11 スタンピード
一章は残り数話となります。
※7/11追記 ストックが限界を迎えたので以降は週に一度休みを挟ませていただきますが、ご容赦ください。
その朝、ラストンベリー中に激しい鐘の音が鳴り響いた。
それは、緊急事態を意味する警鐘。
間もなく伝令役の団員が騎士団の寮に飛び込んできて、その意味を叫んだ。
「――スタンピードだ!!」
訓練場はいつになく緊迫した空気が張り詰めていた。
集まった騎士団員達の表情はどれも硬く、いつものふざけた様子は微塵も感じられない。
(まさか……もう来るとは)
スタンピード。
モンスターの大移動が起きるのは予想されていた事だが、こうも直近に発生するのは予想外だった。
とはいえ、アリスの情報提供のお陰で完全に無策という訳ではない。
「全員集まったな」
オリヴィアは訓練場を見渡すと、厳かな声で言った。
「これより、ラストンベリー迎撃作戦を始める。突然の事で混乱している者も多いと思うが、話を聴きながら気持ちを整理してくれ」
緊張した面持ちの団員達にそう伝えながら、オリヴィアは作戦について話し始めた。
要約すると、アヴァロニア騎士団の役目は最前線で戦いながら北の森に突入し、元凶を叩くこと。
元凶とは、スタンピードの原因となるモンスター。
圧倒的捕食者の存在がモンスター達に極限の恐怖を与え、スタンピードを引き起こす。
まだその正体は掴めないが、そいつを叩く以外にスタンピードを収束させる方法はない。
正確には、モンスター達が移動しきればスタンピードは終わりを迎えるが、それだとラストンベリーに被害が出る可能性が高い上、元凶のモンスターが生存したままになり、非常に危険だ。
つまり、元凶を叩く以外、スタンピードを凌ぐ方法はない。
「討ち漏らしは軍が掃討してくれる。移動してくるモンスター達を他の場所に誘導する役割は魔法省が担う。我々の役割は、ただ元凶を目指す事だ」
作戦の話が終わり。
訓練場は……静まり返っていた。
当然だろう。
なぜなら、騎士団が最も危険な役目を担うことは火を見るよりも明らかだから。
恐らくこの作戦はオリヴィアが他の二勢力――軍と魔法省と話し合った結果で、もはや変える事はできないはずだ。
だが、それでも……
これほどまでに低いのか。
今のこの国における、騎士団の権威は。
「皆の心情は分かる。私とて同じ気持ちだ。かつて不死鳥の騎士団と呼ばれ、畏怖されていたアヴァロニア騎士団も、今やこのザマだ。三つ巴などと呼ばれていながら、与えられる任務は誰もがやりたがらない危険なものばかり。私も常々思っているよ。いい加減にしろ、と」
オリヴィアの声が訓練場に響く。
「しかしだからこそ、我々はこの作戦をやり遂げねばならない。これは絶好の機会だ。必ずや任務を遂行し、無能な連中に分からせてやるんだ。どいつらがこの国で最も強いのかを。そして、不死鳥が再び蘇った事を」
オリヴィアの言葉を聞き、団員達の表情が変わっていく。
目には闘志が漲り、吐く呼気は猛っている。
騎士団の連中の半分は、元々荒くれ者ばかり。
馬鹿にされ、無下にされている現状に不満を抱えていた者は多いだろう。
オリヴィアの言葉はあっという間に全員の心を焚きつけた。
やはりというべきか、オリヴィアには人の上に立つ才がある。
「そして忘れるな。アヴァロニア騎士団の剣は、護りの剣だ。お前達の後ろには何十万という民がいる。彼らの為に力を振るえ。我々はいつの日も大義の下にいる。何としてでも皆を守れ。それ以外は何も考えるな」
オリヴィアが胸に手を当て、すう、と息を吸い込んだ。
「――我らはアヴァロニア騎士団! 必ず全てを護りきれ!!」
『おぉっ!!』
地に落ちた不死鳥が、今、産声を上げる。
副団長のアインハードを中心にほとんどの団員はスタンピードが起きた北の森に向かい、訓練場には五人だけが残った。
ガウェイン、ジェフ、マルス、ピーア、そしてオレ。
残った理由は、決起集会の後、オリヴィアに直接集められたから。
「お前達を残したのは外でもない。五人には、元凶を討伐する使命を与える」
なるほど。
他の団員がモンスターの軍勢を食い止めている間に現時点の最高戦力で元凶を討伐し、早期決着を狙うつもりか。
しかしオリヴィアの言葉を聞いた途端、否定的な反応したのが一名。
「待ってください、団長! まさか、この男を登用するつもりですか!?」
ガウェインがオレを指差し、抗議する。
「あぁそうだ。ゼクスの力はこの二週間でお前もよく分かっているはずだ。遊撃兵としての能力はこの国屈指、いや世界でも最高峰だろう。この局面でゼクスを外す選択肢はない」
「しかし、この平民はまだ入って二週間しか経ってない! そんなヤツに背中を預けろと!? あまり俺を見くびらないでください!」
確かに言い分は分かるが。
どうしてこいつはここまでオレを、というか平民を毛嫌いしているんだ?
