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トーキョー・アールピージー  作者: 松下智佳
6/16

◆6 - 出会い

 槌の男に加勢するため、女子高生は駆け出した。

 槍の男を殺し終えた犬型たちが、今度は向かってくる女子高生へと狙いを定め、一斉に襲い掛かった。


 女子高生は動じる事無く突き進み、右手に持ったバールで先頭の犬型をぶん殴る。殴られた犬型の頭部装甲が砕けて、破壊力はその下の肉にまで達した。

 白い血液を放出しながら、気味の悪い湿った音を立てて犬型の頭部が潰れた。

 機械と生物の中間の様な怪物たちは、生物と同様の損傷で行動不能に至る。


 次いで来た犬型の頭部を左手で掴んで地面に叩きつけると、装甲の無いその首にバールを突き刺した。首から血が噴き出し、二体目もあっけなく停止する。


 次いで三体目にバールの釘抜きをひっかけると、女子高生はバールごと犬型をスイングして四体目に投げつけた。体が妙な方向へ折れ曲がるような衝撃を受けて、二体とも行動不能になる。


「……なにあの子、めっちゃヤバい」


 女子高生の無双ぶりを目の当たりにし、ミソノは思わずそう感想を漏らす。

 その戦いぶりに見入っていた。女子高生の立ち回りは戦いではなく、まるで処理作業か何かである。

 鮮やかに、無駄なく、迅速に手間取ることなく怪物たちを駆逐していく。


 これほどの戦士は現在の東京にそう何人も居ない。なぜ自分はこれまで彼女の存在を知らなかったのか。

 ミソノは見れながらも疑問を抱く。


「いったい、何者なんだ?」


 ミソノが思考を巡らせている間に、女子高生は槍の男を襲った八体の犬型すべてを破壊し、槌の男の加勢に入る。

 戦う両者の間に飛び蹴りで割り込んで、一体を着地点にして地面に叩きつけた。女子高生に踏みつけられた犬型は、ぴくぴくと痙攣して動かなくなる。その首にバールを突き刺して止めを刺した。

