◆7 - 喪失
車で移動する道中、"フーちゃん"こと女子高生は、目覚めてからミソノ達と合流するための経緯を全て話した。ユージロウが死んだ事を伝えるついでだ。
「―――なるほど。そんな事が……ユージロウも馬鹿だね。新人のくせに独りで賞金首狙いなんて……」
事情を聴き終えたミソノが、どこか寂し気にそう呟いた。その隣に座る女子高生も、暗い面持ちで俯いた。身内に死を知らせるのは、やはり気持ちの良いものではない。
「しっかし、記憶喪失とは驚きだ。あの戦い方は完全に玄人の動きだったぜ。体は覚えているって奴なのかね。案外、フードちゃんはやり手のゲーマーだったのかもな」
暗い雰囲気を回避しようと、荷台で話を聞いていたロゴスがそんな事を言う。
「……フードちゃんって、なんか変だね」
ロゴスの言い回しに、当の命名者であるミソノが苦笑った。
「いや、最初に言い出したのはお前だろう」
「いやあ、私はただ、なんとなくフーちゃんって見たまんま呼んでみただけだし。いい加減ちゃんとした方がいいかなーって……そこんとこ、どうなの?」
ミソノに訊かれて、女子高生は小首をかしげる。本人的には、特にこだわりがない。
「別に良いよ、フードでも。その辺どうでもいいし」
「うわぁお、フーちゃんクールだねー。サバサバ系女子ってやつ?」
「鯖……」
女子高生改めフードの脳裏に、青魚のビジョンが浮かび上がる。
「あははー、お魚の方じゃないよぅ」
ミソノは陽気に笑って、フードの背を叩いた。その横顔は笑っていても、どこか辛い心中を窺わせる。
一度に仲間が二人も死んだ辛さを、無理やり押し込めようとしているのだろう。
フードは気遣おうと、ミソノに尋ねた。話に集中させて意識を紛らわそうとしたのだ。
「ねえ、さっきから気になってたんだけど、ゲーマーって何なの?」
「ああ、あれなんだっけ? いつからそう呼ぶようになったんだっけ?」
ミソノもよく分かっていないようで、解説をロゴスに投げた。
「東京が隔離されてしばらくすると、武器をもって怪物と戦ったり、その辺の廃墟や異界化した地域を探索する連中が現れた。そういうのがテレビゲームで言うところの"冒険者"って奴に見えたらしくてな。どっかの誰かが"自主的に探索をする連中"の事をゲーマーと茶化して呼んだのさ。
命がけの仕事に対してその言い草はふざけたもんだが、今ではすっかりそれが定着したってわけだ」
ロゴスは軽快に文句を交じえながらそんな風に説明した。
説明を聞いてさらに疑問が生まれたフードは、続けて尋ねる。
「東京が隔離されたって、どういう事?」
その疑問に答えたのは、ミソノだった。
「八年前くらいかな。東京都とほかの県との県境に沿って、透明な赤い壁が現れたの。それがまた綺麗に地図の境をなぞってるらしくて、奥多摩の山まで入れるのに、舞浜には行けないみたいな感じでさぁ。困ったもんだよ。まだ二回しか行ったことないのにさ……東京って付いてるんだから浦安も入れてよって感じ―――って、脱線したね。ごめんごめん。
で、その透明な壁っていうのが困りものでね。外からも中からも行き来ができなくなっちゃったんだ。
人の移動はもちろん、飛行機なんかも入れなくなっちゃって、地面の下も当然ダメ。海の方もなんだかんだ東京湾から出られない有様で、完全封鎖されちゃったんだ。
そのせいで、食べ物が無くて最初は大変だったよ。幸い、水道とか電気は都内でなんとかなったから良かったけどね。
おまけに外とは何を使ってもやり取りできなくなっちゃって、電話もネットも全滅。
東京都は完全に世界から隔離されちゃった。世間じゃこれを、大隔離って呼んでるんだ」
「原因は分かっているの?」
ミソノはかぶりを振る。
「何も。お役所が主導で未だにいろいろやってるけど、公表されてる情報の中に原因っていうのは未だにないカンジ。まあ、八年近く調査して何も分かってないなんて事無いと思うけどねー」
苦笑するミソノの言葉を一瞬聞き流し、ふとフードは認識の相違に気が付く。
