14 雷帝
遅れてすみません。体調を崩していました。感想は随時返していきたいと思います。
「アリス……よくきてくれた。助かった」
オレが言うと、アリスはぱちりとウインクしてきた。
「だが、どうやってここまで――」
その時、上空で甲高い嘶きが響き、見れば、ガルダが飛んでいた。
そうか、ガルダが連れてきてくれたのか。
「そ。あの子が私の所に飛んできてね。あとは……ライバルにも頭を下げられちゃったし」
アリスがどこか複雑そうな笑みを浮かべる。
ライバル? と尋ねかけたところで、再びアンフィスバエナBが迫ってくるのが見え、
「あれを使う。アリス、時間を稼いでくれ」
「……!」
オレが言うと、アリスは目を見張った。
「本気なの? あれを使ったらこの森が――」
「仲間が死ぬよりはマシだ」
腕の中で苦しそうに呻くピーアに目を落とす。
ピーアも、ガウェインも、ジェフも、マルスも、ようやくできた、信頼できる仲間なんだ。
誰一人、死なせやしない。
「仲間、ね。……分かったわ。私が時間を稼ぐ」
「頼む。二分……いや、一分後、ピーアと一緒にこの場から離れてくれ」
「了解よ」
頷き、アリスがアンフィスバエナBに立ち向かう。
「フッ、遅い! 【シャイニングアーク】!」
アリスはアンフィスバエナBの猛進をひらりとかわし、目にも留まらぬ速さで光り輝く剣を振るった。
宙に描かれた光の弧が、アンフィスバエナBの身体を縦横無尽に切り刻む。
あれは剣技と光属性魔法の混合技、【シャイニングアーク】。アリスの最も得意とする攻撃技で、神速の斬撃が相手を一瞬にして切り刻む。
その速度は、オレの【雷撃】よりも上。
アリスはそれ以外の技も速度に秀でたものが多く、アリスは完全にスピードタイプといえる。
つまり、速度のあるアンフィスバエナに対するアリスの相性は良好。
あいつになら安心して任せられる。
戦うアリスを尻目に走って移動、アンフィスバエナの目が届かない大木の陰にぐったりとした様子のピーアを横たえた。
「ピーア。すぐに終わらせるからな」
オレは木から少し離れたところに立ち、背筋を伸ばす。
深呼吸。
ゆっくりと目を閉じ、胸に右手を当てる。
感じる。
熱い心臓の鼓動を。
冷たい魔力の波動を。
だが、足りない。
もっとだ。
もっと深く潜れ。自分の奥へ。
……見えてきた。
己の深層、根底。
その更に奥で眠る、力。魔力。
静かにたゆたうそれは、信じられない程に強大で、恐ろしい程にどす黒い。
まるで宵の下の大海。
それを塞ぐ、決して外してはならない蓋を、ほんの少し、ほんの少しだけ、外す。
ゆっくりと漏れだす、魔力。
それは煙のように立ち上り、上へ。
深層から、上へ。
オレの肉体へ。
「――ッ」
目を開ける。
空が――どす黒くなっていた。
否、暗雲で覆われていた。
吹き荒れる風。
ざわめく森。
オレの身体を渦巻くは、どす黒い魔力。
(……ああ……)
久しぶりだ、この感触。
腹の底から力がとめどなく溢れてくる。
「――ゼクスッ!」
聞こえてくる、アリスの声。
遠くから、こっちに向かってくるアリスと、それを追う傷だらけのアンフィスバエナBが見えた。
オレはアリスとアイコンタクトを交わすと、すれ違うようにスイッチ。
アリスがピーアを抱えて走り、オレはアンフィスバエナBを引きつけながらアリスとは違う方向へ駆ける。
向かうはそう、ガウェインのもと。
アンフィスバエナBの執拗な突進や噛みつきを適当にいなしつつ走っていると、アンフィスバエナAと互角の戦いを繰り広げているガウェインを発見。
ガウェインは向かってくるオレに気づいたようで、やや焦ったような声を上げる。
「馬鹿ッ、そいつをこっちに連れてくるな!」
焦るガウェイン。
その一瞬の隙を突いて襲いかかるアンフィスバエナA。
オレは身を屈めた。
「【ハイヴォルテージ】」
瞬間、オレの肉体に雷が宿った。
地を蹴る。
走る稲妻。
「し、っ!」
オレはガウェインを喰おうとしているアンフィスバエナAの土手っ腹に蹴りを叩き込んだ。
鈍い音、浮き上がる巨体。
重さ数百トンはくだらない巨体が地面に叩きつけられ、大地が揺れた。
「なっ……貴様、今何を……いやそれより、なんだその魔力は……!」
ガウェインがオレを見て瞠目する。
オレはそれには答えず、口早に言った。
「ピーアが毒を受けた。これから大技を放つ。今すぐこの場から離れろ。できるだけ遠くに」
「大技だと? そんなものがあるならどうして初めから使わなかった」
「使えなかったんだ。頼む、オレを信じてくれ」
