2 変動
翌朝。
寮の玄関にて、レベッカがオレの服装を整えながら言った。
「ゼクスさん、今日もお仕事頑張ってくださいね!」
「ああ、レベッカもな」
任務に出る前は、こうしてレベッカと会話するのが最近の日課だ。
「これでよし! 行ってらっしゃい、ゼクスさん!」
「いつも助かる。それじゃ、行ってきま――」
「ちょいと待ってくれ」
声に振り向けば、そこにはバレルが立っていた。
背中に身の丈ほどもある大剣を背負っている。
「ゼクス。お前さんの任務、俺も連れていってくれねえか?」
「それは構わないが……二日酔いは平気なのか?」
昨晩、酔い潰れたバレルを介抱した身としては、今日は休めと言いたい所だが……。
「なに、心配するな。俺は酒に弱いが、二日酔いにはならない体質なんでな」
「ならいいが。レベッカも、いいよな?」
一応、任務管理も行なっているレベッカに確認を取ると、彼女は笑顔で頷いた。
「はい、問題ありませんよ。今王都にいる騎士団員の中で最高戦力たるゼクスさんとバレルさんが揃ったら、どんなモンスターが出てきても問題ありませんねっ」
最高戦力、か。
今日はバレルの力を見る良い機会かもな。
「よろしく頼むぜ、新入り。お前さんの力、見せてもらうぜ」
バレルと拳をぶつけ合う。
「それではお二人とも、いってらっしゃい!」
本日の任務は、ラストンベリーの北東にある湿原に巣食う危険モンスターの討伐。
そのモンスターは、最近この湿原に現れ、旅人や商隊を襲っているという。
「あれか」
遠くに蠢く巨大な塊を認め、バレルが大剣を抜いた。
あいつはスライム。
身体の大半が粘膜で構成されたモンスターで、危険レベルは4と低い。
が、とある条件を満たすと途端に危険レベルが跳ね上がる。
それは、スライム同士が結合すること。
稀に複数のスライムが集まって合体することで、巨大なジャイアントスライムが生まれる。
ジャイアントスライムの危険レベルは28。
本来、湿原には存在しない、危険なモンスターだ。
直ちに討伐しなければ、交通機能が麻痺するだけでなく、湿原の生態系が破綻してしまう。
「さぁて、やりますかね。ゼクス、少し離れてろ」
そう言うと、バレルが二メートル近い大剣を片手で軽々と持ち上げ、肩に担いだ。
バレルの全身に魔力が集中していく。
凄まじい量と質だ。
今からこれを解放するとすれば――
「おい、ちょっと待――」
「――【斬波】ッ!!」
オレの制止は間に合わず、バレルが大剣を振るった。
ズン……ッッ!
大気が震え、刹那、離れた位置でジャイアントスライムが真っ二つになる。
いや、それだけじゃない――
「おいおい……嘘だろ……」
く、雲が割れたぞ……ッ。
たったの一振りであの威力。
なんて剣圧、なんて魔力だ。
「さて、ゼクス。あとはお前さんの番だぜ。逃すなよ」
剣を肩に担いだバレルが笑いかけてくる。
あれだけの技を使った後だというのに、息一つきれていない。
なるほどな……これが『鬼神』か。
(面白い。オレも負けてられないな)
右手――だけでなく、左手にも魔力を集中。
身体に眠る膨大な魔力を練り上げ、淀みなく両手に送り込んでいく。
「ほう……やるな」
バレルが感嘆の声を漏らす。
オレは両手を持ち上げると、勢いよく振り下ろした。
「――【雷撃雨】」
刹那、中空で目が眩むほどの紫電がほとばしる。
それは瞬刻を経て、落雷と同時に分裂、自らの体を細切れにして逃げ惑うジャイアントスライムに降り注いだ。
――ズガガガガガガガンッッッッ!!
