7 天使の独白
申し訳ございません。今日中の完結は難しそうです。
妥協はしたくないので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
※8/11追記
大変申し訳ございません。様々な事情が重なり、次話は8/12に投稿となります。どうかご理解の程よろしくお願い致します。
神魔。
又の名を、最強のモンスター。
世界に八体存在し、海や山、森、空など、様々な生態系の頂点に君臨するモンスターたちだ。
彼らは他のモンスターとは一線を画す圧倒的な力を有し、神話の時代より世界の秩序と均衡を保ってきた。
(まさか……神魔が出てくるとはな)
だが同時に、納得もしていた。
島一つ浮かせるほどの力の持ち主は、神魔くらいしか考えられない。
なかでもリヴァイアサンは穏やかな性格の持ち主で、静かな場所を好む事で知られる。
アトランティジアを自らの住処に選んだとしても何ら不思議ではない。
ここで不明な点は、一つ。
「どうしてリヴァイアサンは暴れだしたんだ?」
「それは分からない。二週間ほど前に突然、リヴァイアサンは凶暴化したの。今まではこんな事はなかった。リヴァイアサンはとても穏やかなモンスターだから。リヴァイアサンが凶暴化した影響で、島は墜落の危機に陥り、それだけでなく、周辺の海域で様々な異常が発生し始めた。リヴァイアサンの力は、それだけ強大なものだということ」
リヴァイアサンがここらの海の均衡を保っていたんだな。
さすがは神魔。
「このままでは島が落ちるだけでなく、生態系のバランスが崩れ、海全体が大変な事になる」
ウンディーネが縋るように言った。
「ゼクス、どうかあなたたちにリヴァイアサンの怒りを鎮めて欲しい。お礼ならなんでもする。私たちではもうどうしようもないの」
オレはちらとバレル達を見た。
バレル、ツォーネ、そしてアイルがこくりと頷く。
「分かった。その依頼、アヴァロニア騎士団が引き受けよう」
「……ありがとう。リヴァイアサンとの戦いは、とても危険なものになるはず。どうか、あなたたちに水の加護があらんことを」
そう言って、ウンディーネは僅かに頰を綻ばせたのだった。
夕方――。
出発を明日に控え、アトランティジアの街にある宿に泊めてもらうことになった一行。
バレルはタバコを吸い、ツォーネは精霊たちと会話をし、オレは部屋で瞑想をする。
そうして、各自リラックスできる方法で明日の決戦に備えているのだ。
ふと。
瞑想の途中で目を開けると、オレは窓越しに偶然、アイルが宿を出て石橋の方に歩いていくのを見つけた。
(アイル……)
あいつはほんとうに昔のオレに似ている。
大切な人達を失い、誰も信じられなくなって、たった一人で戦おうとしている。
辛いよな。
苦しいよな。
痛いほど分かる。
アイル。
お前はずっと、怒りと無力感の狭間で苦しみ続けているのだろう。
分かるよ。
オレもそうだったから。
「……放っておけないよな」
アイルは騎士団の仲間だ。
だから少しでもいい、力になってやりたい。
たとえそれが、オレのエゴに過ぎないのだとしても。
そう思い、オレは部屋を出た。
茜色に輝く空の下、アイルは小川に架かる石橋にいた。
次第に蒼黒に染まりつつある空をじっと見つめている。
オレが隣に立って同じように空を見上げると、少しして、アイルは静かに言った。
「この島は、空がよく見える」
空に近いアトランティジアに来たことで、故郷に思いを馳せていたのだろう。
遠くを見つめる青い瞳は僅かに濡れていた。
「ほんとうに綺麗な空だ。思えば……オレの故郷も夜空のとても美しい場所だった」
僅かな沈黙を経て、オレは空を眺めたまま口を開いた。
「オレの故郷は、モンスターによって滅ぼされた」
「っ……」
隣でアイルが驚いたようにオレを見る。
「祭りの夜だった。みんな気が緩んでいた。だから襲撃に対応できず、ほとんどが死んだ。その中にはオレの家族もいた。強かった父も、優しかった母も、兄も、妹も、全員死んだ」
あの夜……オレは自分の無力さを知った。
