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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

公爵令嬢様の専属奴隷として生活を満喫している私に、この度つがいがご用意されました

作者: 紈ちか

いつもの如く性癖に忠実な話ですが、楽しんでいただけましたら幸いです。


奴隷とは。

物として扱われ、人間としての権利や主張を認められない人型の何かである。

人権? 何それ美味しいの? という扱いが普通であり、所有者に絶対服従を定められていて、家畜や資源、或いは玩具、はたまた家具のように看做されるもの。

つまり、私のことである。


「さあモニカ、外出の用意をなさい」

「はい、ご主人様」


私はモニカ。正真正銘の奴隷である。

このモニカという名前はご主人様から賜ったもので、我がご主人様はオデット・デュ・ヴィリエ公爵令嬢様と仰る尊き御方だ。

私の眼前で優雅にソファに腰掛けている、頭から爪先まで磨き上げられ洗練された麗しき姫君こそが、私を専属奴隷として所有していらっしゃる御本人である。

その御姿は、艶めく黄金色のなめらかな御髪と、暁の空を閉じ込めた藍から橙に移ろう双眸に彩られた、明星の如き美姫。

神秘的という一言で、拙いながらもその様相を表すことが出来るかもしれない。


高貴なる蒼き血をその身に宿す我がご主人様は、その崇高さと素晴らしさを周囲の方々に賞賛されている由緒正しき公爵令嬢。本来ならば、私のような存在が傍にいることすら不敬に当たる、まさに雲の上の存在だ。

そのような御方の専属奴隷として、私が選ばれたのは十年ほど前のこと。当時、様々な事があって人生のどん底にあった私は、あの日以来、ひたすらに幸せだ。

こんなに幸せで良いのだろうか、と不安になるくらい、幸せな日々が十年も続いている。そろそろ天罰でも下ってしまうのではないかと思うくらい、私の生は満ち足りているのだ。

奴隷という立場なのに満ち足りているだなんておかしい、と言う人もいるかもしれないが、少なくとも私は十分過ぎるくらい充実した日々を送っている。


(うぉぉ…今日の御洋服も凄まじく一級品……)


ご主人様のお言葉に従って、その場で用意していただいた衣類を身に付け、外套を羽織る。奴隷になる前ですら、こんなに上等なものは身に付けることなど有り得なかっただろう。

贅沢という概念が私の中でインフレーションを越えてゲシュタルト崩壊を起こしているのは毎度の事である。そういう時に効果的なのが、思考停止だ。


わー! すごーい! きれー!

これで万事解決である。


この身に授けられた幸運とご主人様のお心遣いに感謝する事だけは欠かさずに、私は与えられるものに応え、享受するのだ。

下手に恐縮して拒否したり、厚かましくも多くを強請ったりすることは、それ即ちご主人様への反逆である。私は完璧で幸福な専属奴隷なので、そのような愚行は冒さない。


鎖骨の下で、きゅ、とやわらかい素材のリボンを結んで、外套の胸元を留める。その場でくるりと一回転すると、ふうわりと裾が控えめに翻った。

身体を包み込む布地は軽いけれど厚みがあるので、動きやすい上に暖かい。中に着込んだブラウスもスカートも、揃えていただいた靴もソックスも、華美過ぎることなく程良く上品で優雅なデザインだ。相変わらずご主人様のセンスが良い。流石過ぎる。脳内私会議で賞賛が止まらない。これぞスタンディングオベーション!


「モニカ」

「はい、ご主人様」


脳内テンションをそのままに返事をし、御前に膝を着いてご主人様を見上げれば、彼女はソファからそっと身を乗り出して私の頬に手を添えた。

こちらを見下ろす暁のひとみは、優しく綻んでいる。


「モニカ、笑って?」

「はい、ご主人様」


応えて、わらう。

感謝と歓喜、敬意と誠意をあらん限りに込めて口端を持ち上げ、私はとびきりの笑顔を浮かべる。そうすると、ご主人様は呼応するかのように喜色を湛えた笑みを浮かべてくれるのだ。これは、出会った時から変わらない――私の大好きな、ご主人様のかお。見ていて胸の中心が温かくなる、素敵な御姿だ。


「ああ……そうよ、そう。とても愛らしいわ、モニカ。おまえの微笑みは野ばらのように鮮やかで可憐ね」


愛玩と親しみを以て伸ばされた細い指先に顎の下を擽られ、凛としたお声に「良い子、良い子」と褒められる。そのまま下へと滑る指先が、私の首に嵌められた黒革の首輪を優しく撫でさすった。

黒い革とミスリル合金で作られたそれは、ご主人様への隷属と服従を誓う証である。

係留部には野薔薇の花を象ったチャームがひとつ飾られていて、これもまた、ご主人様からの贈り物だった。下手なネックレスやチョーカーよりも断然イカしてるし可愛いと私は常々思っている。


