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罪人姫は死神に愛される  作者: 白藤もも
1章 脱出
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第2話



 暗く湿り気を帯びている罪人の塔の中で、罪人姫と死神はなにやらごそごそと家捜ししていた。

 必要なもの、持っていくべきものなどを手当たり次第バッグに詰め込む。それは、この先30日にも及ぶ旅のための支度だった。


 そんな中、死神に連れ去られるというという予定のシルフィアは、男に疑問をぶつける。



「ねえディオス、そう言えば貴方どうやってこの塔に入ったの? やっぱり死神の謎の力……みたいな?」


 それは、塔を出るに当たっても重要事項とも言える事柄だった。なぜなら、もし仮にディオスが死神の力を利用して侵入したのならば、その力がシルフィアにまで及ぶとは限らない。自分は別に塔から脱出する方法を考えなくてはならないのだ。

 だが、そんな心配は無用だったらしい。


「いや、普通に正面から入った」


「さすが死神さん。それもすごいね」


 シルフィアは驚きと尊敬の入り混じる視線をディオスに向ける。

 この塔に侵入するのは並大抵の人間には出来ないことだ。人が寄り付かないような奥地にはあるものの、出入り口は何重にも頑丈な鍵が取り付けられ、窓にはすべて鉄格子がはめられている。通気口はいくつか存在するが、どれも拳がぎりぎり通るほどの大きさしかない。唯一、食事を運び入れるための穴でさえ、大の大人が通ることなど不可能とも言えた。

 それにここは一応、王城の敷地内である。侵入するにも、まずは城門を突破しなければならないのだ。


「まあ死神だからな」


 ディオスは無気力な様子で、なんでもないようなことのように言った。彼にとって、罪人の塔の設備はざると言っても過言ではないのだ。腕力のない女一人を閉じ込める環境など、ある意味ではたかが知れている。


「そういや、食事とかはどうしてたんだ?」


「一週間に一回、食材が運ばれてくる。それを自分で調理したりしてた」


「お前、本当に姫様か」


 彼は呆れた声で口走る。

 シルフィアは、この塔に閉じ込められてからは自らの手で全てをこなしてきた。城で暮らしていた頃はやったことのないような雑用も覚え、今ではそこらのメイド達よりも上手くこなせるだろう。


「だって暇で暇でしょうがなかったから。退屈よりは全然マシだもん」


 彼女は肩を竦め、眉を上げた。そのおちゃらけた様子にディオスは鼻で笑う。

 そして、得体の知れないものを見るような目で質問を続けた。


「死にたいとか思わなかったのか? こんなとこに閉じ込められて。見たところ俺が命を貰いにきたことに、微塵も恐怖を感じてないだろ」


「そんなことないよ。死ぬのは怖い」


 ディオスは内心「嘘つけ」と悪態をついたが、顔に出すことはなかった。女はどう見ても死に対し、抵抗などしていない。むしろ、自らその身を差し出しにきているように思える。この仕事をしていると、死に悲観的かそうでないかくらい判別できるようになってしまうのだ。

 だが、ディオスはわざわざシルフィアの言葉を否定しようとは思わなかった。この女は何か、死に対し並々ならぬ思い入れがあるに違いない。そう感じ取ったからとも言えた。


「だが、このまま生き続けたいと思うのか?」


「……死神さんは、どうしてそんな無駄な質問をするの? 最終的には私の命を取るのに、こんなこと聞くのはどうして?」


「さあ、な」


 ディオスは特にこれと言って理由が思い浮かばず、曖昧に言葉を濁した。ただの野次馬根性だとでも言えば良かったが、女の澄んだエメラルドの瞳が真っ直ぐに自分を貫いており、何故か言葉が出てこなかったのだ。

 シルフィアはしきりに男を見つめており、彼は居心地の悪さを感じた。


「……罪人だから閉じ込められた」


「……?」


 シルフィアは相変わらず澄んだ瞳で言葉を紡ぐ。意味の理解できないディオスは眉をひそめた。


「それなのに、勝手に死ぬのは間違ってるかなって。なんとなくそう思ったから。だから生きてた」



 ――彼女の口から語られるのは、退廃的な生だった。



 ディオスはその言葉を聞き、シルフィアの思考のほんの一欠片を理解する。

 恐らくシルフィアという女は死に恐怖を抱いていないとまではいないが、生に執着するほどの魅力を感じていないのだろう。長年、死神として生きてきたディオスはそう感じ取っていた。


