◆2 - 戦闘
怪物は威嚇するように唸り声をあげた。
この歪な怪物と対峙して、不思議と少女は恐怖を感じていない。
見た目の醜さに嫌悪はするが、自分ならどうにか対処できるという妙な自信があった。
しかもそれは、予感というよりも確信に近いものだ。
目の前の怪物は少女よりも大きく、人間の頭など簡単に握りつぶしてしまえそうな屈強な身体つきをしている。少女の細腕でどうにかできる物とは、到底思えない。
だが、少女は理性よりも本能を信じることにした。どのみち逃げる方法は無いのだ。記憶も頼りにならない今、本当に信じられるものなどありはしない。
少女は怪物に視線を固定したまま、ゆっくりとしゃがんで足元に刺さっていた鉄棒を引き抜いた。
少女が武器を手にしたのを見て、怪物が構える。
怪物が動くよりも先に、少女が仕掛けた。
少女は跳躍し、死体の山を飛び越えて怪物に迫る。
距離にして六メートル程の間合いを弾丸のごとき速度で一瞬にして縮め、少女は怪物の左肩に鉄棒を突き立てた。
移動に生じた力を全て怪物にぶつけ、少女は怪物の胸を蹴って距離を取る。
ひっくり返った怪物は直ぐに上体を起こして立ち上がった。鉄棒が貫通した腕は動かなくなっているようで、怪物は忌々し気に少女へ吠える。
怪物は白い血液をまき散らしながら鉄棒を引き抜き、少女へと投げつけた。
やり投げの要領で飛ばされた高速の鉄棒を少女は軽々と躱し、通過際にそれを受け止める。
再び手元に戻ってきた鉄棒を構えて、少女は怪物へ迫った。
怪物が突き出した右拳を鉄棒で弾き、空いた胴体へ横振りの強打を叩き込む。軋むような音がして、怪物がよろめいた。
怪物は下半身に力を込めて、すぐさま体勢を立て直す。しかし、少女の方が一手早かった。
再び怪物が少女の方を向いた時には、すでに少女の攻撃は怪物の目前に迫っていた。
少女の突き出した鉄棒が、怪物の頭部を貫通する。装甲と脳を貫いて、頭を串刺しにされた怪物が動きを止めた。
わずかに噴出した白い血液を頭からかぶり、少女は顔をしかめる。
少女が鉄棒から手を離すと同時に、怪物は前のめりに倒れこんだ。
「うわぁっ!」
少女は下敷きにならないように、慌てて離れる。
見た目通りの重量なのだろう。巨大な鉄塊でも落ちたのではないかという様な鈍く大きな音を立てて、怪物は地面に落ちた。
少女は乱れた息を整えながら、怪物の死体を見下ろす。
「これ、私がやったんだよね……」
間違いなくそうなのだが、あまりにもぶっ飛んでいて受け入れ難い。
正直ここまで動けるとは、少女自身思っていなかったのだ。ただ思うまま、気の向かうままに行動した結果がこれである。
記憶はないが、常識的な知識は健在のはず。そういった常識を参照するかぎり、自分のような華奢な女子高生が今の様な大立ち回りを演じるのは普通じゃない。
そんな風に考えながら、少女は自身の異質さに恐怖を抱いていた。もしかしたら自分は、人間ではないのかもしれないと。
「……私は、いったい何なの?」
その問いに答えてくれる相手は、ここには居ない。少女の言葉は、虚しく瓦礫の暗闇に吸い込まれていった。