恭輔
恭輔の号令と同時に部屋のガラスが一斉に割られた。
四方から、迷彩服の男たちが一斉に飛びこんでくる。
帰ってきたんだ…。
前だけを見ていた民兵は、いきなり背後から襲われ、ある者は昏倒させられ、ある者は床に叩き伏せられていく。
ここでも思いのほかあっけなかった。
民兵とは、もっと凶悪な存在だったはずだ。
もしかしたら、近い将来このことが重要になってくるかもしれない。
民兵の一人が恭輔の前に立った。ライフルを構えようとしている。
「吶喊突撃!」
恭輔の号令とともに高橋がくるりと振り返った。恭輔が姿勢を低くした。民兵がつられたように銃口を下げた。
気合いとともに高橋が床を蹴って跳躍した。恭輔の頭を飛び越す。民兵の顔面に蹴りがめり込む。仰向けに倒れたところを高橋が馬乗りになった。そばにいた民兵が、座っている高橋に銃を突きつける。恭輔がその民兵の頭に拳銃をつきつけ、銃を奪った。
二人の動作が、よく訓練された集団舞踊、いや、一人の人間のように見えた。
…気に入らない。
いつの間にかそんなことを感じられるほど、貴子は落ち着いていた。
部屋の中に多くの隊員と民間人が混ざって立っている中、恭輔が高橋に声をかけている。
「鹵獲品は」
「カラシニコフのほか、RPG7まであります」
一応説明しておくが、ロールプレイングゲームのことではない。ロシア製の対戦車擲弾発射機で、ロケットランチャーだと考えれば良い。単発ではあるがカラシニコフ突撃銃の2~3倍程度の値段で買えるのに加えて、対戦車ミサイルとして使えるだけでなく、モガディシュの戦闘では地上から軍用ヘリを二機撃墜した実績まであるという優れものだ。
「RPGは持っていけ。役に立つかもしれない。邦人にけがはないか」
「ありません。捕らえた民兵はどうしますか」
「さっきと違ってたいした人数じゃない。武装を解除したらそのへんで解放しろ」
「わかりました」
「夜明けを待つ必要はない。すぐに出発する」
「待てえっ!」
いきなり民間人の中から声がした。中年男の声だ。望月だ。
「この男は、赤ん坊を殺そうとしていた!」
望月がそばの民間人をかき分けながら恭輔のそばまでやってきた。
「こいつが拳銃を持って赤ん坊の母親に近づいていくのを見た!」
赤ちゃんを抱いている母親も同調した。
「その通りです」
「いや、それはですね…」
高橋が望月と母親に何か言おうとしたとき、次々に民間人たちから声が上がった。
「おれも見たぞ!」
「おれもだ!」
「わたしも見ました!」
…見てたんだ。だけど何もしなかったんだ。
自分が助かりたかったから、赤ちゃんを見殺しにしたんだ…。
貴子はそう思ったが、何も言えなかった。
自分も同じなのだ。
「民間人を守るのが自衛隊員だろう! それが、赤ん坊を殺そうとするなんてどういうことだ!」
「自分が助かりたかっただけじゃねえのか! そのために、何の罪もない子供の命を奪おうだなんて、人間のクズのやることだ!」
高橋が言った。
「中隊長は、子供を殺そうとなんか…」
高橋の言葉が終わらないうちに、あの母親が恭輔に言った。
「とにかく、わたしたちはあなたを信頼できません!」
「わかりました。あなた方の護衛は部下に任せましょう」
高橋が言う。
「しかし、中隊長!」
「護衛対象の信頼を失ったままでは無理だよ」
部下に命令を伝えるためだろう、恭輔がその場を離れようとしている。
「待ちなさい!」
恭輔を呼び止めた。
「おまえも、部下に宿営地まで送らせるから…」
「あたしは、日本人だろうが自衛隊員だろうが、武器を持っている奴はだれも信用しないの!」
恭輔に人差し指を突き立てて叫んだ。
「あんた以外はね!」