1 新天地へ
「あれが王都か……」
眼下に広がる、整然とした大都市。
オレが今いるのは山の頂上付近。
ここを下れば、ようやくたどり着く。
アヴァロニアの首都、ラストンベリーに。
あの日から――ギルドをクビになってから一ヶ月が経った。
オレは生まれ育ったパンゲア王国を発ち、隣国の騎士王国アヴァロニアにやってきた。
心機一転、新たな場所で第二の人生を始めようと思ったのだ。
これからの人生は、これまでのように他人の為に生きるのではなく、自分の為に生きよう。
ギルドではあまりに自己を犠牲にしすぎた気もするしな。
そんなわけでオレはこの一ヶ月、アヴァロニアを気ままに旅し、この国最大の都市である王都ラストンベリーにやってきた。
この山を越えればラストンベリーだ。
おそらく、今日中には着くだろう。
今は朝だから、昼過ぎくらいになるだろうか。
「!」
不意にどこからか響く悲鳴。
オレは即座に魔力――生物の体に流れる摩訶不思議なエネルギー――を練り上げる。
「【感知】」
瞬間、視界が爆発的に広がる。
木々の背後に生える植物や地中で眠る動物など、本来目に見えないはずのものが手に取るように分かる。
【感知】。魔力を利用した基本技術の一つで、魔力で神経を研ぎ澄ませることで目に見えない範囲まで感覚で認識できるようになる、便利な探知術。
狩人や漁師は【感知】を使って獲物を捕捉し、また旅のキャラバンは道中のモンスターを避けるために【感知】を使う。
達人になると【感知】で数十キロ先まで見通すことができるという。
オレはせいぜい五キロ先まで。
しかしそれでも役立つもので、
「――そこか」
全身、特に両脚に魔力を集中させる。
【強化】。魔力によって身体能力を引き上げる技。これもこの世界の人にとっては基本技術の一種だ。
「よ、っ!」
地面を蹴りつけ、木々の隙間を縫うように走りながら先ほど見つけた地点に急ぐ。
飛ぶように流れていく視界。
その中央でみるみるうちに大きくなる、一人の少女。
少女は巨大な鶏のモンスターに今にも食われそうになっていた。
「ふ、っ!」
モンスターが少女を噛み砕く寸前、オレは一瞬スピードを緩めながら少女を優しく抱きとめ、毒牙から間一髪で少女を救った。
背後でモンスターの咬合音が弾ける。
「あれ……助かった?」
「間一髪だったな」
腕の中できょとんとした顔の少女を見下ろす。
ピンクブロンドの髪をサイドで緩くまとめた、柔らかい雰囲気の美少女。歳の頃はオレよりも少し下。十七、十八ってとこだ。
少女はオレに助けられたことを理解したのか、頰を赤らめながら問うてきた。
「あ、あなたは……?」
「話はあとだ。下がってろ」
少女を木の陰に隠れさせ、モンスターを見据える。
オレを睥睨する、トサカ付きの鳥頭。雄鶏の体にドラゴンの翼、蛇の尾。
危険レベル27、コカトリス。猛毒の息を吐く危険なモンスター。
危険レベルとは冒険者協会が定めた、モンスターの危険度を示す指数のこと。危険レベルが5を超えたら、一般人ではまず歯が立たない。
コカトリスはこの山の頂点捕食者。
一般人が遭遇したらまず助からないだろう。
(だが、妙だな)
事前情報ではこの山の奥地にしかいないはずだが……。
とはいえ、物事は常に流転する。
予想外の事に一々驚いているようでは、この世界では生きていけない。
「悪いが、一瞬で終わらせるぞ」
毒ブレスを吐かれてからでは遅い。オレだけならまだしも、背後にはあの子がいる。
スッ……。
右手を振りかざす。
コカトリスがブレスを吐かんと息を吸い込んだが、手遅れだ。
オレは手を振り下ろした。
「第七階梯魔法――【雷撃】」
轟音、天から降り注ぐ紫電。
紫の光線は目にも留まらぬ速さでコカトリスを撃ち抜き、直下の地面を撃ち砕いた。
立ち上る、黒煙。
『ク、カカ……』
丸焦げになったコカトリスがずぅぅぅん……、と地面に倒れ、絶命する。
今のは魔法。
魔力を操ることで行使できる、人知を超えた力。
古来より人類は魔法で獲物を狩り、家を建て、国を作り、発展してきた。
「凄い……」
木の陰から覗いていた少女がぽつりと呟いた。
「い、今の……第七階梯魔法ですよね……?」
「まあな。怪我は――」
「さいこーですっ!」
少女が木の陰から飛び出してオレの手を握ってきた。
ち、近いな。息がかかる距離だ。
「第七階梯魔法は上位魔法の一種、それに今の、雷魔法ですよね!? 雷魔法の第七階梯魔法なんてあたし初めて見ましたよ!」
目をキラキラさせて大変感激した様子の少女。
「あ、あぁ。よく分かったな」
年下とはいえ、美女の顔が間近にあると戸惑う。
少女も自分がしていることに気づいたのか、はっとしたように距離をとった。
「ご、ごめんなさい。でもほんとにさいこーです。さぞ高名な魔法使いと見受けますが、お名前は? ……あれ? 紫電を操る魔法使いって……」
少女が何か思い当たる節があるように顎に指を当てたので、オレは咄嗟に口を挟む。
「オレはゼクス。や、そんな大したものじゃない。ただの旅人さ。一ヶ月前までは冒険者ギルドの職員をしていた」
「冒険者ギルドの職員、ですか? あんな凄い魔法を使う人が?」
少女は訝しむような顔をしたが、すぐに何か思いついたように明るい顔になった。
「あたし、レベッカって言います。あの、一ヶ月前まではってことは、今は無職なんですよね?」
「まあ……」
無職……そうなんだが。なんか改めて言われると傷つくな。
「でしたら、あたしの職場にきませんか!? ゼクスさんなら大歓迎です!」
「キミの……レベッカの職場に? それって?」
一体なんだろう。
見たところレベッカに戦闘能力はなさそうだから、きっと平和なところだろうな。
「それはですね――」
レベッカがふふんと鼻を鳴らす。
「世界最強の騎士団、アヴァロニア騎士団です!」
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