「オレは故郷を後にし、世界を彷徨い続けた。やるせなくて、辛くて、憎くて、悲しくて、死にたくなって……それでも生き続けて。いつの日か、誰の事も信じられなくなっていた」
アイルに目を向ける。驚いたような、泣きそうな顔をしていた。
オレはそっと笑いかける。
「だけどある日、オレを信じてくれる人と出会った。その人のお陰で、オレは再び人を信じられるようになった。そしてまた多くの人と出会って、色々な経験もした。辛いこともあった。だけど今は騎士団に入って、信じてくれる人が増えた。だから……」
オレはアイルの目をまっすぐと見つめた。
「オレは自分を信じてくれる仲間の為に戦いたい。今はそう強く思ってる」
「自分を信じてくれる、仲間……」
涼やかな風が吹く。
そろそろ夜がくる。
しばしの沈黙ののち、アイルがぽつりと口を開いた。
「……私にも、家族がいました。両親は厳しかったけれど、とても優しかった。私は……家族が大好きでした」
だけどあの日……、とアイルは拳を握りしめた。
「『天空』が落ちた日、両親は死にました。それも……私を守る為に。そして、私は地上へ落ち、自分一人だけ生きながらえました。両親も、友人も、たった一晩で何もかもを失った、あの日から……私は空を飛べなくなりました」
そうか……あの極度の高所恐怖症は、トラウマのせいだったのか。
翼を持っていながら飛ぼうとしていなかったのも、その影響だったんだな。
「私は翼の折れた天使。ここまで必死に生き抜いてきたけれど……何の為に生きているのかも、今となってはもう分からない」
「アイル……」
いくら天使族とはいえ、アイルだって一人の女の子だ。
ずっと一人で戦ってきて……もう疲れ切っているのだろう。
「……そうだ」
オレはポケットから、さっき船の食材庫から取ってきた、紙に包まれたシフォンケーキを取り出した。
「やるよ。好きだろ、甘いもの」
「……いりません」
「いいから食えって。紙に包んでたから、汚くないぞ」
が、アイルは無反応。
「……ま、いらないならオレが食う」
オレがあーん、とシフォンケーキを食おうとしたら、スッ……。
アイルがこちらに手を伸ばしてきたので、苦笑しつつ乗せてやる。
あむ、とケーキを食べるアイルは、まるで小動物のようだ。
「甘い」
そう言って一瞬浮かべた笑みは、いつもの凜とした張り詰めた表情とは違い、至って普通の女の子だった。
「明日はいよいよ決戦だ。相手は未知数の神魔。全員で力を合わせる必要があるだろう。アイル……力を貸してくれるな?」
オレが問うと、アイルは、
「……気が向いたら」
と答えた。
拒否は……しなかったな。
それだけでも、十分な進歩だろう。
(それにしても、過去、か……)
昔のことを考えると、思い出したくない記憶まで蘇ってくるな。
あの時にオレは……いや、今は忘れよう。
天を仰ぐ。
澄み切った空に星々が瞬きはじめていた。
◆
夜。
シャワーを浴び、寝支度を整えたアイルは宿の自室にて、ベッドに座りながらぼんやりと考え事をしていた。
思い出すのは、先刻の出来事。
――……どうして私は、彼に家族の事を話したのでしょう。
自分と似た境遇を経験した者がいると知って、共感を覚えたから、だろうか。
それとも……あの黒髪の青年の飄々とした笑みの奥に浮かぶ、どこか物悲しそうな眼差しを見てしまったから、だろうか。
分からない。
けれど、ほんの少し……気が楽になった気がする。
この苦しみを味わっていたのは、自分だけじゃなかった。
その事実だけで、ほんの少しだけ、救われた気がした。
「!」
不意に部屋の扉が叩かれ、意識が現実に引き戻される。
「……どなたですか」
「俺だ」
この声は、バレル。
アヴァロニア騎士団の一番隊隊長で、半年前、地上を彷徨っていたアイルを騎士団に引き入れた人物。
「……」
ベッドから立ち上がって扉に向かう。
ガチャリ。
「よう。こんな時間にわりぃな」
「何の用ですか」
「あー……いや、な。用という程でもないんだが」
歯切れ悪そうにしているバレルは、頭を掻き、それから言った。
「その……どうだ、騎士団は」
「……どう、とは」
