だが、
「くっ! ダメだッ、通らねえ!」
魔力の障壁に弾かれ、バレルは船に戻ってくる。
あの障壁、物理攻撃は一切通じないらしいな。
だったら――
「アイル、撃て!」
「【罪なき光天の矢】」
光の矢が放たれ、リヴァイアサンへと迫る。
光の矢は障壁をすり抜け、だが、僅かに杭の脇を逸れていった。
「惜しいっ! でも、アイルちゃんの魔法なら通るみたいね!」
やはり。
アイルの“天界魔法”は、魔法の影響を受けない。
彼女の前では、どんな魔法障壁も無意味。
この中で唯一、アイルはリヴァイアサンに攻撃を与える事ができるのだ。
その時――障壁を貫かれた事に気が付いたのか、リヴァイアサンがこちらを見た。
「! まずいッ!」
オレは即座に右手へ魔力を集中させる。
直後だった。
『ボアアァァァァァオォォォォォォォ……!!』
リヴァイアサンが吠えると、空がみるみるうちに雲で覆われていき、瞬く間に大雨が降りはじめ、湖が荒れ始めた。
そして、
「おいおい、マジかよ……ッ!?」
正面、そして背後。
高さ20メートルは下らない巨大な二つの波が、オレ達の船を挟み撃ちにしようと迫ってきていた。
あんなのに飲まれたら一溜まりもない。
「ツォーネ、波の間を走るんだ!」
「う、嘘でしょうっ!?」
と言うものの、他に道がなく、ツォーネはオレの言う通りに船を操る。
迫り来る波と波。
その間を、船は猛スピードで走行する。
(ギリギリ抜けられるか――?)
だが、思ったよりも波は速度があった。
このままだと、僅かに間に合わない。
ならば――
「【雷撃】」
天が激しく光り、轟音とともに紫電が降り注ぐ。
紫電は進行方向左側から迫ってくる波を貫き、僅かな隙間を生んだ。
今ので風穴を開けられないとなると、どうやら、波は予想以上に分厚いようだ。
「バレル!」
「おうッ! 【斬波】!」
バレルが大剣を振るい、斬撃が波を真っ二つに裂く。
【雷撃】で僅かに開いた隙間が、船が通れるまでに広がる。
が、すぐさま周囲の水が流れ込み、みるみるうちに隙間を閉じようとする。
バレルが叫んだ。
「ツォーネ、行け!」
「じ、冗談でしょ!?」
「いいから、突っ込め!」
「もうっ……沈んでも知らないから!」
ツォーネが風を操り、船は左の波、その隙間へと突撃する。
隙間に入った途端、激しい水しぶきが船に降りかかる。
波の隙間を埋めんとする水の力が左右から船を飲み込もうとしている。
くそ、このままでは――
「【聖なる光の盾】」
光の壁が船の左右に展開され、水流を阻む。アイルだ。
そして――
「抜けたわッ!」
船が隙間を通り抜けた瞬間、後ろで爆音が鳴り響き、巨大な波同士が正面衝突した。
その余波が湖全体を揺らし、船も激しく揺さぶられる。
「お前達、振り落とされるなよッ!」
ややあって、揺れが収まり、辛うじて転覆を免れた船の上で、オレ達が荒い息を吐いていると。
「え……なに、あれ……」
「チッ……くそったれめ……!」
「っ……!」
全員の視線の先。
上空から、空を覆うほどの水の塊が落ちてくる。
その大きさ、およそ直径100メートル。
(……マズい)
マズいなんてものじゃない。
あんな質量の塊、食らったら即死だ。
(これが神魔……か)
頰に汗が伝う。
おそらくだが、リヴァイアサンは本気を出していない。
暴走する肉体を必死に抑え込みながら戦っている。
それでこのぶっ飛んだ強さ。
笑えてくるな。
だが、人間だって負けないさ。
「――全員、衝撃に備えてくれ」
オレは胸に手を当てた。
目を閉じる。
それから自分の深層、奥底で静かに眠るどす黒い力を認知する。
そして、その力を塞ぐ蓋を、そっと開ける。
湧き上がる力。
オレはゆっくりと瞼を開いた。
「ゼクス、その力……!」
オレを渦巻くどす黒い魔力を見て、バレルが瞠目している。
ツォーネとアイルもオレから発せられる膨大な魔力に息を飲んでいる。
(これを使えば、最悪右腕も使えなくなる。だが、止むを得ないだろう)
右手に魔力を集中。
直後、天から落ちてきた紫電が右手に宿る。
「“顕現”」
呟くと、紫電は目が眩むほどにスパークする。
スパークがおさまった時、そこには一振りの剣があった。
これは、雷魔法を極めた者だけが使える、最強の雷霆剣。
その名も、【ケラウノス】。
遥か古代、最強の神が用いた武器の名だ。
「切り裂け」
剣を振るう。
刹那、天を一筋の光が横切った。
一瞬遅れて、湖に落ちてきていた水の塊が真っ二つに割れる。
それだけでなく、雷の力で粉々に爆散、巨大な水の塊は霧雨となって湖に降り注いだ。
(ぐっ……!)
右腕が鉛のように重い。
この剣は使用者の力を激しく消耗させる。
使えてあと一、二回といったところか。
「はっ……こいつはすげえ」
バレルが呆れたように呟く。
オレは続けて、リヴァイアサンに向けて剣を振るった。
一筋の光がリヴァイアサンを切り裂き――だが、無傷だった。
「くっ、やはりか……」
右腕が攻撃の反動でプルプルと震える。
あいつの魔法障壁の前では、物理攻撃も魔法攻撃も等しく弾かれる。
無敵。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
(やはり、杭を破壊するには――)
全員の視線がアイルに集まる。
天界魔法。
リヴァイアサンに対抗するには、それしかない。
「アイル、狙えるか」
「……」
少しして、アイルは震える唇で言った。
「ここからでは、難しいと思います」
となると、手段は一つ。
「空に飛べば、当てられるか」
問うと、アイルは沈黙の後、こくり。
小さく頷いた。
オレは続けて問いかける。
「翼で、飛べるか」
それに対し、アイルは唇を噛んだ。額に汗が滲んでいる。
「それは……すみません、できません」
「そうか」
オレはバレルとツォーネを見た。
「オレがアイルをリヴァイアサンの元まで近づける。二人は、あいつの注意を引きつけてくれ」
それは、囮になってくれという意味だ。
その言葉に対し、二人は、
「おう、任せとけ! お前たち、頼んだぞ!」
「アイルちゃん、大丈夫、ゼクスくんが付いてるわ。時間は私達が稼ぐ。だから、頑張って!」
と、快く頷いた。
「バレル……ツォーネ……」
アイルは二人を見、頷いた。
「分かりました。私が杭を破壊します」
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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