プロローグ
お待たせしました。
本日より二章開幕です。
「あぁーっ! また負けたニャあ――!」
ピーアの嘆き声が人気のない休憩室に響く。
オレとピーアが挟む卓上には、この国では伝統的なボードゲームが展開されていた。
兵士となる幾つかの駒を駆使して互いの『王』の駒を奪い合う、簡単だが奥深いゲームだ。
「これでオレの十連勝だな。さて、仕事に戻るぞ」
駒を片付けようとしたオレの袖をピーアが引っ張る。
「もっかい、もっかいニャあ!」
「休憩はもう仕舞いだ。ガウェインに見つかったらガミガミ言われるぞ」
「ガウェインなんてどうでもいいニャ! もっかい勝負なのニャー!」
手足をバタバタさせ、駄駄を捏ねるピーア。
まったく……仕方ないヤツだ。
先月の事件――スタンピードの一件以降、ピーアは以前よりもオレに懐いてくるようになった。
で、こうしてしょっちゅう遊びを持ちかけてくるのだ。
「まったく……あと一回だけだからな」
「分かってるニャ。さ、始めるニャ!」
と、こんな風にしてピーアと遊んでいるのを、たまに休憩室に入ってくる他の団員達は総じて生暖かい眼差しで見ては、そそくさと出て行ってしまう。
なんだか変な誤解をされている気もするが……まあいい。
ピーアも別段気にしていないようだしな。
「ほれ、チェックメイトだ」
「ニャニャ!? う、嘘ニャあ!」
「嘘じゃない。どうするピーア、まだ続けるか?」
「うぅ……降参ニャ……」
がくり、とうなだれるピーア。同時に猫耳も力なく倒れた。
休憩時間を過ぎているから早く終わらせるべく本気を出したのだが、少し大人気なかったかもな。
「やっぱりゼクスは強いニャあ……」
「ま、ゲームは割と得意だからな」
その時、休憩室の扉が勢いよく開かれた。
「あぁーっ、やっぱりここにいた!」
肩を怒らせながら入ってきたのは、レベッカ。
こっちに来る彼女を見て、ピーアが小さく舌打ちした。
「二人とも、またゲームなんかして! 休憩時間はとっくに過ぎてますよ!」
腰に手を当ててぷりぷりと怒るレベッカ。怒っていても可愛いな。
「悪いレベッカ。今ちょうど仕事に戻るところだったんだ」
「本当ですか? それならまぁ、いいんですけど……」
と、レベッカがピーアにキッと目を向けた。
「ピーアさん、あなたがゼクスさんを誑か……誘ったんですね?」
「なんのことかさっぱり分かんないニャー」
頭の後ろで手を組んでそっぽを向き、口笛を吹くピーア。
レベッカは笑顔のまま、ぴき、と青筋を立てた。
「ピーアさん……少しなら目を瞑りますが、これ以上の抜け駆けは許しませんよ?」
「ふん。別にレベッカの許しなんていらないニャ」
なんだ? 二人の間に険悪な雰囲気が漂ってるような……。
「……まぁ、今はそれはいいです」
レベッカが小さく息を吐き、切り替えるように笑みを浮かべた。
「お二人とも、団長からの号令です。本部前に集合して下さい」
「本部前? 何かあったのか?」
「はい、実はですね――」
「あ、一番隊が帰ってきたのニャ?」
レベッカの言葉を遮るようにピーアが言い、レベッカが「むぅ……」と口を尖らせながら頷いた。
「はい。とある調査に出ていた一番隊が先程アヴァロニアに帰還したので、みんなでお出迎えしようかと」
なるほど。
アヴァロニア騎士団一番隊、か。
本部で働いている騎士団員は50名ほど。その他は各地に出張している。
一番隊もその一部だろう。
「分かった。ピーア、行くぞ」
「りょーかいニャ!」
立ち上がったオレの背中にピーアが飛び乗ってくる。
それを見たレベッカが「ぐぐぐ……!」と唇を噛み、ピーアが「あかんべー」している。
なんだこいつら……意外と仲が悪いのか?
まぁだが、互いに嫌い合っているわけではなさそうだし、放っておくか。
本部前には本部勤めの団員の大半が集まっていた。
いないのは、パトロールなどで外に出ている連中くらい。
「ようゼクス、またピーアと遊んでたのか?」
オレとピーアに気づいたジェフが近づいてきて話しかけてくる。
「まぁな。ジェフ、一番隊ってどんな連中なんだ?」
「あん? 何言って……ってそうか、お前はまだ入って一ヶ月だったな。知らなくても無理はねえか」
納得するように頷き、ジェフが一番隊について説明してくれる。
「アヴァロニア騎士団一番隊ってのはな、騎士団最強の部隊だ。構成人数は15名程度と普通の小隊だが、一人一人が人外じみた強さを誇ってやがる。特にやべえのが、隊長のバレル。あいつはやばいなんてもんじゃねえ」
「そんなに強いのか?」
「あぁ。あいつはバケモンだ。……っと、どうやら着いたみたいだぜ」
ジェフの目を追うと、数台の馬車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
それらは本部の前で停止、次々と扉が開く。
「全員、敬礼!」
オレ達の前に立つオリヴィアの凜とした声が響き、全員胸に手を当てる。
すると、馬車からぞろぞろと出てきた者達も同様にアヴァロニア式の敬礼で返してきた。
彼らも当然、騎士団の制服を身にまとっている。
こいつらが一番隊……確かにツワモノ揃いだな。
どいつもこいつも、幾度となく死線をくぐり抜けた者だけが持つ、並並ならぬ雰囲気を醸している。
何人かはSランク冒険者級もいるな。
そして最後、他の連中からやや遅れて先頭の馬車から一人の男が出てきた。
ボサボサの金髪を持つそいつは紫煙を燻らせながら、ゆったりとオレ達の前に降り立つ。
「おう、お出迎えか。こいつはありがたいな」
渋い声でそう口にする男を一目見た瞬間、オレはすぐさま理解した。
(あぁ……あいつは確かにやばい)
強い。それも圧倒的に。
他も粒ぞろいだが、あの男はまるで格が違う。
そうか……一番隊が最強と呼ばれる訳だ。
男は一度、ふーっ、と紫煙を吐いた後、ゆっくりと全員を見渡した。
そしてふと、端で敬礼するオレに目を止め、ややあって、ニヤリと笑った。
「どうやら面白そうなのが入ったみてえだな」
それだけ呟くと、男は正面のオリヴィアを見、胸に手を当てた。
「――アヴァロニア騎士団一番隊隊長、バレル・マグナム。一番隊、只今無事に帰還したぜ」
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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