13 元凶
次で一章ラストとなります。
※追記7/16
体調不良の為休んでいました。
楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありませんが、次回の更新は7/17となります。
いただいた感想は全て読ませていただいています、大変励みになっております。随時返信していきたいと思っております。
二頭のモンスターをジェフとマルスに任せ、オレ達三人は森を奥へと疾駆する。
「!」
今聞こえた遠吠えは……。
「ジェフだ。ヤツは人狼族、戦闘になると人狼の姿に変身する。人狼化は、戦闘力が飛躍的に向上する代わりに理性が薄れる。だからヤツは俺達を先に行かせたのだ」
隣を走るガウィエンが前を向いたまま答える。
なるほど。
「崖ニャ」
ピーアが前方を指差して言う。
正面には高さ三メートルほどの苔むした崖があった。
気配がかなり近づいている。
あの向こうに元凶のモンスターが。
「……?」
だが、妙だな。
これは単なる勘だが、誰かに見られている感覚がする。
念の為、【感知】の範囲を拡大してみるか。
……やはり何もいない。
気のせいか。
…………待てよ。
この感じ。
そうか……あれか。
あれがそうなのか。
道理で【感知】でも捉え切れない訳だ。
「止まれ」
すると二人が足を止め、
「ニャ? ゼクス、どうしたのニャ?」
「なんだ平民。敵襲か?」
「いい加減名前で呼べ。……気をつけろ。どうやらオレ達は既に、ヤツのテリトリーに入っていたらしい」
「何?」
その時だった。
正面にそびえる壁が、ずず、と動いた。
「なっ……崖が動いただと!?」
「い、一体何が起こってるニャあ!?」
「周りを見てみろ」
二人が首を振る。
周囲の木々の向こうには前方と同様の崖があり、ここら一帯を輪を描くようにして大きく囲んでいた。
崖は木々を薙ぎ倒し、地鳴りを響かせながら、ゆっくりと、滑らかに動いている。
否、それは崖などではなく――
ズ、ズズッ……。
苔むした壁は、胴体。それはオレ達を囲むようにとぐろを巻いていた。
そして――
「! 後ろだ!」
背後には、オレ達を見下ろすそいつがいた。
巨大な三角頭。琥珀色の有鱗目。チロチロと揺れる舌。苔色の鱗。
その姿はすなわち、
「馬鹿でかい、蛇だと……っ!」
首をもたげ、オレ達を睥睨するそいつを見て、ガウェインが驚愕の声を漏らす。
サイズは大きいなんてものじゃない。
胴体の太さは直径三メートルを優に超えており、全長500メートルはくだらないだろう。
弩級。そう呼ぶのが相応しい。
オレ達は知らず知らずのうちに、この怪物のテリトリーに足を踏み入れていたんだ。
そう、こいつの名は――
「アンフィスバエナ……!」
オレの言葉を聞き、二人の表情が驚愕に染まった。
『――ヴィジャアアアアアアアアアアア!!』
耳をつんざく咆哮が轟く。
アンフィスバエナ。
伝説上に存在する、信じがたいほど巨大な蛇のモンスター。
酸の息を吐き、その規格外の顎でどんな獲物も丸呑みにする。
その危険レベルは――60。
危険レベル50を超えるモンスターは大災害級とも呼ばれ、一国が危機に晒されるほどの危険性を誇る。
「アンフィスバエナ……嘘ニャ……こ、これは夢ニャあ……!」
ピーアが顔を真っ青にして後ずさる。
彼女が絶望するのも無理はない。
今、オレ達の目の前にいるアンフィスバエナは、人類が踏破していない場所――未開拓地域にしか存在しないと言われている。
未開拓地域。
世界の半分を占める、人類が未だ踏破していない地。
オレ達人類が住む地域を人間界と称するならば、未開拓地域はモンスターの世界。
凶暴なモンスターが跋扈する、世界で一番危険な場所。
アンフィスバエナは――そんな場所からこの森にやってきたのだ。
なぜ?
どうやって?
