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たそがれ磁石――第3部ending――

作者: 巻坂こう


空港の展望デッキから見た空は、なにもかも吸い込んでしまいそうな青さで、そんな空から旅客機が

一機、また一機と次々姿を現し、同じ数だけ旅客機がまた空へと吸い込まれていった。

日本を発ち、今日から私はまたアメリカで暮らす。

アメリカでの暮らしはもう慣れているから、以前のような虚しさはなく、少し楽しみでもあった。

大学は一時休学して短期の留学に行くと銘打ったけれど、本当はいつ日本に戻れるのか全く検討がつかなかった。

全ては父の長期の海外勤務次第だし、なにより私も向こうで父に紹介された学校に通わなくてはならない。


「ユウくん……」


私はユウくんに嘘ばっかりついた。

本当は既に開いているピアスを開いていないと言い、ずっとこの黒髪に隠していたり、行くと約束してもバックレたり。

そしてユウくんに何でもないと告げ、今、日本を発とうとしている。

私は本当はずっとユウくんから思い出して欲しかったんだ。

私だけ昔の世界に閉じ込められたかのようで、辛かった。

でもこんなトゲトゲした性格だから。

ここぞというところで素直になれない自分だから。

ワザとピアスに関する約束をしたり、ワザとユウくんの()()を抜け去っていったりしてユウくんに思い出させるよう仕向けていった。

そして結局私ばかりが損をする。

「バカだなぁ……私は」

後悔と自責の念に飲まれている。

こんな事になるのなら、あの時ピアスなんて渡さず、思い切って告白して付き合ってしまえば良かったのかなぁ。

あんなに楽しかったユウくんとの思い出も、結局昏いまま。

私は左耳たぶについている、この『たそがれ磁石』を外そうと、そっと触れた。


「結衣!」

瞬間、背後から声がかかった。

私は驚いたが、振り向きはしなかった。

その声は私を何度も泣かせ、惑わし、ときめかせた、大好きな声だったからだ。

その人は私を何度も導き、いつも一緒にいてくれた、大好きな人だったからだ。

名前を呼ばれてから数秒、沈黙が空間を支配した。

ようやく私は口を開いた。

「……何しに来たの?」

「またアメリカへ行くって聞いて来た。黙って行くなよ」

「……いいじゃない」

ああ、だめだ、彼を目の前にすると、どうしても素直になれない。

本当は嬉しくて今にも泣きそうなのに。

「よくない。ふざけんな。どうしても行っくなら、これだけ聞いて」

瞬間、彼は、私に聞いて欲しい事を言ったのではなく、私の肩をぐいっと掴み、私を強引に彼の方向へ振り向かせた。

「な、なによ……? ユウくん……」

あまりにも唐突だったので、心臓が飛び出しそうになった。

そしてユウくんは何も言わずに、私をぎゅっと抱きしめた。

「え? ちょっと……!」

バクバクと鼓動する心音は間違いなくユウくんに伝わっていただろう。

心臓が壊れそうで恐怖すら覚えた。

お互い抱き合ったままユウくんはようやく口を開いた。


「これが答えだ結衣」

ユウくんが左耳を、私の左耳に近づけた途端に耳がぐいっと引っ張られて瞬間、「バチン」と大きな音がした。

(いた)っ……!」と、ユウくんと私は同時に呻き声を上げた。

「これが答えだ。結衣。俺とお前の『たそがれピアス』、やっと一つになったぞ。それにしてもこれ、磁力の強さが異常じゃないか?」

二つのピアスは、二人の耳元で反応し合いピタッとくっついていた。

「言ったでしょ? 父の会社で作った特別なもの。『ネオジウム磁石』をもとにして作った超強力磁石、それが『たそがれピアス』よ。それにしても……思い出したのね……」

いったいどうやって思い出したんだろう。

「ああ、ピアスに砂鉄が付いててビックリした」

「砂鉄? 私の今までの『思い出してちょうだいアピール』は何だったのよ」

「なんだそれは」

「九回に渡るピアスバックレ事件とか、焼肉が好きな事をわざわざ九年前と同じセリフで伝えたり!」

自分で何を言ってるのだろうと思って少し恥ずかしくなった。

「九回全部お前の策略だったのかよ。焼肉が好物なのは忘れてた。そう言えば昔焼肉屋行ったっけなぁ……うーん……」

「もういいわ。砂鉄ふりまけば良かったかしら。私とたそがれピアス、放してちょうだい」

ユウくんは腕を解いて私を放し、ピアスを手こずりながらも再び耳に痛みが伴わないよう丁寧に磁界の外へやった。

「まさか、毎度わざわざ磁界に入るために俺の左側を抜けてったのか?自らの痛みと共に」

「さぁ……どうかしらね」

「おいおい……俺は耳鼻科にあたろうかと思ったぞ。まさかこれが磁力を帯びて結衣のピアスに反応してるなんて思わなかったしな」

ユウくんは苦笑した。

全部思い出したというわけじゃなさそうだけど、それでも――

「ふふっ、少しはあなたの意表を突けたみたいね」


――それでもユウくんは来てくれたから。

もう私は同じ轍を踏まない。

今度こそ、ユウくんと一緒にいたいから。

「ユウくん、ありがとう」

「私、ユウくんが好きだよ」

ピアスを渡すことよりも、この一言を言うことが正しかったなんてもう思わない。

過去がどんなものでも、私たちは今ここにいるのだから。

「俺はもう九年前に伝えてあるはずだ。今も変わらない」

「気をつけて行ってこいよ。今度こそ、思い出と一緒に待ってるからさ」

「うん……! ありがとう」

ユウくんが、こつんと私の額に、ユウくんの額をくっつけた。

私は、そのスキンシップを正面から受け止め、でも、ぎゅっと目を閉じた。

瞬間、ぽろぽろっと零れた涙。


「行ってきます!」



* * *


「ママ! 私、かんじテスト百点だったよ!」

家の玄関が開いた途端、高い少女の声が廊下に響き渡った。

「あら、結香(ゆか)! ……へぇ! すごいじゃない」

娘の結香が胸に飛び込んできた。

私は結香の髪を優しく撫でてあげると、結香は気持ちよさそうに目を細めた。

「ねぇ、パパにも見せてあげたい」

「分かったわ。じゃあ、忘れないように冷蔵庫に貼っておきましょ」

「うん! 貼ってくる!」

結香はバタバタと台所へ駆けていった。

「ママ!」

台所から結香がまた私を呼んだ。

「はいはい、どうしたの?」

冷蔵庫の前に立っていた結香は真剣に、()()()()を眺めていた。

「ねぇママ、冷蔵庫にくっついてるその磁石はなに? 指輪?」

「ああ、それはね――」


私と大切な人を結んだ




「たそがれ磁石」



――END――



最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

これにて「たそがれ磁石」は完結です。

問題点は色々あるとは思いますが、少しずつ改善していきます。

今後も小説を読み、書いていきます。

これからも「巻坂こう」をよろしくお願いします。

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