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オレンジ・ビーチ  作者: 恵梨奈孝彦
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オレンジ・ビーチ

ドーンという音とともに衝撃が伝わってきた。

 自分の顔の上に、田中が上半身をのせたらしいことに気がついた。

 こじ開けるように顔を出す。

「今のは…」

 ゴーッという何かが燃える音が聞こえる。

「戦闘ヘリコプター、AH64Dアパッチ。対地攻撃能力があるんですよ。ナパームを撃ち込みました。林を燃やして、敵をあぶりだします!」

 ヒューッという高い音が聞こえ、一瞬聞こえなくなった後に巨大な爆発音がした。それが連続して聞こえてくる。

「127ミリ砲の砲声です。…ここは大丈夫ですよ。新条一尉がなぜ『ここからまっすぐ』飛び出したかわかりますか? 我々の位置をヘリに知らせるためです。さらにあいつらが飛び出した所から、民兵がどのあたりに潜んでいるかもわかっているはずです」

「だけど大砲なんか、どこにも…」

「艦砲射撃ですよ。水平線の向こうから撃っています。とうとう始まる…」

「戦争…」

「そんなことにはなりませんよ。日本人にとって法なんてたいしたものじゃない。我々という存在がそれを証明しています。日本人の死傷者が出たことを知り、ここで同胞の屈辱的な姿を目の当たりにして、日本国民は専守防衛も、交戦規定も、憲法第九条もどうでもよくなってしまった。これから起きるのは戦争なんかじゃない…。虐殺です!」

 炎にあおられた人間が林から次々に飛び出してくる。いつのまにかヘリが四機にふえていた。「アパッチ」の他は、側面に対して前面がひどく細い、バッタのような姿をしている。

「あれは…」

「アタックヘリ、AH1S。『コブラ』と呼ばれています」

 「コブラ」の機体の下に、金属の樽を横にしたようなものが取り付けられている。「樽」の蓋に当たる部分がうなりをあげて回転した。回転が最高潮に達した時、「樽」の中央の銃身から弾丸が飛び出した。連続して飛び出したタマは、一人を除いた地表にいる全ての人間の上に降り注いだ。

 もともと民兵たちは武装していたはずだが、銃を持っている者はほとんどいない。銃を持っていても空に向けようとする者はさらにいない。たとえ空に向けたとしても、ヘリを撃ち落とすことなどできないだろう。

 陸上戦においては、上空を占める者が圧倒的に有利なのだ。

 大口径の機銃弾が、人間の体そのものを削り取る。血が、肉が、骨が、内蔵が、砕けて飛ぶのが見える。薬莢が地面にパラパラ落ちる様子が、その銃の威力に対してひどく軽いように見える。四機のヘリがぐんと降りてきた。一機のインディアンと三機の毒蛇が、まるで一人一人を狙うかのように、執拗に追いかけ回す。その執念深さは爬虫類そのものだ。田中がつぶやいた。

「いくらなんでも…、低く飛びすぎた。地上の援護もないのに、RPGを撃たれたら…」

 その時砂浜に巨大な船が現れた。

 いや、船とは言えない。船が浜に乗り上げられるはずがない。しかし海からやってきたことは間違いない。その「船」は、「船底」がとがっておらず、黒い巨大なスカートのようなものをはいている。子どものころ図鑑で見た「ホバークラフト」に似ていた。再び田中がつぶやく。

「エルキャック…。『おおすみ』がここへ?」

 平たい形をした二機のヘリに護衛された「エルキャック」は、その甲板にあるものを見せた。

 その二つのモノは、甲板から砂浜まで自走した。ちょっとのんびりした動きだ。しかしそう思えたのは一瞬だった。彼らが砂浜に降りた五、六秒後には信じられないような速度で走っていた。高速で回転する巨大なキャタピラ、その上に四角い、前方にかけてV字型の切れ込みのある砲塔が載せられ、その前面から太くて長大な砲身が突き出している。

「あれは、10(ヒトマル)式…」

 今度はエリカがつぶやいた。

「せ、戦車…」

 砂浜はたださえ民兵たちでごったがえしている。「ヒトマル式戦車」は、その真ん中につっこんでいった。一人をのぞけば全てが敵なのだ。ある国では戦車隊のことを(パンツァー)というらしいが、この二台の戦車が砂塵を巻き上げて走る姿は、豹どころか、鋼鉄の象そのものだ。しかも象のような鈍重さは全くない。凹凸のある砂地を豹のように滑らかに走る。あれほど恐ろしかった民兵がこびとのように見える。民兵の一人がロケット砲を発射した。そのまま砲塔に当たった。パッと何かが光った。鈍い音がする。光が消えた。破孔がない! ペンキさえ剥げていない。

