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オレンジ・ビーチ  作者: 恵梨奈孝彦
20/20

作者より

「二人の物語はこれでおしまい。ただ、新条恭輔が息絶えたのはまぎれもなく『日本』であった。彼が最愛の恋人とともに日本の土を踏むことができたのか。それともそこは国際法上の日本領にすぎなかったのか。それを語る必要はないだろう。女は、恋した男にかつて捨てたつもりだった祖国を見た。男は、恋した女を守ることが遠い祖国を守るのと同じと信じた。それを知れば十分なはず。だからこれ以上を語らないままに、この物語を終わる」




 ぼくは、戯曲「死が二人を分かつまで」と同じ結末をパソコンに打ち込み、「オレンジビーチ」の次話投稿にアップすると、「小説家になろう」のサイトからログアウトしました。

 それが終わると、なんとなく外に出たくなりました。

 靴を履いて玄関を出ると、近所をゆっくりと歩き始めました。

 しばらく歩くと、土手に何本か彼岸花が咲いているのが見えました。文字通りお彼岸のころに咲く花のはずなのに、今年は遅いようです。さらに広い道に出ると神社があり、その向かいにスタジオ、つまり写真店があります。

 戯曲では、ヒロインの最後の絶叫で物語を締めくくることができた。

 しかし、この小説では、エリカの強さではなく弱さを描いてしまったのではないか。

 エリカは、戯曲の由比藤絵里奈に比べて「強い女」という印象はない。むしろ弱さばかりが強調される。

 こんな女性を魅力的とはいえないだろう。

 エンターテイメントにおいて最も大切なのは「魅力的なキャラクター」だ。

 戯曲において大切なのは、テーマ性、ストーリー性、ビジュアル性、そしてキャラクター性だろう。

 しかし、最初から最後まで言葉によってのみ作られる小説は、ビジュアル性において舞台や映像に大きく劣る。

 だからこそ、キャラクターによって魅せる必要が戯曲以上に大きい。

 しかしこのエリカは、恭輔に依存しすぎている。

 このまま恭輔を失ったら、彼女はどうなってしまうのだろうか。

 むろんこんなことを考えるのは馬鹿げたことです。

 彼女も、恭輔も、田中も真奈美も、すべてぼくの悪い頭の中で生み出されたモノにすぎない。

 彼らはこの世のどこにもいない。

 小説が終わってしまえば、これ以上語られることはない。

 語られないということは、彼らのこの後は「ない」ということだ。

 ならば、恭輔がこのまま死ぬかどうかなどを考えるのも馬鹿げたことだ。

 光源氏も、ジャン・バルジャンも、この世のどこにもいない。

 しかし、彼らは紙の中から我々に直接語りかけてくる。だけどぼくの書いたモノたちは彼らのように生き生きとしているわけでもなければ、読者に何か訴えかけるわけでもない。

 それよりも、タイトルのことでも考えよう。

「オレンジ・ビーチ」は、太平洋戦争の激戦地であるペリリュー島で、日米両軍の兵士の血によってビーチがオレンジ色に染まったことからこう呼ばれたという故事からきています。

 その他の候補として、

 「エートス」。意味については劇中で説明しました。

 「ヴァイタル・パート」。軍艦の、ここをやられたら致命傷になるという部分のことです。

 「サクラメント」。秘蹟と訳されていますが、作者はこのタイトルには「結婚式」を意識しています。

 「ヴァイタル・サクラメント」。重要な秘蹟。

 「ふるさとを殺された女のはなし」。そのまんまですね。

 「この恋を終わらせる」。なんだかよくわかりません。

 これだけ考えたけれど、やっぱり「オレンジ・ビーチ」がいちばん妥当なようだ。

 そこまで考えたとき、ある写真が目につきました。

 写真店のウィンドウに展示されていたのです。

 結婚式の写真のようでした。

 新郎はタキシードではなく、陸上自衛隊の常装制服を着ていました。

 仕立てのいい褐色のジャケットに折り目のしっかりとついたスラックスを身につけ、床をしっかりと踏みしめて立っている。

 すっきりと通った鼻筋と、引き締まった口元の美丈夫であり、涼やかな目をしっかりとカメラに向けている。

 それだけではただの自衛隊員の結婚式の写真ですが、ぼくの目についたのはその隣の新婦の様子でした。

 今時珍しい、上品な白のウェデングドレスをまとっていているのに、きちんと座っていない。

 椅子の上にあぐらをかいている。

 そしてカメラを見ることはなく、新郎を見上げている。

 表情は微笑んでいる、というよりにやけている。

 幸せのあまり頬がゆるんで、自分でもどうにもならないのだろう。

 はしたないはずなのに、そんな感じが全くしない。にやけて顔をゆがめているのに、相当な美貌であることがはっきりとわかる。

 この新婦の姿を見ると、隣の新郎が真面目な顔をしてカメラを見ているのも、照れを必死に隠しているように見えてしまう。

 何よりも彼女の「彼と結婚できてうれしくてたまらない」気持ちがはっきり表れている。

 多分、正式な結婚写真ではなく、撮影の合間のショットなのでしょう。

だけどそれだけに二人の本当の姿が現れているようで、見ているこちらまで幸せな気持ちになってくる。

そんな一枚でした。

 ぼくはスタジオに入っていきました。

「おや孝彦さん、いらっしゃい」

 ここのご主人には、家の行事のたびに写真を撮ってもらっていて、ぼくとは古い知り合いです。

「あの…、ちょっと教えてください。外の結婚式の写真の女性ですが」

「駄目ですよ。個人情報ですから」

 表に写真を飾っておいて、今更個人情報もないものだ。

「一つだけ教えて下さい。いや、答えられないならそれでもいいです。あの花嫁の名前は『エリカ』というのではないですか?」

 驚いた様子は見せませんでしたが、主人はカウンターの向こうでしばらく声を出しませんでした。しかし微笑みながら、はっきりとこう言いました。


「いいえ…。あの新婦様のお名前は『エリカ』様ではありません」


「…そうですか。ありがとうございました」

 ぼくは写真店をあとにすると、そのまま別の通りに出て歩きつづけました。

 おれは何を考えてるんだ。 自分の頭の中にしかいない人間の写真が、うちの近所のスタジオにかかってるわけないじゃないか…。

 小説も書き終わったし、仕事のことを考えなければ。

 その時、ぼくはあることに気がつきました。

 そうだ! 彼女の「名前」は「エリカ」じゃなかった! 「藤原貴子」。いや、あの写真が彼女だとしたら、今は「新条貴子」じゃないか!

 どうしよう…。もう一度聞いてみようか。

 いや、「ひとつだけ教えてほしい」と言ってしまった。今さらほかのことは聞きにくい。

 ぼくは引き返すことなく、夕方の町を歩き出したのでした。


令和元年10月9日 「オレンジ・ビーチ」了


私の拙い小説を読んで下さり、ありがとうございました「死が二人を分かつまで」の絵理奈は、「最後に理性も信条も哲学も、恋以外の全てをなげうった」とも言えるのですが、作中でも記した通り、この小説のエリカは最後まで恭輔に依存しすぎていて、「わがままで甘ったれな色情狂」にすぎないと言えます。しかし絵理奈も「何なんだ、このめんどくせえ女は」とも言えるわけで、機会があればもう一度書き直してみたい題材ではあります。この小説を細切れに連載したのは、毎日投稿ぶんを見直していたからなのですが、長いあいだお付き合いしてくださった読者様、本当にありがとうございました。


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