奴隷という立場に対して、拒否感や嫌悪感を抱くことはあまりなかった。

それは倫理的な面に於いて宜しくない感覚だとは分かっているけれど、少なくとも、私は奴隷という言葉から連想されるマイナスなイメージとは掛け離れた扱いを受けている。


出会った時から今日まで、ご主人様から向けられる言葉と感情は、何処までも優しくてあたたかい。

奴隷という立場である私に向ける目や想いは、まるで親しい肉親や我が子に対するものであるかのように、慈しみと愛着でいっぱいだった。

叩かれたり怒られたりすることは殆どない。それこそ、私が悪いことをしたり、やってはいけないことをやってしまって、ご主人様に迷惑や心配を掛けてしまった時くらいだ。

それだって、人道的な面からすればまず間違いなく私に十割非がある場合に限られる。


ご主人様は、真っ当だった。

真っ当過ぎるくらいに、私という奴隷を個として扱い、接してくださるのだ。


周りの心無い人々が、陰でご主人様のことを変わり者だの変人だのと囁いていることを知っているけれど、そういう輩こそが選民思想的な貴族至上主義なのだ。ご主人様が、世間的には変わり者扱いをされてしまうだなんて、それこそ可笑しい話である。


この方は、生まれる時代を間違えてしまったんだろうなあと、私は常々思う。

形はどうであれ、分け隔てなく下々のものに接し、奴隷を個として親しく扱う思考や思想は、今の貴族社会には馴染まないだろう。


それを哀れに思ったりはしない。

こんなにままならない世界でも、ご主人様は今を謳歌しているのだ。そんな彼女を哀れむことこそが無礼であり傲慢だろう。

それに、私とて他人の事など言える立場ではないのだ。


(こんな贅沢過ぎるニート生活ってある?)


奴隷という立場をこんなにも謳歌している私は、いわゆるヒモである。専属奴隷という名のニートにも等しい。

人権だの自尊心だのはクソ喰らえだ! と放り出してこの立場に甘んじている私に、他人様のことをとやかく言える権利などない。

ないけれど。

色々言ってしまうのは、私の根が何処までも現代人寄り且つ、それなりの人でなしだからだ。


「モニカ、今日はおまえのつがいを選びに行くのよ」

「はい、ご主人様」


そう言われて絶望するどころか諸手を挙げて喜べるので、私はご主人様の奴隷にうってつけなのである。


「おまえが子どもを産んだら、わたくしの子と一緒におまえに育てさせてあげる。嬉しい?」

「はい、ご主人様。モニカは嬉しゅうございます」

「ふふ。お前は素直で良い子だから、とびっきりのつがいを選んであげる」


やったー! 婚約だのお見合いだの何の苦労もせずに夫が出来る! ご主人様直々の指名による夫(奴隷)確定ガチャだ! 高レア排出待ったナシだ!

しかも子どもを作ったら乳母にしてくれるってさ! なんて高待遇だ! 流石過ぎるぜご主人様!!


万歳三唱の大歓喜、三回回ってワンと鳴けるくらい私のテンションは鰻登りである。

完全にペット扱いをされていると言われれば否定は出来ないが、ご主人様の感性と判断力は真っ当かつ信頼に値するので何も心配はしていない。そもそもの話、ご主人様と私の好みは相当合致しているので、本当に手放しに全てを任せてしまえるのだ。


私のモットーは『多くを求めず、慎ましく』。

この世界に生まれ落ちて、前世なるものを思い出して現代知識チートによる成り上がりを目論み――完膚なきまでに叩き潰されて路頭に迷ったあの日から、私は身の程を弁え、こうしてご主人様の奴隷として過ごしている。


という前置きを、私は奴隷商の屋敷の一室で、つがいに選ばれた少年へとつらつら語って聞かせていた――自分に前世の記憶がある事だけは、それとなく伏せて。

以上、経緯と状況説明。

こうして時間軸は現在へと至る。


「……お前、気持ち悪くないのか。犬猫みたく道楽で飼われて、挙句に種付けまでされそうになってるんだぞ?」


ご主人様が私の為にと選び、買い上げる予定の少年は、深々と溜め息を吐き出した。幼い顔にめいっぱいの苦渋と嫌悪を滲ませながら、私にそんな問い掛けをするものだから、私は素直に首を振った。

無論、横にである。


「まったく、全然。むしろ、こんなに恵まれてて良いのかなあって不安になるよ」

「は……? え、おまえ、正気か?」


心底理解出来ません、なんだコイツ頭おかしいのか? と言外に物語る少年が首を傾げると、この辺りでは珍しい黒髪がさらりと揺れた。馴染みのある色を見ていると、私の心はほっこりとして、それにつられるかたちで笑みが零れる。