説明の時間も惜しい、というオレの意図が通じたのか、ガウェインは舌打ちしつつも剣を収めた。
「……失敗すれば二度目はないぞ」
そう言い残し、ガウェインは去っていった。
「よし……これで存分にやれるな」
オレは左右からこちらを睥睨している二頭のアンフィスバエナを交互に見た。
どちらも、ガウェインとアリスの奮闘のお陰で大分消耗しているようだ。
(よくやった、二人とも)
右手に膨大な魔力を集中させる。
「あとはオレに任せろ」
途端、徐々に大気が震えだした。
『『ヴィジャアアアア!!』』
本能で危険を察知したのか、二頭が同時にオレに襲いかかってきた。
オレは豪速で突っ込んでくる二頭を僅かな動きでかわす。
その間にも右手の魔力はどんどん膨れ上がっていく。
『『ヴィジャアアアアアアアアア!!』』
二頭のアンフィスバエナが口を開き、オレを食らわんと左右から挟み撃ちにしてきた。
オレは両足に魔力を込める。
「ふ、っ!」
深くしゃがみ、真上に跳躍。
すんでのところで挟撃を回避し、それだけでなく、両足にかなりの魔力を込めたことで、オレは一瞬にして上空までやってきていた。
眼下に広がる、森のパノラマ。
その中央から、驚異的な筋力を用いて二頭のアンフィスバエナが迫ってくる。上空にいるオレを喰うために。
二頭の大蛇がその規格外の顎門を限界まで開いて天に上がってくる姿は、まるで地獄の聖書にでも出てきそうな光景だ。
「こいよ、稲妻」
オレは右手を引き絞った。
突如、天蓋を埋め尽くす暗雲からバチバチと紫電が迸り、それは加速度的に紫電を蓄積、やがて空全体を包む激しいスパークへと変わる。
「――第十階梯魔法【雷神の鉄槌】」
右手を振り下ろす。
刹那、それは音を置き去りにした。
◆
信じがたい光景だった。
空から降り注いだそれは、500メートルを超える巨体のアンフィスバエナを飲み込み、森の木々を飲み込み、大地をも飲み込んだ。
そして――
全てが終わり、空が先程までが嘘のように晴れた時、そこには信じられないほど大きく、深い穴が空いていた。
「なん、だ……これは……」
ガウェインは木に手をつきながら、呆然とそこに空いた穴を眺めていた。
深い。
底が、まるで見えない。
先刻、ゼクスが「大技を使う」と言った時は、半信半疑ながらも身体に纏う底なしの魔力を感じ取ったゆえに頷いたが、まさかここまでとは。
直接目にしても尚、信じがたい技だった。
――何者だ、あの男は。
自分はこれまで多くの猛者とあいまみえてきたが、まるで格が違う。
この国、いや世界でも屈指の化け物だ。
なぜ今の今まで表舞台に出ていなかったのかが不思議でならない。
――あの男の実力は団長と同等、ともすれば団長よりも――
驚きのあまり、ただ愕然としているガウェインの元に、誰かが近づいてきた。
「相変わらず規格外ね」
横を見れば、そこには穴を観察している一人の少女がいた。
その金髪金眼の美しい容姿には見覚えがある。
「貴殿は……Sランク冒険者のアリス・セントラルか?」
「えぇそうよ。あの子、あなたの仲間でしょ?」
アリスの指差す先、木陰で横たわるピーアがいた。
「ピーア!」
ガウェインは駆け寄り、ピーアの容体を確認する。
毒が全身に回っているようで、かなり危険な状態である事が分かる。
「一応、持っていた解毒剤を与えておいたわ。それでも危険な状態なことには変わりないから、早急にラストンベリーに帰らないと」
「そうか……感謝する」
「別にいいわよ。あの子と……ゼクスにも頼まれた事だしね」
「ゼクス……あいつの事を知っているのか?」
「ええ。ゼクスにはパンゲアのギルドで世話になったから。少なくともどこかの国の騎士団のピンク頭よりは、彼の事を知っていると思っていいわ」
ピンク頭……? とガウェインは一瞬首を傾げたが、すぐに気になった事を尋ねる。
「あいつは一体何者なんだ?」
「何者、ね。そっか、あなたたちはまだ知らないんだ」
でも、聞いた事くらいはあるんじゃない? とアリスは言った。
ガウェインは眉をひそめ、それから目の前に空いた大穴を見て、ハッと顔を上げる。
「……聞いた事がある。パンゲア王国には、紫電を自在に操り、数々の大災害級モンスターをたった一人で討伐した最強の魔法使いがいると。そう、確かこう呼ばれていた――」
空から雷鳥に乗ってこちらに向かってくる黒髪の青年を眺めながら、ガウェインは呟いた。
「雷帝、と」
◆
あの後――アンフィスバエナを討伐した後、オレ達はガルダに乗って帰還、直ちにピーアに治療を施した。
