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10 乙女の休日 2/2

「はー、凄かったなぁ」

「ね、凄かったですね! さいこーでした!」


 夕方。夕暮れに照らされた帰り道。

 レベッカとゼクスは二人で今しがた観たサーカスについて語らっていた。


「特に空中ブランコは見事だった。まさに超人技だ」

「あとモンスターの曲芸も大迫力でした!」

「あぁ、あれも良かったな。途中でモンスターが糞を漏らしたのには笑った」


 くつくつと思い出し笑いをするゼクスは、まるで少年のようで。

 普段とのギャップもあり、胸がキュンとする。


 ……やっぱり今日の自分はおかしい。

 事あるごとに心を乱されてしまう。

 普段はこんな事ないのに。

 やっぱり昨日のあれが原因だろうか。

 ゼクスと一緒にいた、あの綺麗な女性――


「ゼクス?」


 脇をすれ違った女がゼクスに気付き、話しかけてきた。

 その顔を見た瞬間、レベッカはさっきまであんなに高揚していた心が一気に冷えていくのを感じた。


「アリス。こんな所で会うなんて奇遇だな」

「まぁ、ちょっと風に当たりにね。昨日は飲みすぎたし」


 アリスと呼ばれた女はゼクスの隣にいるレベッカを一瞥し、ゼクスに問うた。


「誰? この子」

「騎士団の仲間だ。今日は街を案内してもらってたんだ」

「ふーん……」


 アリスは値踏みするような目でレベッカを見た。


「アリス・セントラル。冒険者よ」


 その名を聞き、レベッカはようやく女の正体に気づいた。

『剣姫』アリス・セントラル。

 世界でも有数のSランク冒険者で、超のつくほどの有名人だ。


「……レベッカ・コリックです。騎士団では雑務を担当しています。いつもゼクスさんにはお世話になっています」


 声が小さくなる。

 とっくに消えたと思っていたモヤモヤが再び胸に去来する。


「雑務、ねぇ」


 アリスはそう呟くと、ゼクスを見た。


「ところで、昨日は楽しかったわね」

「ん? あぁ、お前とは久しぶりだったしな」


 ゼクスがアリスの言葉に頷いた瞬間、ズキリと胸が痛む。

 苦しい。締め付けられるようだった。


「そうね。久しぶりだったから、凄く気持ちよかったわ」


 そう言ってアリスがレベッカに勝ち誇ったような目を向けてくる。


 ……は?

