1 一番隊
アヴァロニア騎士団一番隊。
構成人数十五名程度の小隊ながら、騎士団最強と謳われる部隊。
そして、あの一見だらしないように見える男。
聞いた事がある。
騎士団には、身の丈ほどもある大剣にてあらゆる敵を一撃の下に屠る、『鬼神』の如き強さを誇る男がいると。
その者の名は、バレル。
『鬼神』バレル・マグナム。
騎士団最強格の一人にして、アヴァロニア最強の一角――
「よく戻ったバレル。元気そうで何よりだ」
「おう、そっちもな。それより嬢ちゃん、見ない間にまた一段と綺麗になったんじゃねえか?」
「ふ、お前は相変わらずだな」
バレルが顎を撫でながら言い、オリヴィアは苦笑した。
「アインハード、久しぶりだな。お前さんは相変わらず堅物そうだ」
「あなたは今も昔も適当そうですね、バレル」
バレルと副団長のアインハードが軽口を交わしている。
どうやら二人は旧知の仲らしい。
見た感じ、歳も近いのかもしれない。
「一番隊の皆は疲れてるだろう、中で身体を休めてくれ」
オリヴィアの言葉に従い、一番隊の面々がぞろぞろと本部に入っていく。
それを道の脇で眺めていると、一人の少女がこちらを向いて立ち止まった。
その者の姿を見た瞬間、オレは思わず息を飲む。
臙脂色を基調にした騎士団制服に包まれた、小柄で華奢な身体。
制服から伸びる四肢は美しく、特にプリッツスカートから伸びる脚は体格にしてはすらりと長い。まるで白磁のよう。
暖かな微風に揺らぐ銀の髪は、太陽が照らす水面のように煌めいていて。
細身の体の上にちょこんと乗る、人形のように小さな顔。
オレを射抜く氷のように冷たい瞳は、透き通るような深青色。
けぶるように長いまつげと、小ぶりだが高い鼻、薄い桜色の唇が絶妙なバランスで散りばめられている。
(天使……)
思わず、そんな感想を抱いてしまうほどに。
それほどまでに、他の者とは一線を画す美しさと神々しさが、少女にはあった。
「おいゼクス、『天使様』に見られてんぞ。行ってこい」
ジェフにケツを蹴られ、オレはたたらを踏みながら少女の前に出る。
他の騎士団員達が「おぉ、告白か!?」とか「いけ、ゼクス!」とか馬鹿な事を言っているのは無視。
「あー……っと、オレに何か用か?」
蹴られた尻をさすりつつ、冷たい眼差しの少女に尋ねる。
この子……近くで見るとほんとうに綺麗だ。
年の頃は十六、十七といったところか。
しばしの沈黙の後、少女が口を開いた。
「別に何も」
ぷいと顔を背け、そのまま少女は本部に入っていく。
周囲では「ゼクスが振られたぞ!」とか「傷心中につけこめば、私にもチャンスが!?」とか言っているが、無視。
……どうしてオレが辱めを受けているんだ?
そうだ、ジェフだ。
あいつが蹴ったせいだ。
後でしばく。
「ウチのアイルが悪かったな」
アインハードと会話していたバレルがタバコを吹かしながら近づいてきた。
「バレルだ。よろしく頼むぜ、新入り」
「オレはゼクス。こちらこそ、よろしく頼む」
向けられた手を握り返す。
「「……」」
少しして、握手が終わり、バレルは一度紫煙を吐いた後、苦笑した。
「こりゃあとんでもないのが入ってきたな」
「あんた程の男にそう言われるとは、光栄だ」
数秒の握手。
それだけで、オレもこの男も、相手の実力を見抜いた。
そして、噂は真実だった。
バレル・マグナム。
本物だ。疑う余地はない。
こんなヤツがいるとはな……世界は広い。
「この子が例の新入り?」
と話に入ってきたのは、褐色肌の美人。
灰色の髪にツンと伸びた耳……亜智族か。
森の眷属、智族と対をなす存在だ。
亜智族は滅多に人と関わりたがらない事で有名だが……まぁ騎士団にいるということは、何か訳ありなのだろう。
「私はツォーネ。一番隊の副隊長をしているわ」
「ゼクスだ」
握手を交わす。
……この人も相当強いな。伊達に一番隊の副隊長じゃないか。
見た目はただの優しいみんなのお姉さん、って感じなのにな。
「ちょっとバレル、新人君の前でタバコはやめなさいよ」
ツォーネがバレルの肩を小突くも、バレルはタバコを吸うのをやめない。
「悪い、それは無理だ」
「なんでよ」
「こいつはオレの相棒だからだ。っと、なくなっちまった」
そう言ってバレルが新たなタバコを取り出し、指を鳴らして火を付ける。
「あ、また……もうっ。ごめんなさいね、ゼクスくん。この人、昔からだらしなくって」
そう言って嘆息するツォーネ。
と、横で気持ち良さげにタバコを吸うバレル。