「ガウェインてめぇ、いい加減にしろよ」
ジェフが青筋を立てながらガウェインの胸ぐらを掴む。
「今すべきなのは仲間割れか? ちげぇだろ。ゼクスの力は間違いなくホンモノだ。そんな事、お前ほどの剣士なら分かってんだろ」
「……ジェフ、今すぐその薄汚い手を離せ。さもなければ斬り落とす」
「てめぇ……っ!」
「そこまでにしろお前達。ガウェイン、これは団長命令だ。隊長として四人を率い、元凶のモンスターを叩け。お前が二流ではない事を私に証明してみせろ」
二流、という言葉を聞いたガウェインの顔色が変わる。
そして唇を噛み、バシッ、とジェフの手を振り払った。
「……分かりました。必ずや証明してみせます」
「それでいい」
服を整えたガウェインは、未だ厳しい眼差しでオレを見た。
「いいか平民、俺の指示に従え。逆らう事は許さん」
「分かったよ」
オレは肩をすくめる。
「貴様らもだ」
目を向けられた他の三人、ジェフとマルスとピーアは、それぞれ、
「チッ……」
「了解。でも、隊長以外は全員平民だからそこのところよろしくね」
「まぁ適当にやるニャー。あ、危なくなったら勝手に逃げるからよろしくニャ」
という反応。大丈夫かこいつら。
「よし。お前達、準備はいいな?」
オレ達の顔を見渡すオリヴィア。
「団長、俺の力の許可は?」
ジェフがそんなことを言い、オリヴィアは頷いた。
「許可する。ただし、あまりやりすぎるなよ」
「へっ。わーってるって」
という訳で、ガウェインを隊長に据えた即席部隊が出来上がった。ちなみにピーアは斥候だ。
「ゼクス、また頼めるか?」
オリヴィアの言葉に首肯し、オレは【召喚】を使う。
現れたガルダにオリヴィアとピーア以外の面々が驚いた顔をするが、説明している時間はない。
「ガルダ、スタンピードだ。北の森まで頼む」
『承知しました。向かう人達は乗ってください』
オレとピーアがすぐに背中に乗り、他の三人も戸惑いつつ跨る。
「おい貴様、押すんじゃない! 危ないだろう!」
「うるせえ! これでも詰めてんだよ!」
「はは、途中で誰か落ちたら面白いね」
……緊張感の無い奴らだ。
まぁ、それが良いところでもあるか。
「みなさんっ!」
と、不意に本部からレベッカがカゴを手に走ってきた。
「急いで作ってきました! これ、食べてください!」
レベッカが持ってきたのは、おにぎりだった。
戦の前に補給をしろって事か。
やはりレベッカは騎士団に欠かせない人物だな。
「レベッカ……ありがとう」
オレはありがたく頂戴し、おにぎりを食べる。
美味い。さすがレベッカ。
他の奴らも腹に物を入れて英気を養う。
ジェフは言わずもがな、マルスとピーア、ガウェインも。
「みなさん、ご武運を!」
栄養補給もそこそこに、地上から飛び立とうとしたガルダに向かって手を振るレベッカと目が合った。
「ゼクスさん……絶対に生きて帰ってください。じゃないと、また泣いちゃいますから」
「ああ。もう二度と泣かせはしない」
オリヴィアとレベッカに見送られ、オレ達を乗せたガルダは飛び立った。
◆
ゼクス達の出発後、アヴァロニア本部に一人の影が現れた。
「あら。一足遅かったみたいね」
その人物を見て、レベッカは目を見開いた。
「あなたは……!」
◆
相変わらずガルダのスピードは凄まじく、一時間と経たずオレ達は北の森上空にやってきた。
眼下では、森から次々とモンスター達が飛び出てきていた。地鳴りとともに平原を駆け、ラストンベリー方面へと向かっている。
これは……一刻も早く解決する必要があるな。
さもなければ、大惨事になる。
『……何か今回のスタンピードは普通とは違う雰囲気があります。みなさん、気をつけてください』
ガルダがそんな事を言い、オレ達は気を引き締め直す。
普通とは違う雰囲気、か。
言われてみれば、確かに異様な感じがする。
一体何が――
「! くるぞっ、構えろ!」
ガウェインが叫んだ直後、遠くから大量のワイバーン……ドラゴンの亜種である飛竜が飛来してきた。
彼らは先ほどのモンスター達と同様、何かから逃げているようだった。
(ワイバーンの危険レベルは30前後……この森には彼らが恐れるほどの怪物がいるっていうのか?)
飛来してくるワイバーンの大群をガルダはどうにか避けていく。
が、どうやらここまでが限界のようだ。
オレはガウェインに向かって言った。
「もう無理だ! 降りるぞ!」
「くっ……やむを得ん。総員、跳べ!」
ガウェインが飛び降り、オレ達も続く。
魔力を纏って衝撃を軽減しながら森のなかに着地。
天を仰ぐと、ワイバーンの大群の間隙を縫ってガルダが飛び去っていくところだった。
助かったぜ、ガルダ。
「全員、いるか!」
ガウェインの呼びかけにオレ達は頷く。
「ああ」
「いるぜ!」
「うん」
「いるニャあ!」
ガウェインがオレ達の顔を見渡しながら言った。
「これより元凶を叩く。斥候のピーアが先頭、その後ろにマルスとジェフ。殿は俺がやる。平民、貴様は俺の側で索敵をしろ。どうやら【感知】に自信があるようだからな。言っておくが、妙な真似はするなよ」
なんでオレだけ平民呼びなんだ。
まあいい。
「了解だ」
そして、オレ達は鬱蒼とした森の奥深くへと足を進める。
「面白かった」
「これから面白くなりそう」
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