次々と疑問が浮かぶが、それを考えている暇はない。
今はとにかく、ヤツを倒す。
それができなければ、きっと何万、何十万という人間やモンスターが犠牲になる。
「ピーア、うろたえるなッ!」
ガウェインが戦意喪失しているピーアを叱咤する。
「我々はアヴァロニア騎士団だ! どんな怪物が相手だろうと臆する事は許さんッ!」
「そ、そんな事言ったって、あたしはガウェインやゼクスと違って直接的な戦闘力は高くないのニャ! あんなのと戦ったら確実にお陀仏ニャ! あたしは離脱するニャー!」
「おい、どこに行く気だ!」
一人で逃げようとするピーア。
オレはハッとして叫んだ。
「待てピーア! そっちは――」
ピーアが向かったのは、アンフィスバエナの胴体の方。
アンフィスバエナは途轍もない巨体の持ち主。
よって顔から離れれば、逃げる事は容易い。
――というのは、間違っている。
なぜなら。
アンフィスバエナは又の名を、双頭の蛇。
頭と尻尾、合わせて二つの頭部を持ち合わせているのだから。
『キシャアアアアアア!!』
「ニャ――!?」
逃走経路にもう一体のアンフィスバエナ(正確には二つ目の頭部)が現れ、ピーアが飛び上がる。
オレは叫んだ。
「ピーア、戻れ!」
「ニャニャニャ――!」
Uターンをし、全力疾走で戻ってくるピーア。
正直に言ってこの状況、斥候のピーアでは足手まといだ。
ほんとうならすぐにでも逃してやりたいが……
このとぐろの中に入った以上、逃げ道はない。
「はぁはぁ……なんでこんな目に遭うのニャ……」
肩で息をしているピーアを尻目に、ガウェインは片手用長剣と盾を構えた。
「貴様ら、腹をくくれ。こいつらを倒さねば、ジェフとマルスの努力も、他の団員達の奮闘も水の泡だ。こいつらはここで必ず討伐する。いいな?」
「ああ」
「ニャあ……分かったニャ」
ピーアも覚悟を決めたようで、額に汗を滲ませながら短剣を抜く。
「平民……ゼクス」
ガウェインがこちらを見ずにオレの名を呼んだ。
「貴様とピーアで一体をやれ。もう一体は俺がやる」
「……いいのか?」
「ふん、舐めるな。あんな蛇、俺の敵ではない」
「ゼクス、大丈夫ニャ。ガウェインは強いニャ」
ピーアにも言われ、オレは頷く。
そしてピーアとともに後ろのアンフィスバエナ――アンフィスバエナBを見据えた。
その時、アンフィスバエナBが息を吸い込んだ。
「! 酸のブレスがくるぞ!」
「ニャニャ!」
――ブシュュゥゥゥゥゥゥゥゥ!
アンフィスバエナBの口から噴射される、白い霧。
オレとピーアは地面を蹴り、ギリギリでそれをかわした。
――じゅうぅぅぅぅぅ……!
草木と地面を一瞬で溶かしていく様を目にし、ピーアが喉奥から悲鳴を漏らす。
「あんなの喰らったらひとたまりもないニャ!」
「ピーア、敵を引きつけてくれ!」
オレは【強化】を用いて距離を取りつつ、右手に魔力を集中させていく。
「わ、分かったニャ! 【疾風脚】!」
ピーアの足元に風が巻き起こり、ピーアの動きが目に見えて速くなる。
あれは風属性の第四階梯魔法、【疾風脚】。
風を脚に纏い、移動速度を上昇させる中位魔法だ。
慣れないと扱いづらいと聞いた事があるが、ピーアは生まれ持っての身体能力もあってか、うまく使いこなしてブレスを危なげなく避けていた。いい動きだ。
「――喰らえ、【雷撃】」
右手を振り下ろす。
瞬間、アンフィスバエナBの頭上で紫電がスパークし、轟音とともにアンフィスバエナBへ降り注いだ。
第七階梯魔法、【雷撃】。
何もない中空から落雷を発生させる上位魔法で、そのスピードはオレが扱える魔法のなかでも最速に近い。
だが、
「ッ!」
紫電が三角頭を撃ち抜く寸前、アンフィスバエナは目にも止まらぬ速さで横に動いた。
紫電は空振りし、地面を穿つ。
あのスピードであの動き。なんて筋肉量だ。
「ニャニャ! ゼクス、そっちを向いたニャあ!」
アンフィスバエナBの口がオレを向き、
――ブシュュゥゥゥゥゥゥゥ!