 残り五体となった犬型のうち、三体を女子高生が引き受ける。


 二体だけに集中できるとなれば槌の男の攻撃精度も高く、あっさりと大槌で叩き潰して討伐する。その間に女子高生は三体全てを全滅させた。


 敵が居なくなったことを確認し、大槌の男が脱力する。槌を支点にもたれかかって、疲れたように息を吐いた。


「ふぅ……助かったぜ嬢ちゃん」


 槌の男の言葉に、女子高生は黙ってうなずく。


「本当にすごい……っ! コウジ!」


 二人の立ち回りを見ていたミソノは、敵が居なくなったところで槍の男へと駆け寄った。

 犬型に噛み千切られた無残な死体を目にし、ミソノは言葉を失う。肉と皮を剥がされ、骨も中身も露となったそれは、人の原型を失い、もはや肉塊と呼ぶしかなかった。


「……ミソノ、そういうものを直視するな。遺体袋を持ってこい」


 ショックを受けているミソノへ、槌の男は険しくもどこか優しく諭す。


「うん……」


 ミソノはトラックまで駆けていくと、中から黒い袋を持ち出してきた。

 槌の男がそれを受け取り、袋の中に槍の男の遺体と肉片を全て入れてファスナーを閉める。


「俺が積んでおく。二人は車の中に入っとけ。このままじゃ風邪ひくぞ」


 死体袋を抱え上げた槌の男は、そう言って軽トラックの荷台へ歩いていく。二人も男の言葉に従って車に入った。


「……仲間の事、ごめんね」


 トラックの助手席に乗ると、女子高生は運転席に座るミソノへそう言葉をかけた。

 ミソノは泣きそうなのを我慢しながら、険しい面持ちでかぶりを振る。


「貴方のせいじゃない。こういうのは、自己責任だから」


「―――そうさ。嬢ちゃんのおかげで、俺たち二人が生き残れた。それで十分上等さ」


 荷台窓を開いて、荷台から槌の男がそう言った。


「ミソノ、犬どもの死体はどうする? 全部回収するか?」


「うん。お願い。乗せれる分だけ乗せちゃって」


「了解」


 ミソノの指示を受けて、槌の男は荷台を降りていく。そのやり取りを見て、女子高生は尋ねた。


「……あの犬、食べるの?」


「はあっ?」


 あまりに突飛な一言に、ミソノは素っ頓狂な声を上げる。


「あんなの食べるわけないじゃん! てか、食べられるわけないべ」


「じゃあ、どうして回収なんか―――」


 いたって真面目に首をかしげる女子高生に、ミソノは苦笑いを浮かべる。


「いやいや、あれを売るんでしょう、ウチらは。……てか、フーちゃん本当にゲーマー?」


「ゲームはあんまりやらない……と思う」


 記憶がないのでその辺は分からない。女子高生がそう答えようとした途端、ミソノが噴き出した。


「ぷっ、あははははっ、そのジョーク久しぶりに聞いたわ。ふっるー」


「何がおかしいのかよく分からない。というか、今"フーちゃん"って呼んだ? それ、私の事?」


「そう。フードかぶってるから"フーちゃん"。だって、名前知らないし」


「……私も知らない」


 女子高生の返答に、ミソノは眉をひそめる。


「どういう事?」


「……実は、記憶がなくて、自分の事が何も分からない」


 伝えた後で、言ってしまって良かったのかと、若干後悔した。記憶がないのを良い事に、それを悪用しようとする人間だっているはずだ。

 しかし、目の前の少女がそういう部類かと考えてみればそうでもない。


 歳は女子高生と同い年くらいで、十七、八程度。髪は金に染めていて、緑色の鮮やかなメッシュが入っている。機械工なのか油のシミが目立つ手袋とオーバーオールを身に着けていた。

 言動こそ陽気だが、人相は柔和で人が好さそうである。


 そもそも、助けたという借りが発生している以上、そんなふてぶてしい事をする様なタイプではないだろうと、女子高生は考えを改める。


 そんな事を相手が考えているとも知らず、ミソノは気の毒そうな表情で女子高生の肩を叩いた。


「ああ、それでか。そっか、そっか。フーちゃんも心細い思いしてたんだね。でももう大丈夫。私が力になるよ。助けてもらった恩もあるし、協力させてね!」


「あっ、ああ。うん。ありがとう」


 妙にやる気を見せるミソノに、若干圧され気味の女子高生。どうも、そもそも悪事をする様な人柄ではなさそうだと、警戒を緩めた。


「ああ、そういえば名乗ってなかったね。私ちゃんは凪川美園なぎかわ みその。ミソノって気軽に呼んでオッケーだよ。そんで、後ろのゴツいハンマー持ったオッサンがロゴス」


「誰がオッサンだよ。俺はまだ三二だ!」


 それにしては老け顔な槌の男ロゴスは、荷台窓から抗議する。老け顔なのは、やたらと濃い髭のせいじゃないかと、女子高生は勝手に分析する。


「とりあえず五匹だけ乗せた。これ以上は無理だ。ユージロウの乗る分が無え」


「そっか、ありがとうロゴス」


 ミソノはロゴスに礼を告げると、車のエンジンをかけた。ボロい外見に似合わず随分と静かにエンジンが回り始める。


「あともう一人いるの?」


 二人のやり取りを聞いて、女子高生が尋ねた。これまで会話を聞いてきた中で、その名前は一度も出てきていない。


「ああ、うん。仲間がもう一人居たんだけど、急にどっか行っちゃってね。これから探しに行かなきゃなんだ。街に戻るのはそれからになるけど、ごめんね」


 ミソノの言葉に、女子高生はかぶりを振る。


「良いよ。乗せてもらうし文句は言わない」


「そっか。フーちゃん良い子だね」


 ミソノは明るい笑顔を女子高生に向けた。どうやら呼称は"フーちゃん"で決まってしまったらしい。

 まあ、名前がないとやり辛いので、それでも良いかと女子高生は思う。あまりこだわりの無い性分らしいと、自分を分析する。


「それでね、そのユージロウってのが、黒い帽子かぶってて、バット振り回してる奴なんだけど、フーちゃんどっかで見なかった?」


「黒い帽子にバット……私知ってるよ」


 何とも奇妙な巡り合わせだと思った。一番最初に出会った人間が、彼女たちの知り合いだとは。


「マジ? そんじゃあ、さっさと回収して帰ろう。フーちゃん、場所を教えて!」


 そう言って、ミソノはトラックを急発進させた

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