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トーキョー・アールピージー  作者: 松下智佳
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◆5 - 生存者

 やがて土砂降りの雨が都市一帯に降り注いだ。

 早々に移動を阻まれてしまった少女は、近くにあったビルの外階段に座って雨をしのいだ。


 階段の下には犬型の怪物がバラバラに破壊されて落ちている。怪物の残骸は複数体あり、それが少女の足跡を示すように路地裏の奥へと続いている。

 ここに来るまでに十七機の怪物と遭遇し、少女はその全てを破壊してきた。


 地面に広がった怪物の白い血だまりが雨に流されていく様を眺めながら、少女は考える。


(こいつらは、いったい何なんだろう……)


 こんな怪物たちは少女の記憶にはない。記憶喪失の頭がどれだけ信用できるかという話だが、少なくとも常識の範囲内にこれらの存在は記されていないのだ。


 機械の様な見た目からどこかの国が造った兵器なんて説も浮かんだが、2012年の現代にそこまでの技術は無いだろうと、すぐに却下した。


 事実として在るのは、人の居なくなった大都市に、人を積極的に襲う機会仕掛けの怪物が居るという事だけ。

 幸いにも、さっきの青年の様な生き残った人類が居ることは分かっている。

 少女としては、そういった生存者たちと合流するのが当面の目的だ。


 記憶の無い自分よりも、より詳しい事情を把握している人間がいるはずだと考える。


「くしゅん! ……寒っ」


 くしゃみをして、体を抱く少女。

 少し雨に濡れたせいか、体が冷えてしまっていた。どうせ降り止むまでは移動できないのだからと、少女はビルの中に入ろうと階段を上る。


 扉に鍵くらいは掛かっているだろうが、そのくらいは少女の力とバールで何とでもなる。

 できるだけ犯罪に手を染めたくはないので、それを悪用するつもりもないのだが、そもそも街そのものが廃墟ならば咎める者もいないだろうと、少女は躊躇わない言い分けを頭の中で組み立てる。


 二階部分に上がって、扉の隙間にバールを差し込んだ直後、遠くの方で物音が聞こえた。


 それが戦いの音だと気づくや否や、少女はフードをかぶると、手すりを乗り越えて二階から路地へと着地した。

 戦いの音。それは人の気配に違いない。

 雨音の中から微かな戦闘音を聞き分け、その方角へ走り出す。



        ◇



 少女がいる場所から数百メートル離れた位置で、三人の人影が機械獣たちと対峙していた。

 獲物を取り囲むオオカミの群れの様に、犬型の怪物たちは全方位から三人を追い詰める。


 そんな怪物たちから、二人の男が一人の少女を守っていた。男たちは武装していて、それぞれ槍と大槌を携えている。少女は丸腰で、武器を持っていない。


「ミソノ、車まで走れるか?」


 槍を持った男が少女へ訊いた。


 三人と犬型の群れは両者止まったまま睨み合いを続けていたが、数の差で圧倒されている以上いつまでもそれが持つとは限らない。

 相手は命が惜しいから待機している訳ではなく、群れとしての統制に重きを置いているだけ。すでに四体を撃破している三人を相手に、戦力を削ぎたくない犬型たちは様子見をしているだけだ。


 数で押し切れると再度判断すれば、一斉に襲い掛かってくる。

 そんな状況からせめて少女一人だけでも逃がそうという、意図だった。


 しかし、ミソノと呼ばれた少女はかぶりを振った。


「ダメ。さすがにこれは距離がありすぎる。私が車にたどりつくより先に、奴らに追いつかれる」


 少女の冷静な分析に、槍の男は歯噛みする。


「くそっ、こんな時にユージロウの奴どこに行きやがった!」


「文句言っても仕方がねえ。居ないもんは居ないんだ。俺たちだけでなんとかするしかねえ」


 苛立つ槍の男を、槌の男がなだめる。


「ミソノ、駄目でも走れ。俺たちが援護する。どのみち誰かが車を出さなきゃ、逃げる手段がねえ!」


 槌の男がミソノへ指示を出す。

 動いても動かなくても怪物に襲われる。それならば、行動を起こした方が切り抜けられる可能性はある。

 例えそれが命を縮める行為になりかねないとしても、死ぬ覚悟を自分から決められるだけマシだろうか。


「……分かった。行くよ!」


 ミソノは険しい表情で頷いて、走り出す。彼女の向かう先には、古びた白い軽トラックが停まっていた。

 その距離十メートル。ミソノが全力で駆け抜けたところで、すばしっこい犬型には追いつかれてしまう。


 ミソノを追って動き出した犬型を止めるため、二人の男は自らその軌道に割り込む。それを追って他の犬型たちも男たちへ飛び掛かった。男二人に敵の意識が集中する。


 背後で男たちが決死の戦いに挑む音を聞きながら、ミソノは全速力で駆け抜けた。トラックにたどり着いた瞬間、槍の男の悲鳴が聞こえた。

 ミソノは思わず立ち止まって振り向いてしまう。


 複数の犬型に噛みつかれて地面に倒れこんだ槍の男を、一斉に犬型たちのあぎとが襲う。機械仕掛けの猟犬たちが群れる中から、男の悲鳴が上がった。


「痛い、やめろっ、ああ゛っ、痛いっ、ああっ、やめてくれっ、あがぁああああああ!」


 男の絶叫が響く後ろで、肉を引き裂き、皮を剥がす音が絶え間なく続く。

 壮絶な仲間の最後に、ミソノは思わず目を背けた。


「ミソノっ、避けろ!」


 直後、槌の男がミソノへ叫んだ。

 ミソノが顔を上げると、すぐ目の前に犬型が一匹迫っていた。


 凶悪なあぎとを全開にして飛び掛かってくる敵を前に、ミソノは反応が遅れる。

 避けると判断して体を動かす。その工程を実行する猶予がすでになかった。


 感覚が一気に冷めて、全身から活力が失われる。

 自分も死ぬのだなと、ミソノが判断した刹那、彼女の視界にもう一つの影が現れた。

 目深にフードをかぶった、黒い女子高生。


 女子高生は衝突する事を前提にした速度で犬型に迫り、その首にバールを突き立てた。

 落下した犬型の上に乗って地を滑り、ミソノの前を通過する。


「あ、アンタは……?」


 ミソノは唐突に表れた意外な救世主に戸惑っていた。

 女子高生は犬型からバールを引き抜くと、一瞬だけミソノに視線を送り、すぐさま槌の男に加勢するために駆け出した。

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