転ばないよう気をつけながら斜めに走ってブレスを避けつつ、オレはもう一発【雷撃】を放つ。
轟音、落雷。
アンフィスバエナBの姿が横にぶれ、掠りもせず地面に落ちた。
当たらない、か。
相手も同じ事を感じたのか、アンフィスバエナBはブレスをやめた。
オレはちらとガウェインの方を見る。
ガウェインはブレスを最小限の動きで避けつつ、徐々に距離を詰めて攻撃の機会を伺っていた。
かなり実戦慣れしている動きだ。あれなら心配はなさそうだな。
「! ピーア、くるぞ!」
アンフィスバエナBが、ぐぐ、と身を縮め、直後。
ギュン! と目にも留まらぬ速度で突進を開始した。狙いは、ピーア。
「えっ?」
大きく開かれた顎門。
その奈落の底のような口にピーアが飲み込まれる寸前、
「【ハイヴォルテージ】」
オレは自らに紫電を撃って電撃をまとう。
全身に痛みが走るが、構わず地面を蹴りつけた。
瞬間、オレはアンフィスバエナBの動きが止まって見えるほどの速さで走る。
まるで空を駆ける稲妻。
そして間一髪、ピーアを死神の手から攫った。
そのままアンフィスバエナBから死角となる岩の陰にいき、ピーアを下ろす。
「今のは危なかったな。平気か?」
「いたた……ちょっと首を捻ったけど、問題ないニャ。いやー、ギリギリだったニャ。助かっ、た、ニャ……」
オレの腕のなかで首を抑えていたピーアは、ふと至近距離にあるオレの顔を見て目を丸くした。
「ニャニャ……ゼクス、ちちち近いニャ!」
なぜか顔を赤くして暴れだすピーア。
だが、事態はそれどころではなかった。
「ピーア、その腕……!」
「ニャ?」
見ると、ピーアの腕には小さな傷があった。
おそらくアンフィスバエナBの牙が掠ったんだ。
まずい。
アンフィスバエナの牙には毒がある。
即死級の毒ではないのが不幸中の幸いだが、早急に手当てしなければ命に関わる。
「う……なんか手足が痺れてきたニャ……」
くそ、もう効いてきたのか。
この状況……割とまずいな。
ピーアを守りながら速攻でアンフィスバエナを倒し、それからすぐに帰還しなければ。
だがそうは言っても簡単にはいくまい。
なんせ相手は未開拓地域からやってきた大災害級のモンスター。
強さも速さもタフさも、並みのモンスターとは段違いだ。
「ゼ、ゼクス……う、後ろ……」
「ッ!」
咄嗟にピーアを抱えたまま横に飛ぶ。
すると僅かに遅れて、今オレ達がいた空間をアンフィスバエナBがバクリと食べた。
(そうか、ピット器官……!)
蛇が持つ体温を感知する能力。
それで隠れていても獲物を見つけだせるんだ。
厄介極まりない。
「ピーア、揺れるぞっ」
「うぁ……」
【強化】を使い、走ってその場を移動する。
当然、アンフィスバエナが木々の隙間を縫って猛スピードで追ってきた。
オレは頭を巡らせる。
どうする。
時間はかけられない。
早急にヤツを倒さなければ、ピーアが死ぬ。
「うぅ……あたしのせいニャ……あたしが足を引っ張るからこんなことに……」
「違う。ピーアのせいじゃない。お前を守れなかったオレが悪い」
「ぐすっ……ゼクス……ごめんニャ……」
「ピーア……」
くそ。また女の子を泣かせちまった。
……仕方ない。
外すか。
この森がなくなる可能性があるが、背に腹はかえられない。
とはいえ、あれには少し時間がかかる。
何か手は……。
と思案している、その時だった。
「【ホーリースラッシュ】」
頭上で凛とした声が響き、閃光が瞬いた。
直後、空から光の斬撃が飛来、アンフィスバエナBの片目を切り裂いた。
『ヴィジャァァッ!?』
アンフィスバエナBが動きを止め、どんどん距離が開いていく。
と、進行方向にすた、と一人の人物が降り立った。
オレは思わず足を止める。
「……随分遅かったな」
嘆息するオレを見て、その人物――アリスはにこりと笑みを浮かべた。
「ギリギリ間に合ったわね。ゼクス」
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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