「そりゃ、俺がここに来て良かったな。中途半端だったお前も、ようやく結論が出せる。死という現実を突きつけられたことで……な」


「うん」


 シルフィアは満足そうに微笑んだ。

 死という結果に対し、新たな未来を思い描くかのように。


 男はそんな不憫な女に対し「皮肉だな」と心の中で呟いた。

 今からの旅を思えば、シルフィアはおのずと真相に辿り着いてしまうだろう。この残酷な真実を知ったとき、彼女は一体どのような結論を出すのだろうか。

 まだ会って間もない他人であるはずなのに、ディオスはひどく興味を抱いているのだ。ーーこの『デルフィニアの悲劇』の元凶とも言える、罪人姫に。



「そんなことよりディオス。私、貴方についてとても興味がある」


 ふと、シルフィアは思い至ったかのように口を開いた。その口調はまるで探究心を持った子供のようで、男の表情は迷惑そうな面持ちへと変わる。


「興味なんて持つな。俺は死神だぞ」


「死神さんなんて、一生に一度お目にかかることができるかどうか分からないし。そういう意味でなら、私も幸運だね」


 シルフィアはそう言ってあはは、と楽しげに笑う。死神は、この女はやはり頭のおかしな奴なのだと実感したかように、その灰色の双眸で一瞥した。女はそんな男に気づく様子もなく、興味津々な態度で再度口を開いた。


「死神ってどんな仕事してるの? ……やっぱり人をいっぱい殺しちゃったり……する?」


 シルフィアは恐る恐るといった表情で、ディオスを覗き見る。そんな態度を馬鹿にした彼は挑発的な笑みを浮かべ、女を観察しながら言った。


「お前だって犯罪者だろ?なに怖がったような顔してるんだよ」


「べ、別に怖いとは思ってないけど……ねえ、教えて。死神はどんな仕事してるの?」


 ディオスは長い溜息をつく。

 挑発したにも関わらず、シルフィアは華麗にスルーした。この女には冗談や遠回しな表現は伝わらないらしい。


 ――なんでもすぐ、信じてしまう罪人姫には。


「別に殺しまくったりはしない。ただ仕事が舞い込めば殺るが、それは趣味じゃない。仕事といえば、やっぱり裏で暗躍したりすることの方が多い。俺もそっちの方が楽しいしな」


「そっか…………死神さんなのに優しいんだね」


「俺が優しい? ……んなこと初めて言われた」


 ディオスは目を見開く。

 《自分》と《優しい》といった言葉ほど、対極的にあるものはない。人からもそう言われてきたし、彼自身もそう思っていたのだから。

 残虐だなんだと言われ続けていたが、ディオス自身それを直そうだなどと微塵も考えたことはなかった。それこそが優しさの正反対である人間性、ならぬ死神性を持っているという証拠とも思えるのだが。


「お前、俺の言ったこと聞いてたか? 俺は殺るとなったら、躊躇わず殺る男だぞ?そんな奴のどこが優しい」


「だって、仕事以外では人を殺さないんでしょ? 私より十分優しい。……仕事じゃなくて、私怨で殺した私よりずっと」

 

 シルフィアはまた、暗い顔を見せた。その表情をディオスが見るのは二度目だった。


 ――その表情の裏には、実は隠された重大な秘密があった。だが今は誰もそのことを知らない。


 彼女は暗い空気を振り切るように、明るい声でまた男に問いかけ始めた。


「私、裏で暗躍っていうのも…………すごく気になる」


「…………お前が知っても意味ねえ。ほっとけ」


 ディオスはぶっきらぼうに言った。そして「そんなことより……」と言葉を続ける。


「おいシルフィア。お前口だけじゃなくても動かせ。旅の支度はもう終わったのか?」


 元はと言えば、旅の支度をしている中での軽い雑談だったのだ。いつの間にか作業よりも会話の方が中心となってしまい、ディオスは己がターゲットの女に流されてしまったことに対し、心の中で舌打ちを打つ。


「私はもう終わったよ」


「…………」


 その衝撃的な言葉によって心の中でだけでなく、現実世界で盛大な舌打ちを打つことになった。


「……それならそうと早く言え。時間、無駄にした」


「無駄なんかじゃないよ。私も少しだけだけどディオスのこと知ることが出来たし、ディオスも私のこと少しだけでも分かったでしょ?」


 そう言ってシルフィアは優しげに笑う。

 気弱げに見えるが意外と押しが強く、上手くかわさなければ流されてしまいそうになる。ディオスは彼女に対し、そう学んだ。


「もういい。さっさとこんな陰気な塔、出る。ついて来い」


 男はシルフィアから背を迎え、塔の螺旋階段へと向かう。彼女はこくりと頷き、急いで自身の持ち物を手に死神のあとを追いかけた。




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