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罪人姫は死神に愛される  作者: 白藤もも
1章 脱出
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第1話



 ここデルフィニア王国は他国との貿易に栄えた大国である。商業に栄え、潤った土地柄からか農業にも精通しており、国民たちも飢えることのない平和な国だ。だがそんなデルフィニアにも数年前、全国民を驚愕させることとなった大事件が起きたのだ。



 ――王太子夫妻毒殺事件。



 これこそが、今では《デルフィニアの悲劇》と呼ばれることとなる凄惨たる事件であった。

 国の第一王女であるマリアンヌと、その夫であり隣国からやって来た次期国王の王太子エルリックが同時期に殺害されたのだ。


 王族同士のいざこざによって暗殺が起きるということも他国ではあるだろう。だがここデルフィニア王国によっては例外で、本来ならあるはずもない出来事なのだ。

 なぜならデルフィニア王族は皆、温和で穏やかな者ばかり。さらに、王太子夫婦以外で王族の子として名を連ねるのは第二王女シルフィアだけだった。ゆえに多少のいざこざはあれど、権力争いとは程遠い環境であるとも言えたのだ。


国王は側室を持てど、子は本妻以外では成さなかった。いや、成せなかったのだ。二人の王女は偶然出来た産物とも言え、国王や王妃らはそれはそれは娘たちを大事に育てていた。それ故か、王女らの仲も良く、互いに信頼しあっているのが目に見えていた。

そんな温かい王宮内で、最悪な事件が起こってしまったのだ。もちろん王族に名を連ねるものとして、暗殺されぬように用心はしていたはずだった。けれども、二人は呆気なく亡くなってしまう。


 そしてそんな二人を狙った犯人に、国民は再度驚かされることとなる。


 ――王太子夫妻毒殺事件の犯人。それこそ、第二王女シルフィアであったのだ。


 彼女は王太子であるエルリックに横恋慕し、まず実姉を殺害したとされる。その後、邪魔な姉はいなくなったと言ってエルリックに迫ったところを拒否され、やむなく男も毒殺したのだと言う。


 国民は皆「シルフィア王女様が毒殺するだなんてありえない」と口々に言った。

 第二王女は慈善活動にも精を出す、儚くも健気な王女だったためだ。彼女はデルフィニア王国一の美少女と呼ばれ、国民の中にも憧れを抱くものも多かった。ミルクティー色の髪に、エメラルドのような緑の瞳はまるで、妖精の化身とまで言われた。一度街へ繰り出し国民に声をかけられると、気安く微笑みを浮かべてくれる。まさに優しい王女の鏡だったのだ。


 そんなシルフィアが、横恋慕の果てに王太子夫妻を毒殺した。世間は大騒ぎとなるが、彼女を庇い立てるものも多かったと言う。


――だがシルフィア自身が自身の罪を認めたのだ。彼女が「私が二人を殺害しました」と自供することにより、この事件は終幕を迎えることとなった。



 そしてシルフィアは王太子夫妻殺害という罪状により、罰を受けることとなった。


 デルフィニア王族殺害という重い罪状ではあるが、シルフィア自身が王女という立場だ。血統を重んじる王族たちの前では、デルフィニアの血を処刑するという考えこそが神に反する行為だったのだ。


 よってシルフィアは、王城の奥に隔離された《罪人の塔》へと幽閉されることとなった。建物は遥か昔に、罪を犯した王族を閉じ込めておくために建てられたものらしい。手入れはほとんど行き届いて居らず、塔は荊や草木に覆われていた。


