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オレンジ・ビーチ  作者: 恵梨奈孝彦
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エリカの夢

喫茶店の中だ。正面に恭輔が座っている。

「あんた、あたしに何をしたか覚えてる?」

「忘れたな」

「へええ、あんた。女の子にあれだけのことをしていながら、忘れたとか言うんだ!」

「女の子…」

「は?」

「何でもない」

「あたしに何をしたか忘れたの!」

 恭輔が目をそらしてコーヒーをすすった。

「だったら、思い出させてあげる!」

「おいっ!」

 あたしは立ち上がった。

「みなさーん、こいつはねえ、あたしの命を助けておきながら、知らんふりをしようとしいていますよー!!」

「二回だけな…」

「三回だ! 高校生の時に、いまにも自殺するんじゃないかっていうあたしを助けた! あの国で民兵に襲われていたとき、助けにきてくれた! もう一回襲われた時も、あんたがいなけりゃどうにもならなかった!」

「あとの二つは、一カウントでいいだろ…」

「一回でも二回でも三回でも同じだ! 命は一度失ったらおんなじなんだ! この落とし前をどうやってつけるつもりだ!」

「結婚してください…」

 場面が変わった。恭輔と二人、神父の前で跪いている。

「汝健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも…」

 神父の声を遮って言った。

「死が二人を分かつまで、この女を妻とするや!」

…返事がない。なんでっ!?

 むぐっ。

 いきなり唇を奪われた。

 これが返事なのか! いや、それは後でいいから、言葉で…。

 好きな男の舌が、口の中で暴れ回っている!

 不意打ちだ…。 

 こいつはいつもそうだ。 

 は…、反撃を…。

 


 目が覚めた。

 なんだか隣に座っている高橋の距離が微妙に遠い。

 ……。

 「恭輔」

「なんだ」

 なんだか助手席の恭輔も微妙に自分と距離を取っているような気がする。運転している田中だけは眠る前と変わらない。

「あんたのことが大好きな女の子がいるとしてね」

「女の『子』ねえ…」

 夢とおんなじ反応をするな。

「その子がもし、あんたのことを好きなあまり、あんたにものすごく理不尽なことを言い出したら、どうする?」

「ズボンをはぎとって車の外に放り出して、そのまま置き去りにしてやる」

「あんた! あたしがどうなってもいいの!」

 この土地でそんな格好でふらふらしていたら何をされるかわからない。

 いや、何をされるかはっきりとわかる。

「おまえだとは言ってない」

「いまズボンを脱がされたら、高橋さんよりあたしの方がはるかにダメージが大きいでしょ!」

 エリカは今、下着をつけていない。恭輔の換えのズボンを直接はいている。

パンツもはかずに好きな男のズボンをはいたりしているから変な夢を見たとも思える。

「恭輔…」

「なんだよ」

「あんたはどんな夢を見るの?」

「おれの方が聞きたいよ。おまえの夢ってどんなものなんだ?」

 あたしの夢…。さっきの夢を思い出してしまった。頬が紅潮していくのがわかる。

「質問に質問で返すなって習わなかったの! いま質問しているのはあたし!」

「おれの夢ねえ…。おれは、おまえが生きているだけでいいよ」

恭輔が微妙にズレた返答をした時、砂漠にいきなり舗装道路が現れた。この国ではよくあることだが、途中で工事が終わってしまったらしい。

いきなり恭輔が後ろを振り返ってエリカの顔を見た。

「田中、道路に乗り上げろ」

「はい」

 道路に上がると、恭輔が車を止めさせた。

「エリカ、降りろ」

「うん…」

「高橋、田中、ここで待っていろ」

 高橋が言った。

「しかし…」

「命令だ。待機しろ!」

「はいっ!」

 恭輔に促され、エリカは素直に車を降りた。

 舗装道路をまっすぐにすすんでいく。地雷汚染があるため、舗装されていないところを徒歩で移動するのは危険だ。それにしても外はおそろしく暑い。歩いているだけで大量の汗が出る。

 道路の左わきにブッシュ(くさむら)が現れた。前を歩いていた恭輔がくるりと振り返って腰の拳銃を抜いた。


「なんのつもり?」

 恭輔はなぜか、英語で答えた。

「めんどくさくなったんだよ」

 恭輔の拳銃を握った右手の人差し指がピンと伸びて、エリカの心臓を指している。

「なんでおまえみたいな奴を守らなければならないんだ。おれたちみたいに武器を持っている人間がいるから悪いだの、赤ん坊殺しだの、好き勝手なことを言いやがって…」

 エリカも英語で答えた。

「そういう人も守るのが自衛隊でしょ」

「おれは、自衛隊の名誉を守らなきゃならない…、創設以来たくさんの命を救ってきた、武装救助隊としての理念を守らなきゃならない…」

 草むらが少し動いたような気がした。

「武装と救助が矛盾していることがわからないくらい、頭が悪いの?」

 エリカは少し左側に向きを変えた。恭輔がすばやくその前にたちふさがった。

「ここじゃ、死体なんか珍しくもない。そのへんに放り出しておいても、だれも怪しまない。というより、こんな場所じゃ死体なんか絶対にみつからないか」

 恭輔がエリカの後ろをチラリと見た。

「田中と高橋はおれの部下だ。おれがおまえを殺したなんてだれにも言わないだろうよ」

「運動不足の女ひとり殺すのに、そんなものを使わなきゃならないの? 道具がなけりゃなんにもできないの? あんたもそんなものを持つようになって、自分が強くなったような気がしているの?」

 とつぜん草むらから声がした。

「おまえがいま守っているのは、名誉なんかじゃない…。理念なんかじゃない…。そんなに高尚なものじゃない…。もっと低俗なものだ…。そのへんにゴロゴロしてるものだ!」

「うるせえ!」

 恭輔が草むらの方へふり返った。


「そこにいるバカ女の頭と腹だ!」


 エリカはしゃがんで、恭輔の体の陰にかくれた。恭輔のふくらはぎを思いっきり叩く。日本語で叫んだ。

「このっ、ダイコン! バレたじゃないの!」

「てめえ、わかっててやってたな!」

「あんたがあたしを裏切るなんていうくっだらない話を信じるくらいだったら、三分後に地球が爆発するっていう方を信じるわ! だいたいあんた、引き金に指もかけてなかったじゃないの! あたしに銃を向けるのがそんなに怖いの!」

「あたりまえだ、暴発したらどうする!」

「コメディーシアターは終わりだ。そこの男、銃を草むらに投げ捨てろ」

 恭輔が小声でエリカに言った。

「おれが撃たれても絶対に飛び出すな…」

 恭輔が拳銃を草むらに放る。

 民兵が草むらから出てくる。あの「あごひげ」だ…。こいつは二回、あたしのことをバカ女って呼んだ!

 恭輔が小声で叫ぶ。

「おれの死体を盾にしろ!」

 「あごひげ」が、恭輔に向かって拳銃を構えた。思わず目をつぶった。


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