なんというか……この二人の間には深い絆があるように見えるな。
「まるで夫婦だな」
冗談半分でそう言うと、ツォーネが顔を赤らめた。
「ふ、夫婦って……からかわないでちょうだい、ゼクスくん」
と口では言うものの、どこか嬉しそうなのを見るに、ツォーネはバレルの事が好きみたいだな。
「ゼクス、さっきはウチのが悪かったな」
バレルが新たなタバコに火をつけながら言った。何本吸うんだよ。
さっきというと……銀髪の少女の事か。
「あいつは……アイルは愛想がない事この上ない。ただ、悪いヤツじゃないから、嫌わんでやってくれ」
あの子はアイル、というのか。
「別に嫌いやしないさ。愛想がないヤツなんざ、騎士団にはいくらでもいるだろ?」
「はは、違いない。……あの性格だ、他の連中には『天使様』だとか呼ばれて敬遠されていてな。お前さんだけでも仲良くしてくれると助かる」
『天使様』、か。
なるほど……よく効いた皮肉だぜ。
夜。
一番隊の帰還を祝し、本部近くの『鮮烈亭』にて宴が開かれた。
「そうか、お前さんがあの『スタンピードの英雄』か! 若いのに大したもんだ!」
酔ったバレルがバシバシと背中を叩いてくる。痛え。
「ちょっとバレル、飲み過ぎよ。ゼクスくんが嫌がってるわ」
ツォーネが窘めると、バレルはタバコを吹かし、
「いーや、今日はまだまだ飲むぞ。昨日までは全然飲めなかったからな。ゼクス、お前も付き合え」
なんだ? オレは酒飲みに絡まれる才能でもあるのか?
「まったくもう……ゼクスくんも言ってやって?」
「バレル、少し水を飲め」
「水だぁ? そんなのいらねえよ。酒が薄まる」
それが目的なんだよ。
と不意に、離れた所で歓声が上がった。
見れば、ジェフが腕相撲でガウェインを負かしている所だった。
「腕相撲か! おい、俺も混ぜろ!」
バレルが立ち上がり、千鳥足で腕相撲に参加しにいく。
その様子を眺め、ツォーネが嘆息した。
「お酒弱いクセに、やたら飲みたがるんだから……」
「苦労してるんだな」
笑いかけると、ツォーネは「ほんとに」とグラスを傾けた。
と、オレは店の端で一人、ぽつんとオレンジジュースを飲んでいる銀髪の少女、アイルを見やる。
「あいつはずっと一人だな」
「……そうね。アイルちゃんは必要以上に誰かと関わろうとしないし、周りもアイルちゃんを避けてる」
ツォーネが寂しげに笑った。
「でもね、みんな、あの子が嫌いな訳じゃないのよ。ただちょっと、気を遣っているというか……。だから、そこは勘違いしないでね」
「ああ」
仲間意識が強いここの連中の事だ、アイルを避けるのにも何か理由があるのだろう。
なんとなくだが、敢えてそっとしておいている、ようにも見えるしな。
「あ……」
アイルが立ち上がり、喧騒の脇を抜けて外に出て行った。
立ち上がろうとしたツォーネを片手で制し、オレは席を立つ。
「挨拶も兼ねて、ここは新入りに任せてくれ」
言い残し、オレは店を出た。
外に出ると、辺りには夜のとばりが降りていた。
薄く曇りがかった夜空に、満月が冷たく輝いている。
アイルは『鮮烈亭』の前にあるベンチに座り、夜空を眺めていた。その瞳はどこか悲しげに見えた。
「騒がしいのは嫌いか?」
ベンチの横に立ち、オレは問う。
「……別に嫌いという訳では」
アイルは最初からオレに気づいていた様子で、こちらを見ずにそう答えた。
「だったら、どうしてみんなと話さないんだ?」
「特に話す必要を感じないだけです」
「だが、仲間だ。仲間とのコミュニケーションは重要だぞ。仲間は、戦場で最も頼りになる存在だ」
「戦場で最も頼りになるのは、自分自身です。……もう、いいですか」
アイルがベンチから立ち上がる。
……小さいな。オレの胸くらいしか身長がない。
「……何か文句でも?」
アイルが僅かに目を細め、氷のような瞳でこちらを見てくるので、オレは「いや」と頭を振りつつ、右手を差し出した。
「ゼクス・レドナットだ。遊撃兵をやってる」
「……アイル・リル・ディ・サンダルフォン」
オレの握手には応じず、アイルは小さくそう呟いた。
「帰る前に、一杯どうだ」
名前だけ口にしてアイルが立ち去ろうとしたので、呼び止めると、
「私に関わらないでください」
そう言い残し、アイルは歩き去っていった。
夜闇に消えゆくその背中は、とても小さかった。
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