アイルが首をかしげると、バレルは斜め上を見て考える仕草をした後、こう口にした。
「楽しいか?」
言われて、この半年間の事を思い返す。
騎士団の人達は、粗暴な人物が多い。喧嘩も絶えない。見ていて鬱陶しく思う事だってある。
けれど、誰もが仲間思いで、仲間の為ならなんだってする。
バレルもそう、ツォーネも、それに彼も……。
騎士団の人達がいつも自分をそっとしていてくれている事は、分かっていた。
それが、彼らの優しさからくるものだということも。
「楽しいかどうかは……正直に言って、分かりません」
でも、とアイルは続けた。
「居心地は悪くない……、と思います」
「それならいい」
ホッとしたような笑みを浮かべるバレル。
「話はそれだけですか」
アイルが言うと、バレルは「あー、いや……」と頭を掻いた。
「そうだ、ゼクスはどうだ? 良い奴だろ。ハンサムだしな」
その名前を聞き、一瞬心がぐらつく。
が、表情には出さず、アイルは言った。
「お節介な人、です」
「ははっ。ああ見えて意外と熱いものを持っているらしいからな、あいつは。……ゼクスはいずれウチの騎士団を背負う男になる。今のうちに唾つけとくのをオススメするぜ」
「……言っている意味がよく分かりませんが」
「ま、いずれ分かるさ」
バレルが笑う。
「っと、邪魔したな。アイル、明日は頼むぞ?」
「……はい」
アイルが頷くと、そんなアイルの反応が意外だったのか、バレルは驚いた表情をした後、意味深な笑みを浮かべ、
「……あいつの影響かね。まったく面白い男だ」
と言い残し、去っていった。
扉が閉まり、ベッドに向かおうとした矢先――再び扉が叩かれた。
「……」
扉を開くと、そこにはツォーネがいた。
「こんばんは、アイルちゃん。あ、もしかして寝るところだった?」
「……いえ。何の用ですか」
「用という程じゃないんだけど……疲れとか溜まってないかなって思ってね」
「特に問題はありませんが」
「そう……それならいいんだけどね」
「話は終わりですか? では――」
扉を閉めようとすると、ツォーネが慌てた様子で言った。
「ち、ちょっと待って! もう一つアイルちゃんに聞きたくて。その……騎士団はどう?」
一分前と同じ展開に、アイルは若干眉根を寄せた。
「……さっきも同じ事を聞かれました」
「えっ! あ、バレルか。あはは……なんかごめん」
頰を掻くツォーネ。
「もういいですか。明日も早いので、もう就寝したいのですが」
むすっとするアイルに、ツォーネは、
「じ、じゃあ最後! アイルちゃん……何かあったら遠慮せず私たちに言ってね。私たちはどんな時も、あなたの味方だから」
そう言って、優しく微笑む。
アイルは何かを言おうとして、やめた。
「……おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
バタン、と扉が閉まる。
静寂に包まれる部屋。
とことこと歩き、どさ、とベッドに横たわる。
天井を見つめながら、アイルはごちた。
「今、私……」
ツォーネの最後の言葉。
自分は、ごく自然に頷きかけた。
だが、押しとどめた。
ツォーネは命の恩人だ。バレルも。
二人は他人を拒絶している自分を受け入れてくれて、他の仲間と同じように接してくれる。
それは……とてもありがたい事だ。
二人には感謝している。
ほんとうは、今すぐにでも受け入れてしまいたい。
そうして、この胸を突き刺す苦しみから少しでも楽になりたい。
だが同時に――怖い。
裏切られる事が。
傷つく事が。
そして――再び大切な人を失う事が。
――けれど、あの人は。
ゼクス・レドナット。
自分と同じ苦しみを経験した彼は、それでも苦しみを乗り越え、前を向いて生きている。
彼のように、自分もなれるだろうか。
――でも……。
目を閉じる。
瞼の裏に蘇る、凄惨な記憶。
燃え盛る街。
崩れゆく世界。
血の海に倒れ伏す、愛する両親。
そして――
――そう、私にはやるべき事がある。あの人を見つけるまで、私は……。
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