「八年……って、今西暦何年?」
フードは大隔離なんて現象を知らない。少なくとも、2012年までにそんな奇怪な現象が起きた事実は知識にはなかった。
「今? 2020年だよ」
「そんな……」
フードは言葉を失った。しかし、そもそもなぜ自分がこの時代を2012年だと思ったのか、その根拠を持ち合わせていない。
無い記憶を探っても、その欠如の正体に気づく事ができずに思考は空振る。
突然頭を抱えてうずくまったフードを心配し、ミソノは心配そうに声をかけた。
「フーちゃん、大丈夫?」
「ミソノ、着いたぞ」
「うおっ、ヤバっ!」
ロゴスに言われ、一瞬フードの方に目を離していたミソノは慌てて急ブレーキをかけてしまう。
うつむいていたフードが、慣性に乗ってダッシュボードに頭をぶつけた。
「あうっ!」
「あっ、ゴメンふーちゃん!」
「いや、私が悪いから……」
頭をさすりながら、フードは車外へと降りた。ミソノとロゴスもそれに続く。
天気は小雨になってきていた。どうやら土砂降りは通り雨だったらしい。
「あそこだよね」
「うん。そう」
高架の崩れた一帯を指さしたミソノに、フードは頷く。
フードの先導で、三人は青年の死体が在る場所まで移動した。
頭部を輪切りにされた青年の死体は、雨に濡れながらもそのままの状態で横たわっていた。
服装とバットの残骸を確認し、ミソノは震える声でその名を呼んだ。
「……ユージロウ」
死体袋を抱えたロゴスが、気遣ってミソノに言う。
「こいつの遺体は俺が回収しておく。二人は瓦礫の中に居る学生たちを見て来な」
「うん……ありがとう。お願いね」
力なくうなずいて、ミソノは瓦礫の隙間へと移動した。フードもその後へと続く。
暗い隙間を抜ける途中、唐突にミソノは語り始めた。
「ユージロウはね、おとといウチの会社に入ったばかりだったんだ。強くなって家族を養うって張り切ってた。でも、張り切りすぎて勝手に単独行動して、仲間を危険にさらした。そういうのが分かっていない人はね、現場に出ちゃいけないんだ。その結果がこれ。ユージロウもコウジも死んだ。私とロゴスだって、貴女の助けが無かったらどうなっていたか分からない。それを見極めるのが、雇い主である私の仕事なのに……」
前を歩いているうえに、暗くてその表情はフードには見えなかったが、ミソノの声は泣いていた。
気の毒に思い、フードは言葉をかける。
「あまり、自分を責めるものじゃないよ。私にはそういうの、よく分からないけど、ミソノが悪いんじゃないと思う」
「……ありがとう、フーちゃん」
ミソノの寂しげな声が、暗闇の中で響く。
自分があの時青年に加勢していれば、何かが変わっただろうか。そんな事を考えて、フードは後悔する。たとえそれが、どうしようもなく過ぎた事だと分かっていても、そうせずには居られなかった。
開けた場所に出ると同時に、周囲がやや明るくなった。瓦礫で作られた空洞は天井部分が少しだけ空いていて、そこから外の光が降り注いでいる。
ミソノが首をかしげた。
「ここ?」
「そう……っ! そんなはずは!」
ミソノの後に続いて空洞に入ったフードは、その中に広がる光景に目を疑った。
「無いっ。ここに、確かに有ったはずなのに!」
フードは自分の目覚めた位置まで駆けていき、周囲を探る。しかし、数えきれないほど転がっていた女学生たちの死体は、今はどこにもなかった。
「これが、フーちゃんの倒した人型アンライフだよね?」
ミソノの質問に、フードは振り返る。ミソノは地面に転がる人型の怪物を指さしていた。頭部に鉄棒が刺さったそれは、間違いなくフードが倒した個体だ。
「うん。そう。私が倒した。でも―――」
「ここにあったはずの遺体がなくなっていると。ユージロウの行動範囲から見て、おそらく二時間は経っていないはず」
ミソノの推測に、フードも頷く。自分が移動していた時間も、大体そのくらいだ。
「二時間の間に、誰かが死体を運び出した?」
もぬけの殻となった空洞を見渡して、混乱気味にフードは呟いた。