彼女がいなくても生きていけると気づいた日
「じゃあ、またね」
「うん、またね」
僕がそう言った後、君は玄関のドアを閉めて出ていった。暗い部屋の中、冬の事だったように思う。このとき僕は気付いた。
なんにも心が喚かない。寂しいだとか、もっと一緒に居たいだとか。むしろ自分一人の空間に、少しだけ安堵を覚えてしまっている。身体の奥底で気持ちがこう告げる、彼女がいなくても僕は生きていけるんじゃないか。
彼女が終電で帰り、部屋に散らかった僕ら二人の残骸を片付ける。晩御飯の食器、君が口をつけたマグカップ、乱れたシーツ、今までずっと僕のものだったこの部屋が荒らされているように感じ、またそれをもとに戻すのも面倒で仕方なくて、その感情に自分がひどく捻れたような気がして嫌だった。君が一ページだけ読んだ漫画を本棚に収める。ふとテレビの横に立てた僕ら二人の写真が目に入った。もう埃が積もって、薄く白く色褪せてしまっているように見えた。
前々から勘づいてはいた。だけれども今日、彼女と過ごした時間は僕にとってその感情を確信に変えさせた。何かあったわけでもない。ただはっきりと、僕が彼女と居るのが苦痛だと思いに至っただけである。彼女と過ごす時間はいつもの何倍にも思えて、部屋が暗くなってからは、混じりあう身体に嫌悪感を感じてしまった。
もうだめだな、と僕は誰の為でもなくなく呟き、いつか君が買ってきてくれた冷蔵庫の缶ビールを開ける。一気に飲み干して携帯に手をかけた。ものの五分でメールの文面は驚くほど情に薄く、いとも簡単に心ない文字で埋まってしまった。
送信を押して、僕は携帯の電源を切った。手が震えている。元々僕はお酒に強くない。きっとお酒のせいだと自分に言い聞かせた。僕なんかもう目が覚めなければいいのに、と思った。