第81話、詩織「今日は不吉な予感がするくらいの暗雲ね…………ネェ、ドコニイルノ?」
投稿時間が遅くなってしまい、本当にすいません!
やっと書きあがりました!
どうかこれからもよろしくお願いします!
暗雲が満面に覆われた昼空。
湿り気とぬるい風が肌を擽る。
屋上には何もない。あるのは見晴らしの良い光景だけだ。
「て事でコアラ子ちゃん!後はよろしく!」
「ちょっと何言ってるの!?そんな事出来る訳っ」
「私は賛成だ」
「私も」
「満場一致でこの作戦は可決されました!コアラ子ちゃんは別に酷い目に遭う訳じゃないんだから!反対する理由なんて無いじゃん!」
「私が反対!絶対駄目!」
私はみんなの考えに反対した。
それは私にコアラ子と言う呼び名を付けた少女が、これからやって来る敵に備えた作戦。
だが、その方法は私にとって強い嫌悪を覚えるものだった。
「コアラ子ちゃんの能力があってこそ成り立つ作戦なんだよ!私達と違ってコアラ子ちゃんは能力持ちなんだから、ここで活かさないと!」
「こんな作戦で使いたくないの!私が言っているのは」
「コアラ子が一人助かれば私達の勝ちなんだ」
友達の一人が作戦の核心を突く。
作戦の内容は私一人だけが生存するものなのだ。
それは彼女達にとって大きな成果が発生する。
「賞品授与の権利は、生き残ったトップ十のチーム全てに贈呈される。チームの誰かが生き残れば私達全員に貰えるんだ」
「だから、あなたには生きてもらわないといけないのよ」
二人は自分達の目的を強く主張した。これは私の為ではなく、自分達の為なんだと言っているのだ。
「だからって、こんな作戦…」
だが、それでもこの作戦はあんまりだ。
何故ならそれは、私以外を全員犠牲にする作戦なんだから。
「時間はあんまり無いよ!お願いだよコアラ子ちゃん!あなたしかいないの!」
「っ……でも」
「みんなで賞品をもらう為だよ!お願い!」
強い眼差しを向けられて、私は居心地が悪くなった。
決してやりたく無い作戦だ。それでも三人は強く希望している。
「…………分かった」
三人に強い気持ちを向けられて、私は無理矢理強引に作戦を承諾させられる。
その返答に三人は瞳を大きく開いて笑みを浮かべた。
「よし!じゃあ早く変身して!後は私達がやるから!」
「うん。…何に変身しようか?」
「コアラの縫いぐるみでいいんじゃないかな?コアラ子なんだし」
そう言われて、私は身体を変化させる。
三十秒ほど経って、身体は灰色を大きく使ったコアラの縫いぐるみへと変わった。
「ランドセルサイズ。これならバレなさそうだね」
「能力って本当に凄いよね。どういう仕組みで身体が変わるんだろう」
私にも能力の仕組みは分かっていない。
なれ〜なれ〜、と強く思ったら身体が変わる。詳しい仕組みは今後先生達が教えてくれるらしい。
「コアラ子ちゃん!準備は良い?」
「…………」
「準備は良い?」
「…………」
「……ああ、確か喋れないんだっけ」
うん喋れない。この姿になってる今は、声を発する事も出来なければ、走ったり戦ったりする事も出来ない。出来るのは小さな動きだけ。
完全な無防備状態なのだ。
「じゃあコアラ子ちゃんは、この辺に置いておこうか」
持ち上げられて、眺めの良い鉄格子近くに置かれた。
そして私の側に次々と荷物が置かれる。
「これでコアラ子ちゃんは荷物の一つとして勘違いされるよね」
「たぶんな」
ポーチや上着などを取り払い、少女達が手に持つのは鉄質の武装。
必要最低限、戦う為だけのものを持った。
「んじゃ!待ち構えましょうかね!」
「作戦を気取られるなよ」
「気取られる前に終われば良いだけでしょ」
「全力で行かないと怪しまれるって言ってるんだ」
「じゃあみんな全力で頑張るよ!」
二人の会話に、ド天然な彼女がいつものポジティブパワーを発揮。
彼女がいつも私達の中心にいた。
「コアラ子ちゃん!」
二人の間に立つ彼女は、私がいる背後に振り返った。
そして、そのいつもの微笑みを私に向けた。
「コアラ子ちゃんは私達の希望なんだよ。コアラ子ちゃんが生きてくれれば──」
最後の最後に、満面の笑みを輝かせ、ハキハキとそれを伝えた。
「──もう何も怖くないよ!」
スゥ──スゥ──
スゥ──スゥ──
宿敵が扉から姿を現わす。
武装感ある制服を身に纏い、禍々しさを放つ黒い頭蓋。
紅い瞳が刺し貫くのは、目の前に立っている三人の少女。
「やっぱり怖いな…」
「あの被り物取ってくれたりしないかな?」
「頼んでみるか?」
頼んで取ってくれるほど、彼女は優しくないだろう。
現に、彼女から感じる雰囲気がそう言っていた。
「じゃあ挑みますか!」
明るい声を合図に、銃口を彼女に向ける。
その構えはまだおぼつかず、見様見真似の構え方。
「…………動かない?」
「うん、動かないね」
銃口を向けられたのに、彼女は指一本動かさない。
武器を抜かず、ただ何もせずに待っていた。
それを不気味に感じ、引き金を引く事に迷いが生まれる。
「あの〜〜」
ド天然なあの子が、苦笑いを貼り付けながら声を漏らした。
「動かないんですか?」
