ゼン先輩が猫に?!
「え、、」
ゆっくりと顔を離すと、白い毛並みのモフモフしたものから、先輩の声がしてくる。
恐る恐る、顔を上げると、頭の前髪の部分が茶色の、大きな猫が立っていた。
「あ、おはよう、ゴザイマス、、」
「ああ、おはよう」
あれ、あれ?
声だけは知っている。これは、ゼン先輩の声だ。うちの部署で指折りのイケメンで、私の憧れの人。けれども、ゼン先輩は、猫じゃなくて、人間のはずなんだけど。私、猫のこと考えてたから、目が錯覚を起こしてるのかな?
少しかゆい右目をこすって、再度見てみても、そこには猫がいた。大きいけれども、なんだかかわいい。少し切れ長の目が印象的で、前髪っぽい茶色の毛が可愛い。きっと先輩が猫になったら、こんな感じだろうなと思う猫像だった。
ああ、そうか、これは夢なのね。珍しいしかわいいから、もう少し見ていたいな。
楽しい気分になってきて、夢見心地でぼんやりと見つめていると、見覚えのあるような、ないような大きな猫は、上司のデスクに向かっていった。
「課長、すみません、朝起きたら、毛が生えちゃってて、なんか、猫になってました。」
課長は、目を丸くしながら数秒固まった。
「あの、ゼンくん、冗談だよね。職場に着ぐるみ着てくるのは、ちょっと、、」
「いえ、課長、、本物なんですよ。今朝、新手の罰ゲームかなと引っ張ってみたり、後ろにチャックがないか確かめたんですけど。」
課長は、恐る恐る席から立ち上がり、「ゼンくん、失礼」といって、肩や背中や首元を調べ始めた。
ああ、モフモフチェックとは、課長、楽しそうだなぁ。
そんな私の思いとは裏腹に、課長の顔はみるみる青ざめていった。
「課長、残念ながら、繋ぎ目ないんですよ」
ため息まじりに、ゼン先輩は言った。
「わかった、、ゼンくん」
先に再び座った課長は、現実として受け入れるしかない彼のすがたを見渡して、こう言った。
「まあ、なってしまったものは仕方ない。
ゼンくん、このまま働けますか?」
「はい、なんとかやってみます」
「できることとできないこと、まずは整理してみなさい。困ることは多々あると思うから、直属の後輩のユウさんを世話係につける。」
ゼン先輩は、ほっとした表情を浮かべ、目が細くなり、にっこりとした猫の目をしていた。
すると、課長が私を呼んだ。
「ユウさん、ちょっとこちらに、」
わたしは、すぐに、課長のもとに行き、先輩の横に並ぶと、毛並みがフサフサと腕に当たった。モフモフがホウキみたいだ。あ、まずは上司の話を聞かなくちゃ。
「ユウさん、ゼンくんの世話係を頼みます。まずは、ゼン先輩の生態の調査、、いや、一緒に行動して事情を説明して、皆さんの理解を得ながら仕事を進めてくれ。仕事は、いままで通りだが、ゼンさんの営業先へは、君が対応してくれ。」
「は、はい!」
返事をしながらも、まだ信じられず、ゼン先輩の横に並んだ私は、自分の頰を思い切りぐいっとつねった。
痛くて、夢じゃないことを悟った。
「ごめんな、ユウさん、、急にこんな事になって。」
「いえいえ、猫は好きですから」
驚きながらも、現実を受けいれる。本人が1番たいへんだよね。とにかく、がんばってみよう。先輩のためにも。
それにしても、大きな猫さんだなあと、横から見上げる。
「助かるよ。起きたら猫になってるなんて、信じられないけど、朝出勤しなきゃならなかったから、そのままの自分を受け入れるしかなかったから。」
「いえ、いえ、(まだ、完全に私は現実を受け止められてないんだけど)」
ふと、気づくと、顔がかゆくなってきた。
「あれ、顔真っ赤だよ。大丈夫?」
間近で猫の顔で覗き込んで、私の頰に猫手を触れたゼン先輩の行動に驚いた。
「あの、ちょちょっと、トイレに行ってきます」
私は、出勤鞄を持ったまま、トイレに一度退避した。