耳をつんざく雷鳴の連打が湿原に轟く。
音が晴れた後、そこには地面に空いた複数の穴と、焼け焦げて大部分が消滅したジャイアントスライムがあった。
……少し残ったか。
まぁ、ああなってしまえばただのスライムだ。
敢えて討伐することもないだろう。
「こいつは……なぁゼクス、今のはオリジナル魔法か?」
バレルが目を丸くして問うてくる。
オレは首肯した。
「あぁ、そうだ」
オリジナル魔法とは、古来より伝わる既存の魔法とは異なる、新たに生み出される魔法の事だ。
今オレが使った【雷撃雨】、これは第七階梯魔法【雷撃】を元にオレが完成させたオリジナル魔法。
他にもオレは幾つもオリジナル魔法を開発しており、自らに雷を落として移動速度を引き上げる【ハイヴォルテージ】もその一つだ。
「……はっ、こいつはすげえ」
バレルは若干呆れ気味に笑うと、おもむろに懐からタバコを取り出した。
「どうだゼクス、近くで一服してから帰らねえか?」
「悪い。タバコは吸わない主義だ」
「真面目だな。いや、それがいいな。こんなもの、吸ったところで良いことなんて一つもありゃしない」
バレルは指を鳴らしてタバコに火をつけ、一服する。
「……どうだ、騎士団は」
バレルが空を眺めながら問うてくる。
「良いところだ。クセの強い連中ばかりだが、誰もが仲間の事を想っている。いざという時の団結力は本当に頼もしい。これが……オリヴィアが作り上げた騎士団なんだな」
「そうだな。嬢ちゃんはよくやってる。荒くれ者達をまとめ上げ、一度は落ちぶれた騎士団をここまで再建したんだからな。とはいえ……まだまだこれからだがな」
バレルの吐いた紫煙が湿原にたゆたう。
「バレルはずっと騎士団にいるのか?」
「ん? あぁ。嬢ちゃんの前……先代の団長の時からだ。ふ、懐かしいな。団長は熱い人だった」
先代の騎士団長、か。
バレルの口ぶりから察するに、素晴らしい人物だったのだろう。
「ゼクス」
ふと、バレルがトーンを変えて言った。
「今回のスタンピード、お前さんはどう思った」
スタンピードか。
「正直に言えば……奇妙、というのがオレの感想だ。未開拓地域のモンスターが人間界にやってくるというのは、通常、とても考えにくい」
未開拓地域には膨大な数のモンスターがいる。
つまり、モンスターからすれば、未開拓地域は食材の宝庫。
にも関わらず、その食物連鎖から外れて人間界にやってきた。
それも、アンフィスバエナのような強力な捕食者が。
これは奇妙と言う他ないだろう。
「その通りだ。……実はな、一番隊《俺たち》はアヴァロニア最東端にある遺跡の調査を行なっていたんだが、その付近で本来はいるはずのない未開拓地域のモンスターと遭遇した」
「……!」
「似たような事は他の地域や国でも起きているらしい。つまり、お前さんが解決したスタンピードのような異変は、世界中で起きつつあるって事だ」
あの規模のスタンピードが、世界中で……。
「俺たちを含むその事実を知る者は、今世界で起きているこの現象を、“変動”と呼んでいる」
「“変動”……その原因は分かってるのか?」
「いんや、さっぱりだ」
バレルが頭を振る。
「だが、ひとまず”変動”が世界各地で生じている、という事だけは言っておこうと思ってな」
「……どうしてオレに?」
「どうして、か」
バレルが今一度指を鳴らすと、短くなったタバコは灰となって消えた。
「明確な理由はねえさ。いずれお前さんは、騎士団を――いや、世界を背負う人間になる。そんな気がした。だから話した」
オレを見つめるバレル。
「お前さんはそんな目をしている。それだけだ」
夕方――。
任務を終えたオレは、報告をすべく馬車で本部に戻っていた。
ちなみにだが、バレルは飲みに行くとか言ってどこかに消えた。
「……ん?」
本部前に誰かがいる。
一人はレベッカ、もう一人は――
「キミはほんとうに可愛らしい女性だ。まるで野に咲いた一輪のカーネーションのようだ」
「あはは……ありがとうございますー……」
なんだかこっちが恥ずかしくなりそうな台詞を聞きながら馬車を降りると、レベッカがこちらに気づいたようで、ぱぁっと笑みを咲かせた。
「ゼクスさん!」
「なんだって?」
どうやらレベッカを口説いていたらしい男が、オレの名を聞いて振り返る。
その顔を見て、オレは驚きを禁じ得なかった。
「お前は……」
サラサラのブロンドヘアに甘いマスク。
Sランク冒険者、ジーク・フリー。
『勇者』の二つ名を持つ、冒険者屈指の実力者だ。
どうしてラストンベリーにこの男が?
こいつはギルド『白亜の太陽』所属の冒険者、パンゲアが活動拠点のはずだ。
「ゼクスさん、彼がゼクスさんに用があるとの事です」
「オレに……?」
なんだろう。全然心当たりがないが。
「やあ、職員くん。久しぶりだね」
ジークが手を差し出してくる。
握手……か。
オレがギルドで働いていた時、ジークは一度もそんな事をしてこなかった気がするが。
というかむしろ、この男はギルド職員を見下していた気さえする。
一体どういう風の吹き回しだ?
「……あぁ、久しぶりだな」
とはいえ、拒否するもおかしいので、握り返す。
すると、
……ぎりぎり……!
