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トーキョー・アールピージー  作者: 松下智佳
1/16

◆1 - 目覚め

 声が聞こえる。


 ……ろせ。


 あ……きを…………せ。


 ―――兄貴を、殺せっ!


 深い深い暗闇の中で、女の叫びだけが聞こえた。怒り狂う、憎悪の雄たけびが。

 そのあまりの恐ろしさに、少女は目を覚ます。


 そうして気づく。自分は夢を見ていただけだと。

 自然と、安堵の息が漏れた。無意識ではあったが、よほど恐ろしい思いをしたらしい。


 妙に気分の悪い目覚めの直後、少女は鼻を突いた異臭に顔をしかめた。

 そうして少女はまた別の事に気づく。


 少女の肌に触れる、複数の他人の身体の感触。そのすべてが重く、そして冷たい。

 自然と悪寒が少女の背中を駆け抜け、少女は飛び上がるようにして立ち上がった。


「―――なに、これ……」


 少女の目の前に現れたのは、死体の山だった。

 同じ制服を着た女性達の死体が、少女の周囲に広く散乱している。

 どうやらその中に、少女は埋もれていたらしい。


 その事実に気づいて、嫌悪に少女は顔をしかめる。純粋に気持ちが悪い。

 歳は高校生くらいだろうか。女性たちの死体と同じ制服を自身も身に着けていることに、少女は気づいた。


 周囲の女たちは規定のブレザー制服なのに対し、少女は一人だけ上着とシャツの間に黒いパーカーを着ていた。

 どうやら服装順守なんてモノには従わない尖った性分だったらしい。


 しかし少女には、その実感がわかない。


 少女は彼女たちを知らない。少女は自分が学生であったことを知らない。少女は自分の事がわからない。


「……なに、これ」


 今度は自分の内側への異常に気付いて、言葉を漏らす。

 少女には記憶がなかった。目覚める前、何をしていたのか。自分はどこの誰で、誰から生まれ、どんな名を持ち、どんな風に生きてきたのか。そのすべてが失われていた。


「…………私は、何?」


 無意識に頭を抱えようとして上げた両手は、乾いた何かで黒く染まっていた。

 慌てて少女は視界から手を遠ざけた。見れば、全身いたるところが黒く染まっている。

 どうやら、周囲の死体からついた血らしい。


 なぜ、この学生たちは死んだのか。なぜ、自分は一人無傷で生き残ったのか。

 どれだけ思考を巡らせても、少女は何一つ思い出せない。


 そのことに、もはや不快感にも似たもどかしさを感じて、少女は体を震わせる。


「分からない、分からないよ。……なんで分からないんだよ!」


 穴のような暗く狭い空間に、少女の声が反響して響く。

 暗闇を照らす天井の穴から見えるのは、灰色の空だけ。時折吹く風の音以外に、鼓膜を刺激するものはない。

 何の気配もない、孤独な世界。

 その事実を認識し、少女は恐怖する。


「誰か、誰かいないの? 生きてる人は?」


 気づけばそう叫んでいた。

 この死体の山の中に、自分と同じ様に無事な者が居るのではないか。そんな望みの無い願いを抱いてしまう。

 けれど、反応は返ってこなかった。それは少女が一番よく分かっていた事だ。

 この場の空気がすでに、生き残りなど居ないと強烈に告げている。


 少女がいるのは瓦礫の中だ。コンクリートと鉄骨の崩れた塊と、バスなどの自動車の残骸によって形成された洞穴の中。

 この場では、無傷のまま立っていられる少女の方が異質だった。


 不意に、小さな物音がした。何かを踏みしめたような、そんな足音と気配。

 生き残りが他にも居たのだと少女が希望を抱いた直後、彼女の目の前に"それ"は現れた。


 少女よりも一回り大きな人型の怪物。筋肉の上から装甲の様に骨をまとった歪な見た目で、生物的でありながら、骨の各所にみられるビス穴や、体表を臓物の器官の様に巡るチューブは、それが人工物である事を示している。


 それを目にした瞬間、少女の淡い希望は消失した。それが、人に対して友好的な物とはとても思えなかった。


 怪物は少女を威嚇するように、口を開く。体温が異常に高いのか、怪物の吐息が白いモヤとなって常温の外気の上で露になった。


 明らかに敵対する意思を見せる怪物を前に、少女は苛立ちを込めて言葉を投げる。


「お前が……お前がこの子たちを殺したの? お前が、私の記憶を奪ったの?」


 少女の怒声に応じるように、怪物も低く唸り声をあげた。

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