エピローグ
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今は忙しくて返せていませんが、必ず返信したいと思います。
「くそっ!!」
机の上に溜まった膨大な量のクエスト用紙を手でなぎ払い、頭を抱える、小太りの男。男の額には脂汗が滲み、体型はやつれて以前より細くなっている。
彼の愚行を脇で見ていたクレアは小さく嘆息した。
クレアはここ、『白亜の太陽』に務める優秀な秘書だ。
主な仕事は、たった今目の前で頭を抱えているギルマスの補佐。詳しくはスケジュール管理や来客対応、情報管理など。
であればこそ、クレアはギルドの悲惨な現状を事細かに理解していた。
現在、Sランクギルド『白亜の太陽』は窮地に陥っていた。
というのも、ここ二ヶ月の間、『白亜の太陽』からは多くの冒険者が脱退していってしまい、それによってギルドに舞い込んでくるクエストをこなしきれず、業績は悪化、信用もたちどころに失墜し始めているのだ。
加えて、職員も辞職する者が増えていき、クエスト以外の仕事も回らなくなってしまった。
このままいくと『白亜の太陽』はSランクギルドからの降格は確実、看板に泥を塗る事になってしまう。
――ま、ロクに仕事もしないギルマスらにはいい気味ね。
という私怨はひとまず置いて、今回の騒動。
その発端となった原因は、一つ。
上層部の独断による、とある職員の追放だ。
ゼクス・レドナット。
彼がいなくなったことで、全ての歯車が狂った。
まず『白亜の太陽』の看板冒険者、アリス・セントラルの脱退に始まり、その他大勢の実力派冒険者達がギルドを去っていった。今や一階の受付フロアはがらんどうと化している。
それだけでなく、残った冒険者達のクエスト達成率が三割以上も低下しているのだ。
中でもアリスが去ったSランクパーティ『光明の刃』のクエスト達成率は五割を下回っていた。
半年前では考えられなかった状況である。
こうなった理由は全て、『剣姫』アリス・セントラルがギルドを去ったから。
――と、ギルドの上層部は考えているけれど。
クレアは違った。
もちろん、アリスの働きはギルドを大きく支えていた。それは疑いようのない事実だ。
しかし、最も大きな功績を収め、ギルドの大黒柱的な存在を務めていたのは、他でもないゼクスだ。
クレアは知っている。
ゼクスという一人の職員がギルドにもたらしていた恩恵の大きさを。
彼は事務仕事といった通常の業務以外に多くの面で、陰でギルド、ひいては国をも支えていた。
具体的には、新人冒険者への指南、未開拓地域の調査、国に危機を及ぼしかねない大災害級モンスターの討伐、そして、フリーマンとして人手の足りない冒険者の手伝いなど。
ゼクスが他の手に余る仕事を一人でこなしてくれていたからこそ、『白亜の太陽』はSランクギルドなり得たのだ。
特に、未開拓地域の調査とフリーマンとしての活躍はめざましく、ゼクスが開拓した多くのルートは交通の利便性を引き上げ、国の経済を大きく活性化させた。
フリーマンとしては、積極的に冒険者達のサポートを行い、クエスト達成率を大幅に上昇させただけでなく、冒険者の育成にも貢献していた。
それは多くの冒険者や職員が知っていた事実であり、クレアもよく知っていたし、他の者達と同じように彼を信頼していた。
だが、一部の者達は例外であった。
全くと言って良いほど仕事をしないギルド上層部。
フリーマンなど不要だとタカを括っている冒険者。
特にギルマスを含めた上層部は仕事で外出ばかりしているゼクスを『怠け者』や『無能』と蔑み、果てには追放した。
その結果がこれだ。
自業自得としか言いようがない。
「くそ……どうして突然こんな事に……我々は順風満帆だったはずだ……!」
全て自分達が招いた事態にも関わらず、ギルマスはずっと周囲に原因を探している。
ゼクス以外の優秀な職員を解雇したのも、つい昨日の話だ。
「誰だ……誰のせいなんだ……!」
そうぶつぶつと呟いていたギルマスは、不意にはっと顔を上げた。
「そうか、ゼクス……あいつだ! あいつが解雇された逆恨みで『剣姫』を唆し、ギルドを潰そうとしているのだ! そうに違いない!」
……何を言っているのだろうか。
アリス・セントラルが出て行ったのは恐らく個人的な感情によるものだし、第一、ゼクスはそんな事をする人間ではない。
――自分だったら逆恨みをして復讐する、と思っているからそういう考えに至るのね。
知ってはいたが、この男はどうしようもない愚か者だ。
かつては違ったはず。
若かりし頃、大きな夢を持ってこの『白亜の太陽』を作ったはずだ。
だが、今は違う。
地位と権威を手に入れ、溺れてしまった。
この男は、道を踏み外してしまった。
「……してやる」
ギルマスは拳を机にドン! と叩きつけ、
「殺してやるっ! ゼクスめ、あの無能め、誰に逆らったのか、骨の髄まで思い知らせてやる!」
とそんな事を言い出した。
ここまでは黙っていたが、さすがにそのような行いは看過できない。
「お言葉ですが、ギルドマスター。そんな事よりも我々にはやるべきことが――」
「黙れっ!! 秘書風情が、私に口出しするなっ!」
ばしゃっ!