……なんだこいつ。
ニコニコしている癖に、めちゃくちゃ魔力を込めて握手してくるんだが。
一般人なら手が砕けてるところだぞ。
「……なぁ、そろそろ離してくれないか?」
不審に思ったオレがそう言うと、ジークはやや驚いた表情になって、
「あ、あぁ。そうだね」
と手を離してくれた。なんなんだ。
ジークは小さく舌打ちすると、爽やかスマイルでレベッカを見た。
「レベッカちゃんには申し訳ないんだけど、二人きりで話したいんだ。外してくれるかな?」
するとレベッカがオレを見てきたので、頷く。
「……分かりました。失礼します」
「ありがとう」
ジークにウインクされ、レベッカは笑顔を引きつらせながら本部に戻っていった。
「……さて」
ジークがスッと笑みを潜め、鋭い目でオレを見た。
「僕がきた理由は分かってるね?」
「いや」
首を横に振ると、ジークは先ほどまでとは打って変わって苛立った様子を見せたが、フッと息を吐き、
「まぁいい。アリスはどこだい?」
「アリス?」
あぁ、アリスを捜しにきたのか。
確かにジークは昔からアリスに気があるようだったからな。
それでわざわざアヴァロニアくんだりまで来るとは、一途なヤツだ。
あれ、でも……こいつって他にも何人か女作ってなかったか?
「まぁ……アリスなら仕事で南に行ってるが」
「そうか。じゃあ、帰ってきたら僕がパンゲアに連れて帰るけど、構わないね?」
「それは構わないが、アリスが素直に戻るとは思えないぞ」
あいつはアヴァロニアがかなり気に入っているようだし、余程のことがない限りパンゲアには戻りたがらないだろう。
親切心で言ってやると、ジークは目を細めた。
「やはりそうか。ギルマスの言った通りだった」
「?」
ここでどうしてギルマスが出てくる?
「ギルマスが言っていた。キミが僕のアリスを言葉巧みに誑かし、アヴァロニアまで連れてきたんだ。理由は一つ、自分をクビにした『白亜の太陽』に復讐するため。違うかい?」
違うわ。
今更あんなギルドの事なんて眼中にない。ジークに会うまで忘れていたくらいだ。
他にも色々とツッコミどころはあるが……そうか。
理由は定かではないが、ジークがやってきたのは、ギルマスの仕業か。
「やはり図星のようだね」
「いや、オレは別に復讐なんか――」
「そんな逆恨みのような真似は今すぐにやめたほうがいい。アリスは返してもらう、いいね?」
「……」
話が一ミリも通じない。
まぁ別にいいか、わざわざ誤解を解く必要もないし。
アリスを力づくで連れて帰ろうとしたりしたら、さすがに止めるけどな。
「それじゃ、やっぱり僕はアリスの元に向かうとするよ。キミの毒牙から一刻も早く彼女を救ってあげたいしね」
意味不明な事を言って立ち去ろうとするジークを、最後、オレはとある事に気付いて呼び止めた。
「……お前、パーティはどうした。リーダーだろう」
アリスも入っていたSランクパーティ『光明の刃』は、実質ジークとアリスの二強だった。
他のメンバーもそれなりに優秀だが、アリスに続いてジークも抜けるとなると、パーティ解散は免れないだろう。
パーティ解散が意味するのは、パーティメンバーの職の喪失。
加えて、Sランク冒険者のジークに捨てられたとなれば、他のメンバーの信用はガタ落ち。
新たに他のパーティに入れてもらう事すら困難となり、路頭に迷う可能性すらある。
「まさかとは思うが……ほんとうに解散したのか?」
するとジークは振り返り、
「解散したよ。どうでもいいだろ、あんな無能ども」
そう言って、嘲るように笑った。
それから二日後の朝。
オレは副団長のアインハードに団長室へと呼び出されていた。
団長室に召集されたのは他にもいて、遊撃兵のオレ以外は全員一番隊だった。
それぞれ、バレル、ツォーネ、アイル。
一番隊の隊長と副隊長が揃っているということは、それなりの案件である事は想像に容易い。
「団長が会議で不在につき、私から話をさせていただきます」
アインハードによると、数日前よりアヴァロニアの南方にある港町近辺の海域にて、濃霧などの異常が発生しているとのこと。
「四人には、海の異常の原因を調査、解決してきていただきたい」
アインハードの言葉にバレルが「なるほどな」と頷いた。
「この人員構成の意図は?」
「現時点で最も戦闘力が高いと思われる四人を選抜しました。その理由は一つ」
アインハードがいつになく真剣な面差しで答える。
「今回の海の異常……“変動”である可能性が高いためです」
“変動”、か。
確かに、それなら万全を期して最高戦力を投入するのも頷ける。
先日はスタンピードが起きたわけで、最早、何が起こるか分からないからな。
「では、これより準備ののち、直ちに出発してください。幸運を祈ります」
アインハードが敬礼し、オレ達も一斉に胸に手を当てた。
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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