 シルフィアは一人で《罪人の塔》に閉じ込められた。もちろん罪人姫として――。






 そして月日は流れ、数年後。

 シルフィアが一人で過ごす《罪人の塔》には、初めての客とも呼べる人物が訪ねてきたのだ。その訪れ人は、自らのことを《死神》と名乗った。



「……ってことであってるか? 罪人姫様よ?」


「ええ、すべてあなたの言う通り」


 シルフィアはこくりと頷いた。

 すべて、目の前の死神が言ったデルフィニアの悲劇が真実であると認めるために。


 シルフィアは死神をじっくりと観察した。

 ここ数年、人間を身近に感じることは一切なかった。それ故、久しぶりに人と接し、心はわくわくと弾んでいたとも言える。――だが、この男が自らのことを死神と名乗っている以上、人間ではなく神という部類なのではあるが。


「ねえ、死神さん。一つ聞いていい?」


「……ちっ、面倒くさい。なんだ? 一つだけだぞ」


 死神は面倒臭そうな面持ちでシルフィアを一瞥した。恐らく、答えなければ彼女がまたしつこく質問責めをしてくると分かってのことだろう。


 彼は一応神様だと名乗っているゆえか、美しい顔立ちをしていた。気怠げな表情が似合う、若く無気力な美形なのだ。全身黒に包まれた服を纏い、肩まではつかないものの比較的長めである無造作な髪は漆黒。瞳の色は印象深く残るグレーで、物憂げな顔立ちによく似合っていた。年齢は20代半ば程に見えた。

シルフィアは塔に閉じ込められていたため、自分の年齢は曖昧だった。だが、側から見れば恐らくこの男より少し年下に見られるだろう。


 シルフィアはそんな美しい男の相貌を眺めながら、死神と彼が名乗ったときから気になっていたことを尋ねる。




「あなたは私の命を取りに来たのでしょ? それなら今、ここで殺すの?」




 シルフィアは自らの命の駆け引きだというのにあっけらかんとした口調だった。

 死神ははあ、と大きく溜息をつく。そして気怠げな仕草で髪を搔き上げたあと、氷のように冷たい無表情で答えた。




「いいや、まだ殺さない」




 死神の予想外の答えにシルフィアは目を丸くする。そんな彼女を一瞥した男は、さらに言葉を続けた。


「お前には俺について来てもらう。お前を殺すのは目的地に着いてからだ。おおよそ30日程度かかると思うから、覚えておけ」


「そうなの…………それじゃあこれから30日は、死神さんと二人旅ってことね」


 シルフィアの声色は弾んでいた。密かに「楽しみだわ」と呟いたことは死神の耳にも届いている。

 彼は内心、呑気な目の前のお姫様に呆れた思いを抱く。


「まあ、そういうことだ。逃げたりするなよ」


「逃げたりなんかしないわ。…………だって、私は貴方を待っていたんだから」


 変わり者の罪人姫はそう言って笑った。

 やはりその笑顔は心の底から喜んでいるようににしか見えず、死神はシルフィアの中に眠る狂気に不信感を抱いた。ーー自らも死神と名乗っているはずなのに。

 しかし、目の前の姫が穏やかで麗しい空気を醸し出しているとは言え、よくよく考えれば二人の人間を殺害した罪人なのだ。さらに、その内一人は幼い頃から共に過ごして来た実姉。小綺麗な顔の下には元々狂った感情を宿していたののかもしれないのだ。男はそう自分を納得させた。



「そう言えば死神さん。貴方の名前ってなに?」



 シルフィアは次に疑問に思っていたことを尋ねる。

 死神は「俺には名乗る名前などないが……」と意味深な面持ちで言ったかと思えば。



「ディオス。俺の名だ」



 男は短く、端的に語った。

 シルフィアは、死神が面倒臭そうにしながらも質問に答えてくれたことに喜びを噛みしめる。


「ディオス…………まさしく神様にぴったりね。でも貴方は神様にと言っても死神の方だけれど」


 ディオスは「ああ」と適当に頷き、息をつく。そんな彼を眺め、シルフィアは明るく言った。



「ディオス、これからよろしくね」



 こうして、死神と罪人姫のちぐはぐな旅は幕を開けたのだ。


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