◆3 - 廃都市
怪物の死を再度確認し、動かなくなったことを確かめた少女は、その場を離れて外へ出る道を探すことにした。
怪物がやってきた方向にはちょうど人ひとりが通れるくらいの隙間があって、長い通路の様になっている隙間の奥には、出口らしき光の塊が見えた。
少女は一応、女学生たちの遺体に軽く手を合わせてから、隙間に入った。
思ていたよりも視界が悪く、何か明かりになる物はないかと探したが、少女は何一つ持ち物を持っていなかった。
仕方なくあきらめて、暗く足場の悪い隙間を手探りで通る事にする。
しかし、そう苦戦する事もなく、意外なほどにあっさりと少女は外に出ることができた。
灰色の空の下、外気に触れて、少女から自然と安堵の息が漏れる。
これで助かっただろうか。そんな事を考えている少女は、外に出られた嬉しさと安心感のあまり、すぐには目の前に広がる異常に気づくことができなかった。
マンションやオフィスビルが立ち並ぶ、都市の街並み。どこにでもある普通の風景。
記憶はなくとも、体が覚えているのだろう。景色を改めて見る事も無いくらい、日常に溶け込んだそこに在って当たり前の背景。
だからこそ、細かく確かめようと少女は無自覚の内にしていなかった。
だが、よく見ればそれは明らかなほどに異常だった。
割れた窓。崩れた壁。荒れた道路。折れた街灯。
人が暮らすにしては、あまりにも荒廃しきったその有様は、街の死骸と呼ぶにふさわしい姿であった。
「……なに、これ」
少女もようやく異常に気が付いて、数歩前に出て街を見る。
ただ荒れているだけではない。放置されて長い年月が経っていると主張する痕跡がいくつか見られる。
人の気配など、一切感じられない。
少女は恐怖に駆られながら振り向いて、たった今自分が出てきた瓦礫の山を見上げた。
それは、どうやら元は首都高の高架だったらしい。地上に連続してそびえたつ橋の一角が周囲のビルと共に崩落し、瓦礫の山を築いた様だ。
現実離れした光景の連続に、少女は息を呑む。
もしかしたら、この街で生き残っているのは、自分だけなのではないか。最悪、世界最後の人類なんじゃないか。
そんな突飛過ぎる不安が少女を煽る。だが、この街の姿には、そう思わせるだけの絶望感が漂っていた。
どうする事もできずに立ちすくんでいた少女へ、突然言葉をかける者が現れた。
「ねえ、キミ、こんなところで何やってるの?」
この状況下で人に声をかけられるとは思っても見なかった少女は、やや飛び上がるようにして声の方へと振り向いた。
そこに居たのは、軽薄な笑顔を浮かべる青年だった。こてこてにロゴの入った黒い帽子と黒いジャンパーを身に着けていて、全身から陽気さと軽薄さを醸し出すそんな男だ。
護身用なのかバットを肩にかけて片手に携えている。
「…………」
「あれっ、もしかしてオレ、警戒されてる? 嫌だなぁ、オレは無害ですよ。ム・ガ・イ! 盗賊とかじゃなくて、正規のゲーマーだからさ。キミも同業者だろう? 例の賞金首を狩りに来たんでしょ? なら一緒にやらない? その後お茶でもどう? ―――って流石にこの文句は古いか。はははー」
軽快な調子で次々と言葉を発する青年に、少女は困惑する。青年の言っている内容が少女には意味不明だったし、なにより一方的に喋るこの青年がなんだか鬱陶しい。
「……貴方、何の話をしているの?」
無意識に不快感を顔に表しながら、少女は青年に言葉の訳を尋ねた。
本当ならすぐにでもここを立ち去りたい気分だったが、こんな状況下で出会った貴重な人間だ。何の情報も得られないまま別れるのは惜しかった。
「はははっ―――えっ? 何のこと?」
少女の反応の意図が分からないようで、青年が呆けた顔をする。
と、次の瞬間、唐突に青年はバットを構えてスイングした。
殴られると思い、咄嗟に防御体勢をとった少女だったが、青年の狙いは少女ではなく彼の背後にいる物だった。
青年が振り向くと同時に、甲高い金属音が響く。
少女は横にずれて、青年の背後に居る物を見た。
それは、先ほど少女が倒した怪物に似た、異形の怪物だった。今度は犬型だったが、肉と骨の配置がひっくり返ったような見た目や、機械的な要素は全く同じだ。
「ハッ、こんなのまで居やがるのか。良いぜ、お前もぶっ壊して追加報酬いただきだ!」
青年が金属バットで犬型の怪物を攻撃しようとした刹那、犬型の異様に長い尻尾が、走るような風切り音を立てて薙ぎ払われた。
それと同時に、軽い金属音を響かせて何かが地面に落ちる。
よく見ればそれは、斜めに輪切りにされたバットの先端半分だった。
直後、青年の頭と肩の一部が、やはり斜めに切り取られて落下した。脳の何割かを失った青年は、声も上げずにその場でうつぶせに倒れる。
即死だったのだろう。見ていれば、たちまち血の海が広がっていく。
少女は一歩退いた。たった数秒前まで生きていた人間が、こうもあっけなく死んでしまう現実に戦慄する。
そして、それをやった犬型の殺傷能力の高さに、身の危険を感じて身構えた。
ここはすでに遮る物の無い外だ。逃げる事はいくらでもできるだろう。
ただ、今目の当たりにした犬型の速度に対して、遮る物の無いこの状況で逃げ切れるのかは疑問だった。
それにやはり、少女の本能が告げている。この相手にも勝てると。
そしてやはり、根拠はない。人間を一撃で輪切りにするような相手に対して、少女は素手である。
「本当に、やれるの?」
そんな疑問を呟きながらも、すでに少女の意思は固まっていた。
犬型の怪物は少女へ狙いを定め、吠えたてた。