 一瞬、頭が真っ白になる。

 次いで、腹の底から沸々と黒い感情が湧き上がってきた。

 この感情はなんだろう。

 全然分からない。


「アリス、変な言い方をするな。……お前が死ぬほど飲ませるから、ついさっきまで二日酔いが続いてたんだぞ。少しは反省しろ」

「……分かってるわよ」


 ゼクスに文句を言われ、アリスはぶすっとした表情になった。

 そのやりとりでアリスがわざとあのような言い方をしたのだと気付き、レベッカは安堵したが、今度は純粋な怒りが湧いてきた。


 ――なんなの、このひと


 思わず睨み付けると、アリスは片眉をあげて応じてきた。


「何。文句でもあるの?」

「別にないですけど。ゼクスさん、もう行きましょう」


 アリスを見ていると、胸がモヤモヤを通り越してムカムカしてくる。

 ゼクスの手を引いて立ち去ろうとすると、アリスが二人の繋がれた手を見て苛立った表情になり、


「ふん……あなたじゃ到底不釣り合いだけれどね」

「っ……!」


 思わず足が止まる。


 そんなこと……

 そんなこと、自分が一番よく分かっている。

 だから必死に自分の想いを押しとどめているのだ。

 どうせ叶わないのなら、初めから諦めてしまえと。

 でも。

 それでも、


「あなたに何か言われる筋合いはありませんから……っ!」


 振り返り、言い返してやった。

 自分では分かっていても、誰かに偉そうに言われるのは我慢ならなかったから。


「あっそう。でも、あなたが一体何を知ってるの? どうせ危ない所を助けられたとか、そんなくだらない理由でしょ?」


 くだらない、と言われた瞬間、体が熱くなる。

 だが何も言い返せず……気づけば、涙が頰を伝っていた。


「あ……」


 アリスが一瞬、申し訳なさそうな顔をした。


 涙。

 なぜだろう。

 最後に泣いたのなんて、何年も前の話なのに。

 どうにか止めようとしても、止まらない。自分の感情を制御できない。

 ぽた、と地面が濡れる。


 でも。

 でも、これだけは言える。

 くだらなくなんてない。

 確かに、自分が知っている事なんてほんの些細な部分だろう。

 キッカケだってごくありふれたシチュエーションだった。

 これは幼い少女が絵本の中の王子様に憧れるような、そんな感情なのかもしれない。

 それでも、この胸に灯る想いは、くだらなくなんてない。絶対に。


「……おいアリス。それは初対面の人に対する態度じゃないだろう。レベッカに謝れ」


 レベッカの内心を知ってか知らずか、ゼクスがアリスに厳しい目を向ける。


「……嫌よ。絶対に謝らない」

「アリスっ」

「……ふんっ」


 アリスは顔を背け、そのまま立ち去らんとする。

 最後、アリスはレベッカの方を振り返り、


「男に守られてるような人、私は絶対認めないから」


 そう言い残し、真っ直ぐな足取りで立ち去っていった。


「……。どこかに座って休むか?」


 ゼクスが気遣うようにそう言ってくれる。

 レベッカは涙を拭い、ふるふると首を横に振った。


「ぐすっ……。いえ、大丈夫です」

「アリスが悪かったな。普段はあそこまでツンケンしていないんだが……今度きつく言っておく」

「……いいえ。それも大丈夫です」


 レベッカはゆっくりと頭を振ると、顔をあげた。


「ゼクスさん。あたし、負けませんから」


 笑みを浮かべる。

 いつの間にか、その瞳には強い意思が宿っていた。


「強くなります。誰かに守って貰わなくても平気なように。そしていつか、胸を張って「あたしが一番だ」って言えるように」

「……レベッカ……」


 ゼクスはレベッカの想いを汲み取ったのか、真剣な表情で何も言わなかったが、やがて小さく頷いた。

 レベッカは俯く。


「あの……ごめんなさい。急に泣いたりなんかして」

「いいさ。泣きたい時は泣けばいい」

「ゼクスさん……」


 これだ。

 この器の大きさが、自分だけじゃなく、皆を惹きつけて止まないのだろう。

 この人はすぐにでも騎士団にとって、国にとって、世界にとって大きな存在になるだろう。

 そして、やがて自分の手の届かない所に行ってしまうのだろう。

 彼に相応しい人になりたい。

 そう、強く思う。


「レベッカ」


 一つ提案なんだが、とゼクスが笑みを浮かべた。


「どこかで飯を食おう。美味い物を食って、美味い酒を飲む。それだけで、嫌な事なんてどこかにいっちまうぜ」

「ふふっ……そうですね。じゃ、採用で」


 レベッカも笑顔になり、ようやくいつもの調子に戻った。


「あ、だったらオススメのお店があります。『風来亭』って言って、そこのジャガイモグラタンがさいこーに絶品なんですよっ!」

「ほんとうか。それは楽しみだな」

「はいっ。あとお酒も美味しくて、特に――」


 二人の賑やかな話し声が夕暮れの通りに響く。


 ――あぁ。やっぱり、あたしはこの人の事が――


 鼓動が胸を打つ。

 その苦しさと心地よさに苛まれるレベッカの笑顔は、美しい茜色に染まっていた。




 夢のような休日が終わり、週明け。

 朝、レベッカは鼻歌を歌いながら日課の洗濯を行なっていた。


「あ、これ……ゼクスさんの……」


 手に取ったシャツを広げる。


「……」


 きょろきょろ。

 今、周囲には誰もいない。


「……」


 そーっと、シャツに顔を埋める。


「……ゼクスさんの匂い……」


 すーはー、すーはー。

 何度か深呼吸してから、ふと我に返って顔を離す。


「……ムッツリじゃないもん」


 自分に言い訳し、じゃぶじゃぶと桶でゼクスのシャツを洗いつつ、ふと天を仰ぐ。


「今日は曇りかぁ……」


 空は一面、灰色の雲に覆われていた。午後は雨だろうか。


 と、不意に騒がしい声が寮から聞こえてくる。

 また喧嘩? と思わずため息を吐きかけた時、


「――緊急事態! 緊急事態! 総員、訓練場に集合! 繰り返す、総員、直ちに訓練場に集合!」


 伝令役の団員の声が聞こえ、それにつられてドタドタと慌ただしい音が響いてきた。


「緊急事態……!?」


 思いがけぬ出来事に驚愕したレベッカは直ちに洗濯を中止、駆け足で寮の外周を回って表に出る。

 そこでは、団員達がいつになく真剣な表情で次々と本部に向かっていた。


「っ、ゼクスさん!」


 その中に黒髪の青年を見つけたレベッカは名前を叫び、振り向いたゼクスに向けて問う。


「何があったんです!?」


 ゼクスは立ち止まると、神妙な表情で答えた。


「スタンピードだ」

「面白かった」

「レベッカ、お前はムッツリだ」


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― 新着の感想 ―
[一言] タグに天然のタラシが付いてないのだが?
[一言] 続き期待しております。
[良い点] 読み応え [気になる点] 特になし [一言] 続きが気になります。 これからも頑張って下さい。
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