「奴隷なんて名ばかりだし、首輪もファッションの一部と思えばそんなに気にならないよ」

「ふぁ……? なんだそれ」

「うーん、装飾品の取り合わせ的な」

「はあ!? いや、でも首輪だぞ!? なんでそうなる? やっぱりおまえあたまおかしいのか?」

「えぇ? パンクとかエモとかゴシック辺りだと思えばワンチャンあるって」

「ぱ……? えも? な、何語だそれ」

「ファッション用語だと思う、たぶん。なんかそんな感じ、よくわからんけど!」

「お前も分かってないのかよ!」

「すまんて。あんまりその辺詳しくないんだよねぇ」


へへ、と後ろ頭を搔いて軽い謝罪をしてから、私は改めて現状について如何に恵まれているのかをプレゼンすることにした。これから付き合いが長くなるであろうこの少年に、専属奴隷というものがどれだけ優遇されているのか、どんなメリットがあるのか、魅力的なところを教えなければ。

まともなことを言っていて、それなりに人間やめてなくて真っ当で。

打てば響くような言葉が返ってくる子気味良さが、とても心地好い。

つまり、私はこの少年を気に入っていた。

ああ、やっぱり、ご主人様の目に狂いはない。そう思い知りながら、最低限かつストレートな利点を並べていく。


「オデットさまの所有物って認められてるから他の人から無碍に扱われることは早々ないし、食事も服も住まいも保証されてるし、オデットさまはめちゃくちゃ優しくて可愛いし。難点らしい難点は全然ないよ」

「いや、難点あるだろ。人間として認められないんだぜ、お前も俺も。それに……このままだとお前、俺に犯されるんだぞ」

「人間扱いされるのってそんなに良い事なのかなあ? 難点っていうほどの事? というか、同意の上だから強姦じゃないよ?」

「…………なんだって?」

「オデットさまが選んだ人なら間違いないよ。つまり和姦だから大丈夫だいじょーぶ。むしろあれだよ、きみが私に勃つかどうかが最大の問題」


埃を被ってくすんだ黒髪も、青空みたいな淡い眼も、垢で覆われた浅黒い肌も、磨けばきっと美しくなる。この少年を構成する素材は良質だ。ご主人様が全面監修してくれることは既に決まっているので、彼が麗しい美少年へと変身することは殆ど確定だ。夫確定ガチャは大当たりも良いところである。

嫌悪感はない。拒否感はない。それなりの準備を経た後なら、余裕で欲情だって出来てしまうだろう。

見た目は好みのドンピシャと言うには早計だが、好感を持てるタイプの言動に磨けば光る容姿が付いているという破格の御相手であることはまず間違いない。


「…………、おまえも、あの女も…やっぱり頭おかしいよ……」


やっぱりご主人様は凄いや! とご主人様の感性と判断力を改めて讃えていた私は、諦観の色濃く滲む顔で少年がぽそりと呟いた言葉に、特に何を言うでもなく微笑みを返しておいた。

時には諦めも大事だぞ、少年。


「きみの名前は?」

「……ヘラルド」

「ヘラルドくん。西の方の人?」

「そうだよ、親に売り飛ばされてな」

「そっかあ。まあそんなこともあるさ」

「ねえよ。普通はねえよ、そんなこと。……で、お前は?」

「モニカだよ。オデット様がつけてくれたの」


よろしくね、と続ければ、ヘラルド少年は心底嫌そうな顔をしながらも小さく頷いた。どうやらこれまでの会話を経て諦めてしまったらしい。或いは妥協されたのかもしれないが。

酷いところに売られるくらいなら、ご主人様のところに来た方がまだマシだ、と――そう思っているならば、あらゆる意味で大間違いである。


ヘラルド少年は、思い知れば良い。

ご主人様の素晴らしさを、この生活の恵まれっぷりを。

衣食住があるということが、生活を保証されるということが、一人で立ち続ける必要がないということが、他者に所有されるということが――どれだけ人間としての自尊心を刈り取るものであるかを、身を以て知れば良いのだ。


その中で、私という存在をつがいとしてそれなりに意識してもらえたならば儲けものだろう。

兎にも角にも、こうして私、モニカは夫(奴隷仲間)を得たのである。実に他力本願かつ受動的なかたちではあるけれど、私はそれで構わなかった。


「やっぱり、おまえ達は並ぶと愛らしいわね。選んで良かったわ」

「嬉しゅうございます、ご主人様」

「……ありがとうございます、ご主人様」

「これから仲良くね、モニカ、ルディ。ああ、今からおまえ達の子どもが楽しみだわ!」


にこにこと笑うご主人様と、無邪気に笑う専属奴隷と、憮然とした新米奴隷。

これから此処に、ご主人様のお婿様が加わって、ちょっと不思議で温かなデュ・ヴィリエ公爵一家が誕生するのは、そう遠くない話なのである。


 

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