『…………敗退する気は無いの?』
「「「!?」」」
機械越し聞こえた相手の声。
その声に驚きながらも、その質問に返答する。
「せ、折角序列者と戦えるのに、敗退するのは勿体ないと思って…」
『……』
嘘だ。彼女達の目的はただ一つ。
この場で、コアラ子の前で、あの縫いぐるみの前で、完全なる敗北を迎える事だ。
目の前の敵は、このビルにいる生徒全員を倒すつもりだ。それは、あの堂々としたホールの襲撃を見れば一目瞭然。
どんな理由があって、同盟を結集した相手を襲いに来たのか。
理由なんて思いつかない。ただ分かるのは、彼女が自分達に奇襲を仕掛けた事実だけ。
故に、彼女の狙いは私達の殲滅。
だからこそ、この場にいるのは三人だけなんだと知らしめなければならない。
この場で目に見える参加者は三人。
その三人だけ倒せば、他には誰もいないのだと確定付ける事が出来る。
「だから、私達三人は貴女に挑みます!」
『…………そう』
詩織は無機質な返事を放つ。
そして、
『私がどうして動かなかった聞いたわね?』
「え、うん聞いたけど…」
その言葉を最後に、──詩織は消えた。
「アガァッ!?ァァ、ァァ!?」
『こういう事よ』
数メートルあった距離が一瞬で詰められ、一瞬後には詩織が明るかったあの子の首を締め上げていた。
『序列者が人体強化を最大限に発揮すれば、あなた達の反応を置き去りに出来るのよ』
何が起こってるのか思考に遅れ、ただ瞳を大きく開く事しか出来なかった二人。
だが、次に彼女達は意識を取り戻し、その銃口を詩織に向けた。
『遅い。説明をしている間に撃つべきだった』
締め上げていた少女を片方の敵に投げ飛ばし、もう片方の敵に突貫した。
「アァッ!?」
『本当に淡い。淡過ぎる』
腹を抱えて、冷たいコンクリートに額を付ける少女を前に、詩織は無機質な声を紡いだ。
『才能も、力量も、経験も、知識も、全てが私に敵っていない』
「くぅ!」
『撃つなら撃ちなさい。向けただけじゃあ何もならないわ』
投げ飛ばされた仲間を抱き寄せながら銃を向けた一人に、詩織は忠告を伝える。
「こんのぉお!」
『遅い』
「ッ!?」
嘘だ。信じられない。
パァン、と細高い銃声が鳴り響いた。
その銃口からは間違いなく弾丸が飛び出た筈だ。
だが、それが命中した形跡が詩織の何処にも無かった。
『引き金を引くのが遅いのよ。そんな震えた手じゃあ、何も掴み取れない』
彼女は避けたのだ。
秒にも満たない光の速さの弾丸を。
そんな事が出来る訳がないと誰も思うだろう。
だが、現に詩織は弾丸を避けた。
『銃から放たれる銃弾は一直線に進む。その発砲の合図は、アナタの震えた指が教えてくれる』
それが答え合わせだった。
詩織は全てを見て、先の行動と結果を予測したのだ。
銃の弱点を正しく理解し、敵の弱点を絡め合わせる。
さらには人間離れした眼力と反射神経を持っている。
それによって、詩織は相手の銃弾を容易く避けられた。
『アナタ達が私に勝てる可能性は皆無。私の前に立つ事すら無意味だった』
「無意味じゃない!」
それは言ったのは、仲間に抱き寄せられている少女だった。
「無意味な訳ない!挑む事で!やる事で!立ち上がるだけで意味はあるんだよ!」
『…………どんな意味があるの?』
敵の質問に、少女は高らかな声ではっきりと言う。
「何もしないで終わった時の、自分への言い訳!」
『…………』
「馬鹿…」
「元からでしょ…」
詩織が押し黙る中、背後では痛みで腹を抱えた一人が呆れ、言った本人を抱き寄せている一人は頭を痛くした。
『…………そう』
一瞬、詩織の雰囲気が和らいだ気がした。
そう感じた三人だったか、その思考はすぐに消える事になる。
『一人』
その言葉と同時に、詩織の背後で何かが撒き散らされた。
それは、立ち上がろうとしていた仲間の一人の敗北を知らせる音。
そこには赤い鮮血が床一面に広がった。
詩織は躊躇を見せず、一連の流れの様に銃弾を撃ち放ったのだ。
『二人』
「ぇ」
次に撃たれたのは、銃を構えたままだった仲間の一人。
ドサッと倒れた仲間を横で、彼女から吹き出た血を被った少女は、ただ呆然とそれを見た。
見ただけで、少女は何も出来ない。
『三人』
全てが終わった。
そこに出来上がったのは、身体を真っ赤に染め上げた三人の屍。
それらを足元に、銃を懐にしまった詩織は暗雲を見上げた。
『訂正してあげる。──アナタ達の、貴女達の行動には意味があった。と』
それは本人達に伝わる事のない称賛の声。
詩織は少女達の何かを認めて、その言葉を贈った。
「気分が良かったわ。その前向きな言葉を聞けて」
(みんなが……)
コアラの縫いぐるみに化けていたコアラ子。
その視界に映るのは、赤い鮮血に身体を染めた友達。
(本当にこれで良かったの……)
後悔が胸を突く。
自分が考えた作戦ではないけれど、のうのうと自分だけが助かった事実が、吐き気を催した。
(でも、ここまで来たら……)
生き残るしかない。
生き残ってみんなで賞品を手に入れる。
それが散った仲間達への唯一の罪滅ぼし。
(絶対に生き残るよ……!)