「バカめ…。RPG7なんていう貧乏兵器に、10式の前面装甲が破れるか!」

 田中が上で何か言っている。

 彼の服を剥いでいた者たちは、とっくに恭輔を放り出していた。それどころではないのだろう。必死に、逃げる。それを戦車がおいかける。象と人間のおいかけっこだ。しかも象は、凪いだ水面を走る高速船のように、滑るように走ってくる。人間に勝てるわけがない。走っていた一人がたまらず後ろを見た。そのままキャタピラの下に巻き込まれた。一人、また一人。戦車が通った後に、人間だったモノが、ただの肉の塊が転がっている…。

 田中がつぶやくのではなく、エリカに言った。

「目も当てられない惨状ですが、これは必要なことなんです! この土地の人間は、隣りにいた奴が撃たれて一度は逃げても、相手に隙があると思えば銃を取り出して撃つ。女でも子どもでも同じです。だから救命活動であれ何であれ、まず武器を持った人間を一人残らず無力化することが必要なんです!」

 ……何よ。

「何よ、何よ、何よ! こんなの持ってるんだったら最初から出しなさいよ! どんなに頭の悪い奴でも、こんな相手にケンカ売ろうだなんて考えないわ!」

「しかし、自衛隊は戦うための軍隊ではない。戦わないための軍隊です。これでもう、戦わなくてすむ。丸腰の日本人がこの国のどこを歩いてもだれも手を出さない。医療、衛生、食糧支援。本当の援助が可能に…」

「この国の将来なんか、知るかあ!」

 これを最初から出していれば、あの子も死なずにすんだ。恭輔も、あんな目に会わなかった!

「…あなたは見ない方がいい」

「あたしが何人死なせてきたと思ってるのよ! あいつみたいな、自分の女の敵でさえ撃つのをためらう奴とは違うわ!」

 その時エリカは、一見無茶苦茶に見えた自衛隊の行動が、秩序だった「作戦」であることに気がついた。林に火をつけていぶし出す。四機のヘリが時計回りに移動しながら機銃を撃ち、民兵たちを砂浜から出られなくする。戦車はそこを縦横に走り回る。もはや逃げ場は海しかない。すべて敵を追いつめるための行動なのだ。

 洋上で「エルキャック」をエスコートしていた二機のヘリの扉が勢いよく開いた。中から機銃の先が現れる。二丁の機銃が次々に火を吐く。射手の体が剥きだしだが、もはや警戒する必要がないのだろう。ヘリは機銃の先が下を向くよう、そして射手を海に振り落とすことがないよう、絶妙の角度を保ちながら飛ぶ。海に飛び込んだ民兵に、至近距離から機銃弾を撃ち下ろす。

 …ついに、全ての喧噪がおさまる時がきた。銃声がすべてやんだ。砂浜にまともに動いている人間はひとりもいない。まともに声を出している者はひとりもいない。

 田中の重みが背中から消えた。しかし両手はまだエリカの両肩の外にある。つまり田中の両腕の間にまだ、エリカの体は挟まっていた。田中はまだ警戒しているらしい。砂浜を凝視している。

 エリカは上半身を反らせながら後頭部で田中の顎に思い切り頭突きをかました。

「ぐ…」

 そのまま両手で砂をつかんで地面を蹴った。

 前傾姿勢のまま駆けだしていく。

 あちこちでうめ声がする。

 朱色に染まった砂地に足を取られながら走る。

 恭輔…。

恭輔…、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔!

 10メートルも行かないうちに走れなくなった。左足首に重みを感じる。振り返った。

 エリカの足首をつかんでいる者がいる。「あごひげ」だ。下半身がない。

「た、たすけ…」

 かろうじて声は出るらしい。

 エリカは握られた左足を軸足にして、「あごひげ」の顔を思い切り蹴飛ばした。

 足首の重みがなくなった。

 体を反転させて走る。後ろで銃声がした。田中が「あごひげ」にとどめをさしたのか。かまっていられない。


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