ギルマスは水差しを手に取り、クレアの顔面に水をかけた。
ぽた、ぽた、と水が滴る。
――あーあ……服がビショビショになっちゃったわ。
不思議と怒りは湧いてこなかった。
それよりも呆れが胸の内を占めていた。
「だが、私が手を下すわけにもいかん……どうやってあのクズを懲らしめてやろう……」
ギルマスがまだ独りで呟いている。
「『勇者』……そうだ、あの男を利用しよう。確か彼奴は『剣姫』に執心していたはずだ。それを利用してやれば……くくっ……」
くつくつと肩を震わせるギルマス。
クレアはハンカチで水を拭いつつ、窓の外に目をやった。
すると偶然、路上で『勇者』の二つ名を持つジーク・フリーがパーティメンバーに怒鳴り散らしているのが見えた。
おそらく、またクエストに失敗したのだろう。
甘いマスクと言葉で数々の女を落としてきたと噂されるジークだが、あれが彼の本性か。
今や『白亜の太陽』唯一となったSランク冒険者があれでは、もう未来はない。
潮時か、とクレアは思った。
◆
アヴァロニア王国の王都ラストンベリー、その中心、ラストンベリー城。
その一角にある豪奢な会議室に、錚々たる面子が集まっていた。
「此度のスタンピード、騎士団は大活躍だったな。よくやったぜ、オリヴィア」
ニッ、と白い歯を見せて笑う、白髪の老人。
髪を逆立て、サングラスを額に乗せたファンキーな見た目をしている彼は、アヴァロニア軍総帥、オーベック・ビッグ。
この国で最も権威のある組織の長であり、アヴァロニア史上最強と謳われる人物である。
これまで数々の偉業を成し遂げており、世界でもオーベックの名を知らぬ者は少ない。
「ありがとうございます、おじ様。この追い風に乗れるよう、今後も精進していきます」
オーベックに敬意を示す、赤髪の美女。
オリヴィア・フレイムハート。
フレイムハート侯爵家の長女であり、アヴァロニア騎士団団長。
戦場の全てを焼き尽くす、その類いまれなる強さから、ついた二つ名は『炎女帝』。
オリヴィアもまた、国内屈指の実力者である。
「……ただのマグレで粋がるんじゃない、小娘が」
ふん、と鼻を鳴らす、ブロンドヘアの偏屈な壮年。
ニコラス・グラゴリエ。
かつて史上最年少で魔法省のトップに君臨した天才魔法使い。
二つ名は『流星』。
年の頃は四十とまだ現役であり、現在アヴァロニアで最強の魔法使いである。
三人の背後にはそれぞれ、組織の二番手が控えている。
三色会議。
三つの異なる色を主とする、アヴァロニアきっての三大組織が定期的に執り行う会議である。
「して、かの不死鳥の騎士団は一体どのようにしてアンフィスバエナを退けたのかね?」
ニコラスが片眉を上げて問うてくる。
オリヴィアは自分の背後に立つ副団長のアインハードをちらりと見、それから答えた。
「機密も含まれるゆえ、詳細はお教えできません。ですが、最終的にアンフィスバエナを討伐したのはつい半月前に入団した新人です」
「新人……そいつがあの大穴をぶち空けた張本人ってわけか?」
オーベックの言葉にオリヴィアは頷く。
ニコラスが言った。
「その新人は何者だ。あの規模の大穴を生み出すほどの力を持つ人物、場合によっては危険人物に指定する必要があるだろう」
それを聞き、オリヴィアは口内で舌打ちした。
――狸親父め。
騎士団の活躍は、相対的に魔法省の権威が弱まる事を意味する。
ニコラスはそれを邪魔しようとしているのだ。
「ゼクスは……彼は真っ直ぐな男です。芯があり、正しい心を持っている。彼は必ずやこの国に有益をもたらしてくれることでしょう」
