◆4 - 鉄梃無双
犬型の怪物は威嚇する様に吠えたてると、少女めがけて飛び掛かってきた。
少女が横に躱した直後、犬型の凶悪な歯列が少女の真横で閉じられる。咢の閉じる音こそ軽いが、顎の動きと重さから見て、人の身体など容易く破壊できるだろう。
しかしその一撃を回避したことに安堵する間もなく、尻尾の一撃が少女を襲った。
少女は咄嗟に上体を後ろに倒し、両手両足を支えにして体を反らした。少女の腹の上を、ブレード型の尻尾が走り抜ける。
すぐさま少女は下半身を上げて一回転し、犬から距離をとった。
少女のたどり着いた位置は、ちょうど青年の死体の傍らだ。この場所に移動する事を考慮した立ち回りである。
バットはすでに使い物にならないので、別に使えそうな得物がないか青年の死体を探る。
そうこうしているうちに、犬型が向きを変えて再び少女へと飛び跳ねた。
向かい来る犬型に対応するため、少女は咄嗟に青年の腰に下げられていた工具類からバールを引き抜く。
咢を開いて迫る犬型の頭部を、下から打ち上げるようにしてぶん殴った。悲鳴を上げて、犬型の怪物は吹っ飛んでいく。
以外にも軽い手ごたえに驚きつつ、少女はそこで初めて自分のつかんだ得物を確かめ、不満そうな表情を浮かべた。
「……バールか。こんなのでいけるのかな」
金属バットを輪切りにするような相手に、バール一本で対処できるとは思えなかったが、今さら得物を取り換えている時間はない。
吹っ飛んだ犬型は着地と同時に地を蹴り、再び少女へと向かってきていた。見た目通り思考も機械的なのか、怪物に恐怖心は無い様だ。
そして少女にも、恐れるという感情はない。不思議とこの怪物に対する恐怖は一切湧き上がってこなかった。
だからこそ冷静に、冒険ができる。
自分にはできるという、根拠の無い本能からの訴えを確かめるべく、犬型の放った尻尾のブレードへバールを振り上げた。
バールは切断されることなく、尻尾のブレードを弾き返す。
「―――ッ!」
攻撃を防がれるとは思っていなかったのか、犬型が動揺した様な声を上げた。
そんな犬型の頭部へ、少女は渾身の力で横蹴りを叩き込む。
犬型は真横に吹っ飛んで、瓦礫の山の中に突っ込んでいった。盛大に埃を巻き上げて、衝撃で崩れてきた瓦礫の下敷きになる。
埃が収まった後に現れたのは、瓦礫に埋もれて力なく垂れ下がる犬型の頭部と尻尾だった。尻尾はバールで殴った時に破損したのか、砕けて折れている。
敵が動かなくなった事を確認し、軽く息をつくと、少女はまじまじと手に持ったバールを見つめた。
あれだけの切断力をもつブレードを逆に破壊するとは、大した耐久力である。
「……滅茶苦茶強いじゃん、これ。もらっておこう」
今後ほかの怪物と遭遇しても良い様に、得物の一つくらいは携帯しておいた方が良いだろうと、そのまま持っていくことに決めた。
少女は男の死体の傍らにしゃがんで手を合わせる。
「ごめんなさい。もらっていきます」
そう告げて、少女はその場を後にする。
当てはない。自身がどこから来たのかさえ分からない身だ。
どこへ行くべきか、何をするべきか。少女には考える余裕もない。
ただこの状況を打開できる何かを求めて、少女は独り、廃墟の都市へと足を踏み入れた。