幸い、毒を受けてそこまで時間が経っていない事、アリスが解毒剤を与えてくれた事で大事には至らず、ピーアはすぐに目を覚ました。
ホッと安堵したオレ達を待っていたのは、ラストンベリーに住む者達からの惜しみない感謝、賞賛だった。
アヴァロニア騎士団が中心となってスタンピードを乗り切った事は王都民の間にも広がり、騎士団は一躍街のヒーローとなった。
長年落ちぶれ、蔑まれ続けてきた騎士団は、今一度、日の目を浴びる事になったのだった。
そんなこんなで日暮れまで騎士団総出で後処理対応に追われ、夜。
騎士団の傍の酒場『鮮烈亭』にて、宴が行われていた。
騎士団員達によるどんちゃん騒ぎだ。
酒場はもちろん貸切。
しかも飯代は団長、オリヴィアの奢り。気前がいい事で。
「お前達、今回はほんとうによくやった! どんどん飲め! 飲まないヤツに金は払わん!」
『うおぉーっ!』
という感じで、訳わかんないくらいの大騒ぎだ。
もう乾杯とか、百回くらいやってるからな。
楽しいから別に良いが。
「ねーゼクスぅー、全然飲んでなくなーい?」
横に座るアリスが酔ってだる絡みをしてくる。
「いや、飲んでるだろ」
「全然足りなぁい!」
「がぼっ!?」
アリスが無理やり自分のグラスをオレの口に突っ込んでくる。
アリスも功労者なので呼んでやったのだが、やはり間違いだった。
と、正面でオレとアリスのやりとりを睨んでいたレベッカが立ち上がる。
「ちょっとアリスさん! やめてください! ゼクスさんが嫌がってるじゃありませんか!」
「あぁん? なによあんた、私とゼクスの仲に文句あるわけ? あ、羨ましいんでしょー、私とゼクスがイチャイチャしてるのが!」
「ち、違います! 別に羨んでなんかいません! ゼクスさんが嫌がってるって言ってるんです!」
レベッカも酔っているらしく、だんだんとヒートアップしてきた。
するとそれを見ていた他の連中が、
「おっ、喧嘩か!?」
「やれやれー!」
「がんばれレベッカちゃん!」
「『剣姫』に勝っちまえ!」
などと無責任な事を言っている。
「レベッカ、これで勝負よ!」
アリスがジョッキを掲げた。
「望むところです! アリスさんには負けません!」
なぜかレベッカも乗り気だし。
そろそろ止めておくか。
「おい二人とも。さすがにやめておけ――」
「「ゼクス「さん」は黙ってて!」」
……ダメだ、完全に二人とも出来上がってる。
オレは立ち上がってカウンター席に移動し、一人酒を呷る。
すると、隣にオリヴィアがやってきた。
「やぁゼクス、楽しんでるか?」
「まぁな。ちと行き過ぎな気もするが」
「はは、それを含めてのアヴァロニア騎士団さ」
酒をぐびぐびと飲むオリヴィアは部下達のどんちゃん騒ぎを眺めつつ、呟いた。
「こんなに楽しい宴は久しぶりだ。ゼクスのお陰だよ、ありがとう」
「オレだけじゃない。今回は全員のお陰だ」
「ああ。それでも、ゼクスの功績は大きい。森を半径一キロほど消しとばしたのが帳消しになるくらいにはな」
「……それは悪かった」
オレが謝るとオリヴィアは笑い、それからやや真面目な顔になって、
「ゼクス……これからもよろしく頼む。これからの騎士団にはお前が必要だ」
「……おう」
礼を言うのはオレの方だ。
これまで、オレには仲間と呼べる存在はいなかった。
慕ってくれる人はそれなりにいたが、気兼ねなく接し合える対等な関係の人間はアリス以外にほとんどいなかった。
騎士団の連中は、うるさい上に血の気も多いし、クセのあるヤツも多いが、全員が仲間思いで、全員が対等だ。
彼らといると、大抵の悩み事はちっぽけな事のように思える。
ギルドをクビにされた辛さも、苦しみも、すっかり忘れてしまえるくらいに。
もう他人の為に生きるのなんてやめようと思っていたが……
こいつらの為なら、それも悪くない。
「ゼクス、こっちこいよ! ガウェインが飲もうってよ!」
「おいジェフ、俺はそんな事言っていない!」
ジェフに呼ばれ、オレは立ち上がる。
アヴァロニア騎士団。
ここがオレの新たな居場所なんだ。
これから先、どんな事があっても、共に歩んでいこう。
この仲間達とともに。
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
そう思っていただけた方は、下の☆☆☆☆☆ で高評価をしていただけると、大変励みになります。
もしよければブクマや感想もいただけると、とても嬉しいです。
次回、一章エピローグとなります。