オリヴィアがそう言うと、ニコラスは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「ふん、どうかね。騎士団にはガラの悪い下賎な連中しかいないからな。どうせその新人とやらも、他国から流れてきた犯罪者なのだろう?」
その瞬間、オリヴィアは立ち上がりかけたが、後ろにいたアインハードにそっと制され、息を吐きながら背もたれに寄りかかる。
「……確かに我が騎士団には素行の悪い者もいます。かつて罪を犯してしまった者もいます。ですが、今は全員が大義の下、民を守る為に生きています」
「ふん、どうだかな。犯罪者は所詮、犯罪者だ」
ニコラスが見下したような目でそう言った。
更に言い返そうとするオリヴィアを制したのは、オーベック。
「言い争いもそこまでにしておけ。オリヴィア、あまり熱くなるんじゃねえ。ニコラス、お前も大人げないぞ」
「……すみません、おじ様」
「ふん……」
オーベックが続ける。
「それで、お前達に聞きたいことがある。今回のスタンピード……アンフィスバエナはどこからやってきたと考える?」
「当然、未開拓地域でしょう。理由は不明ですがね」
「そう、その理由が重要だ。オリヴィア、お前はどう思う?」
オリヴィアは少しの間考えをめぐらせ、それから口を開いた。
「やはり餌を求めてきたと考えるのが妥当でしょう。しかし、未開拓地域の方が獲物となるモンスターは多いという点が引っかかります」
「ふむ。儂はな、アンフィスバエナが追い立てられたのではないかと考えている」
オーベックの言葉に会議室が静まる。
ニコラスが静かに口を開いた。
「オーベック殿……それはつまり、アンフィスバエナが更に上位のモンスターから逃げてきた、という事ですかな?」
「そうだ」
オーベックが頷く。
「そう考えると辻褄が合うだろ。スタンピードの元凶はアンフィスバエナではなく、更に大いなる存在なのかもしれん」
「おじ様、ですがそれは――」
「ああ。アンフィスバエナが逃げるなど、考えにくい事だ。だからこれは予想であり、単なるジジイの妄想に過ぎん。だが、世界で少しずつ変化が起きて始めているのもまた事実」
オーベックが真剣な面差しで言った。
「気を抜くなよ、皆の衆。影はすぐそこまで来ているかもしれん」
城を出ると、空は夕暮れに染まっていた。
「お疲れ様です、団長」
「あぁ、お前もな」
アインハードから水を受け取り、喉を潤す。
「さっきは助かった。思わずニコラスに飛びかかるところだった」
と笑いかけると、アインハードは苦笑した。
「ほんとうですよ。ヒヤヒヤさせないでください」
「はは、すまない。お前にはいつも助けられてばかりだな」
オリヴィアは空を見上げた。
「なぁ、アインハード」
「なんでしょう、団長」
「我々は……アヴァロニア騎士団は、どこまでいけるだろうか」
すると一瞬沈黙があって、
「どこまでもいけますよ。私達なら」
「ふ……そうだな。不死鳥の翼は決して折れない。お前も、とことん付き合ってくれるな?」
「付いていきますよ。ま、無茶は控えて欲しいですがね」
「はは、それは保証できないな」
歩きながら二人で談笑していると、不意に空から鳩がオリヴィアの下に降りてきた。
「伝書鳩か。なになに……」
鳩の足に括り付けられた紙を手に取る。
「誰からです?」
アインハードが問うてくる。
オリヴィアはニッ、と笑った。
「朗報だ。久々に帰ってくるぞ、あいつらが」
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