芽生えた罪意識を、友達との約束を免罪符にして、その意思をはっきり抱く。
ここからコアラ子は、己の限界が来ようとも、今の姿を維持し続けると決意した。
彼女が能力を使用し続けられる時間は一時間。
集中を乱さず、身体に危害が無ければ、その姿は長時間に渡って維持する事が出来た。
友達が最後に作ってくれた『疑われないチャンス』。
この屋上には敗れた三人を置いて、人の気配は当然しない。
故に見つかる可能性は極めて低い。
(絶対に賞品を手に入れる!だから待ってて!)
倒れた友達に誓いの念を飛ばし、コアラ子はただ静かに精神を統一する。
(私は縫いぐるみ。私は縫いぐるみ…)
自分はただの縫いぐるみなのだと、強く自分に言い聞かせる。
それが今のコアラ子に出来る最大限の行動だった。
(私は縫いぐる──ッ!?)
恐れている存在の接近に、心の中で最大の警報を鳴らす。
詩織がこちらに近づいて来たのだ。
(き、来たぁ……)
怯えるコアラ子に向かって歩む詩織は、距離を詰めきって立ち止まる。
心の中で固唾を呑む中、彼女はゆっくりとしゃがみ込んだ。
『コアラの…縫いぐるみ?』
(はい縫いぐるみです!)
指先でツンと突かれ、それが何なのかを漏らした詩織。
どうして縫いぐるみがこの場にあるのか。
詩織は小さな疑問に理解を詰まらせた。
『あの子達の持ち物…?』
(はい持ち物です!)
気づかれたら確実に殺される。
コアラ子の中が恐怖で一杯になる。
吐き気が最大限に達する中で、その変身を解かない様に精一杯に精神を集中する。
その中で、その身体はゆっくりと持ち上げられ、視界の景色が高くなった。
(見つめないで…私はただの、ただの縫いぐるみで…)
その黒い頭蓋に収まった紅く光る鋭い瞳が、コアラ子の精神をゴリゴリと削る。
(もう…駄目…)
耐えられない恐ろしい眼光に、コアラ子は身体を小さく揺らしてしまった気がした。ひょっとしたら動いてしまったかもしれない。
激しい恐怖観念が、その思考を抱かせた。
もうバレたと思い、その変身を解こうと集中を薄め始める。
『確か…広樹がコアラをッ『ガァッ!』────』
それは突如と起こった。
コアラ子の目に見えたのは、吹き飛んだ黒い頭蓋。それは粉々に壊され、黒い破片をぶちまけながら吹き飛んでいた。
同時に身体が浮遊感に晒されて、コアラ子の身体はポトンと床に落ちる。
そして次にドサっと床に倒れた者が──姫路詩織が仰向けに倒れていた。
『天乃さん!?詩織さんが突然吹き飛んで!』
スタジアムでは大きな響めきが起こっていた。その原因は倒れた序列十位の存在である。
突然と吹き飛び、床に転がった詩織の姿が全てのモニターに映し出され、その光景に誰もが口を開けていた。
『森子ちゃんには分からないかい?』
『な、何が…』
天乃は予測していたかの様な口振りで、その笑みを隣に座る少女に向けた。
『あのビルはあの辺り一帯で最も高いビルだ。だから屋上にいる詩織ちゃんを外から狙うのは不可能に等しい』
コアラ子を除けば、あの屋上には誰もいない。
故に、詩織に攻撃を与えられる生徒は存在しなかった。
『でも、その不可能に等しい現象を起こす者がいるんだよ。──詩織ちゃんが床を陥落させた時みたいにね』
その言葉によって、意識の中に一人の少女を思い浮かべだ。
『これが答えだよ』
スタジアム中のモニターが切り替わる。
移り変わったのは、広大な湖の中心に浮かぶ巨大な建造物。
その白木色が広がるデッキに、二人分の人影があった。
スマホで何かを覗いている少年と──
──身の丈ほどの狙撃銃を構えた少女。
その二人の姿に、見た者全員がその結果に納得するしかなった。
『能力を掛け合わせて可能とした、戦闘学で類を見ない数千メートル先からの超遠距離狙撃。これが第九位──内守谷鈴子ちゃんの力だよ』
やっとここまで来ました!
ここからが本番です!