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トーキョー・アールピージー  作者: 松下智佳
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◆9 - 帰還と矛盾

 トラックはそのまま街を突き進み、ある建物の前で止まった。周囲の建物に比べると明らかに新しく、大隔離後に造られたものなのだろうという事がフードにも窺えた。


「フーちゃん、ちょっと待っててね」


 そう言ってミソノが車を降りた。ロゴスも荷台から降りて、二人で積み荷と死体を下ろし始める。

 ミソノ達の言によると、彼女たちはアンライフの死体を売って生計を立てているらしい。その装甲が高価であるとロゴスが話していたことから見ても、それなりの金額になるのだろう。

 そんな事を観察しながら、フードはミラー越しに二人の行動を眺めていた。


 建物の中からも人が出てきて、アンライフの運び入れを手伝い始める。その中には、フードが最初に倒した人型の怪物も含まれていた。

 ミソノによると犬型よりも遥かに高価で、しかも賞金がかかっていた個体らしい。


「賞金、私でももらえるのかな」


 フードは独り言つ。冒険者ゲーマーとやらではない自分にその資格があるのか不明だが、できればもらっておきたかった。こんな世界で無一文のままというのは、色々と心細い。


「遺体は俺が運んでおく。……お前は死亡届を出してこい」


「……うん。色々と、ありがとうロゴス」


「良いさ。これも仕事のうちだ」


 ミソノとロゴスのそんなやり取りが聞こえてきた。二人分の死体袋も、アンライフと同じように建物の中へと運ばれていった。

 それをただ、フードは空虚な気持ちで見送る。人の死がこんなにも近い世界が、日本の街中に成立している事が信じられない。しかも、自分が知らない間にそう変わってしまった。


 空白の八年間。自分の記憶以外に失われていたもう一つの要素について、フードは考える。

 大隔離とアンライフ。世界から見放された東京都と都民たち。すべての要素が都合よく綺麗に消えていた。まるで最初からそもそも記憶が無かったかのように。


「…………」


「―――お待たせ、ごめんね。ちょっと手続きに手間取っちゃって」


 突然扉を開いて、ミソノが戻ってきた。思案に夢中で気づかなかったフードは、少しだけ驚いて飛び上がる。

 何の気なしに荷台を振り向いて、ロゴスが居ないので尋ねた。


「あれ、ロゴスは?」


「ああ、彼とはここでお別れ。ロゴスはうちの社員じゃなくて、フリーランスなんだ。たまーにウチの仕事を手伝ってもらってるんだよね。今日は……新人の初仕事だったからさ」


 車内が重苦しい空気に包まれる。何か気の利いたことを言わなければとフードが口を開く前に、ミソノが苦笑した。


「ハハッ、ダメだね。辛気臭いのは。さあ、気を取り直して行こうか」


「どこに?」


「そりゃあ、決まってるじゃん。私ちゃんの家!」


 ミソノの家は、寂れた商店街の只中に在った。薄っすらと『橋本オート』という文字が読み取れる古看板の掛かった木造二階建て。大隔離以前からボロかったと思われるくらい年季の入った家だった。


「フーちゃん、シャッター上げてくれる?」


 ミソノから鍵を受け取り、フードは閉じられていたシャッターを上げる。その向こうは木製のガラス戸だった。

 ガタついたそれらを横に引いてトラックが入れるスペースを確保する。


 中はL字型の土間になっていた。障子で仕切られた一段高いスペースから居住部分らしい。中もまた、随分と古い造りだった。


 トラックを土間に入れたミソノは、手早くシャッターを下ろしてガラス戸を閉める。


「遠慮しないで上がって、上がって」


 そう言うミソノの後に続いて、フードは居住部に上がる。障子の向こうには狭い廊下があって、それを隔ててすぐに居間があった。

 ミソノが紐を引くと、蛍光灯が点滅して、薄暗い光で部屋を照らした。

 中央にどんと置かれた炬燵にそのスペースをほとんど占領された居間には、書籍を無理やりに突っ込んだ本棚や、古びた仏壇なんかが所狭しと配置されていた。


 所帯じみた他人の家に恐縮しながら、フードは正座で炬燵の前に座る。

 ミソノの方は勝手知ったる我が家といった風情で、だらしなく床に寝っ転がった。


「ふわぁー、やっと帰ってこれたぁー」


 疲労を感じさせるミソノの一言が、小さな部屋に響く。

 時計の秒針がカチカチと目立つ静かな部屋の中、何か話した方が良いのではと、沈黙に耐えられないフードは口を開いた。


「ねえ、ここって本当に貴女の家?」


 ミソノは掛け声と共に上体を起こして、炬燵の台の上に両腕を組んだ。


「うんにゃ。私ちゃんの実家は渋谷にあったんだ。今は異界化で浸食されちゃって跡形も無くなっちゃったケドねー。ここは、大隔離の後に私とお姉ちゃんの面倒を見てくれた人の家。橋本さんって言って、お母さんのお兄ちゃんの旦那さんだった人」


「えっ? えっと、伯父さんの旦那さん?」


 戸惑うフードの反応を、ミソノは可笑しそうに笑う。


「そ。オジサンの旦那さん。良い人だったんだよ。身寄りのない私たちを、血も繋がってないのに面倒見てくれてさ。でも、死んじゃった。さっきロゴスが話してた、アンライフの軍勢が押し寄せて来たって奴。それと戦うための志願兵に参加してさ。結局戻ってこなかった」


 どこか寂しそうにして、ミソノは台の上に在った楊枝入れを指で遊ぶ。

 またも藪蛇だったかと、フードは内心自分を責めた。間が悪いことこの上ない。


「……お姉さん、居たんだね」


「そうだよー。ウチのお姉ちゃん無茶苦茶強いネクストでさぁ。今は独立してフリーの冒険者(ゲーマー)やってるんだ」


「ネクストって?」


「……その話は後にしようよ。先にシャワー浴びて来なって」


 ミソノは廊下の方を指示す。


「奥の方。行けば多分わかるからさ。着替えも用意しとくね」


「……じゃあ、お言葉に甘えて。借りるね」


 わずかに残る重い雰囲気から逃げ出したくて、フードは素直に立ち上がった。

 早い歩調で居間を出て、廊下を行く。


 奥もまた、知らないはずなのにどこか懐かしい、風情のある内装だった。

 行けばすぐに分かると言われた脱衣所と浴室も、昭和の様式が残るかなり年季の入ったものだ。ただ、ミソノが綺麗好きなのか手入れは良くされていた。


 服を脱ぐ途中である違和感に気づいたが、フードは何も考えず無心のまま浴室へと入った。

 熱いシャワーを頭からかぶっている間、手持ち無沙汰になった思考は無心にはなれずに、持ち主の制御を離れて勝手に様々な推測を呼び起こす。


「……くそっ!」


 思わず、浴室の青いタイル壁に拳を打ち付けた。

 直視したくない現実が、フードの心を苛む。

 フードの衣服に付着していたのは、アンライフの白い血液だけだった。目覚めた時に確かに直視した血痕は、幻の様に体中から綺麗に無くなっている。

 まるで目覚めた直後に見た光景は、全て偽りだったとでも言う様に。


「……私は、何なんだ」


 すべての不可解は、最終的にそこへと収束していく。

 記憶をなくし、八年もの歳月を飛び越え、そして今日起きた不可解な現象は全てフードだけが観測した物だ。

 何かがおかしいとすれば、それはフード自身という結論に嫌でも行きつく。


 自身の事だというのにそれが分からないもどかしさに苛立ち、フードは歯噛みした。

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